荒野を穿つは破城の光槌

キャラクターノベル制作 弓月 蒼納品 2020年12月08日 17時50分19秒

 一般的に、槍が剣に勝る様に手斧に対し細剣は勝る。単純な話だ射程(リーチ)が違う。
 余程実力差が開いていない限り、細剣を振るう者に手斧しか武器がないでは近付けない。

 攻撃圏に入った瞬間が最も良く体勢が崩れる。射程が長い者は、待って打ち据えれば良い。
 それは、戦いにある程度精通する者であれば至極当たり前の道理であり――――

 ――――それらが、前提にあるならば。

「どうした半獣人(ハーフビースト)! テメェの力はそんなもんかッ!」

 振るわれた手斧が前髪を掠める。踏み込み、斬り上げ、体勢の立て直しが早い。
 何合打ち合ったか、既にクローリカにも分かっていた。

 ――――この男、野盗とは思えない程に強い。
 盾を構える暇が惜しい。身を翻し、細剣を突き出す。刃先が押し付けられた革の盾で逸れる。

 後方に歩を踏む(ステップ)。これだ。この挙動に幾度も決定打を崩されている。
 クローリカの一撃は、同程度の実力の剣士に比べても鋭く速い。
 
 刺突に特化した細剣と命中を重視した速打の組み合わせは、慣れぬ者にはまず見切れない。
 しかし、対する男はその挙動に合わせて来ている。経験の差、だけでは説明出来ない。

「……騎士崩れ、ですか」

 問を聞いた男が凶相を浮かべた。いや。もしかしたら嗤ったのだろうか。
 眼光強く見開かれた瞳は血走り、どう見積もっても正気の色が薄い。

「鬱陶しいことを……糞獣人(できそこない)が、テメェはここで殺す……!」

 図星か。王国の騎士にも優秀な者(ピン)から劣等な者(キリ)まで居る。
 この男は戦う力だけだ。品位が。理性が。知性が足りない。術技の研鑽が泣いている。

 騎士崩れだとするなら、クローリカの挙動は"さぞ見慣れた"物だろう。
 ではどうするか――――剣先を自身に並行に。視界を割る様に構えながら笑いを返す。

 言葉にせずとも伝わったろう。嘲笑にすら値しない涼やかな微笑は挑発に等しい。

"――――来なさい、自分自身とすら相対せない臆病者。私は貴方など恐れはしない"

 斧を振り上げた野盗の長が、己の得意とする攻撃圏へ――――互いに、踏み込む。

■
 ごとごとと、揺れる馬車の荷台に座る。
 貴族が使うような高価な代物ではないのだろう。荒れ地を踏む車輪の衝撃が直接響く。

『リーンエス王国』北方。帝国領へ向かう最も大きな通りの一つ。
 行商人の行き来も少なくはない為、"それを狙う"輩もやはり、決して減りはしない。

「国境はもうすぐだがね。今は随分物々しい。あまりお勧めしないがねえ」

 それらに対して、資本に少し余裕があれば行商人もまた護衛を雇う。
 御者席から声をかけてきた好々爺然とした初老の男も、まさにそういった人間であり。

「いえ、ご心配ありがとうございます。ですが、今だからこそ」

 雇われたクロー二カから見ても、あまり商人には向いていない人物でもあった。
 行きずりの剣士の心配をする行商人なんて、そうそう多い物でもない。

「そうかい。まあ、事情が有るんだろう」

 うんうんと頷くその様には齢に比して邪気がなく。思わずといった笑いが滲む。
 けれど得てして、人格と商運なんてものが必ずしも比例するわけではない。

 ――――風切り音が聞こえた瞬間、隣に置いた剣を引き寄せる。
 馬の鼻先に打ち込まれる数本の矢。岩場から出て来たのは襤褸を纏った数名の男。
 
 率直に。この時点で。最早、相手の素性を問う必要すらない。
 行商人は驚いて馬車を止めているが、これも悪手だ。可能なら強行突破が早い。

 けれど、事ここに至っては仕方ない。荷台を下り駆ける。
 先頭の男が何か言おうとする前に手元を確認する。弓、斧、短剣。
 
 口上を無視することを決める。聞くより打ち据える方が早い。
 踏み込む。接近距離。弓は引けず、斧は振り被らないと危険とは言えない。

 直ぐ動けるのは短剣だけ。おまけに判断が遅い。既にクローリカは抜剣している。
 短剣持ちの男が慌ててそれを突き出すが、その刃の上を細い剣が走る。喉に切っ先。

「……失礼。野盗とお見受けしましたが」
 
 短剣の野盗が眼を見開く。仲間は身動きすら取れない。
 この位の荒事、すぐ対応出来なければ危険な大陸を1人旅など到底出来ない。

「ぐ、あ、え」

 目を白黒させている男から、これと言った否定の声が上がらない。
 エーテルを纏わせた剣で仲間達ごと薙ぎ払い、同時に周囲へ視線を巡らせる。

 やはりこれで終わりではないらしい。彼方から明らかに気配が違う男が一人。
 手に下げた手斧の刃は陽の光を照り返す。武器が確りと手入れされている証拠だ。

 それはそうだろう。あの程度の手合いでは野盗など務まらない。
 長が居る筈だ。それも、護衛付きの行商人を狙える程度の腕前の。

「貴方が、彼らの纏め役ですか?」

 問い掛けに男が喉を鳴らす。手斧を構えるその姿は、相応に様になっていた。

「纏め役ねえ……俺が、そこのクソ使えねえ雑魚共の――――――」

 口上の途中で距離を詰める。外道の良くやる手練手管だ。手斧を細剣で切り上げる。
 けれど、そこまで予期していたのか。獲物を跳ね上げられながらそのままに回し蹴り。

 息が詰まる。腹部に痛みが走り、大きく後ろへ下がる。こほ、と呼気が漏れる。
 荒く、粗い。けれど実戦的な奇襲だ。咄嗟に下がらなければ押し込まれていた。

「あァ?」

 ぱさりと。帽子が落ちる音が聞こえた。しまった、と感じたのは何故だろう。
 蹴られて下がった瞬間に被っていた帽子が落ちた。獣の耳が露出する。

 目の当たりにした男が嘲笑う。まただ。またこの眼だ。この表情だ。
 半獣人(ハーフビースト)を、ただそれだけで蔑む差別主義者特有の眼差し。

「おいおいおい、半獣人(ハーフビースト)サマじゃねえか。正気かよ。
 糞獣人(できそこない)如きが人間様に盾付こうって? ……ふざけんな!!」

 理不尽な怒号。そして横薙ぎ。雑に振るわれる手斧の一撃。
 だがその踏み込みは最初より遥かに速い。恐れが消えている――――何故?

 理由なんか簡単だった。対しているのが半獣人だから。侮って良い半獣人だから。
 赤熱しそうになる思考を落ち着かせる。全力の剣閃で斧を弾く。手が痺れる。

 手強い。けれど、こんな物は不条理な手強さだ。馬鹿にしているのはどちらだ。
 獣が混ざっているから。同族が龍に裁かれたから。だから? だから――――?

 そんな理由で、敗北を呑み込めるものか。

■
 ――――近接武器同士だ。決着なんて物は、両者が付けようと思えば容易に付く。
 刺突の構え。構えられる革の盾。受けてからのカウンター、ないし手斧を隠してフェイントか。

 そんな。典雅な宮廷剣術だけで、危険の坩堝たるこの大陸を渡って来たと思うのか。
 馬鹿にするにも程が有る。構えは両手持ちに。剣に纏ったエーテルは今すぐ放てる最大量。
 
 巨大な光塊をまとわせ振り下ろす全霊の一撃。敵影諸共に荒野を穿つは破城の光槌である。
 受けるは愚か――――――――躱すことすら、馬鹿馬鹿しい。

 閃光過ぎ去りし跡。倒れ伏すは騎士崩れなど烏滸がましい。ただの敗北した野盗だ。
 落とした帽子を拾い上げると、呆気に取られる行商人に、クローリカは淡々と告げる。

「砦の衛兵にでも伝えれば良いでしょう。先を急ぎますので」

 ごとごとと、再び動き出した馬車が揺れる。
 果たして国境で待つのは新たな事件か――――……それとも。

 乾いた風に、帽子を抑える。それがどんな障害だろうと、自分を貫き通すだけだと。
 山岳地帯を超えれば、ヴァイセントラフ砦はもうすぐそこだ。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0