さんにんでいっしょ
キャラクターノベル制作 STANZA納品 2023年11月10日 15時58分34秒
ルルト・アーキスの朝は早い。
仕事のある日は勿論、休日でも徹夜明けでも、起きねばならない事情がある。
たまに寝過ごしそうになるけれど、そんな時は――
こん!
ベッドで寝ていたルルトの額に、何か軽い物が落ちて来る。
「ふにゃ?」
うっすらと開いたその目に、上空でゆらゆらと揺れる黒い紐が映った。
シュッと細くなった先端だけが白いそれは、最初はゆっくりと、次第に苛立たしげにブンブンと振られ始める。
「あっ!」
ルルトは飛び起きて、頭上の「目覚まし」に声をかける。
「ありがと、タマさん!」
棚から垂れ下がった尻尾が一度、大きく揺れた。
「おはようシロ、ごはんだよね! ちょっと待ってて!」
テーブルに置かれた籠を蹴散らす寸前だったイイズナのシロに声をかけ、ルルトはキッチンへ駆け込む。
小型の肉食獣用に調整されたペットフードを皿に盛って戻ると、シロは稲妻のように部屋を横切ってルルトの身体を駆け上がり、フードの山に頭を突っ込んだ。
「シロは今日も元気だね」
嬉しそうに笑いつつ、ルルトはシロごと皿を床のお食事スペースに置く。
普段のシロはおっとりマイペースで、くりっと丸い瞳が可愛らしいぬいぐるみのような佇まいだが、時としてその内に眠る野生が目覚めることがある。
ルルトと共に仕事に出る時と、極限までお腹が空いた時だ。
お食事の提供が遅れると猫はあからさまに不機嫌になるが、数時間程度の絶食で健康に影響が出ることはない。
だが燃費の悪いイイズナにとっては命に関わる大問題だ。
生存本能が目覚めたシロは獲物を求めて部屋じゅうを駆け回り、その小さな身体からは想像もつかないパワーで破壊活動に及ぶ。
初めて目にしたルルトは、その様子を「家の中を超大型台風が通り抜けたみたい」と評したとか。
以来、そうなる前にごはん係を起こすのがタマさんの仕事となった。
仕掛けは簡単、棚に置かれた空の紙箱を狙い定めてルルトの頭上に落とすだけ。
高所に置かれた小物は何が何でも落としたい猫の本能と、何が何でも嵐の前に起きねばならない切羽詰まったルルトの事情。まさにwin-winな関係がそこに成立していた。
「ほら、タマさんもおいで? 今日はササミのトッピング付きだよ!」
キャットフードが入った皿を掲げ、ルルトはまだ棚の上にいる功労者に呼びかける。
尻尾と四肢の先だけが白い黒猫はその場でうんと身体を伸ばし、四肢を一本ずつ伸ばしてから勿体ぶるように大きな欠伸をすると、身軽に棚から降りて来た。
自慢気に尻尾を立てて「にゃーん」と鳴いたその頭をひと撫でして、ルルトは皿を目の前に置く。
並んで食べる二匹の背中を暫くほわほわと眺めた後で、ルルトは漸くその場を離れた。
顔を洗って歯を磨いて、朝食を作って、食卓に並べて。
「いただきまー……ん?」
背中に視線を感じて振り向くと、タマさんの瞳と目が合った。
見つめ合ううちに、金色の視線がすうっと下がっていく。それに釣られてルルトも視線を下げると、タマさんの 手の下にネズミのオモチャがあった。
「それで遊ぶの?」
問いかけると、タマさんは「そうだ」と言うように肉球でぺしっとネズミを叩く。
ルルトの視線が急速に冷めゆく自分の食事とネズミの間を暫し往復する。
やがて後ろ髪をごっそり引き抜かれる勢いで、ルルトは食事に背を向けた。
(うん、どんな時だってタマさんが一番だもんね!)
そっと持ち上げた肉球の下からネズミを救い出し、床を滑らせるようにして部屋の隅に投げる。
殆ど同時に黒い風が吹き抜けた。そう、猫は液体になることで有名だが、俊敏な猫は気体にもなれるのだ――動きが速すぎて目で追えない的な意味で。
ネズミが壁に跳ね返されるよりも速く、追い付いたタマさんはバシッと猫パンチで方向を変える。
だがそこで、タマさんの動きが止まった。じっとネズミに据えていた視線を上げて、ルルトを見つめる。
「はいはい、ちょっと待ってね」
自らも四つ足になって近付いたルルトは、ネズミをもう一度ぽーんと投げた。
タマさんは賢い猫だ。
だからちゃんと、ひとり遊びも出来る。
わざわざネズミを投げて貰わなくても、自分で転がして楽しく遊べる。
でもタマさんはルルトが大好きだ。ルルトもタマさんが大好きだ。
「だから一緒に遊びたいんだよね♪」
どったんばったん、ふたりが楽しく遊んでいる間、シロはベッドの隅で丸くなって眠っていた。
タマさんが動かないネズミに興味を示さないのと同じように、シロは食べられないネズミには興味がないのだ。
やがて遊びに飽きたタマさんが隣で丸くなる。すると待ち構えていたように、シロがそのお腹に潜り込んだ。
真冬には全身が雪のように真っ白になるシロも、今はまだ背側が茶色い夏毛のままだ。二匹で仲良く寝ていると、一匹の三毛猫のように見えなくもないとルルトは思う。
幸せそうなその寝姿を眺めながら食べる朝食はすっかり冷めていたけれど、空腹を我慢していたことと食前の運動で更にお腹が空いた事も相俟って、とても美味しく感じられた。
(ごはん、おかわりしてもいいよね?)
ついでにストックしてあるお菓子も食べちゃおうかな!
後片付けをして軽く掃除を済ませ、ルルトは二匹に声をかける。
「ふたりとも気持ちよく寝てるとこごめんね、今日はいいお天気だからお布団干すよ」
どちらも心得たもので、お詫びのおやつを平らげると素直にベッドを降りた。
開け放した窓から暖かな日差しが降り注ぐラグの上で、今度は身体を伸ばして昼寝を再開する。
(ほんと、気持ちよさそう……)
陽だまりに寝転ぶ猫の誘惑に勝てる者がいるだろうか。
(まだお昼前だし、色々やる事あった気もするけど……)
ま、いっか。
すぴぃー……
…………
……
ぺち。
ぐいぐい。
タマさんの肉球がルルトのほっぺに押し付けられる。
お利口なタマさんは爪を出したりはしない――まだ、今のところは。
「……ふにゃ、タマさんのにくきぅ……ぷにぷに……きもちいい……、…………はっ!!」
痺れを切らしたタマさんが深趾屈筋に力を込める寸前、ルルトは跳ね起きた。
「お昼ごはん!」
いや、このお腹の空き具合は。
「おやつの時間!?」
気持ち良すぎて寝過ごしてしまった。
「あ、タマさん『いつものことだよね』って思ってるでしょ!」
そう言いながらキッチンに走るルルトの頭にシロが飛び乗り、タマさんはそれを見送りながら「御名答」と言うように欠伸をひとつ。
「お待たせ!」
やがて戻ったルルトは、二匹におやつをあげながら「あれ?」と首を傾げる。
「何か忘れて……あっ!」
冷えちゃうーと叫びながら、ルルトは窓辺の布団を引っ張り込む。
「よかった、まだほかほかだー」
お日様の匂いを吸い込んで倍くらいに膨れ上がった布団をベッドに戻すと、早速タマさんとシロが押し潰しにかかる。
その姿も大層魅力的だが、もう一緒に寝るわけにはいかない。
洗濯物も溜まっているし、買い物にも行かないと――
(でも、明日もきっと晴れるよね。お洗濯は明日でいいや!)
ご近所にペットと一緒に食事が出来る美味しいお店がある。
買い物ついでに夕食はそこで済ませよう。
「お出かけするよ!」
ルルトの声で飛び起きた二匹は、電光石火でいつもの定位置に収まる。
それはいつもの、なんでもないけれど特別な一日。
こんな日々が、ずっといつまでも続きますように。
仕事のある日は勿論、休日でも徹夜明けでも、起きねばならない事情がある。
たまに寝過ごしそうになるけれど、そんな時は――
こん!
ベッドで寝ていたルルトの額に、何か軽い物が落ちて来る。
「ふにゃ?」
うっすらと開いたその目に、上空でゆらゆらと揺れる黒い紐が映った。
シュッと細くなった先端だけが白いそれは、最初はゆっくりと、次第に苛立たしげにブンブンと振られ始める。
「あっ!」
ルルトは飛び起きて、頭上の「目覚まし」に声をかける。
「ありがと、タマさん!」
棚から垂れ下がった尻尾が一度、大きく揺れた。
「おはようシロ、ごはんだよね! ちょっと待ってて!」
テーブルに置かれた籠を蹴散らす寸前だったイイズナのシロに声をかけ、ルルトはキッチンへ駆け込む。
小型の肉食獣用に調整されたペットフードを皿に盛って戻ると、シロは稲妻のように部屋を横切ってルルトの身体を駆け上がり、フードの山に頭を突っ込んだ。
「シロは今日も元気だね」
嬉しそうに笑いつつ、ルルトはシロごと皿を床のお食事スペースに置く。
普段のシロはおっとりマイペースで、くりっと丸い瞳が可愛らしいぬいぐるみのような佇まいだが、時としてその内に眠る野生が目覚めることがある。
ルルトと共に仕事に出る時と、極限までお腹が空いた時だ。
お食事の提供が遅れると猫はあからさまに不機嫌になるが、数時間程度の絶食で健康に影響が出ることはない。
だが燃費の悪いイイズナにとっては命に関わる大問題だ。
生存本能が目覚めたシロは獲物を求めて部屋じゅうを駆け回り、その小さな身体からは想像もつかないパワーで破壊活動に及ぶ。
初めて目にしたルルトは、その様子を「家の中を超大型台風が通り抜けたみたい」と評したとか。
以来、そうなる前にごはん係を起こすのがタマさんの仕事となった。
仕掛けは簡単、棚に置かれた空の紙箱を狙い定めてルルトの頭上に落とすだけ。
高所に置かれた小物は何が何でも落としたい猫の本能と、何が何でも嵐の前に起きねばならない切羽詰まったルルトの事情。まさにwin-winな関係がそこに成立していた。
「ほら、タマさんもおいで? 今日はササミのトッピング付きだよ!」
キャットフードが入った皿を掲げ、ルルトはまだ棚の上にいる功労者に呼びかける。
尻尾と四肢の先だけが白い黒猫はその場でうんと身体を伸ばし、四肢を一本ずつ伸ばしてから勿体ぶるように大きな欠伸をすると、身軽に棚から降りて来た。
自慢気に尻尾を立てて「にゃーん」と鳴いたその頭をひと撫でして、ルルトは皿を目の前に置く。
並んで食べる二匹の背中を暫くほわほわと眺めた後で、ルルトは漸くその場を離れた。
顔を洗って歯を磨いて、朝食を作って、食卓に並べて。
「いただきまー……ん?」
背中に視線を感じて振り向くと、タマさんの瞳と目が合った。
見つめ合ううちに、金色の視線がすうっと下がっていく。それに釣られてルルトも視線を下げると、タマさんの 手の下にネズミのオモチャがあった。
「それで遊ぶの?」
問いかけると、タマさんは「そうだ」と言うように肉球でぺしっとネズミを叩く。
ルルトの視線が急速に冷めゆく自分の食事とネズミの間を暫し往復する。
やがて後ろ髪をごっそり引き抜かれる勢いで、ルルトは食事に背を向けた。
(うん、どんな時だってタマさんが一番だもんね!)
そっと持ち上げた肉球の下からネズミを救い出し、床を滑らせるようにして部屋の隅に投げる。
殆ど同時に黒い風が吹き抜けた。そう、猫は液体になることで有名だが、俊敏な猫は気体にもなれるのだ――動きが速すぎて目で追えない的な意味で。
ネズミが壁に跳ね返されるよりも速く、追い付いたタマさんはバシッと猫パンチで方向を変える。
だがそこで、タマさんの動きが止まった。じっとネズミに据えていた視線を上げて、ルルトを見つめる。
「はいはい、ちょっと待ってね」
自らも四つ足になって近付いたルルトは、ネズミをもう一度ぽーんと投げた。
タマさんは賢い猫だ。
だからちゃんと、ひとり遊びも出来る。
わざわざネズミを投げて貰わなくても、自分で転がして楽しく遊べる。
でもタマさんはルルトが大好きだ。ルルトもタマさんが大好きだ。
「だから一緒に遊びたいんだよね♪」
どったんばったん、ふたりが楽しく遊んでいる間、シロはベッドの隅で丸くなって眠っていた。
タマさんが動かないネズミに興味を示さないのと同じように、シロは食べられないネズミには興味がないのだ。
やがて遊びに飽きたタマさんが隣で丸くなる。すると待ち構えていたように、シロがそのお腹に潜り込んだ。
真冬には全身が雪のように真っ白になるシロも、今はまだ背側が茶色い夏毛のままだ。二匹で仲良く寝ていると、一匹の三毛猫のように見えなくもないとルルトは思う。
幸せそうなその寝姿を眺めながら食べる朝食はすっかり冷めていたけれど、空腹を我慢していたことと食前の運動で更にお腹が空いた事も相俟って、とても美味しく感じられた。
(ごはん、おかわりしてもいいよね?)
ついでにストックしてあるお菓子も食べちゃおうかな!
後片付けをして軽く掃除を済ませ、ルルトは二匹に声をかける。
「ふたりとも気持ちよく寝てるとこごめんね、今日はいいお天気だからお布団干すよ」
どちらも心得たもので、お詫びのおやつを平らげると素直にベッドを降りた。
開け放した窓から暖かな日差しが降り注ぐラグの上で、今度は身体を伸ばして昼寝を再開する。
(ほんと、気持ちよさそう……)
陽だまりに寝転ぶ猫の誘惑に勝てる者がいるだろうか。
(まだお昼前だし、色々やる事あった気もするけど……)
ま、いっか。
すぴぃー……
…………
……
ぺち。
ぐいぐい。
タマさんの肉球がルルトのほっぺに押し付けられる。
お利口なタマさんは爪を出したりはしない――まだ、今のところは。
「……ふにゃ、タマさんのにくきぅ……ぷにぷに……きもちいい……、…………はっ!!」
痺れを切らしたタマさんが深趾屈筋に力を込める寸前、ルルトは跳ね起きた。
「お昼ごはん!」
いや、このお腹の空き具合は。
「おやつの時間!?」
気持ち良すぎて寝過ごしてしまった。
「あ、タマさん『いつものことだよね』って思ってるでしょ!」
そう言いながらキッチンに走るルルトの頭にシロが飛び乗り、タマさんはそれを見送りながら「御名答」と言うように欠伸をひとつ。
「お待たせ!」
やがて戻ったルルトは、二匹におやつをあげながら「あれ?」と首を傾げる。
「何か忘れて……あっ!」
冷えちゃうーと叫びながら、ルルトは窓辺の布団を引っ張り込む。
「よかった、まだほかほかだー」
お日様の匂いを吸い込んで倍くらいに膨れ上がった布団をベッドに戻すと、早速タマさんとシロが押し潰しにかかる。
その姿も大層魅力的だが、もう一緒に寝るわけにはいかない。
洗濯物も溜まっているし、買い物にも行かないと――
(でも、明日もきっと晴れるよね。お洗濯は明日でいいや!)
ご近所にペットと一緒に食事が出来る美味しいお店がある。
買い物ついでに夕食はそこで済ませよう。
「お出かけするよ!」
ルルトの声で飛び起きた二匹は、電光石火でいつもの定位置に収まる。
それはいつもの、なんでもないけれど特別な一日。
こんな日々が、ずっといつまでも続きますように。