呪言

キャラクターノベル制作 小湊拓也納品 2023年09月14日 19時54分11秒

 洞窟の中で、俺たちは殺し合った。
 五人組の、冒険者一行である。
 ヒューマンが二名。大男のウォーリアと、優男のヒーラーだった。
 エルフが一名。女のシューターである。
 ドワーフが一名。ウォーリアで、これが俺だ。
 あと一人、この中では最も胡散臭いゴブリナがいて、こいつと俺以外の三人が今、死んだところである。
 石畳に転がり、屍を晒している。
 洞窟の奥は石造りの構造物で、太古の遺跡である、と目されていた。
 この遺跡に魔獣が棲み着き、時折、洞窟の外に出ては近隣の村人らを殺傷・捕食している。
 それを解決するために、俺たち五人は洞窟へ乗り込んだ。
 魔獣の討伐。表向きの目的は、それである。
 この魔獣は、たんまりと宝物類を貯め込んでいる、と噂されていた。
 元々、遺跡内に在ったもの。人間を殺して、奪ったもの。
 冒険者の真の目的がこちらであったとしても、責められる筋合いはない、と俺は思う。
 ともかく。魔獣の殺処分は先程、完了した。
 巨大な屍が、石畳に横たわっている。
 こちらが殺されていても、おかしくはなかった。それほどの強敵だったのだ。
 そして魔獣は、本当に財物を貯め込んでいた。
 金銀財宝に、宝石の類。
 石壁の近くで、山積みになっている。
 俺たちの想像を、遥かに超えていた。
 そして五人とも、狂った。
 今。
 俺は、血まみれの戦槌を握ったまま呆然としている。
 優男のヒーラー。その綺麗な顔面が、陥没して見る影もなくなっていた。
 戦槌を叩き込んだのは、俺だ。
 血の気の多い大男と女エルフを、この優男は明らかに煽動していた。
 殺し合うよう、仕向けていた。
 財宝を、独占するために。
 俺の肩と背中には、何本も矢が刺さっている。
 エルフのくそ女は、本当に俺を殺すつもりで弓を引いていた。
 高笑いしながら矢を射ちまくるエルフ女の頭を、大男のウォーリアが叩き割った。
 俺を助けてくれた、わけではない。
 直後に大男は、矢傷を負った俺に斬りかかって来たのだ。
 そして。優男のヒーラーが雷を召喚し、俺と大男をまとめて灼き殺しにかかった。
 的の小さな俺は、大男を盾にして生き延びた。
 そして、優男に鉄槌を喰らわせたのだ。
 そこに至るまで、矢を喰らい、雷にも少し灼かれた。
 俺はドワーフであるから、なりは小さくとも頑丈である。ヒューマンであったら死んでいただろう。
 ドワーフであったから、生き延びた。
 形としては俺が、財宝を奪うために仲間たちを殺したようなものだ。
 何も知らない者が今この場を目撃したら、そう判断するだろう。
「心配無用。君は、財宝欲しさに仲間たちを殺したわけではないのだ」
 ゴブリナが、声をかけてきた。
「私は、ちゃんと見ていたのだ。君の戦いは、純然たる正当防衛……裁判になったら、私がそう証言するのだ」
「てめえ……」
 俺は睨んだ。ゴブリナは、笑っている。
 人間やエルフとそう違わぬ愛らしい顔立ちが、にこりと禍々しく歪む。
 これほど油断ならぬ笑顔を、俺は見た事がなかった。
 ストレガ・L・リベルガストラ。
 この牝ゴブリンは、そう名乗った。
 キャスターであるらしい。確かに、魔法使いらしい格好はしている。
 だが。この女は今起こった仲間割れに、攻撃魔法を用いて参加してくるような事はなかった。
 俺たちの殺し合いを、ただ見物していた。
 何も、しなかった。
 そして今。壁際で山積みになった宝物類の傍に、何もせぬまま無傷で佇んでいる。
 俺は負傷している。他の三人は、もう生きていない。
「うふふ。これで、お宝は私のもの……なのかな? ああ心配ご無用、私こんなもの要らないのだ」
 言いつつストレガは、確かに財宝の山など一顧だにせず、遺跡の壁を見つめている。
「私の目的は、この遺跡なのだ。見たまえ、この壁画を」
 世迷い言を、俺は聞き流した。
 思い返してみる。
 この女ゴブリンは、本当に何もしなかったのか。俺たちの殺し合いを、見ていただけか。
 俺が叩き殺したヒーラーの優男と、この女は妙に仲が良かった。
 恋仲、とは違う。
 あの優男は、ストレガの話を、楽しそうに聞いていたものだ。
 この牝ゴブリン、確かに話上手ではあった。口が上手かった。
 だから俺は警戒し、距離を置いていた。
 優男は、この女に、そそのかされたのではないか。
 宝物は山分け、三人殺せば取り分は増える……などと、囁いたのではないか。
 結果。財宝は全て今、ストレガ一人の手に渡りつつある。
 負傷した俺に、とどめを刺せば、そうなる。
「……許せねえ」
 俺は戦槌を振り上げ、踏み込んだ。
 力を温存しているキャスターに、手負いの俺が勝てるかどうかはわからない。
 先制攻撃で、有無を言わさず殴り殺すしかない。
「死にやがれ、このペテン師が!」
「どうどう。大人しく、安静にしたまえ。君の負傷は、軽くはないのだ」
 いたわるような優しい口調が、俺は気に入らなかった。
「まあ落ち着いて。私と一緒に、この歴史的・考古学的発見を堪能するのだ。見たまえ、この壁画を。壁画と言うより彫刻かな」
 今にも崩れそうな石壁に、確かに何か、彫り込まれているようである。
 そんな事よりも俺は、この女を叩き殺さなければならない。
「ここに彫られた、四つの生き物……ふむ、間違いない。これらは、始まりの四種の人間なのだ。ヒューマン、エルフ、ハーフリング、それに君たちドワーフ」
 牝ゴブリンの世迷い言を聞かされながら、俺はしかし、動く事が出来なかった。
 いたわるような優しい口調で発せられた、三つの言葉。
 大人しく。安静に。落ち着いて。
 それらが、俺の身体を縛っている。
 大人しく、しなければならない。落ち着いていなければ、ならない。
 俺は無論、そんな事を微塵も思ってはいない。
 俺の肉体が、しかしストレガの命令に屈しつつある。
「四つの種族が神々の庇護のもと、仲良く平和に暮らしていたという……これは、神代の歴史。否。歴史が、伝説・神話の類と判別し難かった時代を記したものなのだ」
「……てめえ……殺す……」
「落ち着いて。そこに、とどまるのだ」
 あと一歩、踏み込んで戦槌を振り下ろせば。
 この不気味なゴブリナのキャスターを、叩き殺す事が出来る。
 あと一歩。
 そこで、しかし俺の両足は動かなくなっていた。
 大人しく、安静に、落ち着いて。
 そこに、とどまる。
 ストレガの発する言葉が、重力の塊となって、両足にのしかかっている。
 今、俺が置かれている状況を、無理矢理にでも言葉で表すとしたら、そのようにしかならない。
「四種の人間が……大昔は、神々に見守られて平和に、争う事もなく、穏やかに過ごしていたと」
 神代の物語が彫られた石壁を見つめながら、ストレガは語る。
「今は、そこにハーフビーストやら私たちゴブリンやらが加わって色々しっちゃかめっちゃか。争い事は絶えないし、とても平和とは言えないのだ」
 今も、殺し合いが起こったばかりである。
 ここにいたのは、ヒューマンとエルフとドワーフ、それにゴブリン。
 ハーフリングやハーフビーストがいたとしても同じ事になっていただろう、と俺は思う。
 この山積みの財宝を巡って、全員が殺し合っていた。
 ストレガ・L・リベルガストラという、邪悪なゴブリナの口車に乗ってだ。
 この女の口車は、乗った者を確実に地獄へと運ぶ。
 破滅へと、向かわせる。
 本物のキャスターだ、と俺は思わざるを得なかった。
 破滅を、唱える者。
 今、俺の両足は動かない。
 本当に、それだけか。
 このゴブリン魔女が、俺に対する呪いを一言でも口にしたならば。
 俺の、両足のみならず全身が、悪しき重力によって押し潰されてしまうのではないか。
「では。大昔は、本当に平和だったのか。神代と呼ばれる時代……四つの種族は、本当に仲良く暮らしていたのか否か」
 ストレガの囁きが、背後から耳元に流れ込んで来る。
 それと同時に、激痛が走る。肩に、背中に。
「私は、それが知りたいのだ。神代の真実を」
 動けぬ俺の背後に、いつの間にかストレガはいた。
 突き刺った矢を、引き抜いてくれている。一本一本、丁寧に。
「案外、今とそう違わなかったのではないかなあ、なぁんて私は思っているのだ。ヒューマンもエルフも、ドワーフもハーフリングも、争ってばかりで。神々はそれを嘆いていたのか、あるいは実は、けしかけていたのか」
「…………昔は、良かった……神話や伝説なんてもの、大抵はソレだからな……」
「いい事を言う。君が生き延びてくれて、本当に良かったのだ」
 お前一人を生き残らせてやった甲斐があった。
 そう言われたように、俺は感じた。
「神代と呼ばれる時代に関して比較的、信憑性の高い情報が記されているかも知れない遺跡……いくつか私が目星を付けていた、ここはその一つなのだ」
 巨大な魔獣の屍を、ストレガは見やった。
「……ちょっと手強い番人がいる事も知っていたから、仲間を募集していたのだ」
「で……用済みになったから、始末したのか」
 先程まで生きた仲間であった屍を、俺は見やった。
「……上手い事、やりやがったもんだな」
「うふふふふふふふふ、甘く見てもらっては困るのだ」
 ストレガの笑いに、より一層、禍々しいものが宿った。
「私が本気で、仲間割れを煽動したら……君だって、生きてはいないのだ」
「……そりゃ、そうか」
「こうして生き残った事からも、わかる通り……君が一番、油断ならない。まず真っ先に始末させるのだ」
 言いつつストレガも、仲間たちの死体を見つめた。
 いくらかは、痛ましいと思っているのか。
 眼差しからは、何も読み取れない。
「……あの三人、ひそひそと話し合っていたのだ。私と君を殺して、財宝の取り分を増やす。そんな事をね」
 ストレガが嘘を言っている、わけではないだろう。
 半死半生のドワーフを、ここで騙す理由はない。
 そう考えるだけの冷静さを、俺は取り戻していた。
 先程まで俺は明らかに、頭に血が昇っていた。
 このゴブリン魔女と話しているうちに、落ち着いてしまったのか。
 ある意味それは、口車に乗せられた事になりはしないか。
「あのヒーラー殿。私ほどではないにしても、なかなかに煽動が上手でねえ。放っておいたら私も君も、他二人に後ろから命を狙われていたのだ。魔獣と戦っている最中に、ね……それが済んだらヒーラー殿が、その二名を後ろから始末する。手負いの魔獣もろとも。そして見事お宝を独り占めと、そういう寸法だったのだ」
 その場合、始末されていたのはヒーラーの方だったかも知れない。
 大男もエルフ女も、考えている事は同じだった。
 他の者を皆殺しにして、財宝を独占する。
 その欲望が、俺の中にも全く無かったわけではない。
 この牝ゴブリンは、どうなのか。
「だから私の方からヒーラー殿に話を持ちかけたのだ。人数を減らして取り分を増やすにしても、せめて魔獣を完全に倒した後にしようと。働き者のドワーフ殿に一番キツい戦いを上手く押し付けて消耗させる、そして大男殿かエルフ殿に始末してもらう。当然その二人にも消えてもらう。残った私たちで、お宝を山分けと」
「……俺が生き残ったのは、計算外と。そういうわけか?」
「まさしく」
 ストレガが笑った。
 俺が生き残った事を、心から喜んでくれている、ようにも見えてしまうから厄介なものだ。
「君は私が思っていたよりも、ずっと冷静で、お宝に心を奪われていなかった。だから生き延びたのだ」
 山積みの宝物類を、俺は見つめた。
 これだけの金銀財宝に、心奪われないはずはなかった。
 ただ俺は、自分の命の方が大事だった。それだけだ。
「……出来れば、人死には出したくなかったのだ」
 仲間たちの屍を見つめ、ストレガは言った。
「ただ三人とも……他の全員を殺してお宝を独り占めする気、満々だったのだ」
「だろうな」
 人道的な説得で、どうにか出来るものではない。
 魔獣を倒すには、五人分の戦力が必要だった。
 その後、財宝を巡っての殺し合いは必ず起こっていた。前もって防ぐ事など、出来なかっただろう。
 自分が殺されぬよう、先手を打った。
 ストレガが行ったのは、ただそれだけの事である。
 ヒューマン、エルフ、ドワーフ、ハーフリング。
 それらなのであろう四つの生き物、の他に、様々なものが石壁には彫り込まれている。
 絵画か、文字・記号であるのかも、よくわからない。
 文字の存在しない時代に彫られたもの、であるのかも知れない。
 それらを、ストレガは見据えている。
 網膜に、脳裏に、焼き付けているのだろう。
 俺は、確信せざるを得なかった。
 この女、本当に知識だけを求めて、この遺跡に入り込んだのだ。
 金銀財宝を巡って殺し合う同行者など、ストレガにとっては邪魔者でしかない。人を喰らう魔獣と、同じくらいにだ。
 だから先手を打って、排除した。自滅へと導いた。
 三人とも、魔女の口車によって地獄へと運び去られたのだ。
 俺が生き残ったのは、単なる悪運に過ぎない。
 この魔女にとって、知識の獲得を妨げる者は、運び去って視界から消してしまうべき不要物でしかないのである。
「……時間をかけて調査をしたい、ところだけど。それは日を改めるのだ」
 ストレガが、こちらを向いた。
「町へ戻って、君を手当てしなければ。何しろヒーラー殿が死んでしまったのだ」
「……てめえ本当に、お宝にゃ少しも興味がねえんだな」
 俺は苦笑した。
 山積みの財宝が全て、俺のものになるのか。
 そんな思いが、無いわけではなかった。
「私はそんな聖人君子ではないのだ。ゴブリンだし。霞を食って生きている、わけでもないし」
 言いつつストレガは、金銀財宝を一瞥した。
「けど、このお宝には手をつけない方がいいのだ。私も君も」
「手をつけちまったら……」
「私たちが、お宝目当てに三人を殺した……という話に、なってしまうのだ。真実かどうかは関係なし、そういう噂があっと言う間に広まって、私も君も冒険者を続けていられなくなるのだ」
「……自分で、歩ける」
 ストレガが肩を貸そうとしてきたので、俺は振り払い、歩き出した。
 山積みの金銀財宝が、速やかに視界から消え失せるよう、俺は痛む身体に鞭打って歩調を速めた。


 あの金銀財宝は結局、冒険者ギルドが回収する事となった。
 俺たち冒険者全員の共益費という形で使われるのか、あるいはギルドの関係者が懐に入れてしまうのか、それはもはや俺の知った事ではない。
 重要なのは、俺とストレガ・L・リベルガストラが、あれら財宝の存在をギルドに報告した事。
 それによって、あの三人の死が私利私欲の殺し合いの結果であり、俺たちが財宝目当ての殺人を犯したわけではないと証明された事、である。
 この辺りは、いささか腹立たしくはあるが、ストレガの言う通りではあった。
 俺たち二人は今、再び、あの遺跡内にいる。
 俺の身体が完治したのを見計らったかのように、ストレガの方から声をかけてきたのだ。
 何故、断らなかったのか。それは、俺自身にもわからない。
 魔女の口車に乗ってしまった、としか思えなかった。
「いやはや。君に声をかけて、本当に良かったのだ」
 石壁を見つめながらストレガが、暢気な声を発している。
 もう一つ、別の彫刻壁画が見つかったのだ。
 何が描かれ彫られてあるのか、俺には皆目見当がつかない。
 そんなものの解読を、このゴブリン魔女は試みている。
 その間の護衛が、俺の役目であった。
 手強い魔獣は、もういない。
 そう高をくくっていた俺が愚かであった、としか言いようがなかった。
「強い、だけでなく義理堅い。引き受けた仕事は途中で投げ出す事なく、最後までやり遂げる。別に私のためでなく、己自身の存在意義を保つため……であったとしても私は大いに助かっている。君は本当に頼もしい存在なのだ」
 ひたすら誉められている、ようでいて、俺は完全に呪縛されていた。
 この戦いを、俺は最後までやり遂げなければならなくなった。途中で投げ出す事が、出来なくなったのだ。
 魔女ストレガの言葉には、聴かせる相手を呪縛する力がある。
 呪縛されるままに俺は踏み込み、戦槌を振るっていた。
 襲い来る鉤爪や牙、棘のある触手を、打ち払う。
 それらの発生源である異形の肉体を、叩き潰す。
 クリーパーの群れ、であった。
 この連中は本当に、どこにでも出現する。
 何匹かが俺を迂回し、ストレガに襲いかかった。
 そう見えた時には、光の雨が降っていた。
 ストレガの、呟きに合わせてだ。
「……打たれよ」
 クリーパーたちが、本当に打たれていた。
 鉤爪を、牙を、触手を、高速で石畳を這う節足を、光の雨に打ち砕かれていた。
 攻撃・移動の手段を失い、のたうつだけのクリーパーたちに、俺は戦槌でとどめを刺していった。
「てめえ、自分で戦えるんじゃねえか!」
「いやいや、私に出来るのは足止めだけ。これを戦いなどと言っては君に失礼なのだ」
 のんびりと彫刻壁画の解読を試みながら、ストレガは言った。
「本当の戦いは、君に任せるしかない。非力なゴブリナの学徒を、どうか守って欲しいのだ勇者殿」
「クソがああああああッ!」
 押し寄せるクリーパーの群れをひたすら粉砕し続けながら、俺は吼えた。
 非力なゴブリナの学徒とやらを罵っているのか、そんな奴にいいように使われている自分自身が許せないのか、俺にはわからなかった。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0