故郷への手紙
キャラクターノベル制作 紀藤トキ納品 2020年12月01日 18時34分00秒
「……お体に気を付けて、お過ごしください。よし、できたわ!」
書き上げた書面を乾かすために机に並べ、シャロン・ラ・モリエールは一息ついた。いつもの締めの言葉は堅苦しいなあ、とも思うのだが、マザーの教えが身についているのは嬉しくもある。孤児たちは元気だろうか。少し身に付く物でも送った方がいいだろうか、などと思いながら自分の二の腕を睨む。冒険者家業に身を投じたのは成り行きだけど、こうして無駄なお肉の心配をする位に生活は順調だ。やせこけた子供の頃の自分が、今の自分を見たらどう言うだろう。
「お肉寄こせ! ……よね」
うん、やはり仕送りに食べ物を加えよう、と。そう思いながら寝台に倒れ込む。頭を使ったので、ちょっと休憩だ。
●
マザーが言うには、橋の下に捨てられていたのだとか。赤ん坊の私が包まっていたボロ布を、マザーから旅立ちの日に渡してもらった。話を聞いても何の感慨もわかなかった。仕方がなく手放した子だったら、お包みに名前だけ大事に刺繍してあったりするらしい。私の名前は、孤児院でつけてもらったものだ。マザーが親で、大勢の兄弟姉妹がいればそれでいい。
特に贔屓もされず、特に虐げられもしなかった結果、幼い私はいつもお腹を空かせていた。みんなそうだ。兄弟姉妹たちと違う点があったとすれば、現状から逃れるための手段をいつも考えていたことだろう。手遊びの時間にままごとじみたことをする時には。
『私、お姫様』
『俺は騎士!』
周りが夢のある事を言う中で、
『お肉屋さんになりたい!』
などと言い出していた。農家の時もあったけど、果物屋さんと言った時もあったな。理由は大体お腹いっぱい食べれるから、だった。マザーはにっこり笑って、それらの職業についてしっかりと教えてくれたので、夢は夢のままで終わったけれど。それを横で聞かされていたおかげで、同世代はやけに現実的に育ってしまったらしい。
はて、同世代と言えば。さっさと出てきた私にはわからないのだけど、マザーの手伝いには結局誰が残ったのだろう。こうして外からお金を送っているものの、孤児院に残ってくれた誰かには頭が下がるばかりだ。あ、残っている誰かにと言えば、いつものお願いがあったっけ。
「追伸:蛇のお世話も忘れないでよ。っと」
どうやら蛇はおいしく食べれるらしいと、依頼で聞いた。念を押しておかないと、やんちゃな誰かが食べてしまうかもしれない。幼い時の辛い修行の日々を共に過ごした戦友が、知らない間に食されていたら寂しいではないか。
『師匠、水汲み終わった!』
『よし、こぼれてないな。その足の運びを忘れるなよ。あと、その蛇はしまっとけ』
『師匠はそうやって口ばっかり。早く怪物退治に連れて行ってよ!』
幼かった私は、そうやって口を尖らせていたけれど。結局、実戦に連れていってもらう事はなかった。まあ、今にして思えば当たり前だ。短い間だったが、師匠に教わった武術の修業は今でも続けている。マザーに習った礼儀作法とかの方は、ちょっと、いささか、なおざりになっているかも。今度復習しないと。
『こんな修行、ホントに役に立つの?』
『嫌か? 嫌ならやめてもいいんだぞ? あと、蛇はしまえ』
『やめない。お金稼いで綺麗な服を買う』
『そんなこと言って、市場に連れて行ったら屋台しか見てなかっただろう、お前』
面倒なばかりに思えたあの修行が、実際に武器を握ってみると全部に意味があったのだから、びっくりだ。呼吸とか、歩き方とか、座り方に立ち方。めんどくさいし、隙あらば『早く師匠みたいにどっかんばっかんやってお金稼いでおなか一杯食べたいよ!』とか駄々をこねたものだ。師匠には食いしん坊だと思われていたに違いない。でも、修行明けに食べさせてくれたご飯はびっくりするくらい美味しかった。鳥とお米と山菜が葉っぱにくるまっていた奴。シャルガネに行ったら探して食べよう、と心のメモに明記する。
「師匠。どこかで、会えるわよね」
あっちも今は旅の空。どこかでばったり出会えるかもしれない。不思議と、死別している気だけはしないのだ。東方の、謎の武術家。師匠と呼んではいたけれど、名前は憶えていないし顔もうろ覚え。マザーよりはだいぶ年下の男の人だった。髪の色がきれいな黒だったのだけ良く覚えている。あと、なんか蛇が苦手だった。
『ずるい! 綺麗な黒い髪! 私の赤い髪だとその帯に合わないもん』
『修行着はおしゃれ用じゃねぇ! っていうかこいつはお前にはやれねぇよ。いいからこの白いの付けとけ』
師匠の変な髪型は思い出せるのに。やっぱり、顔が思い出せない。仕方がない。弟子入りしたのは10にも満たない幼子だったのだから。よく認めてくれたなあ、師匠。良く認めさせたなあ、あの頃の私。
『よし、では試練を課そう。空椅子の行を一週間。朝と夕、礼拝の時間をずっとそれで過ごすんだ。もしも、それに耐えたなら弟子にしてやる』
……とか、根負けした師匠に言わせた時点で勝ったのは私なのだ。あの頃の私は、食べる為なら何だってした。いや、悪いことはしなかったと思うけど。辛いだけならどんとこい、だったと思う。
『ホント、あなた達は出来がいいのか悪いのか……』
マザーの嘆きの声が聞こえた気がした。いやいや、同世代のみんなが頑張り屋になったのは私の影響だけじゃないし、私が頑張り屋になれたのは皆のお陰もある。まあ、主犯の一人だったのは間違いない、かも。懐かしいな、みんな。いつものように変なことを始めた私の事を、告げ口せずに隠そうとしてくれたっけ。
『え、本当に? このチビが空気椅子を一週間毎日やったのか?』
『はい、確かに。この子はやりとげましたよ。そうですか……。これはあなたの指示でしたか。なるほど』
そう、七日目に空気椅子がマザーにばれて、洗いざらい吐かされて。師匠の下宿先に二人で行ったのだ。事情を聴いたマザーはため息をつきつつ、私の弟子入りを認めてくれた。あと、あれから師匠がマザーをさんづけで呼ぶようになった気がする。
『くそ、うやむやにして逃げる算段が……。あ、やめろ。蛇しまえ!?』
などと言っていたけど、師匠はちゃんと一冬、残ってくれた。約束を反故にして逃げるならそもそも一週間待ってる必要はなかったし、そういう人だったんだ。あ、少し顔を思い出してきた、かも?
「……追伸2:師匠がそっちに顔を出したら教えてください」
一度ちゃんとお礼を言いたいし、あと今の自分を見てほしい。新しい修行方法も教えてほしい。そういえば師匠は授恵者だったのかも、知らないな。とんでもなく強い気がしたし、たぶんそうなんだろうけれど。マザーなら知っていただろうか。教えてもらえるように、追伸その3を書き足さなければ。
「む、どこかで会うかもと言えば……」
もう一人、私の人生に大きな影響を与えた人がいたっけ。向こうに悪気はない、というか私のことを認識していたかどうかも怪しいのだけど。あれは、私が授恵者の力に目覚めて、孤児院の隣の施療院でお手伝いをはじめた数日後だった。村の近くで、崖崩れが起きたのだ。怪我人が大勢出て、皆の顔も曇っていた。そんな時に、ばぁん、と音高く扉を開いて彼女は現れた。
『崖崩れが起きたと聞いてきました!』
『え。どちら様ですか? うちは施療院なので元気な人は……』
『いえ、お構いなく。あ、怪我をしたのはあの人ですね?』
そういえば、あの聖女様は今の私と大して変わらない年の頃だった。崖崩れで足を折った御者さんだけでなく、ついでとばかりに他の怪我人やらの治療をはじめて。果ては腰痛のお爺ちゃんまで治されてしまったので、施療院に来る患者さんが全然なくなってしまったのだ。
『わ、私の人生設計が……』
この力で人を癒すことでお腹いっぱい食べれるようになる、と思った矢先のこと。同じ授恵者といっても、レベルが違うというのはこの事なのだろうなあ、と見上げる思いで眺めていた。一日に何回も、時には何人もまとめて治療する。しかも無料である。ずるい。聖女と呼ばれるのも仕方がないと思う。
『今日も、治療の仕事ないですかあ……』
『すまんなあ、シャロン。あれから商売あがったりでのう。いっそお茶屋でもするかね、はっはっは』
老医師はそんな風に笑っていた。あとで事情を知った聖女様は、施療院にたくさんの寄付をもって謝りに来た。善人なだけの彼女を恨むのも筋違いで、でも現実問題として村では治療の仕事はなくなってしまった。
思えば。冒険者になろうと思ったのはそんな偶然の積み重なりだった。たとえば師匠が気まぐれを起こさなければ。空気椅子がマザーに見つからなければ。授恵者にならなければ。聖女様が来なければ。私は孤児院を出て村の誰かに嫁いで……、いたかどうかは怪しいけれど。もしかしたら、商売くらいは始めていたかもしれない。瞬発力とやる気はあるのだ。頼りになる仲間もいたし。
「……追伸4:聖女様に会うことがあったら、私から、って。あの時の差し入れのお礼言っておいてね」
寄付をもって来た時には、さすがにお礼を言う気にはなれずに部屋でごろごろしていたのだけど。あのお金があったから、教会が助かったのは間違いない。冒険者になると言い出した私が餞別に旅費を貰えたのも、そのおかげだったのだろう。だから、という訳ではないけれど。今が楽しい私としては、今度会えたらちゃんとお礼を伝えてもいいな、と思ったのだった。
●
そして。彼女の手紙を受け取った尼僧は今回も苦笑を浮かべるのだ。
「ホントに、あの子の手紙はいつもいつもこうなのですからね……。でも、元気そうで何よりだわ」
追伸が本文と同じくらいある、ちょっと変な手紙を文箱へおいて。マザーは庭の子供たちに声をかけた。どうやら、聖霊節にはこの子たちにもお肉を食べさせてあげられそうだ。
――優しいあの子のお陰で。
書き上げた書面を乾かすために机に並べ、シャロン・ラ・モリエールは一息ついた。いつもの締めの言葉は堅苦しいなあ、とも思うのだが、マザーの教えが身についているのは嬉しくもある。孤児たちは元気だろうか。少し身に付く物でも送った方がいいだろうか、などと思いながら自分の二の腕を睨む。冒険者家業に身を投じたのは成り行きだけど、こうして無駄なお肉の心配をする位に生活は順調だ。やせこけた子供の頃の自分が、今の自分を見たらどう言うだろう。
「お肉寄こせ! ……よね」
うん、やはり仕送りに食べ物を加えよう、と。そう思いながら寝台に倒れ込む。頭を使ったので、ちょっと休憩だ。
●
マザーが言うには、橋の下に捨てられていたのだとか。赤ん坊の私が包まっていたボロ布を、マザーから旅立ちの日に渡してもらった。話を聞いても何の感慨もわかなかった。仕方がなく手放した子だったら、お包みに名前だけ大事に刺繍してあったりするらしい。私の名前は、孤児院でつけてもらったものだ。マザーが親で、大勢の兄弟姉妹がいればそれでいい。
特に贔屓もされず、特に虐げられもしなかった結果、幼い私はいつもお腹を空かせていた。みんなそうだ。兄弟姉妹たちと違う点があったとすれば、現状から逃れるための手段をいつも考えていたことだろう。手遊びの時間にままごとじみたことをする時には。
『私、お姫様』
『俺は騎士!』
周りが夢のある事を言う中で、
『お肉屋さんになりたい!』
などと言い出していた。農家の時もあったけど、果物屋さんと言った時もあったな。理由は大体お腹いっぱい食べれるから、だった。マザーはにっこり笑って、それらの職業についてしっかりと教えてくれたので、夢は夢のままで終わったけれど。それを横で聞かされていたおかげで、同世代はやけに現実的に育ってしまったらしい。
はて、同世代と言えば。さっさと出てきた私にはわからないのだけど、マザーの手伝いには結局誰が残ったのだろう。こうして外からお金を送っているものの、孤児院に残ってくれた誰かには頭が下がるばかりだ。あ、残っている誰かにと言えば、いつものお願いがあったっけ。
「追伸:蛇のお世話も忘れないでよ。っと」
どうやら蛇はおいしく食べれるらしいと、依頼で聞いた。念を押しておかないと、やんちゃな誰かが食べてしまうかもしれない。幼い時の辛い修行の日々を共に過ごした戦友が、知らない間に食されていたら寂しいではないか。
『師匠、水汲み終わった!』
『よし、こぼれてないな。その足の運びを忘れるなよ。あと、その蛇はしまっとけ』
『師匠はそうやって口ばっかり。早く怪物退治に連れて行ってよ!』
幼かった私は、そうやって口を尖らせていたけれど。結局、実戦に連れていってもらう事はなかった。まあ、今にして思えば当たり前だ。短い間だったが、師匠に教わった武術の修業は今でも続けている。マザーに習った礼儀作法とかの方は、ちょっと、いささか、なおざりになっているかも。今度復習しないと。
『こんな修行、ホントに役に立つの?』
『嫌か? 嫌ならやめてもいいんだぞ? あと、蛇はしまえ』
『やめない。お金稼いで綺麗な服を買う』
『そんなこと言って、市場に連れて行ったら屋台しか見てなかっただろう、お前』
面倒なばかりに思えたあの修行が、実際に武器を握ってみると全部に意味があったのだから、びっくりだ。呼吸とか、歩き方とか、座り方に立ち方。めんどくさいし、隙あらば『早く師匠みたいにどっかんばっかんやってお金稼いでおなか一杯食べたいよ!』とか駄々をこねたものだ。師匠には食いしん坊だと思われていたに違いない。でも、修行明けに食べさせてくれたご飯はびっくりするくらい美味しかった。鳥とお米と山菜が葉っぱにくるまっていた奴。シャルガネに行ったら探して食べよう、と心のメモに明記する。
「師匠。どこかで、会えるわよね」
あっちも今は旅の空。どこかでばったり出会えるかもしれない。不思議と、死別している気だけはしないのだ。東方の、謎の武術家。師匠と呼んではいたけれど、名前は憶えていないし顔もうろ覚え。マザーよりはだいぶ年下の男の人だった。髪の色がきれいな黒だったのだけ良く覚えている。あと、なんか蛇が苦手だった。
『ずるい! 綺麗な黒い髪! 私の赤い髪だとその帯に合わないもん』
『修行着はおしゃれ用じゃねぇ! っていうかこいつはお前にはやれねぇよ。いいからこの白いの付けとけ』
師匠の変な髪型は思い出せるのに。やっぱり、顔が思い出せない。仕方がない。弟子入りしたのは10にも満たない幼子だったのだから。よく認めてくれたなあ、師匠。良く認めさせたなあ、あの頃の私。
『よし、では試練を課そう。空椅子の行を一週間。朝と夕、礼拝の時間をずっとそれで過ごすんだ。もしも、それに耐えたなら弟子にしてやる』
……とか、根負けした師匠に言わせた時点で勝ったのは私なのだ。あの頃の私は、食べる為なら何だってした。いや、悪いことはしなかったと思うけど。辛いだけならどんとこい、だったと思う。
『ホント、あなた達は出来がいいのか悪いのか……』
マザーの嘆きの声が聞こえた気がした。いやいや、同世代のみんなが頑張り屋になったのは私の影響だけじゃないし、私が頑張り屋になれたのは皆のお陰もある。まあ、主犯の一人だったのは間違いない、かも。懐かしいな、みんな。いつものように変なことを始めた私の事を、告げ口せずに隠そうとしてくれたっけ。
『え、本当に? このチビが空気椅子を一週間毎日やったのか?』
『はい、確かに。この子はやりとげましたよ。そうですか……。これはあなたの指示でしたか。なるほど』
そう、七日目に空気椅子がマザーにばれて、洗いざらい吐かされて。師匠の下宿先に二人で行ったのだ。事情を聴いたマザーはため息をつきつつ、私の弟子入りを認めてくれた。あと、あれから師匠がマザーをさんづけで呼ぶようになった気がする。
『くそ、うやむやにして逃げる算段が……。あ、やめろ。蛇しまえ!?』
などと言っていたけど、師匠はちゃんと一冬、残ってくれた。約束を反故にして逃げるならそもそも一週間待ってる必要はなかったし、そういう人だったんだ。あ、少し顔を思い出してきた、かも?
「……追伸2:師匠がそっちに顔を出したら教えてください」
一度ちゃんとお礼を言いたいし、あと今の自分を見てほしい。新しい修行方法も教えてほしい。そういえば師匠は授恵者だったのかも、知らないな。とんでもなく強い気がしたし、たぶんそうなんだろうけれど。マザーなら知っていただろうか。教えてもらえるように、追伸その3を書き足さなければ。
「む、どこかで会うかもと言えば……」
もう一人、私の人生に大きな影響を与えた人がいたっけ。向こうに悪気はない、というか私のことを認識していたかどうかも怪しいのだけど。あれは、私が授恵者の力に目覚めて、孤児院の隣の施療院でお手伝いをはじめた数日後だった。村の近くで、崖崩れが起きたのだ。怪我人が大勢出て、皆の顔も曇っていた。そんな時に、ばぁん、と音高く扉を開いて彼女は現れた。
『崖崩れが起きたと聞いてきました!』
『え。どちら様ですか? うちは施療院なので元気な人は……』
『いえ、お構いなく。あ、怪我をしたのはあの人ですね?』
そういえば、あの聖女様は今の私と大して変わらない年の頃だった。崖崩れで足を折った御者さんだけでなく、ついでとばかりに他の怪我人やらの治療をはじめて。果ては腰痛のお爺ちゃんまで治されてしまったので、施療院に来る患者さんが全然なくなってしまったのだ。
『わ、私の人生設計が……』
この力で人を癒すことでお腹いっぱい食べれるようになる、と思った矢先のこと。同じ授恵者といっても、レベルが違うというのはこの事なのだろうなあ、と見上げる思いで眺めていた。一日に何回も、時には何人もまとめて治療する。しかも無料である。ずるい。聖女と呼ばれるのも仕方がないと思う。
『今日も、治療の仕事ないですかあ……』
『すまんなあ、シャロン。あれから商売あがったりでのう。いっそお茶屋でもするかね、はっはっは』
老医師はそんな風に笑っていた。あとで事情を知った聖女様は、施療院にたくさんの寄付をもって謝りに来た。善人なだけの彼女を恨むのも筋違いで、でも現実問題として村では治療の仕事はなくなってしまった。
思えば。冒険者になろうと思ったのはそんな偶然の積み重なりだった。たとえば師匠が気まぐれを起こさなければ。空気椅子がマザーに見つからなければ。授恵者にならなければ。聖女様が来なければ。私は孤児院を出て村の誰かに嫁いで……、いたかどうかは怪しいけれど。もしかしたら、商売くらいは始めていたかもしれない。瞬発力とやる気はあるのだ。頼りになる仲間もいたし。
「……追伸4:聖女様に会うことがあったら、私から、って。あの時の差し入れのお礼言っておいてね」
寄付をもって来た時には、さすがにお礼を言う気にはなれずに部屋でごろごろしていたのだけど。あのお金があったから、教会が助かったのは間違いない。冒険者になると言い出した私が餞別に旅費を貰えたのも、そのおかげだったのだろう。だから、という訳ではないけれど。今が楽しい私としては、今度会えたらちゃんとお礼を伝えてもいいな、と思ったのだった。
●
そして。彼女の手紙を受け取った尼僧は今回も苦笑を浮かべるのだ。
「ホントに、あの子の手紙はいつもいつもこうなのですからね……。でも、元気そうで何よりだわ」
追伸が本文と同じくらいある、ちょっと変な手紙を文箱へおいて。マザーは庭の子供たちに声をかけた。どうやら、聖霊節にはこの子たちにもお肉を食べさせてあげられそうだ。
――優しいあの子のお陰で。