海と水着と賢人と
キャラクターノベル制作 ウケッキ納品 2023年08月04日 09時28分02秒
●海と水着と賢人と
とある森の中にある【ストレガ・L・リベルガストラ】の自宅兼研究施設の一室。
彼女の助手の少年【レゼル】はストレガに頼まれた本棚の整理を行っていた。研究に使う際、出しては読み漁り、出しては項目を探しを繰り返す為、膨大な本が乱雑に広がるのである。勿論、ストレガも整理はするのだが、冒険稼業もあるが故にそこまで整理に時間を掛けられないのが現状だ。
その為、整理整頓は彼の役目となっている。そのおかげでどの本がどの辺りにあるか、使用する器具がどの位置にあるか、などを彼は徐々にではあるが把握している。決して要領が悪いわけではない。ただ単に物の数が膨大なのだ。
「ふう、後は海産物関連の本をあっちの棚に……」
梯子から降りて、次の本棚に向かおうとしたその時、勢いよく扉が開け放たれストレガが現れた。何やら、むふふんっとどや顔をしている。ああいう時は何かいいことを思いついた時の顔だ。
「少年ッ! 海に行くのだ! 用意をしてくるといい!」
「ふえっ!? う、海ですか!? きゅ、急ですねぇ……」
海と言えばこのロスガリアは陸続きであるが為に、船を使っての海路の移動は海運の仕事でもしているか、海沿いに住んでいるかしない限りは一般的に稀である。海にはそこをテリトリーとしている凶悪な魔物も存在するが故に、踏み入るには中々にハードルが高いのだ。エラトゥーン都市同盟のように海に面した町などに居住していない限りは泳ぐ機会は更に稀だろう。
「海、行ったことないんですよね。中々、その、行く機会に恵まれませんでしたから」
「うむ! それもあるので、今回は水練と野営に行くのだ! 少年の経験にもなるのだーっ」
既にストレガは準備を済ませており、何やら様々な野営の道具や水着などを荷物として外にいるミニビヒモーに積み込んでいる。ミニビヒモーは草をはみながらのんびりしているようだ。
レゼルも遠出の準備を済ませ、それらをミニビヒモーに繋がれた荷馬車へと積み込んでいった。
しばらくして、ストレガたちは海へと向かって出発する。目指すは人気のない海岸。ゴールディーの東に行けば、そのような所はあるだろう。
ふと、気になってレゼルは聞いてみる。いつもならストレガがいない間の研究施設の保持はレゼルの役目だ。連泊するという今回はいつもよりも滞在日数が多い為、一体どうするのだろうと。
「ストレガ様、研究施設の保持はどうするのですか? 流石に数日間あけるとなると……」
そう聞いたレゼルに、にやっと笑ってストレガは説明する。
「問題はないのだ。知り合いの信頼できる学者に任せたのだ。多少の金と資料を与えて、畑の世話も頼んだ。風呂も掃除がてら入って良いと言ってあるから水回りも問題はない筈なのだ」
「なるほど、それなら研究施設の保持は大丈夫そうですね」
施設は自宅でもあるが故に、ストレガの下着なども割とあったりはするが……彼女の知り合いならば問題ないのだろうとレゼルは考えた。
「そういえば、今回はどうして海に行くんですか? 水練と僕の経験とは聞いたんですが、何か取りたい素材とかあったり?」
「いや、そうじゃないのだ。ただ単に海に行きたい、ってなっただけなのだ! 行きたいから行く、そこが大事なのだ」
大きな目的があるから行くわけではない。行きたいから行く、まさに娯楽はそういったものである。
しばらく荷馬車と共にゴールディの東へ向けて旅をしたストレガとレゼルはまあまあの時間を掛けて海岸へと着いた。
海岸には見た限りでは人気はない。まあ、多くはないとはいえ海の魔物も出現する地域に海水浴に来ようという人物は少ないだろう。
大小様々な岩がごろごろとしているが、浜辺もありパッと見た感じでは危険性は少なそうに見えた。
その中で、浜辺との切れ間で木々が少し揺れている開けた場所にストレガはテントを設営していく。テントの端に備え付けられたロープを木の幹に結び付けると、海風で外れないようにがっちりと固定する。
「こんな所で大丈夫そうなのだ。では少年、寝床や室内灯を設置していくとしようか。荷車から取ってきて欲しいのだ」
「わかりました、室内灯ですね?」
しばらくして荷車からいくつかの室内灯を取ってきたレゼルは少々驚いた顔をしていた。
「ストレガ様、テント内で室内灯は火災とか心配だったのですがこの室内灯、ヒカリゴケが使われているんですね! これなら火災の心配はなさそうです」
「こういう所に使ったら有効活用できるのだ。その室内灯は大きめだからその位置に。そっちの小さいのは真ん中らへんに吊り下げて欲しいのだ」
レゼルはストレガの指示通り、テントの各所にヒカリゴケの室内灯をぶら下げていく。それが終わったら今度は寝床の設置だ。
荷車から寝床用の荷物を取り出すと、レゼルは手際よく設置していく。ある程度ストレガに連れられて野営の経験があるからか、寝床の設置はお手の物となっていた。
「では少年、水着に着替えて海へ行くのだ!」
素早く水着に着替えたストレガは銛を片手にテントの外で意気込んでいる。
「少年、私は海に行くが……少年は自由にしていて構わないのだ。目的があるならそれも良し、なければ私を眺めていてもいいのだ」
「は、はいっ、えと目的はちょっと思いつかないので、ストレガ様の勇姿を目に焼き付けようかと思いますっ!」
ならばよし、とストレガはレゼルを連れて波打ち際へと向かう。海の深い所には入らないように、目の届かない所には絶対に行かないように、と言った後で銛を握り締め、ストレガは海へと潜っていった。波打ち際でレゼルは足を海に浸し彼なりに楽しんでいるようだ。
水の中は意外に見通しがよく、様々な魚が泳いでおり獲物としては選り取り見取り。まずはと、手近な魚に目をつけて銛を放った。真っ直ぐに伸びた銛が逃げようとした魚の中心部を貫く。
ぷはっと水上に顔を出したストレガは得た魚を装備していたナイフでしめると、レゼルの方へと放る。レゼルはそれを回収し簡素なカゴへと詰めた。
数十分ほどの時間でストレガは次々と獲物をしとめ、レゼルの傍にあるカゴはすぐに一杯になった。
海から上がり、石鹸と真水でストレガが身体を清めている間、レゼルはそちらをなるべく意識しないようにして調理の前準備を進めている。その辺りはどれだけ一緒にいても中々慣れないものだ。ストレガに羞恥心がない、というのもある。
魚の鱗をナイフの背で剥がしながらいらない部分や、内臓などを取り除いておく。後はストレガが調理すればOKな状態まで前準備を進め、ふうと一息ついた所でストレガがやってきた。手頃な布を巻いただけのストレガは何とも魅惑的だ。
「かなり手際が良くなったのだ、少年。経験は身についてこそ……頑張ったのだな、えらいのだ」
レゼルの頭を撫でるストレガはにっこりと笑う。時にして師匠であり、姉であり、母でもあるような彼女のなでなでは彼にとって最高の賛辞であり、ご褒美でもある。
つい緩みそうになる顔を引き締め、レゼルは少々赤くなりながら恥ずかしそうにお礼を言う。
「あ、ありがとうございますっ! で、ではっ、後はお任せしますね」
「うむ、任されたのだ。美味しい魚料理を作るから期待するといいのだ!」
まずは荷車で持ってきた挽肉と野菜を木のボウルの中でこね回し、根気よく肉と野菜を混ぜていく。
香辛料や味付けを軽く施し、それらをレゼルによって下準備がされた魚の内部へと香草と共に詰める。
用意していた短めの木の串で魚の腹を縫い留めると準備は完了。それらを浜辺の石を組み立てて作った竃に置いて焼いていく。
焼いている間にストレガとレゼルは別の料理の準備に取り掛かった。浜辺での料理とはいえ手は抜かない、それがストレガ流である。
レゼルが拾い集めて来た食べられる貝を使い、持ってきた野菜と一緒に鍋で炒めていく。
調味料を加え、ソースが飴色になるまで野菜と貝類を炒めていった。食欲をそそるいい匂いが漂ってくる。
タレ状になったソースと絡めるように混ぜ、器に盛りつけて完成。
「そろそろできたのだ? うむ、良い仕上がりなのだーっ」
ストレガが竃の様子を見ると、焼きあげている魚からぽたぽたと美味しそうな油が垂れ始めている。表面はいい色に焼き上がっていた。
それら焼き魚を木皿に移し、平らな岩を用いた簡素なテーブルの上に並べていく。
「うわぁ……まさか浜辺でこんなに本格的なご飯が食べられるとは思わなかったですよ」
「ふふん、持ってきた素材も使えど知識さえあれば様々なことができるのだ。まあ、明日は簡単な料理にするが故、今日だけではあるが」
ストレガは挽肉と香草を詰め込んで焼いた焼き魚にかぶりつく、肉の油と魚の旨味が合わさり彼女の舌が喜んだ。
「むふぅうーっ! 魚と肉の旨味がいい感じにマッチしているのだ! これは、何匹でもイケルという奴では!」
「確かに美味しいですよこれ! お店で出しても問題ないくらいに!」
ではお次にと、魚にかぶりついているレゼルの横でストレガは野菜と貝のソース炒めを頬張る。コリコリとした貝の食感とシャキシャキとした野菜の食感が彼女の口内を楽しませた。ソースのピリ辛な辛みが良いアクセントになって食欲をそそる。
「ピリッとしてて、なおかつ貝のコリコリ感がなんとも。いくらでも食べられそうな勢いですよね」
「うむ、少年は良い貝を拾って来たのだ。貝のダシが出てこの炒め物はかなり美味しくなったのだ! はむ、むぐむぐ」
パクパクと食べ進め、あっという間に食べ終えた二人は後片付けをした後で、温かい飲み物を用意し焚火の周りに座る。日はもう完全に落ちており、辺りは暗い。夜の海は冷えるものだ。
コップで暖かいお茶を飲みながら、ストレガはレゼルに話しかける。
「少年よ、まずは一日目、どうだった? 何か思う所はあったのだー?」
レゼルはこくっと一口お茶を飲んでから、ストレガの方を向いて答える。
「そうですね、やはり知識量の差が目立つなぁと。もっと精進しないと、まだまだ追いつくことはできないなって思いましたね」
レゼルが言うには、浜辺での足の運び方、海での活動中に至っても動きが自分とは段違いだという。
ストレガは軽く笑いながらお茶を飲んだ。
「それは仕方ないのだ、冒険稼業での経験もこの身に宿っている。それらを生かすのも知識故。とはいえ、少年も悪くはないと思うのだ?」
「いえ、僕はまだまだ……ストレガ様の攻撃を一度も避けられてないですし」
少し申し訳なさそうにしているレゼルの隣に移動すると、ストレガはレゼルの肩にぽん、と手を置く。
「手加減しているとはいえ、授恵者の攻撃なのだ。殴られて立っているだけでも賞賛できるのだ」
「そういうものですかね? もっと強くなりたいです。そうすれば……きっと、もっとストレガ様と一緒に、色んな所に」
何か思っているようなレゼルを見て、ストレガはよし、と決める。明日は彼の強化をしようと。
「では少年、明日は私と特訓するのだ。せっかくの浜辺だし、足場が悪いところでの訓練は身になると思うのだ」
「はいっ、ぜ、ぜひやらせてくださいっ!」
目を輝かせたレゼルを見て満足そうな顔を浮かべたストレガは立ち上がる。
「では今日はもう寝るとするのだ。明日の為にしっかりと身体を休めておくといいのだ」
翌日の為にストレガとレゼルは寝床へと向かい、体を休めるのであった。
翌日の早朝。
レゼルは顔をぺしぺし叩かれる感覚で目を覚ます。
目を開けると目の前にはストレガの顔。どうやら起きないレゼルを起こしてくれたようだ。
「特訓の時間なのだ、少年! まずは準備運動、事前の準備は怠るべからず、なのだ」
「は、はいっ、起きます、今起きますぅ!」
顔が近くて少々気恥ずかしくなったレゼルはがばっと起きると、特訓の用意を整えていく。手や足に滑り止めの細い布を巻き付け、一応持ってきていた練習用の木の棒を荷車から持っていく。
浜辺ではストレガが準備運動を始めており、今は柔軟をしている所であった。レゼルも準備運動、そして柔軟をぬかりなく行う。事前のこういった準備は怪我を防ぐ為にも大事なことだ。
同じく木の棒を構え、ストレガはその先をレゼルに向ける。
「浜辺での足の運び方は体で覚えるのだ。基本はいつもの足の運びと同じだが、柔らかい足場だということに留意するのだ!」
「はいっ! では、お願いしますっ!」
体を少し屈ませたストレガはびゅんっと砂の上でありながら素早くレゼルへと接近する。その足の運び方は熟練の冒険者のソレだ。
ストレガはキャスターであるが故に近接はそこまで得意な方ではない。だが授恵者の得意ではない、は一般人のそれとは大きく違う。元の身体能力が違うからだ。
レゼルに接近したストレガはまずは水平に木の棒を彼の足元目掛けて薙ぎ払った。かなり手加減した一撃ではあるが、そこそこの速度。並の一般人であれば即転倒ものだろう。
だが持ち前の反射神経と普段からストレガにつけて貰っている訓練の賜物か、ストレガの水平に薙いだ一撃を彼は跳んで避ける。
しかし、着地した際にバランスを崩しがくっとふらついてしまった。勿論、ストレガはその隙を逃さない。鋭い突きがレゼルの胸を打った。レゼルはがくっとその場で膝を折る。
「がっ……うぐぐ」
「判断の早さは良し、だがまだまだ甘いのだ。砂地は着地のバランスが取りづらい、着地の隙を狙われないように重心を考えた着地が大事なのだ。さあ、立つのだ、もう一本行くのだ!」
再び立ち上がり、今度はレゼルがストレガに打って出る。木の棒を構えて突進しストレガ仕込みの突きを放つ。
だがその瞬間、ストレガは自分の木の棒の先を若干砂に埋めると、砂をすくうように振り上げる。ばさっと舞った砂がレゼルの顔面を襲った。
「わっぷ!? うわ!? す、砂があぁ!」
「少年、砂地というのは目潰しにも留意するのだ! 型に囚われず使える物は何でも使う、命のやり取りというのは……そういうものなのだ!」
何とか片目を開け、打ち込みを再開したレゼルは上段から木の棒を振り下ろしストレガの肩を狙った。
木の棒で打ち合うかに見せてストレガは直前で手を離す。レゼルはぎょっとして目を丸くした。
そのまま腰を落としたストレガは綺麗な回し蹴りを放つ。顎を打ち抜かれたレゼルはそのまま軽く吹っ飛んだ。
仰向けに転がるレゼルの喉元に木の棒の先を押し付けたストレガの視線は厳しく冷たい。訓練中の彼女に容赦はなかった。
「これでまた一回死んだのだ。少年、相手の方が力量が上の場合、よく観察し先の先まで考えて動くのだ」
「は、はい……すいません」
「だが、さっきの肩を狙った一撃は良かったのだ。この調子でいくのだ。さあ、忘れないうちにもう一回行くのだ!」
「はいっ! お願いしますっ!」
それからしばらく特訓した二人は、日が落ちると共に特訓を終え、真水と石鹸で共に身体を流す。
簡単な焼き魚での食事を終えた二人は寝床に着く。
転がってテントの屋根を見つめながらストレガはレゼルに話しかけた。
「今日の特訓、中々に良かったのだ。まだまだ粗削りなれど、かなり動けるようになってきている。私の一撃で伸びてる時間も短くなったのだ」
「あははは、いつかダウンしないようになりたいですけどね」
ストレガに特訓をつけて貰っているレゼルは授恵者ではない。何かのきっかけで目覚める可能性はあるがそれは天のみぞが知る、といった感じだ。
それでも彼女のお供ができるように、せめて足手まといにならないようにと彼は研鑽を続けている。
「今日はよく頑張ったのだ。えらいぞ、少年。ほら、ちょっと手を出すのだ」
「えっと、こうですか?」
寝床から隣で寝ているストレガの方へレゼルが手を伸ばすと、ストレガがレゼルの手を握る。暖かく柔らかい手が彼の手を包み込んだ。
「す、ストレガ様!?」
「今日のご褒美なのだ。ふふ、安心して寝れるかもなのだ?」
楽しそうに、によによと笑ったストレガは褒美というのもあるがレゼルの反応を楽しんでいる所もありそうだ。
少々気恥ずかしくなりながら、レゼルは次第に眠りに落ちていくのだった。
朝を迎え撤収する為にストレガとレゼルはテントや食べるのに使った岩やその他の物品を片付けて荷車に積んでいく。
なるべく跡を残さない、これは自然環境を汚さない為に必須なことだ。
全て問題なく片付け、荷車に荷物を積み込んだ二人は家路へと足を向ける。
「では我が家へ帰るのだ! いやーいい海だったのだー」
「そうですね、また来たいものですよ、ほんと」
「うむ、また暇があったら来るのだ。その時は今度こそ見つからなかった見たこともないような魔獣を……」
ストレガは見たことのない魔獣を見つけられなかったことだけが残念だったようだ。
そんなストレガの様子を見て、レゼルは少し笑う。
「ははは、ストレガ様はそういうの気にしますよね。次来た時は罠でも用意してみては?」
「はっ!? その手があったのだ!」
そんな会話をしながら二人は家路をいく。
次に来るときは、もしかしたら見たことない魔獣を仕留め、美味しく食べているのかも……知れない。
とある森の中にある【ストレガ・L・リベルガストラ】の自宅兼研究施設の一室。
彼女の助手の少年【レゼル】はストレガに頼まれた本棚の整理を行っていた。研究に使う際、出しては読み漁り、出しては項目を探しを繰り返す為、膨大な本が乱雑に広がるのである。勿論、ストレガも整理はするのだが、冒険稼業もあるが故にそこまで整理に時間を掛けられないのが現状だ。
その為、整理整頓は彼の役目となっている。そのおかげでどの本がどの辺りにあるか、使用する器具がどの位置にあるか、などを彼は徐々にではあるが把握している。決して要領が悪いわけではない。ただ単に物の数が膨大なのだ。
「ふう、後は海産物関連の本をあっちの棚に……」
梯子から降りて、次の本棚に向かおうとしたその時、勢いよく扉が開け放たれストレガが現れた。何やら、むふふんっとどや顔をしている。ああいう時は何かいいことを思いついた時の顔だ。
「少年ッ! 海に行くのだ! 用意をしてくるといい!」
「ふえっ!? う、海ですか!? きゅ、急ですねぇ……」
海と言えばこのロスガリアは陸続きであるが為に、船を使っての海路の移動は海運の仕事でもしているか、海沿いに住んでいるかしない限りは一般的に稀である。海にはそこをテリトリーとしている凶悪な魔物も存在するが故に、踏み入るには中々にハードルが高いのだ。エラトゥーン都市同盟のように海に面した町などに居住していない限りは泳ぐ機会は更に稀だろう。
「海、行ったことないんですよね。中々、その、行く機会に恵まれませんでしたから」
「うむ! それもあるので、今回は水練と野営に行くのだ! 少年の経験にもなるのだーっ」
既にストレガは準備を済ませており、何やら様々な野営の道具や水着などを荷物として外にいるミニビヒモーに積み込んでいる。ミニビヒモーは草をはみながらのんびりしているようだ。
レゼルも遠出の準備を済ませ、それらをミニビヒモーに繋がれた荷馬車へと積み込んでいった。
しばらくして、ストレガたちは海へと向かって出発する。目指すは人気のない海岸。ゴールディーの東に行けば、そのような所はあるだろう。
ふと、気になってレゼルは聞いてみる。いつもならストレガがいない間の研究施設の保持はレゼルの役目だ。連泊するという今回はいつもよりも滞在日数が多い為、一体どうするのだろうと。
「ストレガ様、研究施設の保持はどうするのですか? 流石に数日間あけるとなると……」
そう聞いたレゼルに、にやっと笑ってストレガは説明する。
「問題はないのだ。知り合いの信頼できる学者に任せたのだ。多少の金と資料を与えて、畑の世話も頼んだ。風呂も掃除がてら入って良いと言ってあるから水回りも問題はない筈なのだ」
「なるほど、それなら研究施設の保持は大丈夫そうですね」
施設は自宅でもあるが故に、ストレガの下着なども割とあったりはするが……彼女の知り合いならば問題ないのだろうとレゼルは考えた。
「そういえば、今回はどうして海に行くんですか? 水練と僕の経験とは聞いたんですが、何か取りたい素材とかあったり?」
「いや、そうじゃないのだ。ただ単に海に行きたい、ってなっただけなのだ! 行きたいから行く、そこが大事なのだ」
大きな目的があるから行くわけではない。行きたいから行く、まさに娯楽はそういったものである。
しばらく荷馬車と共にゴールディの東へ向けて旅をしたストレガとレゼルはまあまあの時間を掛けて海岸へと着いた。
海岸には見た限りでは人気はない。まあ、多くはないとはいえ海の魔物も出現する地域に海水浴に来ようという人物は少ないだろう。
大小様々な岩がごろごろとしているが、浜辺もありパッと見た感じでは危険性は少なそうに見えた。
その中で、浜辺との切れ間で木々が少し揺れている開けた場所にストレガはテントを設営していく。テントの端に備え付けられたロープを木の幹に結び付けると、海風で外れないようにがっちりと固定する。
「こんな所で大丈夫そうなのだ。では少年、寝床や室内灯を設置していくとしようか。荷車から取ってきて欲しいのだ」
「わかりました、室内灯ですね?」
しばらくして荷車からいくつかの室内灯を取ってきたレゼルは少々驚いた顔をしていた。
「ストレガ様、テント内で室内灯は火災とか心配だったのですがこの室内灯、ヒカリゴケが使われているんですね! これなら火災の心配はなさそうです」
「こういう所に使ったら有効活用できるのだ。その室内灯は大きめだからその位置に。そっちの小さいのは真ん中らへんに吊り下げて欲しいのだ」
レゼルはストレガの指示通り、テントの各所にヒカリゴケの室内灯をぶら下げていく。それが終わったら今度は寝床の設置だ。
荷車から寝床用の荷物を取り出すと、レゼルは手際よく設置していく。ある程度ストレガに連れられて野営の経験があるからか、寝床の設置はお手の物となっていた。
「では少年、水着に着替えて海へ行くのだ!」
素早く水着に着替えたストレガは銛を片手にテントの外で意気込んでいる。
「少年、私は海に行くが……少年は自由にしていて構わないのだ。目的があるならそれも良し、なければ私を眺めていてもいいのだ」
「は、はいっ、えと目的はちょっと思いつかないので、ストレガ様の勇姿を目に焼き付けようかと思いますっ!」
ならばよし、とストレガはレゼルを連れて波打ち際へと向かう。海の深い所には入らないように、目の届かない所には絶対に行かないように、と言った後で銛を握り締め、ストレガは海へと潜っていった。波打ち際でレゼルは足を海に浸し彼なりに楽しんでいるようだ。
水の中は意外に見通しがよく、様々な魚が泳いでおり獲物としては選り取り見取り。まずはと、手近な魚に目をつけて銛を放った。真っ直ぐに伸びた銛が逃げようとした魚の中心部を貫く。
ぷはっと水上に顔を出したストレガは得た魚を装備していたナイフでしめると、レゼルの方へと放る。レゼルはそれを回収し簡素なカゴへと詰めた。
数十分ほどの時間でストレガは次々と獲物をしとめ、レゼルの傍にあるカゴはすぐに一杯になった。
海から上がり、石鹸と真水でストレガが身体を清めている間、レゼルはそちらをなるべく意識しないようにして調理の前準備を進めている。その辺りはどれだけ一緒にいても中々慣れないものだ。ストレガに羞恥心がない、というのもある。
魚の鱗をナイフの背で剥がしながらいらない部分や、内臓などを取り除いておく。後はストレガが調理すればOKな状態まで前準備を進め、ふうと一息ついた所でストレガがやってきた。手頃な布を巻いただけのストレガは何とも魅惑的だ。
「かなり手際が良くなったのだ、少年。経験は身についてこそ……頑張ったのだな、えらいのだ」
レゼルの頭を撫でるストレガはにっこりと笑う。時にして師匠であり、姉であり、母でもあるような彼女のなでなでは彼にとって最高の賛辞であり、ご褒美でもある。
つい緩みそうになる顔を引き締め、レゼルは少々赤くなりながら恥ずかしそうにお礼を言う。
「あ、ありがとうございますっ! で、ではっ、後はお任せしますね」
「うむ、任されたのだ。美味しい魚料理を作るから期待するといいのだ!」
まずは荷車で持ってきた挽肉と野菜を木のボウルの中でこね回し、根気よく肉と野菜を混ぜていく。
香辛料や味付けを軽く施し、それらをレゼルによって下準備がされた魚の内部へと香草と共に詰める。
用意していた短めの木の串で魚の腹を縫い留めると準備は完了。それらを浜辺の石を組み立てて作った竃に置いて焼いていく。
焼いている間にストレガとレゼルは別の料理の準備に取り掛かった。浜辺での料理とはいえ手は抜かない、それがストレガ流である。
レゼルが拾い集めて来た食べられる貝を使い、持ってきた野菜と一緒に鍋で炒めていく。
調味料を加え、ソースが飴色になるまで野菜と貝類を炒めていった。食欲をそそるいい匂いが漂ってくる。
タレ状になったソースと絡めるように混ぜ、器に盛りつけて完成。
「そろそろできたのだ? うむ、良い仕上がりなのだーっ」
ストレガが竃の様子を見ると、焼きあげている魚からぽたぽたと美味しそうな油が垂れ始めている。表面はいい色に焼き上がっていた。
それら焼き魚を木皿に移し、平らな岩を用いた簡素なテーブルの上に並べていく。
「うわぁ……まさか浜辺でこんなに本格的なご飯が食べられるとは思わなかったですよ」
「ふふん、持ってきた素材も使えど知識さえあれば様々なことができるのだ。まあ、明日は簡単な料理にするが故、今日だけではあるが」
ストレガは挽肉と香草を詰め込んで焼いた焼き魚にかぶりつく、肉の油と魚の旨味が合わさり彼女の舌が喜んだ。
「むふぅうーっ! 魚と肉の旨味がいい感じにマッチしているのだ! これは、何匹でもイケルという奴では!」
「確かに美味しいですよこれ! お店で出しても問題ないくらいに!」
ではお次にと、魚にかぶりついているレゼルの横でストレガは野菜と貝のソース炒めを頬張る。コリコリとした貝の食感とシャキシャキとした野菜の食感が彼女の口内を楽しませた。ソースのピリ辛な辛みが良いアクセントになって食欲をそそる。
「ピリッとしてて、なおかつ貝のコリコリ感がなんとも。いくらでも食べられそうな勢いですよね」
「うむ、少年は良い貝を拾って来たのだ。貝のダシが出てこの炒め物はかなり美味しくなったのだ! はむ、むぐむぐ」
パクパクと食べ進め、あっという間に食べ終えた二人は後片付けをした後で、温かい飲み物を用意し焚火の周りに座る。日はもう完全に落ちており、辺りは暗い。夜の海は冷えるものだ。
コップで暖かいお茶を飲みながら、ストレガはレゼルに話しかける。
「少年よ、まずは一日目、どうだった? 何か思う所はあったのだー?」
レゼルはこくっと一口お茶を飲んでから、ストレガの方を向いて答える。
「そうですね、やはり知識量の差が目立つなぁと。もっと精進しないと、まだまだ追いつくことはできないなって思いましたね」
レゼルが言うには、浜辺での足の運び方、海での活動中に至っても動きが自分とは段違いだという。
ストレガは軽く笑いながらお茶を飲んだ。
「それは仕方ないのだ、冒険稼業での経験もこの身に宿っている。それらを生かすのも知識故。とはいえ、少年も悪くはないと思うのだ?」
「いえ、僕はまだまだ……ストレガ様の攻撃を一度も避けられてないですし」
少し申し訳なさそうにしているレゼルの隣に移動すると、ストレガはレゼルの肩にぽん、と手を置く。
「手加減しているとはいえ、授恵者の攻撃なのだ。殴られて立っているだけでも賞賛できるのだ」
「そういうものですかね? もっと強くなりたいです。そうすれば……きっと、もっとストレガ様と一緒に、色んな所に」
何か思っているようなレゼルを見て、ストレガはよし、と決める。明日は彼の強化をしようと。
「では少年、明日は私と特訓するのだ。せっかくの浜辺だし、足場が悪いところでの訓練は身になると思うのだ」
「はいっ、ぜ、ぜひやらせてくださいっ!」
目を輝かせたレゼルを見て満足そうな顔を浮かべたストレガは立ち上がる。
「では今日はもう寝るとするのだ。明日の為にしっかりと身体を休めておくといいのだ」
翌日の為にストレガとレゼルは寝床へと向かい、体を休めるのであった。
翌日の早朝。
レゼルは顔をぺしぺし叩かれる感覚で目を覚ます。
目を開けると目の前にはストレガの顔。どうやら起きないレゼルを起こしてくれたようだ。
「特訓の時間なのだ、少年! まずは準備運動、事前の準備は怠るべからず、なのだ」
「は、はいっ、起きます、今起きますぅ!」
顔が近くて少々気恥ずかしくなったレゼルはがばっと起きると、特訓の用意を整えていく。手や足に滑り止めの細い布を巻き付け、一応持ってきていた練習用の木の棒を荷車から持っていく。
浜辺ではストレガが準備運動を始めており、今は柔軟をしている所であった。レゼルも準備運動、そして柔軟をぬかりなく行う。事前のこういった準備は怪我を防ぐ為にも大事なことだ。
同じく木の棒を構え、ストレガはその先をレゼルに向ける。
「浜辺での足の運び方は体で覚えるのだ。基本はいつもの足の運びと同じだが、柔らかい足場だということに留意するのだ!」
「はいっ! では、お願いしますっ!」
体を少し屈ませたストレガはびゅんっと砂の上でありながら素早くレゼルへと接近する。その足の運び方は熟練の冒険者のソレだ。
ストレガはキャスターであるが故に近接はそこまで得意な方ではない。だが授恵者の得意ではない、は一般人のそれとは大きく違う。元の身体能力が違うからだ。
レゼルに接近したストレガはまずは水平に木の棒を彼の足元目掛けて薙ぎ払った。かなり手加減した一撃ではあるが、そこそこの速度。並の一般人であれば即転倒ものだろう。
だが持ち前の反射神経と普段からストレガにつけて貰っている訓練の賜物か、ストレガの水平に薙いだ一撃を彼は跳んで避ける。
しかし、着地した際にバランスを崩しがくっとふらついてしまった。勿論、ストレガはその隙を逃さない。鋭い突きがレゼルの胸を打った。レゼルはがくっとその場で膝を折る。
「がっ……うぐぐ」
「判断の早さは良し、だがまだまだ甘いのだ。砂地は着地のバランスが取りづらい、着地の隙を狙われないように重心を考えた着地が大事なのだ。さあ、立つのだ、もう一本行くのだ!」
再び立ち上がり、今度はレゼルがストレガに打って出る。木の棒を構えて突進しストレガ仕込みの突きを放つ。
だがその瞬間、ストレガは自分の木の棒の先を若干砂に埋めると、砂をすくうように振り上げる。ばさっと舞った砂がレゼルの顔面を襲った。
「わっぷ!? うわ!? す、砂があぁ!」
「少年、砂地というのは目潰しにも留意するのだ! 型に囚われず使える物は何でも使う、命のやり取りというのは……そういうものなのだ!」
何とか片目を開け、打ち込みを再開したレゼルは上段から木の棒を振り下ろしストレガの肩を狙った。
木の棒で打ち合うかに見せてストレガは直前で手を離す。レゼルはぎょっとして目を丸くした。
そのまま腰を落としたストレガは綺麗な回し蹴りを放つ。顎を打ち抜かれたレゼルはそのまま軽く吹っ飛んだ。
仰向けに転がるレゼルの喉元に木の棒の先を押し付けたストレガの視線は厳しく冷たい。訓練中の彼女に容赦はなかった。
「これでまた一回死んだのだ。少年、相手の方が力量が上の場合、よく観察し先の先まで考えて動くのだ」
「は、はい……すいません」
「だが、さっきの肩を狙った一撃は良かったのだ。この調子でいくのだ。さあ、忘れないうちにもう一回行くのだ!」
「はいっ! お願いしますっ!」
それからしばらく特訓した二人は、日が落ちると共に特訓を終え、真水と石鹸で共に身体を流す。
簡単な焼き魚での食事を終えた二人は寝床に着く。
転がってテントの屋根を見つめながらストレガはレゼルに話しかけた。
「今日の特訓、中々に良かったのだ。まだまだ粗削りなれど、かなり動けるようになってきている。私の一撃で伸びてる時間も短くなったのだ」
「あははは、いつかダウンしないようになりたいですけどね」
ストレガに特訓をつけて貰っているレゼルは授恵者ではない。何かのきっかけで目覚める可能性はあるがそれは天のみぞが知る、といった感じだ。
それでも彼女のお供ができるように、せめて足手まといにならないようにと彼は研鑽を続けている。
「今日はよく頑張ったのだ。えらいぞ、少年。ほら、ちょっと手を出すのだ」
「えっと、こうですか?」
寝床から隣で寝ているストレガの方へレゼルが手を伸ばすと、ストレガがレゼルの手を握る。暖かく柔らかい手が彼の手を包み込んだ。
「す、ストレガ様!?」
「今日のご褒美なのだ。ふふ、安心して寝れるかもなのだ?」
楽しそうに、によによと笑ったストレガは褒美というのもあるがレゼルの反応を楽しんでいる所もありそうだ。
少々気恥ずかしくなりながら、レゼルは次第に眠りに落ちていくのだった。
朝を迎え撤収する為にストレガとレゼルはテントや食べるのに使った岩やその他の物品を片付けて荷車に積んでいく。
なるべく跡を残さない、これは自然環境を汚さない為に必須なことだ。
全て問題なく片付け、荷車に荷物を積み込んだ二人は家路へと足を向ける。
「では我が家へ帰るのだ! いやーいい海だったのだー」
「そうですね、また来たいものですよ、ほんと」
「うむ、また暇があったら来るのだ。その時は今度こそ見つからなかった見たこともないような魔獣を……」
ストレガは見たことのない魔獣を見つけられなかったことだけが残念だったようだ。
そんなストレガの様子を見て、レゼルは少し笑う。
「ははは、ストレガ様はそういうの気にしますよね。次来た時は罠でも用意してみては?」
「はっ!? その手があったのだ!」
そんな会話をしながら二人は家路をいく。
次に来るときは、もしかしたら見たことない魔獣を仕留め、美味しく食べているのかも……知れない。