だいすきがある家
キャラクターノベル(グループ)制作 畑下はるこ納品 2023年10月12日 12時22分43秒
夕刻。
世界に溢れる柔らかな茜日は既にカーテンの向こう。ふたりで暮らす小さな家を満たすのはランプから零れる光と、もうひとつ。
「~♪」
サラの可愛らしい鼻歌だ。
おたまをくるくるかき混ぜれば、今日のスープがもったりと揺れる。いい鶏肉が手に入ったので、野菜と一緒に煮込んでみた。味付けはシンプルに塩と、ほんの少しの香草だけだ。
(だわお兄ちゃん、喜んでくれるかな)
家主が無表情のまま「美味い」とこぼす姿を想像して、おたまを握る小さなサラの手が踊るように早まる。
だわの家にサラが住まわせてもらって、かれこれ一年ほどが経った。同居のきっかけは、だわが任務で故郷に帰らねばならなくなったこと。
元々旅先で出会った友人でしかなかったサラだったが、異動によってだわと会えなくなることは受け入れられなかった。どうしても離れたくないと願った結果、だわはサラを家に置いてくれたのだ。
その時はどうしてこんなにも一緒にいたいと願っていたのか分からなかったけれど、一年共に過ごしていくうちに、やがてこの気持ちがだわへの思慕だと知って――。
「…………」
先ほどとは別の意味で、おたまを動かす手が早くなる。ああどうしよう、顔が熱い。
「サラ」
「ひゃあっ!」
そんな風に考えごとをしている時に限って本人が声を掛けてくるものだから、サラは踏み台の上でぴょんと跳び上がってしまった。
「び、びっくりした……」
「……すまない」
「え? ど、どうして謝る、の?」
「驚かせた。踏み台の上で、しかも火の前で飛ぶのは危ない」
「わ、わたしが、ぼーっとしてたのが、悪い、から……!」
慌てて言い募れば、だわは「そうか」と呟いて、そのままサラの顔をじっと見る。
(な、なんだろう?)
だわは無表情だ。感情がないわけではないけれど、それは顔にはあまり出ない。しばらくのあいだ友人として接して、一年を同居人として過ごせば、その感情は随分読みとれるようになったけれど。
(こういう時のだわお兄ちゃんって、何考えてるのか未だにわからない……)
居心地悪くもじもじとしていれば、やがてだわはサラの頭に手を載せる。
「具合が悪いのか?」
「え?」
「ぼーっとしていたんだろう、顔も赤い」
その言葉に、また頬が熱を増す。
「……ずっと、火の近くにいた、から」
「そういえば、そうか」
頭の上に乗りっぱなしだっただわの手が、そのまま微かに前後して離れる。
「無理をするなよ」
そう言ってだわは彼自身の私室へと入っていく。武具の手入れか、それとも食事の完成までゆっくりするのだろうか。ぼんやりその背中を見送って、サラは頭の上を撫でていっただわの手のひらの感触を反芻する。
(今日も、……好きだ、なぁ)
心配をしてくれる優しさも、言い訳を信じて放っておいてくれる優しさも。どちらもサラの心を揺らして、たまらない気持ちにさせる。
さあ、そろそろスープも煮える頃だ。盛り付けて、改めてだわを呼びに行こう。食器棚に行って小さな戸棚を開いたら、揃いではない深皿をふたつテーブルへと持っていく。
(おはな)
無機質な木皿と、縁に小花の彫刻が踊る皿。
元々独り暮らしだった場所に、サラが交じったことで増えたものが沢山ある。新しい棚、新しい椅子。この皿もまた、そのひとつだ。
積み重ねてきた歴史の中に違う色が混ざった違和感、いびつさ。それを見つけるのが、サラの最近のお気に入りだった。
●
灯りに包まれた家にも、徐々に慣れてきた。
「おいしい?」
ランプの光を反射して輝くスープの表面。鶏肉からこぼれたであろう上質な油のつぶが、煮えた野菜の甘みと絡まっている。
「ん……美味い」
だわがいつもどおり思ったままを口にすると、サラはふにゃっと笑みを浮かべた。
「よかったぁ……えへへ」
「毎日助かる」
これもいつも思っていることだ。
「だわおにいちゃんに、おいしく食べてもらいたいもん」
そして、健気な言葉が返ってくることも。
一年も共に暮らしていれば、お約束のような会話も増えてくる。お互いお喋りな方ではないが、交わす言葉が必要ないと思ったこともあまりない。腕を振るってくれた相手に感謝を告げることは大切であるし、また大切であるからと殊更に意識して告げているわけでもない。
「初めての料理、だったから、ちゃんと美味しくできたか、心配だった、の」
(嬉しそうだ)
にこにことスプーンを操るサラの様子は、渡し合った気持ちが過不足なく伝わっていることを証明していた。
「近頃、好きな料理が増えてきたように思う。サラが頑張って用意してくれているからかな。ありがとう」
だからこそ次の言葉も、するりと自然に出て。
「……、…………」
ほわ、と桜色に染まる頬に驚く。
「……どうした?」
「な、何でも、ない……!」
ふるふると首を振るサラの肩で、おさげの先端が音を立てて跳ねた。
●
食事を終えて、片付けをして暫く。
(……気になる)
食事中、礼を言った時の反応が、だ。
思い描いていた反応とは、どうも違う態度だったように思う。よかったと、穏やかに喜んでくれそうなものなのに、ギシ、とどこか一瞬固まったような様子があった。
調理中の態度もぎこちなかった上、あの時も頬が染まっていた。これは、要するに。
(体調が……悪いのでは……?)
戦慄が走る。
仕事で忙しくしている間に、同居人が、守るべき相手が、親しい友人が身体を壊していたのだとしたら。それに気づいてやれないことは、騎士として恥ずべき不義理なのではないだろうか。サラが遠慮して不調を言い出せないでいる可能性もある。であれば、すぐ近くにいるのだから直に様子を窺うのが一番だろう。だわは微かに眉へ力を籠め、サラの部屋へと向かう。
ノックをするため、拳を持ち上げて。
コン、と扉を叩いた途端、その大きな板は前へと揺らいだ。どうやらしっかり閉まっていなかったようで、拳を打ち付けた衝撃で動いてしまったらしかった。
そして、その瞬間。
「だ、だ、だめ!」
悲鳴のような声が、だわに届く。
そこからのだわの行動は早かった。まるで鋭い剣の切っ先から逃れるように俊敏に身を引き、ぐるんと背を向ける。全く無駄のない華麗な動き。数瞬遅れて、金の髪とくたびれた服の裾がだわの動きに追いついてくる。
「だ、だわおにいちゃんは、お部屋には、入らない、で……!」
ぽてぽてと走ってくる足音と、ぱたんと扉が閉まる音。
――心配で、とか。
これは事故だ――とか。
そうした言い訳めいた考えは、清廉な精神の前に次々打ち消されていく。
「すまない、驚かせた」
「だ、だわおにいちゃんは、悪く、ないから……! わたしも、ごめん、なさい」
「ああ、ところで。具合は悪くないか」
「具合? ううん、全然」
「なら、いい。安心した」
だわは扉の前から離れ、自室へ向かう。
同居人として、友人として、彼女の言葉を信じると決めた。
何より――サラがダメだと言うなら、それはやってはダメなのだ。
(び、びっくりしたぁ……扉が開いちゃうなんて)
ふうと溜め息ひとつ。この部屋には、だわに秘密にしているものがある。それを隠すためには、だわに部屋に入られるわけにはいかなくて。
(でも、お部屋に寄ってくれるなんて……わたしの体調のこと、すごく心配してくれてたんだ)
じんわりとした喜びに、サラは秘密――こっそり飾っているだわの絵姿を、幸せそうに見つめるのだった。
世界に溢れる柔らかな茜日は既にカーテンの向こう。ふたりで暮らす小さな家を満たすのはランプから零れる光と、もうひとつ。
「~♪」
サラの可愛らしい鼻歌だ。
おたまをくるくるかき混ぜれば、今日のスープがもったりと揺れる。いい鶏肉が手に入ったので、野菜と一緒に煮込んでみた。味付けはシンプルに塩と、ほんの少しの香草だけだ。
(だわお兄ちゃん、喜んでくれるかな)
家主が無表情のまま「美味い」とこぼす姿を想像して、おたまを握る小さなサラの手が踊るように早まる。
だわの家にサラが住まわせてもらって、かれこれ一年ほどが経った。同居のきっかけは、だわが任務で故郷に帰らねばならなくなったこと。
元々旅先で出会った友人でしかなかったサラだったが、異動によってだわと会えなくなることは受け入れられなかった。どうしても離れたくないと願った結果、だわはサラを家に置いてくれたのだ。
その時はどうしてこんなにも一緒にいたいと願っていたのか分からなかったけれど、一年共に過ごしていくうちに、やがてこの気持ちがだわへの思慕だと知って――。
「…………」
先ほどとは別の意味で、おたまを動かす手が早くなる。ああどうしよう、顔が熱い。
「サラ」
「ひゃあっ!」
そんな風に考えごとをしている時に限って本人が声を掛けてくるものだから、サラは踏み台の上でぴょんと跳び上がってしまった。
「び、びっくりした……」
「……すまない」
「え? ど、どうして謝る、の?」
「驚かせた。踏み台の上で、しかも火の前で飛ぶのは危ない」
「わ、わたしが、ぼーっとしてたのが、悪い、から……!」
慌てて言い募れば、だわは「そうか」と呟いて、そのままサラの顔をじっと見る。
(な、なんだろう?)
だわは無表情だ。感情がないわけではないけれど、それは顔にはあまり出ない。しばらくのあいだ友人として接して、一年を同居人として過ごせば、その感情は随分読みとれるようになったけれど。
(こういう時のだわお兄ちゃんって、何考えてるのか未だにわからない……)
居心地悪くもじもじとしていれば、やがてだわはサラの頭に手を載せる。
「具合が悪いのか?」
「え?」
「ぼーっとしていたんだろう、顔も赤い」
その言葉に、また頬が熱を増す。
「……ずっと、火の近くにいた、から」
「そういえば、そうか」
頭の上に乗りっぱなしだっただわの手が、そのまま微かに前後して離れる。
「無理をするなよ」
そう言ってだわは彼自身の私室へと入っていく。武具の手入れか、それとも食事の完成までゆっくりするのだろうか。ぼんやりその背中を見送って、サラは頭の上を撫でていっただわの手のひらの感触を反芻する。
(今日も、……好きだ、なぁ)
心配をしてくれる優しさも、言い訳を信じて放っておいてくれる優しさも。どちらもサラの心を揺らして、たまらない気持ちにさせる。
さあ、そろそろスープも煮える頃だ。盛り付けて、改めてだわを呼びに行こう。食器棚に行って小さな戸棚を開いたら、揃いではない深皿をふたつテーブルへと持っていく。
(おはな)
無機質な木皿と、縁に小花の彫刻が踊る皿。
元々独り暮らしだった場所に、サラが交じったことで増えたものが沢山ある。新しい棚、新しい椅子。この皿もまた、そのひとつだ。
積み重ねてきた歴史の中に違う色が混ざった違和感、いびつさ。それを見つけるのが、サラの最近のお気に入りだった。
●
灯りに包まれた家にも、徐々に慣れてきた。
「おいしい?」
ランプの光を反射して輝くスープの表面。鶏肉からこぼれたであろう上質な油のつぶが、煮えた野菜の甘みと絡まっている。
「ん……美味い」
だわがいつもどおり思ったままを口にすると、サラはふにゃっと笑みを浮かべた。
「よかったぁ……えへへ」
「毎日助かる」
これもいつも思っていることだ。
「だわおにいちゃんに、おいしく食べてもらいたいもん」
そして、健気な言葉が返ってくることも。
一年も共に暮らしていれば、お約束のような会話も増えてくる。お互いお喋りな方ではないが、交わす言葉が必要ないと思ったこともあまりない。腕を振るってくれた相手に感謝を告げることは大切であるし、また大切であるからと殊更に意識して告げているわけでもない。
「初めての料理、だったから、ちゃんと美味しくできたか、心配だった、の」
(嬉しそうだ)
にこにことスプーンを操るサラの様子は、渡し合った気持ちが過不足なく伝わっていることを証明していた。
「近頃、好きな料理が増えてきたように思う。サラが頑張って用意してくれているからかな。ありがとう」
だからこそ次の言葉も、するりと自然に出て。
「……、…………」
ほわ、と桜色に染まる頬に驚く。
「……どうした?」
「な、何でも、ない……!」
ふるふると首を振るサラの肩で、おさげの先端が音を立てて跳ねた。
●
食事を終えて、片付けをして暫く。
(……気になる)
食事中、礼を言った時の反応が、だ。
思い描いていた反応とは、どうも違う態度だったように思う。よかったと、穏やかに喜んでくれそうなものなのに、ギシ、とどこか一瞬固まったような様子があった。
調理中の態度もぎこちなかった上、あの時も頬が染まっていた。これは、要するに。
(体調が……悪いのでは……?)
戦慄が走る。
仕事で忙しくしている間に、同居人が、守るべき相手が、親しい友人が身体を壊していたのだとしたら。それに気づいてやれないことは、騎士として恥ずべき不義理なのではないだろうか。サラが遠慮して不調を言い出せないでいる可能性もある。であれば、すぐ近くにいるのだから直に様子を窺うのが一番だろう。だわは微かに眉へ力を籠め、サラの部屋へと向かう。
ノックをするため、拳を持ち上げて。
コン、と扉を叩いた途端、その大きな板は前へと揺らいだ。どうやらしっかり閉まっていなかったようで、拳を打ち付けた衝撃で動いてしまったらしかった。
そして、その瞬間。
「だ、だ、だめ!」
悲鳴のような声が、だわに届く。
そこからのだわの行動は早かった。まるで鋭い剣の切っ先から逃れるように俊敏に身を引き、ぐるんと背を向ける。全く無駄のない華麗な動き。数瞬遅れて、金の髪とくたびれた服の裾がだわの動きに追いついてくる。
「だ、だわおにいちゃんは、お部屋には、入らない、で……!」
ぽてぽてと走ってくる足音と、ぱたんと扉が閉まる音。
――心配で、とか。
これは事故だ――とか。
そうした言い訳めいた考えは、清廉な精神の前に次々打ち消されていく。
「すまない、驚かせた」
「だ、だわおにいちゃんは、悪く、ないから……! わたしも、ごめん、なさい」
「ああ、ところで。具合は悪くないか」
「具合? ううん、全然」
「なら、いい。安心した」
だわは扉の前から離れ、自室へ向かう。
同居人として、友人として、彼女の言葉を信じると決めた。
何より――サラがダメだと言うなら、それはやってはダメなのだ。
(び、びっくりしたぁ……扉が開いちゃうなんて)
ふうと溜め息ひとつ。この部屋には、だわに秘密にしているものがある。それを隠すためには、だわに部屋に入られるわけにはいかなくて。
(でも、お部屋に寄ってくれるなんて……わたしの体調のこと、すごく心配してくれてたんだ)
じんわりとした喜びに、サラは秘密――こっそり飾っているだわの絵姿を、幸せそうに見つめるのだった。