タマさんといっしょ

キャラクターノベル制作 STANZA納品 2023年08月08日 22時08分28秒

 部屋の隅に黒くて丸い毛玉が落ちている。
 その正体は、 俺(アルバス・ロウル)が相棒から預かった猫のタマさんだ。
 丁重に我が家へとお連れして、かれこれ二時間。
 以後ずっと壁に向かって座り続けている。
「タマさん」
 呼びかけても尻尾の先さえ動かない。
「タマさん殿」
 敬意を表する為にそう呼んでみたが、やはりガン無視。
(もしかして俺、嫌われてる?)
 いつもなら背中を一撫でくらいはお許し頂けるのに。
 いや、それも飼い主たる相棒の目がある時だけだった気がする。
 つまりタマさんは飼い主の顔を立てる為に、俺の一撫でを受け入れてくれていたと?
 なんという律儀で情に厚く義侠心に溢れる猫だ!
 だが顔を立てると言うなら、留守中の世話係に俺を選んだのはその飼い主だ。
「タマさん殿、貴方はその選択が間違っていたと仰るのですか?」
 自然と敬語が出た。
 これが猫の下僕になるということか。
 上等だ、寧ろ心地良いぞ。

 こうして俺の期間限定下僕ライフは、順調とは言い難いスタートを切ったのである。


 タマさんが、遂に動いた。
 壁との対話に飽きたのか、それとも腹が減ったのか。
 黒い毛玉がほどけて先だけ白い尻尾が生える。
 腹の下から白い靴下を履いたような手足も生えた。
 壁を向いたままぐーんと大きく伸びをして、更に手足を交互に一本ずつ伸ばして行く。
 最後に大きな欠伸をして、ようやく俺の方を向いた。
 と思ったらふいっと顔を逸して歩き出した。
「あの、どちらへ?」
 寝起きのトイレだろうか。
 大丈夫、必要な物は全て相棒から預かってるぞ。
 トイレはそこだ、廊下の隅。
 ここからは見えないから安心しろ。
 お、ガサガサ砂を掻く音が聞こえ……長いな。
 いつまでやってるんだ、それにこのこのバラバラという音は?
 顔を出すと、廊下が砂場になっていた。
 サービスのつもりで砂をたっぷり入れたのが拙かったか、そういえば相棒に「砂は少なめに」と言われた気もするな。

 片付けて部屋に戻ると、タマさんは自分の食器の前に座っていた。
 出したら入れる、自然の摂理だ。
「好物のごはんも預かってきましたよ、さあどうぞ」
 量はこれくらいで良いか。
 水は食事場所とは少し離して置くのがベストだったな。
 暫く外に出しておいた日なた水だ、美味しいぞ?
 そうそう、食べ終わったら水で口の中を綺麗にしないとな。
 あとは口の周りをクシクシして……うーん、この満足げな顔! 可愛い!
 誰に貰ってもごはんはごはん、合理的な所もまた良いぞ。
 その調子で俺の手からおやつを……あ、そっぽ向かれた。
 まあそうだよな、食べたばかりだもんな、タイミングが悪かったよな。
「タマさん殿、今度はどちらへ? お休みならば、こちらに猫ベッドのご用意が……」
 しかしタマさんは俺の言うことなど聞こえないふりをして、さっさと棚の上に飛び乗ってしまった。
 さすが猫、身軽だ。格好良い。そして可愛い。
 俺と目が合った。可愛い。
 猫に限らず動物は目を合わせることを嫌うと言うが、タマさんはアイコンタクトの意味を理解しているに違いない。
「可愛いなあ」
 部屋は南向きで陽当たり良いが、棚のその辺りはちょうど影になっている。
 そのせいか、タマさんの目は瞳孔がまん丸に近くなっていた。
 糸目でも可愛いが、この目になるともっと可愛い。
 俺が見惚れていると、タマさんの手が――敢えて言おう、猫の前足は手であると――そろりと動いた。
 肉球で何かを押し出し――ゴトッ。
 棚に置いていた木の小箱が床に落ちた。
 幸い蓋はそのままで中身が散らばることもなく、割れ物も入っていなかった筈……いや待て。
「タマさん殿! それは、それは割れ物でございます、おやめくださいタマさん殿!」
 幸運の招き猫貯金箱が背中をぐいぐい押されている!
「あーーーっ!」
 だがセーフ! 落下の直後に両手で受け止めた俺、偉いぞ!
 招き猫の無事を喜ぶ俺の頭上に尚も降り注ぐ小物の数々、だが気にしない、もう割れ物はない筈だ。
 棚を綺麗さっぱり片付けたタマさんは、満足げな顔でその場に身を横たえた。
(そうか、どうしてもそこで寝たかったのか)
 全く顧みられない悲哀を猫ベッドと分かち合いつつ、俺は床にへたり込んだ。
 何だこの疲労感……いや、徒労感か?
 このとことん報われない感じは何かに似ている。
 荒ぶる思春期の子を持つ親は、日々こんな思いをしているのだろうか。
 だが悪くない。寧ろ癖になりそうだ。
 いつかデレてくれた時の達成感もひとしおだろう。
(反抗は寂しさの裏返しとも言うしな(タマさんも飼い主と離れて寂しいのかも))
 それに、この家や自分の身体には他の動物(黒汗馬と高山ヤギ)の匂いが染み付いてるに違いない。
 警戒したり不安になったりしても当然だ、その割には態度がデカい気がしなくもないが、そこもまた可愛い……

 などと考えているうちに、俺もタマさんの昼寝に釣られてウトウトしていたようだ。
「ぎゃっ!?」
 腹部に槍の石突を打ち込まれたような衝撃で、俺は目を覚ました。
 何が起きたのかと激痛を訴える腹部に目をやると、タマさんの可愛い尻が目の前にあった。
 出来れば顔をこっちに向けていて欲しかったが、タマさんが腹に乗ってくれるというこの僥倖に際し贅沢は……ん?
 これはもしかして、俗に言う腹ダイブでは?
 棚の上から飛び降りて来られたら、そら痛いわ呼吸困難にもなるわ、てか心臓止まるかと!
 これも確か相棒が言ってたな、猫タワーの下に人のベッド置くのダメ絶対と。
 タマさんは俺の腹に乗ったまま動かない。
 これは遂にデレたのか、ならばせめて香箱座りを、立ってられると指圧が効きすぎる!
 俺は「座って良いよ」の意味を込めつつ、恐る恐るタマさんの背に手を伸ばした(これは合法的に(?)タマさんをナデナデするチャンス!)。
「あ」
 タマさん、液状化。
 流れるように腹から降りて、部屋の隅で丸くなる。
「ああ、うん……どうぞお好きなように、ここを我が家と思って寛いでください」
 言われる前から我が物顔だが、そこがまた可愛いんだ。

 暫くして目を覚ましたタマさんに、好物のおやつをあげた。
 手から食べてはくれなかったが、拒否られる度にいつか食べてくれた時の感動が倍になって行くと思えば楽しみでしかない。
 食後の運動にと振りかざしたじゃらしおもちゃは秒で奪われ部屋の隅に放置されたが、そんなこともあろうかと何本も用意したぞ。 ※全て奪われポイされました。
 投げた鈴入りボールはスルーされたままベッドの奥に転がって行き、ネズミのおもちゃはバシッと一発叩かれて家具の下。
 これは拒絶の意思なのか、それともこれがタマさんの遊び方なのか。
 後で相棒に訊いてみよう。

「タマさん殿、至らぬ下僕で申し訳ありません」
 対応の塩分濃度に変化の兆しが見られないまま、本日の接待は終了となった。
 俺は寝ている間にこっそりデレてくれる事を期待しつつ、ベッドに潜り込み――

「ぐえっ!?」
 踏まれた。胸の上を黒い塊が駆け抜けて行った。
 チリンチリンと鳴るのは昼間スルーされたボールの鈴か。
 あっ、やめろください俺の脚は蹴りぐるみでは……!

 真夜中の大運動会に翻弄されつつも漸く眠りに落ちた俺は、そこでも悪夢にうなされた。
 苦しい、息が出来ない――

 気が付くと、顔全体がもふもふの腹毛で塞がれていた。
 俺の顔、タマさんのベッドにされてる?
 ふがっと息をすると、むにっと肉球で頬を蹴られた。
 それもまた至福。
 そう、塩対応こそが猫の魅力を最大限に引き出す天与の(字数

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0