魅惑の桃酒
キャラクターノベル制作 ウケッキ納品 2023年07月16日 00時37分15秒
●魅惑の桃酒
とある森の中。一台の小さな荷台車を引いている【ストレガ・L・リベルガストラ】と助手の少年【レゼル】。
重そうな顔をしながら、荷台に様々な荷物と共に乗せられた桃の詰まった樽を見て、レゼルはストレガに問いかけた。
「はぁ、はぁ……取りに来いっていうから来てみたら、こんないっぱいの桃どうしたんですか?」
今にも倒れそうなレゼルとは対照的に、ストレガは涼しい顔をして荷台を引いて歩いている。流石は授恵者と言った所か。
レゼルの方を振り返らずにストレガは気持ちよく晴れた空を眺めながら、彼の求めている答えを口にする。
「貰ったのだ。依頼で祭りに行って、そこでの戦利品なのだー」
「こんなにたくさん……ストレガ様、一体、お祭りで何してきたんですか?」
ストレガは好奇心の塊だ。
気になることがあれば実践し、それがどうなるのか、調べなくては気がすまない。それはストレガという名を継ぐ者として当たり前の事。だがまだその名に知識が深くないレゼルにはどうすればその好奇心のモチベーションを保てるのかと純粋に疑問なのだ。まあ、きっと何かしら無茶やったんじゃないか、という心配も多いが。
にやっと含みのある笑顔を向けると、ストレガは荷台車をぐっと引いて速度を上げていく。
「話すと長くなるのだ、まずは傷みやすい桃を手早く家に運ぶのが先決なのだ、少年!」
「ああぁっ!? 急に速度上げないでくださいよぉっ! わっわっ、足が、待って、待ってくださいぃいーーっ!」
ふらつきながらも荷台にしがみつくレゼルを連れ、ストレガは家路を急ぐのであった。
自宅兼研究所に着くとレゼルは荷物整理をしようとして、レゼルはストレガの方を見る。彼女は何やら本棚を漁って、あれでもない、これでもないと何かを探しているようだった。
「あの、ストレガ様? お風呂に行くんじゃないんですか?」
ストレガは風呂が好きなタイプの女性だ。汗をかいたなら手早く風呂に入るだろう。勿論、気になることがなければだが。
ストレガは振り向かずに、ん、とだけ答えると本をとっかえひっかえ読んでいる。
次々と本を開いては、様々な資料を読み漁っていた。どうにも目当ての物が見つからない、そういった雰囲気を醸し出している。こうなったストレガはテコでも動かない。気になってしまえば、それが最優先になる。そういう女性だった。
これはきっと長くなるだろうな、と判断したレゼルは邪魔しないようにそそくさと荷物を倉庫へと運んでおく。
荷物を倉庫に置いてレゼルが帰って来ると、まだストレガは本棚の前にいた。今度は何やら上を見上げて悩んでいるようだ。
本棚はかなり背が高い物もあり、台を使わないと高所の本は取れないだろう。手の届く範囲の本はあらかた読み終わったようで、その範囲に目当ての本はなかったらしい。残る可能性は高所の本のみ。だが、ストレガは台に乗らず、上を眺めているだけだ。
何かあったのだろうか、と気になったレゼルはストレガに近づき声をかける。
「あ、あの。ストレガ様? 何か困りごとでも……」
「ああ、少年。実は台を使って上の本を取ろうとしたのだが、台が壊れてしまったのだ。新しい物を倉庫から持ってきて欲しいのだ」
見れば、足がバキッと折れ使い物にならなくなった台の残骸が床に転がっている。台は長年使っていた物で経年劣化で傷んでおり、いつ折れてもおかしくない状態だった。
「わかりました、すぐに代わりの台を持ってきますね」
本に夢中になっているストレガを残し、レゼルは倉庫へと向かう。
数分後、そこそこ頑丈そうな台を持ってきたレゼルはストレガの隣にそれを置いた。台の上に上がりながら、ストレガはレゼルに頼みごとをする。
「では少年、ちょっと押さえていて欲しい。高い所は不安定になるのだ」
「ええ、わかりました。しっかり押さえていますから安心してください」
こくりと頷いたストレガは台を昇っていく。
ふと、レゼルが上を見上げると……ストレガが左右の本を取ったり、しまったりする時にどうしても台が揺れてしまうようだ。揺れないようにしっかりと押さえていく。
「桃の酒……桃の酒……ああ、これがきっとそうなのだ! 喜べ、少年! 目当ての本が見つかったのだ!」
しゅばっと本を本棚から取り出すと、ストレガは精一杯掲げて見せる。
「少年、今日は桃の酒をつくるのだ!」
「ああ、さっきの貰って来た奴を使うんですね? ですが、桃のお酒ってどうやってつくるんですか?」
レゼルの疑問にストレガは手に持った本を開いて見せる。それは【極みの技・桃の美酒】という本だった。
「ふっふっふ、私の知識とこの本の知識を合わせれば、造作もないことなのだ。では手早く準備をしていくのだ!」
にこにこと楽しそうな笑顔をストレガは見せる。
美味しいお酒を自作すれば、いつでも自分の好きな時に好きなだけ楽しめるということだ。味もどんなお酒にするかも自由自在。味を追求して最高の味を目指すもよし。逆に新しい味わいを求めて、未だ使ったことがない素材を使用してまだ見ぬ酒を研究してもよいのだ。やり方は千差万別。何をするにも自由。個人で作るのならば意外にも酒づくりの自由度は高かった。
ストレガとレゼルは二人掛かりで桃の入った樽を台所まで運ぶ。この台所は様々な実験や調理ができるよう鍋が通常よりも多く設置されており、広さも通常より広めに作られていた。
桃を取り出すと、ストレガは流水で洗いながら産毛を落としていく。隣ではレゼルがお湯を使って手ごろなサイズのガラス瓶を消毒している。
「ストレガ様、葉っぱもきちんと別にしてあるみたいですけど、何かに使うんですか?」
見れば、ごみ入れではなくストレガは桃の葉をちゃんと水気を取って別にしている。
桃の皮を軽く手で剥きながら、彼女はレゼルの言葉に答えた。
「桃の葉は、様々なことに使えるのだ。煮出せば煮汁ごと風呂に使えるし、乾燥させて刻み、酒と一緒に詰めればエキスを抽出することもできるのだ」
「エキスですか? もしかして、石鹸とか体に塗ったりするやつです?」
消毒が終わったガラス瓶を並べているレゼルに、桃の皮を次々と剥きながらストレガは教えていく。この知識はきっと後の彼の為にもなるだろうと。
「うむ、体に塗っても良いし、石鹸に混ぜた場合、いい香りがするから贈り物にも最適なのだ。桃は種すらも薬になるから、まさに捨てる所が少ない果実と言えるのだ」
「へぇ、桃って活用方法がたくさんあるんですね。正直、薬にするとか飲み物や食べ物にするとかしか、思いつきませんでしたよ。香りのいい石鹸かぁ……売れそうですね、それ」
研究費の足しに出来るかも、とか考え始めるレゼルはストレガとの研究生活のおかげで順調に逞しく育っているようだった。
桃の皮を剥き終わったストレガは、果実入れからレモンを取り出すと皮を剥いて二等分に切り分けた。爽やかなレモンの香りが広がる。
「このレモンがいい感じに働いてくれるのだ。後でこいつを漬けた桃の天辺に置く。それで準備完了なのだ」
うきうきしながら用意をストレガは進めていく。今から漬ける桃はどんな酒になるだろうか。そう思うと心が躍らずにはいられないのだろう。
丸のままの皮を剥いた桃をガラス瓶に詰めていく。桃は繊細で少しの刺激で黒く痕になってしまう。最新の注意を払いながらストレガとレゼルはいくつかの瓶に桃を詰めていった。
蜂蜜を持ってきたストレガはそれをたっぷりと瓶の中の桃にかけていく。とろりと黄金色の蜂蜜が桃を包み込む。
次にストレガはとっておきの蒸留酒を取り出す。これはドワーフ王国の特産品だ。それで桃と蜂蜜が入ったガラス瓶を満たしていく。
「桃の酒をつくるなら、度数は高め、無色無臭の物であればより望ましい。こうして瓶を満たすぐらい注いでレモンを乗せれば……準備は完了なのだ」
「なんだか見た目もきれいですね。これ、ガラス瓶ってことは……お酒ができていくまでを見られるってことですか!?」
わくわくした目でガラス瓶を見つめるレゼルを見て、ふふっと笑ったストレガはその頭を撫でながらガラス瓶に蓋をしていく。蓋をした傍から暗所へと移した。
「うむ、月日が経って徐々に酒になっていく工程が見られるのだ。毎日見るのが楽しみになるかもしれないのだー」
へぇっと感心しながら洗い物をしているレゼルは酒がどのように出来ていくのか、興味津々だった。彼は知識では知っていても、まだ酒ができていく様を実際に見たことがない。
「百聞は一見に如かず、これで少年の見識も広まるのだ」
「ええ、そうですね。すごく楽しみですよ」
ストレガとレゼルは余った桃の果実を荒く潰して、ジャムを作りそれを使ったクッキーを焼くことにした。
こねた生地を一口サイズに小さく分け、その真ん中をへこませる。
へこんだ所に先程作った、桃のジャムを入れそのままオーブンで焼き上げた。
ほどなくして、桃が香る美味しいジャムクッキーが出来上がった。
レゼルがそれらを皿に分けている間に、ストレガは桃のワインを用意する。これは買って来た物で、手軽に桃を楽しむ為の物。自作の酒は一朝一夕ではできないのだから。勿論、レゼルには桃の果実を搾ったジュースが用意される。
注いだ木のコップを持ってストレガはそれを少しだけ上にあげる。レゼルもそれに習った。
「では、酒の完成の無事を祈って……かんぱぁぁーいなのだー」
「はい、無事の完成を祈って。乾杯っ!」
互いの木のコップをこつんっと合わせ、それぞれストレガとレゼルは酒とジュースを飲む。甘い桃の味が口いっぱいに広がっていく。
「美味しいですね、この桃のジュース。やっぱり使った桃が良いやつだからですかね」
「かも知れないのだ。ふむ、そちらも気になるのだ。ちょっと一口欲しい……構わないのだ?」
特に気にしていないストレガからの申し出にレゼルは少し頬を赤らめる。目線はつい、ストレガの唇へと向いてしまっていた。
(待って待って!? 渡せって言ってるの、僕が飲んだ奴ですよね!? えっえっ、これって間接キスになってしまうのでは……ああ! でも早く渡せって顔してるぅ! ど、どうしたらいいんだぁあ!)
心の中で葛藤しながらも、ゆっくりと差し出したレゼルのコップを受け取ると、なにも気にせずにストレガはレゼルが口をつけていた位置からごくごくとジュースを飲んだ。
綺麗に飲み干すと、新しいジュースを注ぎ、レゼルにコップを返す。
「やはりジュースはジュースで美味いのだ。一口の筈がついつい飲み干してしまうぐらいには。悪かったのだ、少年」
「いえいえ、いいんですよ。美味しいのは分かち合わないとですからっ、うん、ええ、本当に!」
顔を赤らめながら、照れたように笑うレゼルを不思議そうに眺めるストレガ。間接キスで舞い上がっている、とは流石の彼女も思い当っていないようだ。
その後、しばらくレゼルはジュースを飲むのを躊躇し、度々赤面してしまうのだった。
軽めのおやつを終え、二人は夕食前に風呂に入ることにした。
いつものように風呂に入って体を洗う。
今日の湯には煮出しておいた桃の葉とその煮汁が使用されている。桃の甘い香りが風呂場に広がっていた。
湯船に浸かりながら、まだ体をスライム石鹸で洗っているレゼルの背中を眺める。そこには大きな切り傷の痕があった。
ストレガはその傷を見ながら、レゼルと出会った頃の事を思い出す。
(もうだいぶ経つのだな……あの時から)
それは、彼女がとある依頼で魔獣を討伐した帰りのことだった。
森の街道近くで、倒れてぼろぼろに壊された馬車を見つける。それだけなら運悪く何かに襲われたのだろうと気にもしなかった。
だが小さな声に気が付き、ストレガは足を止める。よく見れば、馬車に押し潰された男性がいたのだ。
すぐさま駆け寄ったが、彼女は助けるのをやめた。なぜなら男性は下半身が潰れ、もう助からないことが明白だったからだ。死ぬまでもう数分もないだろう。
そんな男性からストレガは託される。息子を救って欲しいと。それだけ言って男性はストレガの手を握って息絶えた。
報酬は勿論ない、受けなくてもいい頼み。
だが放っておくことはできなかった。助けられる命があるなら助けたい、それがストレガたる彼女の想いだ。
森に続いていた小さな血痕を辿っていくと、その先には今まさに魔獣に引き裂かれそうな少年がいた。少年――レゼルは血だらけになりながらも木の棒を魔獣に向けている。彼の背にはもうこと切れている母親の姿があった。
「かあさんには、指一本触れさせない、僕が……ぼ、くが……っ」
ふらっと倒れかけたレゼルを駆け寄ったストレガが支える。彼女はレゼルの頭を撫でた。
「よく頑張ったのだ、後は……任せるのだ」
すっと片手をかざしたストレガからエーテルが放たれ、魔獣は頭を吹き飛ばされる。身体だけになった魔獣はぐらっと倒れた。
魔獣を片付けたストレガはレゼルを手当てすると、共に彼の母と妹を弔った。
それから町まで送り届けようとストレガが申し出たのだが、彼はその申し出を断った。
「お願いします……あなたみたいに、強く、なりたいんです……何でもします、お願いですから……お傍に置いてくださいっ!」
熱心に頼み込む彼の言葉に負け、ストレガは身寄りのない彼を助手として連れて帰ったのだった。
湯船に浸かり、伸びをするストレガ。
(授恵者ではない、それでも厳しい訓練に雑用、実験にも食らいついてくる少年。本当に、逞しくなったのだ)
彼の背中を見つめるストレガの目線は、もう保護者のそれだった。きっとこれからも彼女は彼を見守っていくのだろう。
風呂から上がり、洗濯も終わらせた二人は部屋で涼しい格好でくつろいでいた。風呂上りは暑い。涼しい格好でいたくなるものだ。
冷えた桃のジュースを飲みながら、ストレガはレゼルに問いかける。
「もしも、授恵者になれたら……どうしたいのだ?」
「え、そうですね。なれるとは思ってないですけど、ストレガ様みたいに強力な魔法とか覚えて、色んな所に行けるようになって、どこまでもストレガ様の傍にいたいですね。助手としてまだまだ学ぶことは多いですから」
「授恵者になってまで、助手として隣に立ちたいとは……まさに少年らしいのだ」
ふふっと笑うストレガを見て恥ずかしそうに照れるレゼルは、ぐいっと桃のジュースを飲み干す。
「いいじゃないですか、研究には助手が必要なものですよ。ああ、なれたらいいですよね、授恵者に。そしたらお留守番とかしなくていいですし!」
どこかで無茶してないか、心配になるというレゼルにストレガは少し笑いながら、まだまだそんな心配をするなんて10年早い、という。
レゼルはだったら10年でも20年でも、助手を続けて立派になってみせますよ、とレゼルは意気込んでいた。
そんなレゼルとストレガはジュースを飲んで笑いあう。
心地よい風を身に受けながら、二人はジュースの瓶が空になるまで語り合い、緩やかな眠気に身を委ねて眠りについた。
研究の日々は続く。一つの研究が終われば、また次の研究があるのだから。
いつの日か彼も授恵者として並び立つことがあるのかもしれない。立派なストレガの助手として。
とある森の中。一台の小さな荷台車を引いている【ストレガ・L・リベルガストラ】と助手の少年【レゼル】。
重そうな顔をしながら、荷台に様々な荷物と共に乗せられた桃の詰まった樽を見て、レゼルはストレガに問いかけた。
「はぁ、はぁ……取りに来いっていうから来てみたら、こんないっぱいの桃どうしたんですか?」
今にも倒れそうなレゼルとは対照的に、ストレガは涼しい顔をして荷台を引いて歩いている。流石は授恵者と言った所か。
レゼルの方を振り返らずにストレガは気持ちよく晴れた空を眺めながら、彼の求めている答えを口にする。
「貰ったのだ。依頼で祭りに行って、そこでの戦利品なのだー」
「こんなにたくさん……ストレガ様、一体、お祭りで何してきたんですか?」
ストレガは好奇心の塊だ。
気になることがあれば実践し、それがどうなるのか、調べなくては気がすまない。それはストレガという名を継ぐ者として当たり前の事。だがまだその名に知識が深くないレゼルにはどうすればその好奇心のモチベーションを保てるのかと純粋に疑問なのだ。まあ、きっと何かしら無茶やったんじゃないか、という心配も多いが。
にやっと含みのある笑顔を向けると、ストレガは荷台車をぐっと引いて速度を上げていく。
「話すと長くなるのだ、まずは傷みやすい桃を手早く家に運ぶのが先決なのだ、少年!」
「ああぁっ!? 急に速度上げないでくださいよぉっ! わっわっ、足が、待って、待ってくださいぃいーーっ!」
ふらつきながらも荷台にしがみつくレゼルを連れ、ストレガは家路を急ぐのであった。
自宅兼研究所に着くとレゼルは荷物整理をしようとして、レゼルはストレガの方を見る。彼女は何やら本棚を漁って、あれでもない、これでもないと何かを探しているようだった。
「あの、ストレガ様? お風呂に行くんじゃないんですか?」
ストレガは風呂が好きなタイプの女性だ。汗をかいたなら手早く風呂に入るだろう。勿論、気になることがなければだが。
ストレガは振り向かずに、ん、とだけ答えると本をとっかえひっかえ読んでいる。
次々と本を開いては、様々な資料を読み漁っていた。どうにも目当ての物が見つからない、そういった雰囲気を醸し出している。こうなったストレガはテコでも動かない。気になってしまえば、それが最優先になる。そういう女性だった。
これはきっと長くなるだろうな、と判断したレゼルは邪魔しないようにそそくさと荷物を倉庫へと運んでおく。
荷物を倉庫に置いてレゼルが帰って来ると、まだストレガは本棚の前にいた。今度は何やら上を見上げて悩んでいるようだ。
本棚はかなり背が高い物もあり、台を使わないと高所の本は取れないだろう。手の届く範囲の本はあらかた読み終わったようで、その範囲に目当ての本はなかったらしい。残る可能性は高所の本のみ。だが、ストレガは台に乗らず、上を眺めているだけだ。
何かあったのだろうか、と気になったレゼルはストレガに近づき声をかける。
「あ、あの。ストレガ様? 何か困りごとでも……」
「ああ、少年。実は台を使って上の本を取ろうとしたのだが、台が壊れてしまったのだ。新しい物を倉庫から持ってきて欲しいのだ」
見れば、足がバキッと折れ使い物にならなくなった台の残骸が床に転がっている。台は長年使っていた物で経年劣化で傷んでおり、いつ折れてもおかしくない状態だった。
「わかりました、すぐに代わりの台を持ってきますね」
本に夢中になっているストレガを残し、レゼルは倉庫へと向かう。
数分後、そこそこ頑丈そうな台を持ってきたレゼルはストレガの隣にそれを置いた。台の上に上がりながら、ストレガはレゼルに頼みごとをする。
「では少年、ちょっと押さえていて欲しい。高い所は不安定になるのだ」
「ええ、わかりました。しっかり押さえていますから安心してください」
こくりと頷いたストレガは台を昇っていく。
ふと、レゼルが上を見上げると……ストレガが左右の本を取ったり、しまったりする時にどうしても台が揺れてしまうようだ。揺れないようにしっかりと押さえていく。
「桃の酒……桃の酒……ああ、これがきっとそうなのだ! 喜べ、少年! 目当ての本が見つかったのだ!」
しゅばっと本を本棚から取り出すと、ストレガは精一杯掲げて見せる。
「少年、今日は桃の酒をつくるのだ!」
「ああ、さっきの貰って来た奴を使うんですね? ですが、桃のお酒ってどうやってつくるんですか?」
レゼルの疑問にストレガは手に持った本を開いて見せる。それは【極みの技・桃の美酒】という本だった。
「ふっふっふ、私の知識とこの本の知識を合わせれば、造作もないことなのだ。では手早く準備をしていくのだ!」
にこにこと楽しそうな笑顔をストレガは見せる。
美味しいお酒を自作すれば、いつでも自分の好きな時に好きなだけ楽しめるということだ。味もどんなお酒にするかも自由自在。味を追求して最高の味を目指すもよし。逆に新しい味わいを求めて、未だ使ったことがない素材を使用してまだ見ぬ酒を研究してもよいのだ。やり方は千差万別。何をするにも自由。個人で作るのならば意外にも酒づくりの自由度は高かった。
ストレガとレゼルは二人掛かりで桃の入った樽を台所まで運ぶ。この台所は様々な実験や調理ができるよう鍋が通常よりも多く設置されており、広さも通常より広めに作られていた。
桃を取り出すと、ストレガは流水で洗いながら産毛を落としていく。隣ではレゼルがお湯を使って手ごろなサイズのガラス瓶を消毒している。
「ストレガ様、葉っぱもきちんと別にしてあるみたいですけど、何かに使うんですか?」
見れば、ごみ入れではなくストレガは桃の葉をちゃんと水気を取って別にしている。
桃の皮を軽く手で剥きながら、彼女はレゼルの言葉に答えた。
「桃の葉は、様々なことに使えるのだ。煮出せば煮汁ごと風呂に使えるし、乾燥させて刻み、酒と一緒に詰めればエキスを抽出することもできるのだ」
「エキスですか? もしかして、石鹸とか体に塗ったりするやつです?」
消毒が終わったガラス瓶を並べているレゼルに、桃の皮を次々と剥きながらストレガは教えていく。この知識はきっと後の彼の為にもなるだろうと。
「うむ、体に塗っても良いし、石鹸に混ぜた場合、いい香りがするから贈り物にも最適なのだ。桃は種すらも薬になるから、まさに捨てる所が少ない果実と言えるのだ」
「へぇ、桃って活用方法がたくさんあるんですね。正直、薬にするとか飲み物や食べ物にするとかしか、思いつきませんでしたよ。香りのいい石鹸かぁ……売れそうですね、それ」
研究費の足しに出来るかも、とか考え始めるレゼルはストレガとの研究生活のおかげで順調に逞しく育っているようだった。
桃の皮を剥き終わったストレガは、果実入れからレモンを取り出すと皮を剥いて二等分に切り分けた。爽やかなレモンの香りが広がる。
「このレモンがいい感じに働いてくれるのだ。後でこいつを漬けた桃の天辺に置く。それで準備完了なのだ」
うきうきしながら用意をストレガは進めていく。今から漬ける桃はどんな酒になるだろうか。そう思うと心が躍らずにはいられないのだろう。
丸のままの皮を剥いた桃をガラス瓶に詰めていく。桃は繊細で少しの刺激で黒く痕になってしまう。最新の注意を払いながらストレガとレゼルはいくつかの瓶に桃を詰めていった。
蜂蜜を持ってきたストレガはそれをたっぷりと瓶の中の桃にかけていく。とろりと黄金色の蜂蜜が桃を包み込む。
次にストレガはとっておきの蒸留酒を取り出す。これはドワーフ王国の特産品だ。それで桃と蜂蜜が入ったガラス瓶を満たしていく。
「桃の酒をつくるなら、度数は高め、無色無臭の物であればより望ましい。こうして瓶を満たすぐらい注いでレモンを乗せれば……準備は完了なのだ」
「なんだか見た目もきれいですね。これ、ガラス瓶ってことは……お酒ができていくまでを見られるってことですか!?」
わくわくした目でガラス瓶を見つめるレゼルを見て、ふふっと笑ったストレガはその頭を撫でながらガラス瓶に蓋をしていく。蓋をした傍から暗所へと移した。
「うむ、月日が経って徐々に酒になっていく工程が見られるのだ。毎日見るのが楽しみになるかもしれないのだー」
へぇっと感心しながら洗い物をしているレゼルは酒がどのように出来ていくのか、興味津々だった。彼は知識では知っていても、まだ酒ができていく様を実際に見たことがない。
「百聞は一見に如かず、これで少年の見識も広まるのだ」
「ええ、そうですね。すごく楽しみですよ」
ストレガとレゼルは余った桃の果実を荒く潰して、ジャムを作りそれを使ったクッキーを焼くことにした。
こねた生地を一口サイズに小さく分け、その真ん中をへこませる。
へこんだ所に先程作った、桃のジャムを入れそのままオーブンで焼き上げた。
ほどなくして、桃が香る美味しいジャムクッキーが出来上がった。
レゼルがそれらを皿に分けている間に、ストレガは桃のワインを用意する。これは買って来た物で、手軽に桃を楽しむ為の物。自作の酒は一朝一夕ではできないのだから。勿論、レゼルには桃の果実を搾ったジュースが用意される。
注いだ木のコップを持ってストレガはそれを少しだけ上にあげる。レゼルもそれに習った。
「では、酒の完成の無事を祈って……かんぱぁぁーいなのだー」
「はい、無事の完成を祈って。乾杯っ!」
互いの木のコップをこつんっと合わせ、それぞれストレガとレゼルは酒とジュースを飲む。甘い桃の味が口いっぱいに広がっていく。
「美味しいですね、この桃のジュース。やっぱり使った桃が良いやつだからですかね」
「かも知れないのだ。ふむ、そちらも気になるのだ。ちょっと一口欲しい……構わないのだ?」
特に気にしていないストレガからの申し出にレゼルは少し頬を赤らめる。目線はつい、ストレガの唇へと向いてしまっていた。
(待って待って!? 渡せって言ってるの、僕が飲んだ奴ですよね!? えっえっ、これって間接キスになってしまうのでは……ああ! でも早く渡せって顔してるぅ! ど、どうしたらいいんだぁあ!)
心の中で葛藤しながらも、ゆっくりと差し出したレゼルのコップを受け取ると、なにも気にせずにストレガはレゼルが口をつけていた位置からごくごくとジュースを飲んだ。
綺麗に飲み干すと、新しいジュースを注ぎ、レゼルにコップを返す。
「やはりジュースはジュースで美味いのだ。一口の筈がついつい飲み干してしまうぐらいには。悪かったのだ、少年」
「いえいえ、いいんですよ。美味しいのは分かち合わないとですからっ、うん、ええ、本当に!」
顔を赤らめながら、照れたように笑うレゼルを不思議そうに眺めるストレガ。間接キスで舞い上がっている、とは流石の彼女も思い当っていないようだ。
その後、しばらくレゼルはジュースを飲むのを躊躇し、度々赤面してしまうのだった。
軽めのおやつを終え、二人は夕食前に風呂に入ることにした。
いつものように風呂に入って体を洗う。
今日の湯には煮出しておいた桃の葉とその煮汁が使用されている。桃の甘い香りが風呂場に広がっていた。
湯船に浸かりながら、まだ体をスライム石鹸で洗っているレゼルの背中を眺める。そこには大きな切り傷の痕があった。
ストレガはその傷を見ながら、レゼルと出会った頃の事を思い出す。
(もうだいぶ経つのだな……あの時から)
それは、彼女がとある依頼で魔獣を討伐した帰りのことだった。
森の街道近くで、倒れてぼろぼろに壊された馬車を見つける。それだけなら運悪く何かに襲われたのだろうと気にもしなかった。
だが小さな声に気が付き、ストレガは足を止める。よく見れば、馬車に押し潰された男性がいたのだ。
すぐさま駆け寄ったが、彼女は助けるのをやめた。なぜなら男性は下半身が潰れ、もう助からないことが明白だったからだ。死ぬまでもう数分もないだろう。
そんな男性からストレガは託される。息子を救って欲しいと。それだけ言って男性はストレガの手を握って息絶えた。
報酬は勿論ない、受けなくてもいい頼み。
だが放っておくことはできなかった。助けられる命があるなら助けたい、それがストレガたる彼女の想いだ。
森に続いていた小さな血痕を辿っていくと、その先には今まさに魔獣に引き裂かれそうな少年がいた。少年――レゼルは血だらけになりながらも木の棒を魔獣に向けている。彼の背にはもうこと切れている母親の姿があった。
「かあさんには、指一本触れさせない、僕が……ぼ、くが……っ」
ふらっと倒れかけたレゼルを駆け寄ったストレガが支える。彼女はレゼルの頭を撫でた。
「よく頑張ったのだ、後は……任せるのだ」
すっと片手をかざしたストレガからエーテルが放たれ、魔獣は頭を吹き飛ばされる。身体だけになった魔獣はぐらっと倒れた。
魔獣を片付けたストレガはレゼルを手当てすると、共に彼の母と妹を弔った。
それから町まで送り届けようとストレガが申し出たのだが、彼はその申し出を断った。
「お願いします……あなたみたいに、強く、なりたいんです……何でもします、お願いですから……お傍に置いてくださいっ!」
熱心に頼み込む彼の言葉に負け、ストレガは身寄りのない彼を助手として連れて帰ったのだった。
湯船に浸かり、伸びをするストレガ。
(授恵者ではない、それでも厳しい訓練に雑用、実験にも食らいついてくる少年。本当に、逞しくなったのだ)
彼の背中を見つめるストレガの目線は、もう保護者のそれだった。きっとこれからも彼女は彼を見守っていくのだろう。
風呂から上がり、洗濯も終わらせた二人は部屋で涼しい格好でくつろいでいた。風呂上りは暑い。涼しい格好でいたくなるものだ。
冷えた桃のジュースを飲みながら、ストレガはレゼルに問いかける。
「もしも、授恵者になれたら……どうしたいのだ?」
「え、そうですね。なれるとは思ってないですけど、ストレガ様みたいに強力な魔法とか覚えて、色んな所に行けるようになって、どこまでもストレガ様の傍にいたいですね。助手としてまだまだ学ぶことは多いですから」
「授恵者になってまで、助手として隣に立ちたいとは……まさに少年らしいのだ」
ふふっと笑うストレガを見て恥ずかしそうに照れるレゼルは、ぐいっと桃のジュースを飲み干す。
「いいじゃないですか、研究には助手が必要なものですよ。ああ、なれたらいいですよね、授恵者に。そしたらお留守番とかしなくていいですし!」
どこかで無茶してないか、心配になるというレゼルにストレガは少し笑いながら、まだまだそんな心配をするなんて10年早い、という。
レゼルはだったら10年でも20年でも、助手を続けて立派になってみせますよ、とレゼルは意気込んでいた。
そんなレゼルとストレガはジュースを飲んで笑いあう。
心地よい風を身に受けながら、二人はジュースの瓶が空になるまで語り合い、緩やかな眠気に身を委ねて眠りについた。
研究の日々は続く。一つの研究が終われば、また次の研究があるのだから。
いつの日か彼も授恵者として並び立つことがあるのかもしれない。立派なストレガの助手として。