ヒトと娯楽、彼女なりの考察

キャラクターノベル制作 ウケッキ納品 2023年06月24日 12時37分48秒

●ヒトと娯楽、彼女なりの考察

 森の奥にある自宅兼研究所の一室。
 本が立ち並ぶ書斎の一画に【ストレガ・L・リベルガストラ】と助手の少年【レゼル】の姿があった。ストレガは大きめの板に文字を書いており、レゼルと共に議論の真っ最中のようだ。
「――――さて、ヒトが行う活動の中で無駄が多いとされるものを述べてみるのだ。前回教えた範囲だからわかるのだー?」
 ストレガが片手に持った差し棒代わりなのだろう、木の短い棒をくるくると回して楽しそうな顔をする。恐らく、レゼルならば答えられることを期待しての言葉だった。
 レゼルはストレガの前で椅子に座り、机に向かっている。その様子はさながら授業を受ける学生のようだ。少し考えこんでから彼は応える。
「えっと……それはいくつもありますが、まず食事の内容かと。栄養補給さえできればヒトは生きていくことができるはずです」
 レゼルの答えにうんうんと頷きながらストレガは板にがしがしと文字を書いていく。
「うむ、その通りなのだ。食事は栄養補給の行為……究極的に言えば、必要な栄養だけ取って味や量に関しては気にしなくていいもの。だがヒトは食事を“美味しく”食べることに力を注ぐ。それは無駄な行為であると同時に、彼らの欲を満たす手段でもあるのだ」
「そうですね。栄養だけ取っても美味しくないと元気が出ないと言いますか、それもまた【娯楽】に入るのですか?」
 娯楽。
 それだけの意味では様々な意味があるが、二人が議論しているのはヒトが行う娯楽に関してだ。
 ヒトは無駄な好意を愛する生き物ともいえる。野生動物であれば、必要以上の狩りはしないだろうし、楽しみの為だけに交尾を行うこともない。必要以上の睡眠も取ったりはしないだろう。
 レゼルの質問にストレガは棒で書いた文字を差しながら、話す。そこには彼女なりの理論が書き込まれていた。
「美味しい食事をする為に、本来しなくていいことまでしている時点で、ヒトは無駄を愛する、無駄を楽しめる生き物……娯楽に目がない生物なのだ。食事には時間をかける者、かけない者、食事の量はいらず少しで良い者、多く食べないと気が済まない者、味の好みでソースを用意する者、挙げればキリがないが、そのいずれも食という娯楽を自分なりに楽しむ者たちなのだ」
 ストレガの言葉を聞きながら、レゼルは手元のメモに彼女の言葉を書き記していく。彼なりの勉強なのだろう。
「なるほど、それぞれの食事の内容の違いもまた、娯楽と。確かに必要な者だけ取る人もいれば、そうじゃない人もいる。需要があるから食事所もやっていけるってわけですね。栄養だけ取れればいいや、という人ばかりでは食事処は儲からないでしょうし」
「そういうことなのだ。無駄の中にも楽しみを見出す、そしてそれを提供することもまた、大きな目で見れば娯楽なのだ。自分が食べる以外の食事を提供する、それはもう自身の生命活動に必要がない物なのだから」
 食を楽しむこと。
 味を楽しみ、普段食べないような食材に驚きを見せ、対価を払う。自分ができない料理を店で注文、食す。
 その一連の流れは生命活動の維持、という観点で見れば必要がない事だ。普段食べないようなものは栄養的に必須ではないし、自分ができる範囲で栄養は取ればいい。味を気にしなければどんな素材ですら栄養となり得る。
 だがヒトは美味しい食事の為に労力を掛け、自分ができない料理を食べる為に対価を払う。
 これらは必要な行動ではない。生命活動の維持の為にそんな無駄な行為はしなくていい。だがヒトはそれに興じる。それはもう娯楽と言って差し支えないだろう。
「では少年、少年は好きなだけ寝ていいと言われたら……必要以上に睡眠はとるのだ?」
 次の話は睡眠に関してだ。ヒトが眠りにつくこと。それもまた生命活動の維持に必要なことだ。
 ヒトも他の生物も、寝ることで脳内をリセットし、体の回復にあてる。寝ている時しか分泌されない物質すら存在するのだ。
 野生動物は必要以上の睡眠を取らないだろう。身の危険がある、ということもあるだろうがヒトのように惰眠を貪るようなことはほぼない。
「そうですね、休みということでしたらきっと疲れが取れるまで寝るでしょうね。お布団の魔力と言いますか、あの寝床の快適さには逆らえませんよ。やることがないのなら、好きなだけ転がっていたいですね」
「生命活動の維持ではなく、自身の心を満たす為に長い眠りをとる……それもまた楽しみを得ていると言えよう。ならば睡眠もまた、ある点では娯楽と言えないこともないのだ」
 貧しい者ですら、毎日の生活に楽しみを見出す。金の掛からない遊びは豊富にあるのだ。貧困に喘ぐ者らはそういった遊びで娯楽を得るだろう。
 逆に金が豊富にある者は、金が掛かる遊びをする。趣味の範疇ともいえる生命活動に必要のない物を買ったり、女性をはべらせ、酒を飲む。色町で自分の欲求を満たす、そういったこともあるだろう。それらは全て、生命活動的に言えば無駄な行動だ。だがヒトはそれをせずにはいられない。故に娯楽をヒトは愛するのだろう。
 ストレガは再び板に文字を書き記していく。
「余分な食事をとる、多めの睡眠をとる、性欲解消に勤しむ……これだけでいいというヒトもいるという。ではなぜヒトは無駄を愛するのだろうか。それは生物は肉体と魂と精神で成り立っているからと仮説すれば説明がつくのだ」
「生物は肉体と魂と精神で成り立つ……」
 肉体だけで成り立っているのなら、生物には肉体の維持という目的しかないだろう。
 だが精神と魂が関連していると考えるならば……一見無駄に見える行動もまた、精神と魂の回復の為に必要な行為ではないのかとストレガは考えたようだ。
「余分な食事も、必要ない行為、遊びという物も魂や精神には必要なこと。考えてみるのだ、動物だって遊ぶのだ。ヒトが顕著に見えるだけ、なのだ」
 確かに動物もまた、遊ぶという行為をする。それらは生命活動にはなんら必要のない事だ。しなくてもいい行為をしている、ということはまさに娯楽と言えよう。
「仕事を終えた者たちが金を持ちて街に繰り出し、飲食店で料理と酒を楽しみ、宿で就寝し、色街で性欲に注ぎ込む事――金と余裕ができるにつれさらなる幸福を求める行動をヒトは行う。無駄な事ができるのは幸福であるのだ」
 精神や肉体を疲労させ、消耗しながらも稼いだ金を使って経済を回す。なれば経済は潤い、更なる娯楽が提供されることだろう。
 経済という名のコミュニティはまさに生き物だ。金という食事得て、成長し続ける生き物と言える。
「市場で食料・衣類・装飾品を吟味し、風呂や洗濯、医療により清潔になり、未来の為に学業や鍛錬に勤しむ。それらを満たせるコミュニティとはヒトの欲望を叶える為にあるのだ」
 より美味しい物を食べたい。
 綺麗な服を着て、清潔な自分でいたい。
 自分の発想を周りにアピールしたい。
 性欲を満たせる相手が欲しい。
 それらはヒトの飽くなき欲望。尽きることのない“生命活動”に必要のない娯楽だ。
 一人では成し得ない欲望を満たす為に、ヒトは集まり協力し合い、コミュニティを形成する。
 それは安全を得るという生命活動に直結する事象ゆえという観点もあるが、欲望を成就させる為という側面もあるだろう。
 自分に出来ないことができる相手がいる、それは叶えられない欲望を叶えられる欲望に変える事なのだから。
「治安と自由のバランスを保ち歓楽街を管理できる者は名君である、という言葉があるのだ。欲望も生命活動に必要な事柄も提供できるのであれば、逆らう道理はない」
 ストレガはそういいながら、自身が研究している水道事業と道路事業を考えていた。
 水の確保が容易になれば、ヒトは清潔になりそれに伴って疫病も減る事だろう。乾きで命が潰える者も減る。
 道が舗装されれば輸送が容易になり、安全性が向上し町と町の往来が増える。それらはコミュニティを活性化させる一因となり得る。
 それらは全て必要なことだ。ヒトがよりよい生活を送る為に。
 適当な椅子に座り、ストレガはぐっと伸びをする。議論を始めてから数時間が経過し、流石の彼女も多少疲れたようだ。
「最終的には何不自由なく幸福を追求できる環境が望ましいのだが……幸福が不自由なく提供されるだけではヒトは堕落してしまう。不自由ない幸福に抗える程、ヒトの精神は成熟していないのだ。故に提供し過ぎないよう、需要と供給のバランスがヒトの世界では大事ということなのだ」
 ふと気が付き、ストレガは立ち上がると数時間かけて色々と書き記してきた板に文字を書き加えていく。
「楽という中には……悪事も含まれるのだ。とはいえ、それらは誰かの楽であると同時に誰かの不幸。野放しに出来ないゆえに取り締まる必要があるのだ。幸福は与えられるものであるにすれ、掠め取られる物であってはいけないのだ」
 ヒトの生は長いようで短い。
 限られた時間の中で、好きなこと、楽しいように生きればいい。
 ストレガは文字の最期をそう締め括った。

 議論が終わると疲れを癒す為にストレガはレゼルを連れて風呂に向かう。
 いつも通り、彼女は衣服をポンポンと脱いで生まれたままの姿となる。勿論、大きく形のいい乳房も、張りのある美尻も全部丸出しである。
 風呂に入る為、同じく裸になったレゼルはなるべくストレガの胸や尻を見ないようにしていた。見ても彼女は羞恥心がなく気にしないだろうが、レゼルも男性。反応的に色々と不味いので自制している所もある。
 入ろうとしてストレガが何かを飲んでいるのを見かける。
 それは瓶に詰められた青い色の薬のようだった。あまり良い匂いはしない。
「あの、ストレガ様? また何か実験のお薬を飲まれるのですか? それでしたら僕が……」
 瓶を受け取ろうと手を出したレゼルをストレガは軽く首を振って制する。
「いや、いいのだ。薬の実験には危険も伴う。自身がその危険に晒されずして研究者とは言えないのだ」
 ごくごくと飲み干し、瓶を傍らの棚に置くとストレガは風呂に入った。
 いつものように背中を流し、互いの身体を洗い合ってからストレガとレゼルは風呂から上がる。
 着替えようとしたのだが、身体を拭き終えたストレガがいつもの様子と何やら違う。
「んふふー、なんだかいい気分なのだぁ……暖かくて、体の芯から……暖まったのにゃー」
「え、にゃ?」
 普段のストレガの語尾は、のだ、である。だが今の彼女はふにゃふにゃした蕩けた顔をしており、語尾が変化している。どうやら薬のせいのようだ。
 手の甲を舐め、顔を洗うその動作はまるで猫のようだ。
「にゃはははー、レゼルがいるのにゃー……にゃはははー」
「す、ストレガ様! お気を、お気を確かにぃ!」
 説得しようにも酒に酔ったような雰囲気のストレガは話を聞いているようで聞いていない。
 服を着てくれと言えば、服の塊に頭を突っ込んで笑っている。勿論、裸のまま。
 目のやり場に困りながらも一生懸命にレゼルはストレガに衣服を着せようと苦心した。
 少し目を離せば、あっちへこっちへ本当の猫のようにストレガは走り回っている。
 レゼルはというと、投げ捨てられた衣服を拾い、走り回っているストレガを追いかけていた。
「あああ、ストレガ様ぁ、それは口に入れてはだめです! ああっその瓶は危ないと! ああぁぁあ!」
「にゃはははー! にゃはーー!」
 楽しそうに暴れ回るストレガ。色に惹かれてしまったのか、色とりどりの素材が入った綺麗な瓶を舐めたり、振ってみて遊んだりと普段の彼女からは考えつかないような遊びっぷり。これもまた猫化の影響なのだろう。
 肩で息をしながらレゼルはどうにかストレガを着替えさせる方法を考える。
「どうしましょうか……あの状態のストレガ様は、か、可愛いですけど! いつまでも裸で走り回っているのは目の毒、いや、風邪を引いてしまわれます。何か……何か方法があれば……」
 辺りを見回し、レゼルは使える物がないかと考える。ふと、そこに先がふさふさと太った植物を見つけた。あれならば持って振ったりすれば、先の太った部分が揺れてなんとも猫をひきつけそうな感じがするとレゼルは判断した。
 両手にその植物を握ると、レゼルは遊び回るストレガの前に躍り出る。レゼルに気付いたストレガがじっと彼を見つめていた。
「ほ、ほーらこっちに気になる物がありますよ、ストレガ様!」
「にゃ……にゃにゃにゃあああああーーー!」
 彼が振った植物が彼女の何かを刺激したのだろう、狩猟する時の猫のように尻を高く上げてフリフリと振ったストレガはぎゅんっと走り出すと、レゼルへと飛び掛かった。
 レゼルはすかさず彼女を抱き留めるとストレガが植物に夢中になっている間に素早く、そして的確に寝間着を着せていく。着せ終わった頃には、遊び疲れたのかストレガはでろんと転がってすやすやと寝息を立てていた。
 そのままレゼルは眠った彼女を担ぐと、部屋へと向かうのだった。
 それからしばらくして。
 薬の効果が抜けたストレガは彼から聞いた内容と自分が感じていた感想を資料に記していく。猫化するとは面白いのだ、とは彼女の談。
 資料を纏め終えるとストレガは夕飯の準備に入る。
 まず適当な獣肉を細かく裁断、塩を振る。手でしっかりと塩を擦りつけ、肉に塩を馴染ませていく。
 ストレガが肉の準備をしている間に隣では、保存してあった野菜を洗ってからレゼルが適当なサイズに切っている。
 切り終わった野菜を受け取ると、ストレガは大きな鍋に細かくなった肉と野菜を投入する。
 鍋をかき混ぜながら、果実や種を配合した特製のソースを取り出す。瓶の蓋を開けると果実の良い香りが鼻に届く。
 それを木のスプーンで適量取りながら、肉野菜炒めに加えていった。
 完成した肉野菜炒めを二人分に分けるとストレガはワインを開けて木のコップに注ぐ。レゼルの分は果実のジュースだ。
 出来上がった肉野菜炒めを頬張ると果実のソースの香りと肉や野菜が絡み合い、絶妙な味わいとなっていた。
 傍らに用意されたパンをかじり、肉野菜と共に食すとこれまたパンが進むという物だろう。
 ふと、食べながらレゼルは気になったことを聞いてみた。
 それはストレガが研究している【携帯パン】のことだ。
「ストレガ様、あの携帯できる栄養価の高いパンってどうなったんですか?」
「ああ、あのパンなのだ? あれはもう少しで完成、といった所なのだ……だが……」
 肉と野菜を口の中に放り込みながら、ストレガは難しい顔をしていた。
「栄養の為に乾燥させた果実や野菜を練り込むまではいいのだが……味が……」
 冒険稼業では栄養を効率的に短時間で摂取することが望ましい。
 とは言え、そんな食品はなかなかないので何とかならないかと瓶詰めの野菜や果実を練り込んだパンをストレガは考案しているのだ。
 彼女が言うには、組み合わせの問題だろうか、味がとてつもないことになっているんだとか。栄養が取れても精神的にダメージを負うのでは意味がない。
「いくつかパターン取ってみる必要があるのだが、私だけではデータの不足が……よし、寝る前に少し手伝って欲しいのだ。少年の感想も聞きたいのだ」
「え、僕でいいんですか? わかりました。では寝る前に味のチェックをしてみましょう」
 その後も軽い議論や、研究について楽しく話しながら二人は食事を楽しんだ。
 楽しく食事をする事、これもまた心身ともに健康になることなのだ。

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