健康的な生活の為に・洗濯編
キャラクターノベル制作 ウケッキ納品 2023年05月31日 23時05分30秒
●健康的な生活の為に・洗濯編
森の木々の間にたたずむ研究施設。
ここは【ストレガ・L・リベルガストラ】の自宅兼研究所であった。
本と様々な品物が所狭しと置いてあるストレガの部屋の中で助手の少年【レゼル】は彼女が集めて来た材料をメモの通りに棚にしまっている最中だ。
「もう、ストレガ様ったら本当に何でも拾ってくるんだから。この破片なんか何に使うんだろ? まあ、有用だから拾ってるんだろうけど」
魔獣の破片や遺跡のパーツ、果てはなんだかよくわからない代物までストレガは一回冒険に出ると、数えきれないほどのアイテムを拾ってくる。
それらは吟味しストレガなりに必要だから、何かに使えそうだからと持ってきたものだ。
とはいえレゼルのような知識のない一般人からすれば、何に使うかもわからないガラクタの山に他ならない。
価値や有用性は全くわからないが、勤勉なレゼルはストレガのメモの通りに片づけていく。決して、ガラクタに見えるからといって雑に扱ったりはしなかった。
「ただいまなのだ、少年。片づけは終わったのだ?」
「ああ、ストレガ様! 今はちょうど最後の品物をしまい終えた所で……ってうわっ!? 一体、どうしたんですか!?」
振り向いたレゼルが驚くのも無理はない。
なぜなら、そこには血塗れの衣服を纏ったストレガがいたからだった。
慌ててレゼルは駆け寄るとわたわたと触れていいものか、いかんものかと考えているようだ。
「ど、どうしよう、まずは手当てを、いや先に着替えた方が!?」
青ざめた顔で慌てふためくレゼルのおでこをストレガはこつんっと指で小突く。
「少年、落ちつくのだ。何も私は怪我をしたわけじゃない、これは解体した獣の血なのだ。洗濯するから手伝って欲しい」
「ああ、なるほど……獣の解体の返り血だったんですね、よかったぁ。大怪我でもしたかと思いましたよ」
ほっと胸を撫で下ろすレゼルを連れ、ストレガは風呂場へと向かった。
洗濯というのは実に水を消費する。しかも洗うには水よりも湯が良い。その為には湯を沸かす必要があった。
湯を沸かすにも燃料が消費される。それならば一緒に風呂に入ってしまった方がお得だとストレガは考え、洗濯のついでに風呂も入るのがいつもの流れ。
ぽいぽいっと服を脱ぎ、何も気にせず全裸になったストレガは軽く体に湯をかけると、お手製の石鹸で体を洗い始める。これはスライムが使用された特製の物だ。
ごしごしと身体を洗ってから、隣に座ったレゼルの事も洗ってやる。なぜ一緒に入っているかというと、湯がもったいない、後で入るにしても沸かし直すのは愚策ということらしい。
わしゃわしゃと洗われるレゼルは目の前で揺れる豊満な双球をなるべく見ないよう心掛けていた。最近、こういうことが増え慣れてきたとはいえ、直視すればやはり釘付けになってしまう。羞恥心の無いストレガは気にしないだろうが、色々と精神衛生上よくないとレゼルは自分を律していた。
身体を洗い終わった二人は一緒に湯船に入る。ストレガがまずゆったりと湯船に体を沈め、足の間にレゼルが入る、といった状態だった。
「ふぅ……やはり湯はいいものなのだ。少年もそう思わないか?」
「は、はいっ、お湯に入るのってこんなに気持ちがいいんだってここにお手伝いに来てから知りましたし」
一般的には湯に浸かって風呂に入る、といった習慣は彼女が聞いた限りではあるがまだあまり根付いていないようにも思われる。
基本的には桶や壺に溜めた水を身体に掛ける、濡らした布で身体を拭く、川で水浴びをする、などといった原始的な方法が行われているようだ。上流階級はその限りではないだろうが。
湯に浸かって良い気分になり、惚けた顔を見せるレゼルの頭を撫で、まるで弟のようだな、と思うストレガはしばしの入浴タイムを楽しむ。
湯から上がり、風邪をひかないように適当で身軽な服を身に着けたストレガはレゼルと一緒に血塗れの衣服を洗っていた。
湯にスライム石鹸を潜らせ、衣服に塗り込みながら揉みつつ洗っていく。
桶から取り出し、湯で泡を流した衣服をレゼルは一生懸命、板に叩きつけていく。水分を飛ばすのは中々の重労働だった。
「少年、私はこうして自分でやってしまうが……一般的には洗濯屋を用いると思う。できれば伝統的な昔ながらのやり方が知りたい。彼らの話を聞きに行くことは可能なのだ?」
「昔ながらの洗濯屋さんですか。そうですね……ここからだと数日ほどの距離に外界と行き来をほぼしない小さな村がありますがそこの川近くに一軒、洗濯屋があるのでそこなら昔ながらの洗濯のお話を聞けると思いますよ」
洗濯が終わった衣服を乾いた桶に詰め直すとそれを抱え、ストレガとレゼルは研究所に戻っていく。
翌日、件の村にストレガとレゼルの姿があった。
外界とほとんど接点のない、かなり辺境の村ゆえか村人たちは物珍しそうにすれ違う二人を眺めている。
洗濯屋の扉をこんこんっとストレガがノックすると、大柄な中年が顔を出す。
「ん? 洗濯の依頼か? 桶一個分で……」
「いや、違うのだ。洗濯屋のことが知りたい。後学の為、研究の為に色々と教えて欲しいのだ」
わくわくした目を向けるストレガを見て、洗濯屋の店主は首を横に振った。
「学者さんか何かなんだろうが、悪いね。こっちも商売やってんだ、技術をおいそれと教えるわけにはいかん。布扱いひとつとっても色々とあるからなぁ」
確かにそうだろう。
洗濯と言えど布をなるべく傷つけず、家庭じゃ落ちない汚れを落とすプロ。その技術はやはり簡単には教えられない。真似されれば仕事がなくなるか可能性だってあるのだから。
だが、そこはストレガ。こんな状況も予測してある秘策を考えていたようだ。
「わかっているのだ、そう簡単ではないと。故に、私はある研究成果を洗濯屋に提供したい。情報の代価として。それはこれなのだ」
ストレガが取り出したのはいつも使っているスライム石鹸。見たことがない一品に洗濯屋は不思議そうな顔を浮かべている。
「少し実践させて欲しいのだ。桶は借りられるのだ?」
「小さいのでよければ構わない、ほら」
店主が小さな桶を差し出す。ストレガはそれを受け取ると手早く水を桶に入れ、小さな布を取り出す。布は食事の後を拭いたのだろう、油で汚れていた。
「まずは見ているといいのだ。この石鹸を水と一緒に塗り込むように……すると泡が出るのだ」
「おおっ、なんだなんだ、油がみるみるうちに落ちていくじゃないか! こ、これが石鹸……!」
食いつきは抜群と判断したストレガは手でレゼルに合図をする。するとレゼルがストレガが纏めた石鹸や風呂についての資料を見せる。
「洗濯について教えてくれれば……この研究成果を提出しよう。石鹸も希望があれば販売するのだ。水だけで落ちにくい汚れが怖くなくなる。どうするのだー?」
「ぐ、ぬぬぬ……わかった、石鹸の定期購入を約束しようじゃないか。聞きたいことがあったら何でも聞いてくれ。といってもあんたの研究成果よりもすごいことは何もしてないがね」
部屋に入るとお茶を飲みながら机に資料を広げ、店主とストレガたちは情報交換を始めた。
「いいか、一般的に洗濯はこの“灰汁”を使う。こいつは植物の灰を水に沈めて茹でて上澄みだけ取ったもんだ。これを使うと汚れが落ちるんだよ」
ストレガは桶に溜まった灰汁に手を入れ、すくってみる。灰色の液体が手の平に収まっていた。
「なるほど……灰汁で汚れを。石鹸ではない場合、有用な方法ではあるが、手間が掛かりそうなのだ」
「そうなんだよ。燃やした灰を水に沈めるまではいいが、茹でて上澄みだけ取るのが面倒でな。とはいえ、そこをしくじれば服はせっかく洗っても灰塗れになっちまう。その点、あんたの石鹸だったか? あれはいいな。汚れの落ち具合が灰汁なんかと雲泥の差だよ」
簡単に油汚れを石鹸で落として見せたストレガの様子を思い出し、きらきらした目で店主は石鹸を眺めている。
「ふむ、それは良かったのだ。では技術というのは何があるのだ?」
よし来た、と店主は机の上に適当な服を広げて見せる。その襟元を指さす。
「いいか、襟元ってのは皮脂とか汗とか様々な汚れがこびりついているんだよ。ここを普通に洗っちゃその汚れは落ちないんだ。だからここにさっきの灰汁を染み込ませておく。脇とか気になる頑固な汚れがありそうな所に念入りに。洗濯の前準備みたいなもんだな。これをするだけでだいぶ違うもんだ」
なるほどと感心しながら、ストレガが店主の情報を資料に纏め始めている。
店主は桶を抱えると立ち上がってストレガたちを手招きし、奥の洗濯場に呼んだ。
そこは水を溜めておける洗い場があり、様々な形の板やブラシなど洗濯道具が並んでいる。
「まあ、女の子にはきついかもしれないが……頑固な汚れにはこいつを使う、ああ、匂いは嗅ぐなよ? 鼻がひん曲がるぞ」
紹介された壺の蓋を気にせずストレガはカパッと開けてみる。中にはなにやら濁った液体が溜められているようだ。
一瞬眉をひそめたストレガの隣からレゼルが顔を出す。すんっと嗅いでしまい、レゼルは鼻を押さえて地面をのたうち回った。
「ぐぅあああああ!? くさっ! めっちゃ臭いですよ、これ!」
「これはアンモニア臭……発酵させて濃縮した尿なのだ?」
壺の中身を当てて見せたストレガに店主は驚いた顔を見せ、笑った。
「はっはっは! 流石、学者さんだ。当てるばかりか匂いに死んでないとまで来た。その通り、こいつは尿を発酵させた濃縮尿って奴だよ。こいつがないと頑固な染みを染み抜きすることができないんだ。洗濯している時はやばい匂いがするが、ま、洗ってるうちに消え去る。汚れが残るよりはいいって奴だな」
壺の蓋を閉めると、桶に水を溜め、実践して店主は洗濯の技術を見せていく。
「まずは基本の基本。押し洗い。押し込むようにして体重をかけて洗っていく。角を掴むようにやるのがポイントだぞ」
「押し込み、汚れを押し出す? いや、体重によって……ふむふむ」
熱心にストレガは店主の話を聞き、洗濯技術についてメモしているようだった。
「後は一般的にやらんやり方としては、型崩れしたくない下着類とか弱い衣服への方法だ。端を掴んでこうして水の中で振る様に洗っていく。こうすれば、型崩れしにくいんだよ。いや、主婦の方々とかな、下着がよれるとうるさいのなんのって」
「へぇ、こんなにゆったりと揺らしているだけなのに汚れが落ちるって不思議ですね」
感心したように揺れる衣服を眺めているレゼルの隣でストレガはスケッチをしているようだった。桶の中で揺れる衣服のイラストをメモに簡単に描いていく。
「最後に、このブラシとさっきの濃縮尿を使って叩く様に染みを落とす。染み抜きは今の所、俺が知る中じゃこいつが一番だな」
ブラシを掴み、衣服の染みを店主はとんとんと叩いてみせる。濃縮尿を染み込ませた部分の染みが徐々にではあるが落ちていった。
「ふむふむ、汚れは落ちるが……匂いが問題と。後はブラシで叩く故に衣服へのダメージもあるのだ」
ストレガの言葉に衣服を水で洗い流しながら店主は答えた。
「そうなんだよ、こいつをやると物によっては酷く痛んじまう。それに洗濯は水を使うだろ? 冬場がきついのなんのって」
軽く搾って水気を取り、壁の間に張られた縄へ衣服を店主は干していく。
ストレガがメモを終えると店主に資料を数枚、差し出した。
「大体、わかったのだ。この資料に改善点と今後の運用を纏めたのだ。これは情報の対価、遠慮なく受け取って欲しいのだ」
「へぇ、この短時間で色々と纏めてるんだなぁ。え、湯を使うと汚れは落ちやすいのか? しかも綺麗な湯や水がいいと」
資料を読み込んでいる店主に胸を張ってストレガが説明する。
「うむ。清潔な水や湯を使うことで疫病の予防にも繋がるのだ。湯を沸かす過程で可能であれば風呂を進めるのだ!」
「風呂? 湯を沸かして? それは一体……」
頭にはてなマークを浮かべている店主に資料を見せながらストレガが簡単に説明すると、店主はそれを理解したようで笑顔を浮かべる。
「なるほどなぁ、人間を丸ごと洗濯しちまうってことだな? しかも残り湯ってのは余程汚れていない限り、洗濯に使えると。はは、気持ちいい上に洗うのも助かるとはな!」
「だが注意して欲しい。衣服を着たまま湯に入った入りしたら汚れた湯に体を沈めることになる。その後で入らないならいいが、入るのならオススメはできない。無用な病気の元になるのだ」
しばらくして。ストレガがもたらす知識、石鹸に喜んだ店主の家を後にし、ストレガとレゼルは家路を歩く。
「それにしても凄い喜んでましたね、洗濯屋のおじさん。最後なんか満面の笑みでしたよ」
「研究が役に立ってよかったのだ。それに店主の意見も聞けた、やはり……水道設備や入浴施設、そういったものはより良い未来の為に人々に必要なものなのだ」
代々のストレガたちの生涯の課題……より良い未来に生きる。これは当代のストレガである彼女もまた例外ではない。
「受け継がれし課題、より良い未来を目指して……まずすべきことは水道計画の立案なのだ!」
「水道計画!? そ、それってもう国家事業並ですよ。この広い世界に水道を巡らせるなんて……そんな夢みたいなこと――」
出来るはずがない。そう言おうとしてレゼルは思いとどまった。なぜなら、隣を歩くこのストレガならば、やってのけるのではないか、そう思うからだ。明確な理由はない。だが彼女の探求心と情熱があれば可能であるような気さえする。
資料を眺めながら歩くストレガはまた思案を巡らせているようでぶつぶつと何かを呟いていた。
「まずは水道の素材の吟味、ある程度安く長持ちし、丈夫な素材……加工のしやすさも大事になるか。だが現在の金属では――」
彼女が掲げる水道計画。
それは上流階級だけでなく、一般市民の生活にも風呂や川に行かずとも自由に使える水道を設置するということ。大衆風呂などもそこに含まれる。
だがそれは途方もない計画であり、ちゃんと計算すれば莫大な予算が必要で、多数の人を使う為に人材の確保も重要。
そうなってくるともはやそれは国家事業であり、一個人が手を出せるようなものではない。
だが、それはストレガ自身もわかっていた。
それ故に技術研究だけを進め、資料に纏めて知識として本にする。
そうすれば、いつの日か為政者の目に留まるやもしれない。
ストレガたる彼女の課題は今すぐに為さねばならぬものではないのだ。
長い時間を掛け、まだ何代ものストレガを経て……いずれの未来で結実するかも知れない。
彼女の水道計画はそういった壮大な計画なのだった。
「少年よ、まだまだ検証することは山ほどある。帰ってから寝るまでにもっと研究を進めるのだ、助力を期待しているのだ」
何気なしに伸ばされたストレガの手をレゼルは握る。
助手としてストレガの研究の先を見て見たい、小さな少年は心からそう思った。
「水道計画、いつの日か……必ず、この世界に広めて見せるのだ。より良い未来に生きる為に!」
自宅兼研究所に戻ったストレガはレゼルと共に洗濯屋にいる間に思いついたより良い洗濯方法の資料を纏めていた。
目下の課題は、洗濯における重労働の軽減。
「ふむ、晴れの日しか干せないのは困る……サウナを使う? 小屋を晴れの日と似たように暖めれば……これはいけるかもしれないのだ!」
思いついた小屋の設計図をがりがりとストレガは書き記していった。
「紋具の中には使える物はないのだ? 流水を起こし続ける物があれば、あるいは……」
ストレガによる紋具を用いた機構の設計図は深夜頃、やっと完成した。とは言ってもあくまで、もしも“流水を一定の量で出し続けることができる紋具があれば”といった仮定の上での話だが。
ふと隣を見ると、いつの間にかレゼルは眠ってしまっているようだった。それを見てストレガは穏やかな笑顔を見せる。
「よくついてきたのだ、少年。ゆっくり休むといいのだ」
ストレガは眠っているレゼルをベッドへ移すと自分もベッドへ入り、すやすやと眠りにつくのだった。
森の木々の間にたたずむ研究施設。
ここは【ストレガ・L・リベルガストラ】の自宅兼研究所であった。
本と様々な品物が所狭しと置いてあるストレガの部屋の中で助手の少年【レゼル】は彼女が集めて来た材料をメモの通りに棚にしまっている最中だ。
「もう、ストレガ様ったら本当に何でも拾ってくるんだから。この破片なんか何に使うんだろ? まあ、有用だから拾ってるんだろうけど」
魔獣の破片や遺跡のパーツ、果てはなんだかよくわからない代物までストレガは一回冒険に出ると、数えきれないほどのアイテムを拾ってくる。
それらは吟味しストレガなりに必要だから、何かに使えそうだからと持ってきたものだ。
とはいえレゼルのような知識のない一般人からすれば、何に使うかもわからないガラクタの山に他ならない。
価値や有用性は全くわからないが、勤勉なレゼルはストレガのメモの通りに片づけていく。決して、ガラクタに見えるからといって雑に扱ったりはしなかった。
「ただいまなのだ、少年。片づけは終わったのだ?」
「ああ、ストレガ様! 今はちょうど最後の品物をしまい終えた所で……ってうわっ!? 一体、どうしたんですか!?」
振り向いたレゼルが驚くのも無理はない。
なぜなら、そこには血塗れの衣服を纏ったストレガがいたからだった。
慌ててレゼルは駆け寄るとわたわたと触れていいものか、いかんものかと考えているようだ。
「ど、どうしよう、まずは手当てを、いや先に着替えた方が!?」
青ざめた顔で慌てふためくレゼルのおでこをストレガはこつんっと指で小突く。
「少年、落ちつくのだ。何も私は怪我をしたわけじゃない、これは解体した獣の血なのだ。洗濯するから手伝って欲しい」
「ああ、なるほど……獣の解体の返り血だったんですね、よかったぁ。大怪我でもしたかと思いましたよ」
ほっと胸を撫で下ろすレゼルを連れ、ストレガは風呂場へと向かった。
洗濯というのは実に水を消費する。しかも洗うには水よりも湯が良い。その為には湯を沸かす必要があった。
湯を沸かすにも燃料が消費される。それならば一緒に風呂に入ってしまった方がお得だとストレガは考え、洗濯のついでに風呂も入るのがいつもの流れ。
ぽいぽいっと服を脱ぎ、何も気にせず全裸になったストレガは軽く体に湯をかけると、お手製の石鹸で体を洗い始める。これはスライムが使用された特製の物だ。
ごしごしと身体を洗ってから、隣に座ったレゼルの事も洗ってやる。なぜ一緒に入っているかというと、湯がもったいない、後で入るにしても沸かし直すのは愚策ということらしい。
わしゃわしゃと洗われるレゼルは目の前で揺れる豊満な双球をなるべく見ないよう心掛けていた。最近、こういうことが増え慣れてきたとはいえ、直視すればやはり釘付けになってしまう。羞恥心の無いストレガは気にしないだろうが、色々と精神衛生上よくないとレゼルは自分を律していた。
身体を洗い終わった二人は一緒に湯船に入る。ストレガがまずゆったりと湯船に体を沈め、足の間にレゼルが入る、といった状態だった。
「ふぅ……やはり湯はいいものなのだ。少年もそう思わないか?」
「は、はいっ、お湯に入るのってこんなに気持ちがいいんだってここにお手伝いに来てから知りましたし」
一般的には湯に浸かって風呂に入る、といった習慣は彼女が聞いた限りではあるがまだあまり根付いていないようにも思われる。
基本的には桶や壺に溜めた水を身体に掛ける、濡らした布で身体を拭く、川で水浴びをする、などといった原始的な方法が行われているようだ。上流階級はその限りではないだろうが。
湯に浸かって良い気分になり、惚けた顔を見せるレゼルの頭を撫で、まるで弟のようだな、と思うストレガはしばしの入浴タイムを楽しむ。
湯から上がり、風邪をひかないように適当で身軽な服を身に着けたストレガはレゼルと一緒に血塗れの衣服を洗っていた。
湯にスライム石鹸を潜らせ、衣服に塗り込みながら揉みつつ洗っていく。
桶から取り出し、湯で泡を流した衣服をレゼルは一生懸命、板に叩きつけていく。水分を飛ばすのは中々の重労働だった。
「少年、私はこうして自分でやってしまうが……一般的には洗濯屋を用いると思う。できれば伝統的な昔ながらのやり方が知りたい。彼らの話を聞きに行くことは可能なのだ?」
「昔ながらの洗濯屋さんですか。そうですね……ここからだと数日ほどの距離に外界と行き来をほぼしない小さな村がありますがそこの川近くに一軒、洗濯屋があるのでそこなら昔ながらの洗濯のお話を聞けると思いますよ」
洗濯が終わった衣服を乾いた桶に詰め直すとそれを抱え、ストレガとレゼルは研究所に戻っていく。
翌日、件の村にストレガとレゼルの姿があった。
外界とほとんど接点のない、かなり辺境の村ゆえか村人たちは物珍しそうにすれ違う二人を眺めている。
洗濯屋の扉をこんこんっとストレガがノックすると、大柄な中年が顔を出す。
「ん? 洗濯の依頼か? 桶一個分で……」
「いや、違うのだ。洗濯屋のことが知りたい。後学の為、研究の為に色々と教えて欲しいのだ」
わくわくした目を向けるストレガを見て、洗濯屋の店主は首を横に振った。
「学者さんか何かなんだろうが、悪いね。こっちも商売やってんだ、技術をおいそれと教えるわけにはいかん。布扱いひとつとっても色々とあるからなぁ」
確かにそうだろう。
洗濯と言えど布をなるべく傷つけず、家庭じゃ落ちない汚れを落とすプロ。その技術はやはり簡単には教えられない。真似されれば仕事がなくなるか可能性だってあるのだから。
だが、そこはストレガ。こんな状況も予測してある秘策を考えていたようだ。
「わかっているのだ、そう簡単ではないと。故に、私はある研究成果を洗濯屋に提供したい。情報の代価として。それはこれなのだ」
ストレガが取り出したのはいつも使っているスライム石鹸。見たことがない一品に洗濯屋は不思議そうな顔を浮かべている。
「少し実践させて欲しいのだ。桶は借りられるのだ?」
「小さいのでよければ構わない、ほら」
店主が小さな桶を差し出す。ストレガはそれを受け取ると手早く水を桶に入れ、小さな布を取り出す。布は食事の後を拭いたのだろう、油で汚れていた。
「まずは見ているといいのだ。この石鹸を水と一緒に塗り込むように……すると泡が出るのだ」
「おおっ、なんだなんだ、油がみるみるうちに落ちていくじゃないか! こ、これが石鹸……!」
食いつきは抜群と判断したストレガは手でレゼルに合図をする。するとレゼルがストレガが纏めた石鹸や風呂についての資料を見せる。
「洗濯について教えてくれれば……この研究成果を提出しよう。石鹸も希望があれば販売するのだ。水だけで落ちにくい汚れが怖くなくなる。どうするのだー?」
「ぐ、ぬぬぬ……わかった、石鹸の定期購入を約束しようじゃないか。聞きたいことがあったら何でも聞いてくれ。といってもあんたの研究成果よりもすごいことは何もしてないがね」
部屋に入るとお茶を飲みながら机に資料を広げ、店主とストレガたちは情報交換を始めた。
「いいか、一般的に洗濯はこの“灰汁”を使う。こいつは植物の灰を水に沈めて茹でて上澄みだけ取ったもんだ。これを使うと汚れが落ちるんだよ」
ストレガは桶に溜まった灰汁に手を入れ、すくってみる。灰色の液体が手の平に収まっていた。
「なるほど……灰汁で汚れを。石鹸ではない場合、有用な方法ではあるが、手間が掛かりそうなのだ」
「そうなんだよ。燃やした灰を水に沈めるまではいいが、茹でて上澄みだけ取るのが面倒でな。とはいえ、そこをしくじれば服はせっかく洗っても灰塗れになっちまう。その点、あんたの石鹸だったか? あれはいいな。汚れの落ち具合が灰汁なんかと雲泥の差だよ」
簡単に油汚れを石鹸で落として見せたストレガの様子を思い出し、きらきらした目で店主は石鹸を眺めている。
「ふむ、それは良かったのだ。では技術というのは何があるのだ?」
よし来た、と店主は机の上に適当な服を広げて見せる。その襟元を指さす。
「いいか、襟元ってのは皮脂とか汗とか様々な汚れがこびりついているんだよ。ここを普通に洗っちゃその汚れは落ちないんだ。だからここにさっきの灰汁を染み込ませておく。脇とか気になる頑固な汚れがありそうな所に念入りに。洗濯の前準備みたいなもんだな。これをするだけでだいぶ違うもんだ」
なるほどと感心しながら、ストレガが店主の情報を資料に纏め始めている。
店主は桶を抱えると立ち上がってストレガたちを手招きし、奥の洗濯場に呼んだ。
そこは水を溜めておける洗い場があり、様々な形の板やブラシなど洗濯道具が並んでいる。
「まあ、女の子にはきついかもしれないが……頑固な汚れにはこいつを使う、ああ、匂いは嗅ぐなよ? 鼻がひん曲がるぞ」
紹介された壺の蓋を気にせずストレガはカパッと開けてみる。中にはなにやら濁った液体が溜められているようだ。
一瞬眉をひそめたストレガの隣からレゼルが顔を出す。すんっと嗅いでしまい、レゼルは鼻を押さえて地面をのたうち回った。
「ぐぅあああああ!? くさっ! めっちゃ臭いですよ、これ!」
「これはアンモニア臭……発酵させて濃縮した尿なのだ?」
壺の中身を当てて見せたストレガに店主は驚いた顔を見せ、笑った。
「はっはっは! 流石、学者さんだ。当てるばかりか匂いに死んでないとまで来た。その通り、こいつは尿を発酵させた濃縮尿って奴だよ。こいつがないと頑固な染みを染み抜きすることができないんだ。洗濯している時はやばい匂いがするが、ま、洗ってるうちに消え去る。汚れが残るよりはいいって奴だな」
壺の蓋を閉めると、桶に水を溜め、実践して店主は洗濯の技術を見せていく。
「まずは基本の基本。押し洗い。押し込むようにして体重をかけて洗っていく。角を掴むようにやるのがポイントだぞ」
「押し込み、汚れを押し出す? いや、体重によって……ふむふむ」
熱心にストレガは店主の話を聞き、洗濯技術についてメモしているようだった。
「後は一般的にやらんやり方としては、型崩れしたくない下着類とか弱い衣服への方法だ。端を掴んでこうして水の中で振る様に洗っていく。こうすれば、型崩れしにくいんだよ。いや、主婦の方々とかな、下着がよれるとうるさいのなんのって」
「へぇ、こんなにゆったりと揺らしているだけなのに汚れが落ちるって不思議ですね」
感心したように揺れる衣服を眺めているレゼルの隣でストレガはスケッチをしているようだった。桶の中で揺れる衣服のイラストをメモに簡単に描いていく。
「最後に、このブラシとさっきの濃縮尿を使って叩く様に染みを落とす。染み抜きは今の所、俺が知る中じゃこいつが一番だな」
ブラシを掴み、衣服の染みを店主はとんとんと叩いてみせる。濃縮尿を染み込ませた部分の染みが徐々にではあるが落ちていった。
「ふむふむ、汚れは落ちるが……匂いが問題と。後はブラシで叩く故に衣服へのダメージもあるのだ」
ストレガの言葉に衣服を水で洗い流しながら店主は答えた。
「そうなんだよ、こいつをやると物によっては酷く痛んじまう。それに洗濯は水を使うだろ? 冬場がきついのなんのって」
軽く搾って水気を取り、壁の間に張られた縄へ衣服を店主は干していく。
ストレガがメモを終えると店主に資料を数枚、差し出した。
「大体、わかったのだ。この資料に改善点と今後の運用を纏めたのだ。これは情報の対価、遠慮なく受け取って欲しいのだ」
「へぇ、この短時間で色々と纏めてるんだなぁ。え、湯を使うと汚れは落ちやすいのか? しかも綺麗な湯や水がいいと」
資料を読み込んでいる店主に胸を張ってストレガが説明する。
「うむ。清潔な水や湯を使うことで疫病の予防にも繋がるのだ。湯を沸かす過程で可能であれば風呂を進めるのだ!」
「風呂? 湯を沸かして? それは一体……」
頭にはてなマークを浮かべている店主に資料を見せながらストレガが簡単に説明すると、店主はそれを理解したようで笑顔を浮かべる。
「なるほどなぁ、人間を丸ごと洗濯しちまうってことだな? しかも残り湯ってのは余程汚れていない限り、洗濯に使えると。はは、気持ちいい上に洗うのも助かるとはな!」
「だが注意して欲しい。衣服を着たまま湯に入った入りしたら汚れた湯に体を沈めることになる。その後で入らないならいいが、入るのならオススメはできない。無用な病気の元になるのだ」
しばらくして。ストレガがもたらす知識、石鹸に喜んだ店主の家を後にし、ストレガとレゼルは家路を歩く。
「それにしても凄い喜んでましたね、洗濯屋のおじさん。最後なんか満面の笑みでしたよ」
「研究が役に立ってよかったのだ。それに店主の意見も聞けた、やはり……水道設備や入浴施設、そういったものはより良い未来の為に人々に必要なものなのだ」
代々のストレガたちの生涯の課題……より良い未来に生きる。これは当代のストレガである彼女もまた例外ではない。
「受け継がれし課題、より良い未来を目指して……まずすべきことは水道計画の立案なのだ!」
「水道計画!? そ、それってもう国家事業並ですよ。この広い世界に水道を巡らせるなんて……そんな夢みたいなこと――」
出来るはずがない。そう言おうとしてレゼルは思いとどまった。なぜなら、隣を歩くこのストレガならば、やってのけるのではないか、そう思うからだ。明確な理由はない。だが彼女の探求心と情熱があれば可能であるような気さえする。
資料を眺めながら歩くストレガはまた思案を巡らせているようでぶつぶつと何かを呟いていた。
「まずは水道の素材の吟味、ある程度安く長持ちし、丈夫な素材……加工のしやすさも大事になるか。だが現在の金属では――」
彼女が掲げる水道計画。
それは上流階級だけでなく、一般市民の生活にも風呂や川に行かずとも自由に使える水道を設置するということ。大衆風呂などもそこに含まれる。
だがそれは途方もない計画であり、ちゃんと計算すれば莫大な予算が必要で、多数の人を使う為に人材の確保も重要。
そうなってくるともはやそれは国家事業であり、一個人が手を出せるようなものではない。
だが、それはストレガ自身もわかっていた。
それ故に技術研究だけを進め、資料に纏めて知識として本にする。
そうすれば、いつの日か為政者の目に留まるやもしれない。
ストレガたる彼女の課題は今すぐに為さねばならぬものではないのだ。
長い時間を掛け、まだ何代ものストレガを経て……いずれの未来で結実するかも知れない。
彼女の水道計画はそういった壮大な計画なのだった。
「少年よ、まだまだ検証することは山ほどある。帰ってから寝るまでにもっと研究を進めるのだ、助力を期待しているのだ」
何気なしに伸ばされたストレガの手をレゼルは握る。
助手としてストレガの研究の先を見て見たい、小さな少年は心からそう思った。
「水道計画、いつの日か……必ず、この世界に広めて見せるのだ。より良い未来に生きる為に!」
自宅兼研究所に戻ったストレガはレゼルと共に洗濯屋にいる間に思いついたより良い洗濯方法の資料を纏めていた。
目下の課題は、洗濯における重労働の軽減。
「ふむ、晴れの日しか干せないのは困る……サウナを使う? 小屋を晴れの日と似たように暖めれば……これはいけるかもしれないのだ!」
思いついた小屋の設計図をがりがりとストレガは書き記していった。
「紋具の中には使える物はないのだ? 流水を起こし続ける物があれば、あるいは……」
ストレガによる紋具を用いた機構の設計図は深夜頃、やっと完成した。とは言ってもあくまで、もしも“流水を一定の量で出し続けることができる紋具があれば”といった仮定の上での話だが。
ふと隣を見ると、いつの間にかレゼルは眠ってしまっているようだった。それを見てストレガは穏やかな笑顔を見せる。
「よくついてきたのだ、少年。ゆっくり休むといいのだ」
ストレガは眠っているレゼルをベッドへ移すと自分もベッドへ入り、すやすやと眠りにつくのだった。