【合同戦】翡翠電脳公社 対 S.E&V.C
電脳戦潜アプリェーリ イベントノベル(テーマ)ヴァイオレット・コンピューティング制作 唐揚げ納品 2023年05月06日 10時27分13秒
無数の蒸気管が張り巡らされた天井から、ぐるりと天地逆転。レトロフューチャーめいた真鍮ビルが林立する地上めがけ、映像が一気に降下する。
巨大な蒸気管の間を抜け、再び上昇――カメラドローンによるバトルフィールドの紹介映像だ。
今回の陣取り合戦に使われるのは、真鍮色の蒸気網と呼ばれる広大なポゼッション専用エリア。
フィールドの全長は軽く5kmを超え、もっとも高い構造物は15mはあるだろう。そこからさらに10mほど上に天蓋が存在し、これを足場として利用できる。
各陣地のコアは全て蒸気管で繋がっており、いずれかの陣営が支配下に置くとその陣営色の蒸気が噴出して派手に知らせる。
当然、この蒸気はそれ自体が高熱、かつ視界を悪化させる。咄嗟の防御や煙幕代わりに使えるステージギミックだ。
……以上のような説明が視聴者向けに流れると、各所のコアが一斉に蒸気を噴いた。いよいよ試合開始が近づいている。
●試合開始5分前:翡翠陣営スタート地点
「はぁ~」
開始前の緊張と高揚を煽るパンクなBGMが電脳空間に響く中、まったく気乗りしていない様子のSuicideRJが嘆息した。
「どうした。腹でも痛いのか」
「違ぇよ。テンション上がらねえの」
ET-OS(エトス・ルーフェイド)はSuicideRJの言葉の意味がよく解らず首を傾げた。
「どうしてだ?」
「アタシはソロで殺りあう方が性に合ってんだよ。ポゼッションなんざ……いやまあ、会社の命令じゃ仕方ねぇがな」
「おや、噂の自殺志願者にしては。意外と聞き分けがいいんだね」
「あ?」
ジロリと睨まれ、Rook.key(岸 朱史)はパタパタ手を振った。
「いやいやいや! 皮肉とかじゃなくてね。噂からイメージしてたのとはちょっと印象が違ったからびっくりしただけだよ」
Rook.keyの情報網は広い。彼女がかつてはまだ大人しかった程度のことは掴んでいる。実際、もう少し没交渉なイメージを抱いていたようだ。
「チームワークを乱さなければ、どんなデュープであろうと問題はありませんよ」
と、L-ucifer(ヴィニエラ)が口を挟む。
「必要であれば、私たちで足りない部分をカバーします。……でしょう? ガーオ」
「えっ」
急に水を向けられ、九十九(矢頭 九十九)は少し驚いた様子。自分に集まった視線を順繰りに見返し、最後に師の目を見てこくこく頷く。
「えっと……はい。もちろんですお師匠様。全力を尽くします」
「よろしい。これも経験のひとつと思いなさい」
弟子の答えに満足したL-uciferは、改めて3人の方を見た。
「……というわけで、私はある程度陣地を確保したら迎撃に専念します。その方が気兼ねなく攻め込めるでしょう?」
「そりゃ助かる。連携ってのは苦手なもんでね」
などとヘラリと笑うSuicideRJ。
「オレはやられないように逃げ回るよ。見ての通りひ弱なんだ」
嘯くRook.keyに3人の胡乱げな視線が集まる。彼は肩をすくめた。
「解った、なら俺があなたを全力で守ろう。傍から離れないでくれ」
グッと拳を握るET-OS。やる気十分の顔だ(無表情だけど)。
「いや、ET-OSさん。今のはそういうことではなくて……」
「どういうことだ……?」
苦笑する九十九に、またも首を傾げるET-OS。
「つまり、敵の注意を惹いて撹乱するってこった。守る必要はねぇよ」
だろ? とRJが少々皮肉めいた笑みを向けると、Rook.keyは居心地悪そうに苦笑した。天然相手は少々やりづらい。
「なるほど、そういうことか。……この試合、新しい戦い方も学べそうだな」
納得したET-OSは曇りなき尊敬の眼差しを仲間に向ける。ボケ殺しここに極まれり。
「あはは……とりあえず、私も基本的に前線に出ます。必要であれば加勢に向かいますね。頑張りましょう!」
「ああ、みんなよろしく」
比較的波長が近い九十九とET-OSは早速意気投合したようだ。
「頼りがいがありそうでなによりです」
と頷くL-uciferが少し唇を尖らせていたような気がするのは、さて。
●同時刻:S.E&V.C連合スタート地点
「さて、いよいよ試合開始か。珍しい編成になったが、どうかよろしく頼むよ」
ライヴァは淡々と、だが堂々と仲間に挨拶した。
「そうね、違う企業のデュープとチームを組むだなんて滅多にないかも」
M32M(ミニー クーパー)は頷いた。
「けどなんであれ、チーム戦は協力と役割分担が要よ! みんなで勝ちにいきましょ!」
「勿論ですわ。どうか皆様はご安心を――なぜならこの私がいるのですから!」
自慢の金髪を靡かせ、自信満々に胸を張る王華。
「これは心強い。我も負けてはおれぬな……相応の戦働きを以て、我が腕前を証明いたそう」
不敵な笑みを浮かべるpA-BeLLは、挑むような眼差しを仲間に向けた。
デュープたるもの、たとえ仲間とて競い合う好敵手に違いはない。互いが最優を目指せばそれが勝利に至ると彼は知っている。
「それにしても、1社に対し2社が合同戦を挑むとは、本当に珍しいですね」
瑛梨が何気ない疑問を口にした。
「デュープバトルの裏には五大企業の思惑が常に絡んでいるものだ。僕らはただ、目の前の戦いを全力でこなせばいい」
「勿論それはわかっています。大事なのはファンの皆さんを喜ばせることですから」
瑛梨の言い回しは勝敗は二の次と言っているようなものだったが、ライヴァは深く掘り下げなかった。
デュープが何を重んじるかは人それぞれ、そもそも自分と彼女は本来敵対が自然な立場だ。
「あ~……それなんだけど、実はね」
と、事情を知るらしいM32Mが気持ち声をひそめた。
「翡翠側が、こちらの次期主力製品を……ほら、その。ね?」
「プロダクトの剽窃による薄利多売。翡翠のお家芸ですわね」
「あ、あはは……」
M32Mが微妙に濁したことを、さらっと言う王華。その直截ぶりにM32Mは苦笑いを浮かべた。
「いわば我らは、盗人の引っ立て役といったところか? 民草からは忌み嫌われる立場よな」
pA-BeLLは珍しく冗談めかした。
「ま、彼の言う通り瑣末事に過ぎぬ――この戦場こそが、我らにとっての真実よ」
牙剥くような笑みとともに溢れた言葉に、異論は一切出なかった。
そう、デュープにとっては戦場がすべて。昨日は遠く、明日は早すぎる。
(珍しいということは、注目もいつも以上のはず。気を引き締めてアピールしなきゃ)
などと瑛梨は考えているが、それも立派なデュープの在り方なのだ。所属は違えど、この一戦に今の全てを賭ける――それだけは5人全員が一致していた。
「さあ、そろそろ始まるわよ。気合を入れていきましょ!」
「堂々たる勝利をお見せいたしますわ!」
いつも以上に奮起する者。
「皆の背中は僕が援護しよう。全員で勝利するんだ」
「善き哉。然らば、華々しき戦いをいたそうぞ」
いつも通りに一歩を踏み出す者。
今だけは、最高の仲間として肩を並べ、最善を尽くす。言葉なくとも、全員がそう誓い合っていた。
●試合開始~1分15秒:エリアA-1
試合開始と同時に各所から蒸気が噴出する。ただの演出ではなく、開幕直後の戦闘不能を防ぐためのものだ。
両チームは自陣のコアを制圧しながら、最中央エリア――ここにある巨大コアは他よりも得点が高い――に向けて進軍する。両陣営のスタート地点から中央に向け波が寄せるように二色の蒸気が噴出する様は、このフィールドの名物風景だ。
最初に巨大コアに到達したのはRook.keyだった。
「さてと、早速制圧を――っと!」
攻撃に入る寸前で垂直跳躍。直後、眼下の真鍮ビルが爆散した。
「ほう、避けたか。まずは見事と言っておこう……だが!」
長距離電磁砲を担いだpA-BeLLが吼えた。既に砲口は空中の獲物を狙っている。砲声!
しかし放たれた光線は、射線を遮る障壁により拡散・無効化された。
「あの狙撃手、油断ならないですね。皆さん注意してください」
8個の球体がL-uciferの周囲に戻り、彼女を中心に惑星軌道めいて回転する。予想通り次弾は此方に到来。バリア型障壁が散らした光が周囲に着弾し、蒸気煙が血の如く噴出する。
「こわー! やめてほしいなー。こんなひ弱な相手に暴力なんて……ともあれ、助かったよ!」
感謝のウィンクに会釈を返し、少女は遮蔽に身を隠した。一方Rook.keyは硬貨型の弾丸をばら撒き、周辺コアの制圧を開始する。pA-BeLLの追撃はない。
●1分27秒:エリアB-2
正しくは出来ないのだ。彼は翡翠側の襲撃を受けていた!
「攻撃は最大の防御だ。退くなら追わないぞ!」
ET-OSはビル壁面を蹴り、空中でブースター加速。背後の壁面が盛大に爆ぜる。
「戯言を。我がこの程度で退くと思うてか!」
ET-OSの斬撃を砲身で受け、反撃の前蹴り――浅い。寸前にブースターで後ろに退いたか。ET-OSはビル壁面を走りながらビームを躱す。目指す先は当然、合同軍の制圧コアだ。
「狙いが的確だ、厄介だな」
「だったらここはアタシが任されたァ!」
「ぬうっ!」
蒸気を隠れ蓑に、射手の背後に回り込んだSuicideRJが飛び出す! 深紅の戦篭手と銃身が激突、両者はパイプ上を滑りながら反発後退!
「さあ、最期まで愉しませてくれよ! ……オマエはさっさとコアを!」
「了解した」
ET-OSはコアに神速の斬撃を見舞った。1つ目を制圧し即座に跳躍して2つ目。
そして3つ目――そこに割り込むのは瑛梨だ。互い合わせて四剣が左右で交錯!
「これ以上は行かせません」
「そして、退かせもしませんわ!」
背後から打突を受け、ET-OSは苦悶した。押し込みねじ伏せようとする瑛梨の力をいなし、斜めに飛んで挟撃から逃れる。己の背を叩いた杖は赤と黄合計7つの立方体に分裂し、王華を囲んだ。立方体から一斉に発射されたビームを、少年は真横のパイプを切断し蒸気で撹乱する。だが逃れた先にはやはり瑛梨が待ち構えていた!
「多少煙幕を炊いた程度で、私の目を逃れられると思って?」
王華が不敵に微笑む。
「瑛梨はそのまま彼の相手をお願いしますわ!」
「了解しました。正々堂々、戦いましょうか」
少年のこめかみを汗が一筋流れた。この2人、相当の練度だ。これ以上のコア制圧は困難と見える。
(あちらは大丈夫か?)
一瞥――ふたりは既に居ない、移動したか。安堵に胸を撫で下ろす間もなく、苛烈な斬撃が少年を襲った。
「余所見しないでください。嘗めているんですか?」
「まさか。むしろ腕前に感服している」
刃を挟んだ一寸先の瞳が侮蔑めいて細まった。二人の多刀使いは、ビルからビルへ、パイプからパイプを飛び渡りながら激しくぶつかり合う!
●2分50秒:エリアE-5
王華はRook.keyを追っていた。万能立方体42を使うまでもなく、あちこちで噴出する翡翠色の蒸気が奴の好き放題を知らせているのだが、彼女にはそれがわからない。そしてそれが追跡に功を奏していた。
「鬼さんこちら……って、ずいぶん的確じゃないか!?」
先述の通り、制圧時に噴出する蒸気は目眩ましにも利用できる。Rook.keyは追跡を撹乱することも計算に入れてコアを攻撃していたのだが、王華には一切通用してないのだ。
「ちょこまかとすばしっこいですわね。けれども、私の目は誤魔化せなくてよ」
王華は色を認識できない。ゆえに彼女は、己の目よりも武装がもたらす探知情報を信頼している。そもそもの相性が悪かった。
赤立方体のレーザーがRook.keyを掠める。くるくると踊るように回避――したところへ別方角から銃声。弾丸が肩に命中した!
「ぐっ!」
データ上と言えど痛みは本物だ。Rook.keyは空中で体勢を崩す。王華は立方体を黄に変化させ、一気に仕留めようとした。
『待ってくれ。動きが妙だ、罠の可能性がある』
銃声の主からの通信。
「罠? 私の立方体には何もありませんわ」
『となれば――探知範囲外だ』
ライヴァのスコープが、遥か彼方の豆粒ほどの人影に拡大した。高層ビル屋上に佇む少女、その頭上には8個の球体が浮かび、ライフリングめいて回転している。中心点に不穏な光が生じた!
『来るぞ!』
「……!」
王華は咄嗟に全立方体を青に変化、予測方角に障壁を展開した。
「この一撃、防ぎ切れますか?」
直後、遠方の少女――つまりL-uciferが、大出力砲撃を放つ! 超極太の光の柱が真鍮のジャングルを貫く!
「ぐぅ……っ!」
さしもの王華の防御をもってしても、この大火力は完全には防ぎきれない。直撃を受けてなおHPが残存しているだけでも、L-uciferのプライドを傷つけるには十分すぎるほどだ。
「耐えましたか。……まあいいでしょう」
L-uciferは飛来した弾丸を障壁で防ぎ、持ち場を離れる。その動きを訝しんだライヴァは、再び翡翠側の逆制圧が始まっていることに気付いた。
「あの砲撃は囮か」
パイプ管に反響する音から敵の位置を予測し、照準を向ける。Rook.keyはスコープ越しにキザな表情で指を振った。左目がキラリと輝く。
「さて、どうする狙撃手。オレを追うかい?」
「やってくれるな。だが、追手はもう放たれてる」
声は互いに届かないが、不思議と噛み合った。弾丸はRook.keyに命中せず、代わりに真横にあった蒸気管を撃ち抜く。
「おっと残念! それじゃあ検索開始――」
蒸気噴出を躱し、大規模攻勢に備えるRook.key。
その時!
「残念、深入りしすぎよ!」
颯爽たる声とともに星型の刃! Rook.keyは飛び退くが、すでに声の主は彼の眼前だ!
(疾い!)
Rook.keyはやむを得ず広範囲攻撃用の貨幣型弾丸を周囲にばらまき、星型チャムラムを弾く。斜めに弾かれたそれを両手でキャッチしたM32Mは、空中回転し再投擲!
「が……オレも悪あがきには自信があってね!」
ガ、ガ、ガガガッ! と、空中で硬貨型弾丸とチャクラムが激突し火花を散らす。周囲の地形をピンボールめいて跳ねるチャクラムは不思議とM32Mの手の中に戻り、彼女は周囲の地形を足場に跳びながら何度も何度も投げつけるのだ。
「ふふ、さすがね! なんだか楽しくなってきたわ!」
「それはどうも。オレは早く離れたいけどね」
「あら、いいのかしら?」
Rook.keyはM32Mの不敵な笑みを訝しんだ。星型チャクラムが飛来する。Rook.keyはそれを広範囲射撃で弾く――弾く? 弾かれたチャクラムはどこへ向かう? 周囲の壁や地面だ。そこには何がある!? ニューロンが白熱し高速思考する。一瞬の間隙にM32Mは肉薄!
「それじゃ、お望み通り離れてあげるわね」
悪戯な笑み。Rook.keyがM32Mの狙いに気付いた瞬間、Rook.keyを全方位からの蒸気が襲った。M32Mは彼の腹部を足場に後方へ跳躍して逃れている!
「がは……ッ」
猛烈な高熱が彼の視界とHPを奪った。最初からこのために執拗な攻撃を続けていたのだ。おそらくライヴァのナビゲーションもあったはず。
「してやられたよ、ベテランは伊達じゃないな……!」
ギリギリで防御が間に合ったため、戦闘不能にはかろうじて届かない。Rook.keyは執拗な狙撃を躱しながら着地する。頭上を流星めいてM32Mと思しき影が駆け抜け、コアの再々制圧を行った。噴出する紫と白の煙は彼を嘲笑うかのよう。
「だが……おかげでこちらもいい演算が出来そうだよ」
Rook.keyは影に溶け込むように笑い、姿を消した。
●5分53秒:エリアD-2
「すみませんRook.keyさん、援護に向かうはずだったんですが……!」
残念ながら、九十九の声は届かない。目の前のpA-BeLLの通信妨害が遮っているからだ。
「どうした。2対1程度では我を狩れぬか? ならば応援を呼びに参っても構わぬぞ」
獣が牙を剥いて嗤う。横っ面を殴りつける深紅の篭手が、銃身と激突し轟音を響かせた。
「上ッ等じゃねぇか! オマエこそアタシを仕留めてみろよ、えぇッ!?」
SuicideRJは狂笑を浮かべさらに激しく殴りつける。九十九は当初、彼女を援護するためにpA-BeLLを挟撃した。が、敵の予想外の粘り強さに手をこまねいている状況だ。Rook.keyの苦戦が彼を少なからず動揺させたのも大きい。
(優先順位を見誤るとは……お師匠様に叱られてしまいますね)
最たる原因はpA-BeLLの頭部リムによる通信妨害だろう。これが連携を乱している。遠距離型は相性が悪い――だがここは不利を承知で押し切る場面と判断!
「RJさん、このまま攻めます!」
「何言ってんだ、オマエは他のヤツのとこに――」
SuicideRJは少年の視線に気付き、彼を睨んだ。口元には笑み。
「……よぉし、いいだろう!」
「来るか!」
獣はぐるぐると嗤った。SuicideRJの連続殴打を受けながら九十九に意識を集中する。あの掌で仕留めに来るのは明白だ。
「はあ――っ!」
予想通り、肩部エネルギー噴射で少年が迫った。砲身を槌めいて振るいSuicideRJを弾いて零距離射撃で反撃だ。思考をなぞるように身体が動き、砲身が女の脇腹に叩き込まれる!
「言ったよなぁ」
だが女の深紅の腕は、決して獣を離さなかった。
「最期まで、楽しませろよ!」
両者の距離は離れない。ガントレットが獣を掴んで離さない! 額がぶつかり狂笑が視界を覆う!
「死にたがりめが……!」
灼熱の掌が! 迫る!
そして束の間ぶつかった紅と紫は溶断によって分かたれ、両者ともに向かい合わせのパイプ管に背中を打ち付けた。
「がはっ!!」
「……ッ!!」
pA-BeLLが叩きつけられたのはちょうどコアのど真ん中だ。翡翠の蒸気が吹き出し再制圧を知らせる。
「RJさん!」
「生きてるよ……まだな」
へし折れたパイプ管から難儀して立ち上がり、死にたがりはへらりと笑った。pA-BeLLの姿はない。戦闘不能に陥って退場したか、蒸気に紛れて逃れたか。
「どのみち、ここのコアはもう大丈夫だろ……次だ、次」
「……はい!」
少年は慮る言葉を飲み込み、足を止めずに先へ急いだ。
●残り7分15秒:エリアH-4
それからは徐々に合同軍が優勢となった。
翡翠チームは陣地防衛に専念し、じりじりと支配エリアを後退させていた。時折、思い出したかのように飛び地めいて遠方のコアを奪取したり、あるいは中央エリアの巨大コアを狙って姿を見せることはあったが、その都度鉄壁の探知網が動きを読み、逆転を防いだ。エリア制圧率は、着実に合同チーム側が稼いでいた。
「……妙だな」
だがこの状況を、ライヴァは訝しむ。
「ポゼッションではこんな戦法は非合理だ。いくら中央での決戦に備えると言っても消極的すぎる」
『何か狙いがあるということかしら?』
M32Mは通信越しに腕を組み考え込んだ。
『中央を確実に制圧するために、余力を温存しているのではありませんの?』
『こちらとしては、アピールの機会に恵まれてありがたいのですが』
王華、瑛梨は大して気にしていない様子。事実、制圧比率は7:3ほどに到達している。
『どのみち終盤戦での激突は避けられまい。彼方がそこに全てを賭けるならば、正々堂々と応ずるのみよ』
「……いや、そうか」
pA-BeLLの言葉で何かに気付いたらしいライヴァ。
「奴らの狙いは、巨大コア以外の奪取による逆転だ。こちらを中央に釘付けにして、全体的な支配率を覆すつもりだろう」
『そんなことが可能なんですか?』
「……あの火力なら、十分な」
ライヴァの脳裏に、L-uciferの大火力砲撃がよぎる。探知範囲外からなお王華を戦闘不能寸前に追い込むほどの火力だ、コアを一気に奪取することは可能なはず。
「中央エリアにトライを繰り返しているのも、僕らの目を集中させるための陽動ではないだろうか」
『……なるほど。一理ありますわね』
「中央エリアを起点に散開して、あちらの動きを牽制しよう。逆転の目を潰し、同時に中央も抑える」
『賛成です。どうせ勝つなら、完全勝利といきましょう』
『この読み合い、ポゼッションならではね!』
ライヴァの意見に異論は出なかった。彼の怜悧な思考は、Rook.keyの作戦を完璧に看破していたのである。
●残り2分28秒:エリアA-1
読み通りの展開は、まさしく最終盤に訪れた。
「うおっと! まったく、こっちの動きは筒抜けか?」
Rook.keyは嘆息する。ライヴァの目と耳、王華の探知網。pA-BeLLの狙撃能力に、隙間を埋めるM32Mの遊撃能力。そしてコアを確実に奪取する瑛梨の機動力と火力。
「残念だが、もうコアは奪わせない」
ライヴァの照準は常にRook.keyを捉えていた。作戦を看破された以上、翡翠チームに逆転の目は……。
「そう」
だがRook.keyは不敵に笑っていた。
「オレの考えなんて見抜けるだろうね、そちらの目なら。そう信じていたよ」
ライヴァの背筋が粟立った。
作戦は看破した。事実、敵は読み通りに動いている――そう、動きすぎている。
(此方が奴らの手を読むことを、奴らが読んだ上で動いていたら?)
ニューロンが熱を持つ。敵が、動きを読まれることを前提にして動いているとしたら!
「――typhoon.i、演算完了」
此方の目は敵に引きつけられている。台風の目とはすなわち、中央の巨大コアだ!
「さぁ、ここから一気に攻勢に出るとしようか!」
ライヴァは弾かれたように中央エリアに照準を動か――そうとした。だがRook.keyはその瞬間に弾丸を拡散、周囲のコアめがけて攻撃する!
「……チッ!」
ライヴァの思考力はずば抜けている。Rook.keyはそれを身を以て知っている。だから彼の思考力を信じた上で賭けたのだ。
拡散した弾丸は神速の狙撃がすべて撃墜される。Rook.keyの手は通らない。だが彼は笑っている。通らないことは承知の上なのだ!
「さすがだ。フェイントも通じなきゃ完敗だよ――オレはね!」
「全員、中央エリアに急いでくれ! コアを占有されるぞ!」
ライヴァの声が仲間たちに届いた瞬間、ひときわ巨大な翡翠色の蒸気柱が天蓋を叩いた!
「っしゃあ! これで五分五分だ!」
巨大コアには、SuicideRJの拳と九十九の掌の跡がくっきりと刻まれている。
「全く、敵ながら凄い人たちです。でも、おかげで私たちも動けました」
敵の力量に対する信頼という、ある種の矛盾めいたものがあって初めて成立するリスキーな作戦。油断や傲慢ではない、確かな実力があったからこそこの逆転劇は成立した。
「来るぞ。このままコアを守り抜く!」
ET-OSが敵の接近を告げる。斬り込み役は瑛梨、後方からM32M!
「やってくれたわね、けどここから再逆転よ!」
「あのコアさえ奪取すれば!」
残り45秒! 瑛梨は最大速度で突撃――した瞬間、影から飛び出した刀が彼女のHPを削った!
「な」
「これも、この戦いで学んだことだ。感謝する」
ET-OSが設置した自立型トラップだ!
「仕留めます」
L-uciferの球体が瑛梨を狙う。だが!
「……っ!」
瑛梨は神速の斬撃で光線を切り払った! そして踏み込む!
「わたし達も付き合うわよ!」
「ここで勝利を掴んでこその私ですわ!」
後続にM32Mと王華! 対面、真っ先に飛び出したのはSuicideRJ!
「最期まで、楽しもうじゃねぇか!」
深紅の拳が星型チャクラムと黄の打突を弾く! そして瑛梨を――迎撃する瞬間、遠方からの光線が彼女を貫いた。
「その勇猛、見事なり。だが借りは返したぞ」
pA-BeLLの声は届いていまい。しかし不思議と深紅の女は莞爾と笑っていた。
あるいはそれは、彼女を捨て駒に死角へ回り込んだ仲間たちがいるからか。
「やっちまえ」
少年たちは頷き、交錯した。風を斬り、鋼を断つ炎と刃が荒れ狂った――!
●試合終了
タイムアップを告げる音が鳴り響き、各々の武装が攻撃能力を失う。
「……やられたな」
ライヴァは銃を下ろし、苦笑した。ヘッドセットに表示されたエリア制圧率は――49対51。翡翠チームは最後までコアを守り抜き、そして勝利したのだ。
「此方の腕前を認められたがゆえに出し抜かれた、か。なんとも妙な心地よ」
pA-BeLLはくつくつと笑った。敗北の味は苦い――だが不思議と爽やかな気分だった。
「――ガーオ!」
L-uciferが駆け寄ると、九十九は立ち上がりかけ膝を突いた。最後の一瞬、ET-OSと共に放った攻撃はM32Mと瑛梨を捉えたが、カウンターによって戦闘不能に叩き込まれたのである。
「すみません、お師匠様……最後に不甲斐ないところを」
「いいんですよ、ガーオ。でも、どうせなら私が仕返ししたかったですね……」
「えっ」
不穏な台詞が聞こえた気がしたが、九十九は深く触れないことにした。L-uciferの目が笑っていない。
「っしゃあ!! アタシらの勝ちだぁ!!」
そんな二人にSuicideRJが駆け寄り、乱暴にハイタッチする。師弟は顔を見合わせ、くすりと笑った。
「負けちゃったわね」
「そちらも見事だった。手強いあなた達が相手だからこそ得られた勝利だ」
苦笑するM32Mを助け起こすET-OS。
「正々堂々戦った結果ですから、仕方ありません」
瑛梨は柔らかく微笑む。それはファンへの印象操作もあるが、彼女の本心には違いない。
「よい経験になりましたわ。ありがとうございました」
「こちらこそ。本当に厄介だったよ、そちらは」
王華の差し出した手に驚きつつ、疲労困憊のRook.keyが握手を返す。
思惑も何も関係ない。戦いとその先にあるものは、彼らだけの真実なのだから。
巨大な蒸気管の間を抜け、再び上昇――カメラドローンによるバトルフィールドの紹介映像だ。
今回の陣取り合戦に使われるのは、真鍮色の蒸気網と呼ばれる広大なポゼッション専用エリア。
フィールドの全長は軽く5kmを超え、もっとも高い構造物は15mはあるだろう。そこからさらに10mほど上に天蓋が存在し、これを足場として利用できる。
各陣地のコアは全て蒸気管で繋がっており、いずれかの陣営が支配下に置くとその陣営色の蒸気が噴出して派手に知らせる。
当然、この蒸気はそれ自体が高熱、かつ視界を悪化させる。咄嗟の防御や煙幕代わりに使えるステージギミックだ。
……以上のような説明が視聴者向けに流れると、各所のコアが一斉に蒸気を噴いた。いよいよ試合開始が近づいている。
●試合開始5分前:翡翠陣営スタート地点
「はぁ~」
開始前の緊張と高揚を煽るパンクなBGMが電脳空間に響く中、まったく気乗りしていない様子のSuicideRJが嘆息した。
「どうした。腹でも痛いのか」
「違ぇよ。テンション上がらねえの」
ET-OS(エトス・ルーフェイド)はSuicideRJの言葉の意味がよく解らず首を傾げた。
「どうしてだ?」
「アタシはソロで殺りあう方が性に合ってんだよ。ポゼッションなんざ……いやまあ、会社の命令じゃ仕方ねぇがな」
「おや、噂の自殺志願者にしては。意外と聞き分けがいいんだね」
「あ?」
ジロリと睨まれ、Rook.key(岸 朱史)はパタパタ手を振った。
「いやいやいや! 皮肉とかじゃなくてね。噂からイメージしてたのとはちょっと印象が違ったからびっくりしただけだよ」
Rook.keyの情報網は広い。彼女がかつてはまだ大人しかった程度のことは掴んでいる。実際、もう少し没交渉なイメージを抱いていたようだ。
「チームワークを乱さなければ、どんなデュープであろうと問題はありませんよ」
と、L-ucifer(ヴィニエラ)が口を挟む。
「必要であれば、私たちで足りない部分をカバーします。……でしょう? ガーオ」
「えっ」
急に水を向けられ、九十九(矢頭 九十九)は少し驚いた様子。自分に集まった視線を順繰りに見返し、最後に師の目を見てこくこく頷く。
「えっと……はい。もちろんですお師匠様。全力を尽くします」
「よろしい。これも経験のひとつと思いなさい」
弟子の答えに満足したL-uciferは、改めて3人の方を見た。
「……というわけで、私はある程度陣地を確保したら迎撃に専念します。その方が気兼ねなく攻め込めるでしょう?」
「そりゃ助かる。連携ってのは苦手なもんでね」
などとヘラリと笑うSuicideRJ。
「オレはやられないように逃げ回るよ。見ての通りひ弱なんだ」
嘯くRook.keyに3人の胡乱げな視線が集まる。彼は肩をすくめた。
「解った、なら俺があなたを全力で守ろう。傍から離れないでくれ」
グッと拳を握るET-OS。やる気十分の顔だ(無表情だけど)。
「いや、ET-OSさん。今のはそういうことではなくて……」
「どういうことだ……?」
苦笑する九十九に、またも首を傾げるET-OS。
「つまり、敵の注意を惹いて撹乱するってこった。守る必要はねぇよ」
だろ? とRJが少々皮肉めいた笑みを向けると、Rook.keyは居心地悪そうに苦笑した。天然相手は少々やりづらい。
「なるほど、そういうことか。……この試合、新しい戦い方も学べそうだな」
納得したET-OSは曇りなき尊敬の眼差しを仲間に向ける。ボケ殺しここに極まれり。
「あはは……とりあえず、私も基本的に前線に出ます。必要であれば加勢に向かいますね。頑張りましょう!」
「ああ、みんなよろしく」
比較的波長が近い九十九とET-OSは早速意気投合したようだ。
「頼りがいがありそうでなによりです」
と頷くL-uciferが少し唇を尖らせていたような気がするのは、さて。
●同時刻:S.E&V.C連合スタート地点
「さて、いよいよ試合開始か。珍しい編成になったが、どうかよろしく頼むよ」
ライヴァは淡々と、だが堂々と仲間に挨拶した。
「そうね、違う企業のデュープとチームを組むだなんて滅多にないかも」
M32M(ミニー クーパー)は頷いた。
「けどなんであれ、チーム戦は協力と役割分担が要よ! みんなで勝ちにいきましょ!」
「勿論ですわ。どうか皆様はご安心を――なぜならこの私がいるのですから!」
自慢の金髪を靡かせ、自信満々に胸を張る王華。
「これは心強い。我も負けてはおれぬな……相応の戦働きを以て、我が腕前を証明いたそう」
不敵な笑みを浮かべるpA-BeLLは、挑むような眼差しを仲間に向けた。
デュープたるもの、たとえ仲間とて競い合う好敵手に違いはない。互いが最優を目指せばそれが勝利に至ると彼は知っている。
「それにしても、1社に対し2社が合同戦を挑むとは、本当に珍しいですね」
瑛梨が何気ない疑問を口にした。
「デュープバトルの裏には五大企業の思惑が常に絡んでいるものだ。僕らはただ、目の前の戦いを全力でこなせばいい」
「勿論それはわかっています。大事なのはファンの皆さんを喜ばせることですから」
瑛梨の言い回しは勝敗は二の次と言っているようなものだったが、ライヴァは深く掘り下げなかった。
デュープが何を重んじるかは人それぞれ、そもそも自分と彼女は本来敵対が自然な立場だ。
「あ~……それなんだけど、実はね」
と、事情を知るらしいM32Mが気持ち声をひそめた。
「翡翠側が、こちらの次期主力製品を……ほら、その。ね?」
「プロダクトの剽窃による薄利多売。翡翠のお家芸ですわね」
「あ、あはは……」
M32Mが微妙に濁したことを、さらっと言う王華。その直截ぶりにM32Mは苦笑いを浮かべた。
「いわば我らは、盗人の引っ立て役といったところか? 民草からは忌み嫌われる立場よな」
pA-BeLLは珍しく冗談めかした。
「ま、彼の言う通り瑣末事に過ぎぬ――この戦場こそが、我らにとっての真実よ」
牙剥くような笑みとともに溢れた言葉に、異論は一切出なかった。
そう、デュープにとっては戦場がすべて。昨日は遠く、明日は早すぎる。
(珍しいということは、注目もいつも以上のはず。気を引き締めてアピールしなきゃ)
などと瑛梨は考えているが、それも立派なデュープの在り方なのだ。所属は違えど、この一戦に今の全てを賭ける――それだけは5人全員が一致していた。
「さあ、そろそろ始まるわよ。気合を入れていきましょ!」
「堂々たる勝利をお見せいたしますわ!」
いつも以上に奮起する者。
「皆の背中は僕が援護しよう。全員で勝利するんだ」
「善き哉。然らば、華々しき戦いをいたそうぞ」
いつも通りに一歩を踏み出す者。
今だけは、最高の仲間として肩を並べ、最善を尽くす。言葉なくとも、全員がそう誓い合っていた。
●試合開始~1分15秒:エリアA-1
試合開始と同時に各所から蒸気が噴出する。ただの演出ではなく、開幕直後の戦闘不能を防ぐためのものだ。
両チームは自陣のコアを制圧しながら、最中央エリア――ここにある巨大コアは他よりも得点が高い――に向けて進軍する。両陣営のスタート地点から中央に向け波が寄せるように二色の蒸気が噴出する様は、このフィールドの名物風景だ。
最初に巨大コアに到達したのはRook.keyだった。
「さてと、早速制圧を――っと!」
攻撃に入る寸前で垂直跳躍。直後、眼下の真鍮ビルが爆散した。
「ほう、避けたか。まずは見事と言っておこう……だが!」
長距離電磁砲を担いだpA-BeLLが吼えた。既に砲口は空中の獲物を狙っている。砲声!
しかし放たれた光線は、射線を遮る障壁により拡散・無効化された。
「あの狙撃手、油断ならないですね。皆さん注意してください」
8個の球体がL-uciferの周囲に戻り、彼女を中心に惑星軌道めいて回転する。予想通り次弾は此方に到来。バリア型障壁が散らした光が周囲に着弾し、蒸気煙が血の如く噴出する。
「こわー! やめてほしいなー。こんなひ弱な相手に暴力なんて……ともあれ、助かったよ!」
感謝のウィンクに会釈を返し、少女は遮蔽に身を隠した。一方Rook.keyは硬貨型の弾丸をばら撒き、周辺コアの制圧を開始する。pA-BeLLの追撃はない。
●1分27秒:エリアB-2
正しくは出来ないのだ。彼は翡翠側の襲撃を受けていた!
「攻撃は最大の防御だ。退くなら追わないぞ!」
ET-OSはビル壁面を蹴り、空中でブースター加速。背後の壁面が盛大に爆ぜる。
「戯言を。我がこの程度で退くと思うてか!」
ET-OSの斬撃を砲身で受け、反撃の前蹴り――浅い。寸前にブースターで後ろに退いたか。ET-OSはビル壁面を走りながらビームを躱す。目指す先は当然、合同軍の制圧コアだ。
「狙いが的確だ、厄介だな」
「だったらここはアタシが任されたァ!」
「ぬうっ!」
蒸気を隠れ蓑に、射手の背後に回り込んだSuicideRJが飛び出す! 深紅の戦篭手と銃身が激突、両者はパイプ上を滑りながら反発後退!
「さあ、最期まで愉しませてくれよ! ……オマエはさっさとコアを!」
「了解した」
ET-OSはコアに神速の斬撃を見舞った。1つ目を制圧し即座に跳躍して2つ目。
そして3つ目――そこに割り込むのは瑛梨だ。互い合わせて四剣が左右で交錯!
「これ以上は行かせません」
「そして、退かせもしませんわ!」
背後から打突を受け、ET-OSは苦悶した。押し込みねじ伏せようとする瑛梨の力をいなし、斜めに飛んで挟撃から逃れる。己の背を叩いた杖は赤と黄合計7つの立方体に分裂し、王華を囲んだ。立方体から一斉に発射されたビームを、少年は真横のパイプを切断し蒸気で撹乱する。だが逃れた先にはやはり瑛梨が待ち構えていた!
「多少煙幕を炊いた程度で、私の目を逃れられると思って?」
王華が不敵に微笑む。
「瑛梨はそのまま彼の相手をお願いしますわ!」
「了解しました。正々堂々、戦いましょうか」
少年のこめかみを汗が一筋流れた。この2人、相当の練度だ。これ以上のコア制圧は困難と見える。
(あちらは大丈夫か?)
一瞥――ふたりは既に居ない、移動したか。安堵に胸を撫で下ろす間もなく、苛烈な斬撃が少年を襲った。
「余所見しないでください。嘗めているんですか?」
「まさか。むしろ腕前に感服している」
刃を挟んだ一寸先の瞳が侮蔑めいて細まった。二人の多刀使いは、ビルからビルへ、パイプからパイプを飛び渡りながら激しくぶつかり合う!
●2分50秒:エリアE-5
王華はRook.keyを追っていた。万能立方体42を使うまでもなく、あちこちで噴出する翡翠色の蒸気が奴の好き放題を知らせているのだが、彼女にはそれがわからない。そしてそれが追跡に功を奏していた。
「鬼さんこちら……って、ずいぶん的確じゃないか!?」
先述の通り、制圧時に噴出する蒸気は目眩ましにも利用できる。Rook.keyは追跡を撹乱することも計算に入れてコアを攻撃していたのだが、王華には一切通用してないのだ。
「ちょこまかとすばしっこいですわね。けれども、私の目は誤魔化せなくてよ」
王華は色を認識できない。ゆえに彼女は、己の目よりも武装がもたらす探知情報を信頼している。そもそもの相性が悪かった。
赤立方体のレーザーがRook.keyを掠める。くるくると踊るように回避――したところへ別方角から銃声。弾丸が肩に命中した!
「ぐっ!」
データ上と言えど痛みは本物だ。Rook.keyは空中で体勢を崩す。王華は立方体を黄に変化させ、一気に仕留めようとした。
『待ってくれ。動きが妙だ、罠の可能性がある』
銃声の主からの通信。
「罠? 私の立方体には何もありませんわ」
『となれば――探知範囲外だ』
ライヴァのスコープが、遥か彼方の豆粒ほどの人影に拡大した。高層ビル屋上に佇む少女、その頭上には8個の球体が浮かび、ライフリングめいて回転している。中心点に不穏な光が生じた!
『来るぞ!』
「……!」
王華は咄嗟に全立方体を青に変化、予測方角に障壁を展開した。
「この一撃、防ぎ切れますか?」
直後、遠方の少女――つまりL-uciferが、大出力砲撃を放つ! 超極太の光の柱が真鍮のジャングルを貫く!
「ぐぅ……っ!」
さしもの王華の防御をもってしても、この大火力は完全には防ぎきれない。直撃を受けてなおHPが残存しているだけでも、L-uciferのプライドを傷つけるには十分すぎるほどだ。
「耐えましたか。……まあいいでしょう」
L-uciferは飛来した弾丸を障壁で防ぎ、持ち場を離れる。その動きを訝しんだライヴァは、再び翡翠側の逆制圧が始まっていることに気付いた。
「あの砲撃は囮か」
パイプ管に反響する音から敵の位置を予測し、照準を向ける。Rook.keyはスコープ越しにキザな表情で指を振った。左目がキラリと輝く。
「さて、どうする狙撃手。オレを追うかい?」
「やってくれるな。だが、追手はもう放たれてる」
声は互いに届かないが、不思議と噛み合った。弾丸はRook.keyに命中せず、代わりに真横にあった蒸気管を撃ち抜く。
「おっと残念! それじゃあ検索開始――」
蒸気噴出を躱し、大規模攻勢に備えるRook.key。
その時!
「残念、深入りしすぎよ!」
颯爽たる声とともに星型の刃! Rook.keyは飛び退くが、すでに声の主は彼の眼前だ!
(疾い!)
Rook.keyはやむを得ず広範囲攻撃用の貨幣型弾丸を周囲にばらまき、星型チャムラムを弾く。斜めに弾かれたそれを両手でキャッチしたM32Mは、空中回転し再投擲!
「が……オレも悪あがきには自信があってね!」
ガ、ガ、ガガガッ! と、空中で硬貨型弾丸とチャクラムが激突し火花を散らす。周囲の地形をピンボールめいて跳ねるチャクラムは不思議とM32Mの手の中に戻り、彼女は周囲の地形を足場に跳びながら何度も何度も投げつけるのだ。
「ふふ、さすがね! なんだか楽しくなってきたわ!」
「それはどうも。オレは早く離れたいけどね」
「あら、いいのかしら?」
Rook.keyはM32Mの不敵な笑みを訝しんだ。星型チャクラムが飛来する。Rook.keyはそれを広範囲射撃で弾く――弾く? 弾かれたチャクラムはどこへ向かう? 周囲の壁や地面だ。そこには何がある!? ニューロンが白熱し高速思考する。一瞬の間隙にM32Mは肉薄!
「それじゃ、お望み通り離れてあげるわね」
悪戯な笑み。Rook.keyがM32Mの狙いに気付いた瞬間、Rook.keyを全方位からの蒸気が襲った。M32Mは彼の腹部を足場に後方へ跳躍して逃れている!
「がは……ッ」
猛烈な高熱が彼の視界とHPを奪った。最初からこのために執拗な攻撃を続けていたのだ。おそらくライヴァのナビゲーションもあったはず。
「してやられたよ、ベテランは伊達じゃないな……!」
ギリギリで防御が間に合ったため、戦闘不能にはかろうじて届かない。Rook.keyは執拗な狙撃を躱しながら着地する。頭上を流星めいてM32Mと思しき影が駆け抜け、コアの再々制圧を行った。噴出する紫と白の煙は彼を嘲笑うかのよう。
「だが……おかげでこちらもいい演算が出来そうだよ」
Rook.keyは影に溶け込むように笑い、姿を消した。
●5分53秒:エリアD-2
「すみませんRook.keyさん、援護に向かうはずだったんですが……!」
残念ながら、九十九の声は届かない。目の前のpA-BeLLの通信妨害が遮っているからだ。
「どうした。2対1程度では我を狩れぬか? ならば応援を呼びに参っても構わぬぞ」
獣が牙を剥いて嗤う。横っ面を殴りつける深紅の篭手が、銃身と激突し轟音を響かせた。
「上ッ等じゃねぇか! オマエこそアタシを仕留めてみろよ、えぇッ!?」
SuicideRJは狂笑を浮かべさらに激しく殴りつける。九十九は当初、彼女を援護するためにpA-BeLLを挟撃した。が、敵の予想外の粘り強さに手をこまねいている状況だ。Rook.keyの苦戦が彼を少なからず動揺させたのも大きい。
(優先順位を見誤るとは……お師匠様に叱られてしまいますね)
最たる原因はpA-BeLLの頭部リムによる通信妨害だろう。これが連携を乱している。遠距離型は相性が悪い――だがここは不利を承知で押し切る場面と判断!
「RJさん、このまま攻めます!」
「何言ってんだ、オマエは他のヤツのとこに――」
SuicideRJは少年の視線に気付き、彼を睨んだ。口元には笑み。
「……よぉし、いいだろう!」
「来るか!」
獣はぐるぐると嗤った。SuicideRJの連続殴打を受けながら九十九に意識を集中する。あの掌で仕留めに来るのは明白だ。
「はあ――っ!」
予想通り、肩部エネルギー噴射で少年が迫った。砲身を槌めいて振るいSuicideRJを弾いて零距離射撃で反撃だ。思考をなぞるように身体が動き、砲身が女の脇腹に叩き込まれる!
「言ったよなぁ」
だが女の深紅の腕は、決して獣を離さなかった。
「最期まで、楽しませろよ!」
両者の距離は離れない。ガントレットが獣を掴んで離さない! 額がぶつかり狂笑が視界を覆う!
「死にたがりめが……!」
灼熱の掌が! 迫る!
そして束の間ぶつかった紅と紫は溶断によって分かたれ、両者ともに向かい合わせのパイプ管に背中を打ち付けた。
「がはっ!!」
「……ッ!!」
pA-BeLLが叩きつけられたのはちょうどコアのど真ん中だ。翡翠の蒸気が吹き出し再制圧を知らせる。
「RJさん!」
「生きてるよ……まだな」
へし折れたパイプ管から難儀して立ち上がり、死にたがりはへらりと笑った。pA-BeLLの姿はない。戦闘不能に陥って退場したか、蒸気に紛れて逃れたか。
「どのみち、ここのコアはもう大丈夫だろ……次だ、次」
「……はい!」
少年は慮る言葉を飲み込み、足を止めずに先へ急いだ。
●残り7分15秒:エリアH-4
それからは徐々に合同軍が優勢となった。
翡翠チームは陣地防衛に専念し、じりじりと支配エリアを後退させていた。時折、思い出したかのように飛び地めいて遠方のコアを奪取したり、あるいは中央エリアの巨大コアを狙って姿を見せることはあったが、その都度鉄壁の探知網が動きを読み、逆転を防いだ。エリア制圧率は、着実に合同チーム側が稼いでいた。
「……妙だな」
だがこの状況を、ライヴァは訝しむ。
「ポゼッションではこんな戦法は非合理だ。いくら中央での決戦に備えると言っても消極的すぎる」
『何か狙いがあるということかしら?』
M32Mは通信越しに腕を組み考え込んだ。
『中央を確実に制圧するために、余力を温存しているのではありませんの?』
『こちらとしては、アピールの機会に恵まれてありがたいのですが』
王華、瑛梨は大して気にしていない様子。事実、制圧比率は7:3ほどに到達している。
『どのみち終盤戦での激突は避けられまい。彼方がそこに全てを賭けるならば、正々堂々と応ずるのみよ』
「……いや、そうか」
pA-BeLLの言葉で何かに気付いたらしいライヴァ。
「奴らの狙いは、巨大コア以外の奪取による逆転だ。こちらを中央に釘付けにして、全体的な支配率を覆すつもりだろう」
『そんなことが可能なんですか?』
「……あの火力なら、十分な」
ライヴァの脳裏に、L-uciferの大火力砲撃がよぎる。探知範囲外からなお王華を戦闘不能寸前に追い込むほどの火力だ、コアを一気に奪取することは可能なはず。
「中央エリアにトライを繰り返しているのも、僕らの目を集中させるための陽動ではないだろうか」
『……なるほど。一理ありますわね』
「中央エリアを起点に散開して、あちらの動きを牽制しよう。逆転の目を潰し、同時に中央も抑える」
『賛成です。どうせ勝つなら、完全勝利といきましょう』
『この読み合い、ポゼッションならではね!』
ライヴァの意見に異論は出なかった。彼の怜悧な思考は、Rook.keyの作戦を完璧に看破していたのである。
●残り2分28秒:エリアA-1
読み通りの展開は、まさしく最終盤に訪れた。
「うおっと! まったく、こっちの動きは筒抜けか?」
Rook.keyは嘆息する。ライヴァの目と耳、王華の探知網。pA-BeLLの狙撃能力に、隙間を埋めるM32Mの遊撃能力。そしてコアを確実に奪取する瑛梨の機動力と火力。
「残念だが、もうコアは奪わせない」
ライヴァの照準は常にRook.keyを捉えていた。作戦を看破された以上、翡翠チームに逆転の目は……。
「そう」
だがRook.keyは不敵に笑っていた。
「オレの考えなんて見抜けるだろうね、そちらの目なら。そう信じていたよ」
ライヴァの背筋が粟立った。
作戦は看破した。事実、敵は読み通りに動いている――そう、動きすぎている。
(此方が奴らの手を読むことを、奴らが読んだ上で動いていたら?)
ニューロンが熱を持つ。敵が、動きを読まれることを前提にして動いているとしたら!
「――typhoon.i、演算完了」
此方の目は敵に引きつけられている。台風の目とはすなわち、中央の巨大コアだ!
「さぁ、ここから一気に攻勢に出るとしようか!」
ライヴァは弾かれたように中央エリアに照準を動か――そうとした。だがRook.keyはその瞬間に弾丸を拡散、周囲のコアめがけて攻撃する!
「……チッ!」
ライヴァの思考力はずば抜けている。Rook.keyはそれを身を以て知っている。だから彼の思考力を信じた上で賭けたのだ。
拡散した弾丸は神速の狙撃がすべて撃墜される。Rook.keyの手は通らない。だが彼は笑っている。通らないことは承知の上なのだ!
「さすがだ。フェイントも通じなきゃ完敗だよ――オレはね!」
「全員、中央エリアに急いでくれ! コアを占有されるぞ!」
ライヴァの声が仲間たちに届いた瞬間、ひときわ巨大な翡翠色の蒸気柱が天蓋を叩いた!
「っしゃあ! これで五分五分だ!」
巨大コアには、SuicideRJの拳と九十九の掌の跡がくっきりと刻まれている。
「全く、敵ながら凄い人たちです。でも、おかげで私たちも動けました」
敵の力量に対する信頼という、ある種の矛盾めいたものがあって初めて成立するリスキーな作戦。油断や傲慢ではない、確かな実力があったからこそこの逆転劇は成立した。
「来るぞ。このままコアを守り抜く!」
ET-OSが敵の接近を告げる。斬り込み役は瑛梨、後方からM32M!
「やってくれたわね、けどここから再逆転よ!」
「あのコアさえ奪取すれば!」
残り45秒! 瑛梨は最大速度で突撃――した瞬間、影から飛び出した刀が彼女のHPを削った!
「な」
「これも、この戦いで学んだことだ。感謝する」
ET-OSが設置した自立型トラップだ!
「仕留めます」
L-uciferの球体が瑛梨を狙う。だが!
「……っ!」
瑛梨は神速の斬撃で光線を切り払った! そして踏み込む!
「わたし達も付き合うわよ!」
「ここで勝利を掴んでこその私ですわ!」
後続にM32Mと王華! 対面、真っ先に飛び出したのはSuicideRJ!
「最期まで、楽しもうじゃねぇか!」
深紅の拳が星型チャクラムと黄の打突を弾く! そして瑛梨を――迎撃する瞬間、遠方からの光線が彼女を貫いた。
「その勇猛、見事なり。だが借りは返したぞ」
pA-BeLLの声は届いていまい。しかし不思議と深紅の女は莞爾と笑っていた。
あるいはそれは、彼女を捨て駒に死角へ回り込んだ仲間たちがいるからか。
「やっちまえ」
少年たちは頷き、交錯した。風を斬り、鋼を断つ炎と刃が荒れ狂った――!
●試合終了
タイムアップを告げる音が鳴り響き、各々の武装が攻撃能力を失う。
「……やられたな」
ライヴァは銃を下ろし、苦笑した。ヘッドセットに表示されたエリア制圧率は――49対51。翡翠チームは最後までコアを守り抜き、そして勝利したのだ。
「此方の腕前を認められたがゆえに出し抜かれた、か。なんとも妙な心地よ」
pA-BeLLはくつくつと笑った。敗北の味は苦い――だが不思議と爽やかな気分だった。
「――ガーオ!」
L-uciferが駆け寄ると、九十九は立ち上がりかけ膝を突いた。最後の一瞬、ET-OSと共に放った攻撃はM32Mと瑛梨を捉えたが、カウンターによって戦闘不能に叩き込まれたのである。
「すみません、お師匠様……最後に不甲斐ないところを」
「いいんですよ、ガーオ。でも、どうせなら私が仕返ししたかったですね……」
「えっ」
不穏な台詞が聞こえた気がしたが、九十九は深く触れないことにした。L-uciferの目が笑っていない。
「っしゃあ!! アタシらの勝ちだぁ!!」
そんな二人にSuicideRJが駆け寄り、乱暴にハイタッチする。師弟は顔を見合わせ、くすりと笑った。
「負けちゃったわね」
「そちらも見事だった。手強いあなた達が相手だからこそ得られた勝利だ」
苦笑するM32Mを助け起こすET-OS。
「正々堂々戦った結果ですから、仕方ありません」
瑛梨は柔らかく微笑む。それはファンへの印象操作もあるが、彼女の本心には違いない。
「よい経験になりましたわ。ありがとうございました」
「こちらこそ。本当に厄介だったよ、そちらは」
王華の差し出した手に驚きつつ、疲労困憊のRook.keyが握手を返す。
思惑も何も関係ない。戦いとその先にあるものは、彼らだけの真実なのだから。