霧中の活

電脳戦潜アプリェーリ イベントノベル(テーマ)翡翠電脳公社制作 夜帷かもめ納品 2023年05月28日 13時36分48秒

 ちらちらと、視界の端に蛍光色が踊っている。こちらを小ばかにするように、何度も、何度も翻る。
「……くそッ!?」
 腕には自信があった。戦歴がそれを裏付けていた。シンプルに、速く、強い一撃を与える。一撃でダメなら、二撃、三撃と重ねる。それだけで勝利は自分の手元に転がり込んでくる――はずだった。
「そこには、居ません」
 耳元で声がした。咄嗟に身を捩る。無理な駆動に身体中が悲鳴を上げて軋んだ。

 近ごろ勝率を著しく伸ばしている翡翠電脳公社のデュープ、鵙-玖(アヴェラ・ウッチェロ)との一戦。その日のマッチの大トリを務める、30分1本勝負。会社の威信を懸けたこの試合に自分が選ばれたのは、名誉であるはずだった。
 いけ好かないライバル会社の急先鋒の鼻っ柱を叩き折る為の、信頼を預けられたその刃。
 戦うことが存在意義の全てであるデュープとして、それは何よりも誇らしいことであるべきなのに――。

 今、彼はこのマッチメイクを何より呪っていた。
「クソッタレが!」
 毒づいた声は雨に溶け、フィールドの表面をなぞる。

●
 眼がいい相手だな、と。鵙はそう相手のことを分析していた。チーム戦であればいくらでも崩す手段は作れようものだが、1on1(タイマン)では無理は出来ない。
 つい一瞬前まで身体があった所を横薙ぎに払う刃を跳び退って避けながら、彼女は考える。やはり、見立て通りかなりの手練れだ。これまでの相手とは違って、慎重な試合運びをする相手だった。高い技術を持っていながら、それに奢らず、踏み込み過ぎることが無い。
 油断によって踏み込み過ぎた、その一歩を絡めとるのが鵙のいつもの手管なれば、臆病なほどに手堅い立ち回りをする今日の相手は正直なところ――あまり、相性が良くなかった。

 引き絞ったワイヤーが手元で空を切る。凡百の使い手ならば今ので首を締め上げているところだ。手ごたえの無い暗器を手早く手繰り、袂へと仕舞いなおす。

 試合場のモニター越しに聞こえる観客の歓声を背にしながら、内心で鵙は焦っていた。
(どうしたものでしょうか)
 焦りを気取られてはならない。捌(先代)までの戦闘データを基に、練り上げられた戦術と戦略。それを叩き込まれる間に、心構えについても嫌というほど摺り込まれてきた。
 基より一撃の威力に長けた個体(デュープ)ではない。手数と、その組み合わせと、冷徹さで相手のペースを乱すのが信条だ。まだ見せていない手札も――少なくはない。まだ、戦える。決意と共にフードを目深に被りなおす。視線を遮り、表情を読ませない――と同時に、自身に重なるようにホログラムを着こんだ。洞察力に優れた相手であるならば、その眼の良さを逆手に取るまで。
 二重写しの姿は目測を、肌感覚を僅かばかりに見誤らせる。降りしきる雨も適度なノイズになってくれる筈だ。そう意を決して、鵙は苦無を構えなおす。

●
 速度が――上がった。それと同時に、少しばかり大振りが増えた。
(誘っているな)
 男は警戒感を新たにした。必ずや、何か狙いがある。短慮の末に無謀な攻めを繰り出す程度の相手ではないと確信していた。だから、その一挙手一投足に目を凝らした。殊更に存在を主張するように派手なアウターと、脚に括りつけられた無数の箱。その中から展開される暗器による次の一手を見逃すまいと、細心の注意を以て。

 息が上がる。はあはあと、荒い吐息はどちらのものだろうか。大方の観客の予想を裏切って、試合は大幅に長引いて長期戦の様相を呈してきた。実力伯仲の熱戦を受けて観客らのボルテージも否応なく上がっていく。
 煙幕を切り裂いて、頭上から鵙が鋭い踵落としを見舞う。それを刹那で見切り、逆に着地際を狙う男デュープ。胴薙ぎに鵙を両断するかに見えた刃は、だがしかし、空を切る。リムをフル稼働させて噴かすと、バク転のように一瞬で距離を取って鵙はまた宙へと舞い上がる。
 実際にはその刃同士がぶつかる事は無かったが、火花を散らすような攻防は観客を虜にした。

 じっとりと身体に纏わりつく、霧のような不快さ。形の無い殺意に四方八方から囲まれている。相手は1体だけだというのに、無数のデュープを相手にしているかのような感覚を彼は覚えていた。それほどまでに鵙の手数、手管は多い。
「勝つのは……俺だァ!」
 捉える。捉えられる。捉えねばならない。そんな思いで繰り出した、渾身の刺突。

「あ」
 今日一番の殺気が、喉元に突き付けられる。真っすぐに伸びるそれは、虚像諸共に鵙の急所を貫かんとす。
(でも、これなら)
 ここまで踏み込んできたなら、捕まえられる。そんな確信があった。もう一度、もう一度だ。全てのワイヤーを展開し、今度こそ絡めとる。その為に彼女は太腿のボックスに手を伸ばし――!

 ビー! 無常にも、時間切れを告げるブザーが鳴った。

「次は」
 勝つと、そう呟いた言葉は誰が、誰に向けたものだったか。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0