きおくのかけら
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2020年11月26日 17時52分27秒
その部屋は豪奢な物で溢れかえっていた。
――ここはどこ?
そう思って辺りを見渡す。
真綿で作られたふわふわな布団と飛び跳ねるだけで天井まで届きそうなほど弾むベッド。
壁一面に本棚が並び、シェルフからは沢山の人形がこちらを向いて笑っている。
そこはまるで絵本の中に出てくるお姫様が住まう部屋。
『本棚から物語を一つ持ってきて。テーブルでお茶とお菓子を楽しみながら、ゆっくりと読みましょう』
声がした。
部屋の真ん中に置かれたテーブルでは、椅子に腰かけさせた人形に話しかける少女が、ニコニコと楽しそうに本のページをめくっている。
――覚えている。
確かに覚えている。だって、この場所はとても長い時間を過ごしたところだから。
――あなたはだれ?
サイズの合ってない椅子の上で足をプラプラさせながら、紅茶をすする少女に問いかけるが、もちろん答えは返って来ない。
――でも、知っている。
そう、あれは小さな頃の――。
一転――部屋に闇が落ちる。
先ほどの少女を探しベッドを見る――いない。
人形達の元か――いない。
テーブルに腰かけて――いない。
――一体どこへ?
広い部屋をゆっくりと見渡す――いた。
少女はベッドの奥の狭い隙間で、鉄格子の先に浮かぶ満月を見上げながら、泣いていた。
――どうして泣いているの?
思い出せない。でも、とても悲しい事があった。だから、少女はずっと泣いていた。それだけは、胸が痛くなるほど覚えている。
一転――大地が揺れる。
本棚から本が全て落ちてくる。
棚から人形達が落ちてくる。
テーブルにあったカップが落ちて割れる。
――少女は何処?
地震は勢いを増し、壁が、柱が、天井がボロボロと崩れていく。
――少女は何処……?
ついに一番大きな揺れが部屋を襲った――。
●
ゆっくりと開いた瞳に、天井の木目が映った。
「……ここは」
木目を視線で追いながら、まだ起きようとしない頭を働かせる。
――夢の中で何かを見た気がした。
それはとても大事な――何だっただろうか。
もう一度瞳を閉じてみる。
瞼の裏に浮かぶのはあの景色――ではなく、ただの闇だった。
何も思い出せない。記憶の図書館の一部に濃い靄がかかっている。
その中に、手を差し込んで探りたくもあるような、ないような……。
そんなことを漠然と考えていたら、外でどたどたと階段を駆け上がる足音が聞こえた。
程なくしてばたんと大きな音を上げ木戸が開かれる。
「あら、おじさま。おはようごさいます。めずらしいですわね、おじさまが、こちらにこられるなんて」
肩で息をしながら部屋を見渡すドワーフの主人に、ベッドから上半身だけを起こしマレーネ・シェーンベルグは話しかける。
「え……? あ、ああ。ここじゃなかったのか? すごい悲鳴が聞こえたんだが……」
「ひめい? さぁ、わたくしには、きこえませんでしたが?」
マレーネは唇に指を当て首をひねる。
「そうか、気のせいだったのか? いやでも確かに――」
「あの」
「……悲鳴がこの辺りから――うん?」
「よろしければ、とびらを、しめてくださる? すこしねあせを、かいてしまいましたの」
「こ、これはすまん!」
途端、開け放たれた時の倍ほどの音で扉が閉じられた。
――べつに、でていけとは、いっていないのだけれど。
そう心の中で思いながらくすくすと笑うと、マレーネはひどく湿った夜着を脱いだ。
●
古い床板には艶出し油がなじまされ、古いながらも高級感と趣に満ちている。
踏み込むたびに鳴く小さな木擦れの音が耳に心地いい。
掃除の行き届いた階段の手すりを伝い、ゆるりと階下に降りてみれば、いつもの少女はいなかった。
「あのこは、きょうはおでかけですの?」
代わりに先ほど会ったばかりの主人に問いかける。
普段は奥の工房へと詰めっぱなしの主人も、切り盛りしてくれる少女が居なければ店に立つらしい。
「ああ、今朝がた依頼に向かったが、何か用だったか?」
「いえ、べつに、ようというほどのことは、ありませんわ」
街にでも連れ立ち案内をしてもらおうかと思っていたが、居ないのならば仕方がない。
マレーネは主人に微笑みかけると、通りの見えるテーブルへと向かった。
テーブルに添えられた椅子は主人の作だという。宿を立ち上げた時から使われているらしい椅子は、長い時を経て独特の質感と肌触りを生み出している。そんな椅子の背に指を這わせながらマレーネは椅子を引いて腰かけた。
窓から通りを行く家族連れが見えた。小さな女の子を間に挟み両親が手を繋ぐ。笑顔が絶えない仲睦まじく幸せな家族。
――ほんとうに、かがやいてみえますわね。
「今日はどこかへ出かける予定はあるのか?」
そんな事を思っていると、テーブルにカップが置かれた。
「ありがとうございます。いえ、とくによていは、していませんでしたが、なにかございまして?」
マレーネは給仕をしてくれた主人に礼を言ってから問いかける。
「いや……あー、ちょっと仕入れがあってな」
どこか申し訳なさそうに話す主人に、くすりと笑みがこぼれてしまう。
今日は一人しかいないとはいえ、自分は客。置いて出る訳にも行かず困っているのだろう。
だから、少しの助け舟。
「そうですわ、いま、おもいだしました。わたくしも、まちに、ようがあるのでした」
「おっ。おお、そうか、それはよかった」
ポンと手を打ったマレーネに、主人は顔を輝かせた。
客を追い出したなんて知られたら、あの子に何を言われるかわからないと焦っていたのだろう。
――いがいと、かわいいおひと、なのですね。
そう思ってしまったが最後、少し意地悪をしたくなってしまった。
「ですので、ごいっしょさせてくださいます?」
「うん、なにをだ?」
「しいれに、ですわ」
驚く主人の顔がおかしくて、思わず笑みがこぼれてしまう。
「うーむ……別に構わんが、娘子が見て楽しい場所じゃないぞ?」
そう言うものの、主人は断らなかった。
――とても、やさしいおひと。あのこが、なつくはずですわ。
「いえ、どこであろうと、たのしいですわ。だって、このまちは、こんなにも、きらきらと、かがやいていますもの」
と、窓の外を指さし何処かの誰かの真似をして、そう言ってみた。
●
さっきの言葉通り、街は本当にキラキラと輝いていた。
「とても、きらきらしていますわね、おまつりでしょうか?」
「もうすぐ聖霊節だからな?」
「せいれいせつ?」
「うん、知らなかったか。聖霊節って言うのは――」
街を行きながら主人が12月に行われる大きな祭りの説明をしてくれる。
マレーネは主人の声に耳を傾けながらも、キラキラと彩られていく街を眺めていた。
「着いたぞ」
そうしていたら、いつの間にか目的地へ着いていたらしい。
主人が店へと入るのに続き、製材所になっている広い中庭を主人についてゆっくり進んだ。
辺りには製材や原木が整然と並べられ、濃い木の香りが漂っている。
そんな一角に、見るも鮮やかな緑の針葉を湛えた木を見つけ、マレーネは足を止めた。
「まぁ、もみのき。きっとこれらは、きらびやかなツリーに、なるのでしょうね」
「うん? なんだ、ツリーは知っているのか?」
先ほどは聖霊節の名前すら知らなかったのに、ツリーは知っている。
不思議に思った主人が問いかけてきた。
「いえ、しりませんわ。しらないはずなのですが――なぜでしょう?」
返すマレーネもなぜと首を傾げる。
「おかしなことをいう奴だな……まぁいい、少し話をしてくるからその辺で待っていてくれ」
そう言うと主人は奥へと歩いていってしまった。
鉢に植えられたモミの木を前に、じっと考え込む。
さっきはどうしてあんな言葉が出てきたのだろう。違う、さっきだけじゃない。時折こんな風に自分の知らない知識が勝手に口をついて出てくるのだ。
「いったい、これはなんなのでしょう……?」
自分でも不思議で仕方がない。なぜ自分にはこんな事ができるのか。もしかしたら失くしてしまった過去と何か関係があるのではないか。
そう思い、マレーネは視線を横に振ってみた。
「これはマホガニーですわね。ねったいにじせいするこうようじゅで、こうきゅうかぐや、がっきに、よくつかわれているんですの――ですの?」
すらすらと出てくる。
「こちらは……サクラですか。めずらしいですわ。さすが、ほうじゅんなかおりが、いたしますね。スモークチップやおくすりなんかにも、りようされるきですわね……ですの?」
ぽんぽんと口をついて出てくる知識に、やはり自問してしまう。
「詳しいのか詳しくないのかよくわからない奴だな……」
はてと首をかしげるマレーネの前に、主人が戻ってきた。
「おじさま、たいへんですわ」
「なに、どうした……?」
マレーネが神妙にそう口にするものだから、主人も身構える。
「わたくし、ぼうけんしゃとなるまえは、きこり、だったのかもしれませんわ!」
「……多分違うと思うぞ」
「えぇっ!?」
折角の名推理をあっさりと否定され、マレーネはしょぼんと項垂れた。
●
仕入れを終え、木材を担いだドワーフと再び街を歩く。
来た時よりもさらに煌びやかに感じる街並みに、マレーネはつい考えてしまう。
――むかしのわたくしは、このばしょをしっていたのでしょうか。
時折口をついて出てくる言葉はきっと過去の記憶。
この頭の中に、どれだけの知識が残っているのかはわからない。それが貴重なものなのか、そうでないものなのかさえ、今の自分では判断がつかない。
――ひつようなもの……なのでしょうか。
これは失ってしまった物を取り戻すための手がかりなのだろうか。
でも――。
――いえ、ひつようありませんわ。
出てくるならば出てくればいい。だけど、こちらから必要としないし、否定もしない。
――だって、そんなものがひつようないほど、かがやいた、いまが、ここにあるのだから。