其は知識の匣『ストレガ』なり
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2020年11月24日 18時32分20秒
この世の全ては無知で出来ている。それを一つずつ知りて知とする。生を受けて智を重ね、代を経て識を伝う。
それが代々『ストレガ』の名に刻まれた使命にして宿命。知の探究、識への研尋。この生は世の無知を知へと至らしめる過程でしかない。
「なのに、これはどういうことなのだ!」
バンバンと机を何度も叩くのは、この学舎の徒にして小さき知への探究者。矮小なるゴブリナの子女にして、識を受け継ぐ叡智の結晶。
その名をストレガ・L・リベルガストラという。
稀智を持ち生まれたこのゴブリナは、先代に見出されると瞬く間に知の虜となった。
幼き時分より小さな脳漿に膨大な知を詰め込み続け、一片もかける事無く現在に続く。
なおも新たなる識を求め書を読み漁り、賢人に教えを乞う。その幸福にして幸運の時間は永遠に続くと思われたのだが――。
この日、当代のストレガは憤っていた。
「歴代のストレガが蓄積せし知識とはこの程度なのか! 世の賢人の知恵とはあの程度なのか! この小なる知識の宝庫が世の智の全てというのなら、この世はなんと矮小な事か!」
この学舎には、ストレガの名と共に継承された知識が書として残されている。常人であれば生涯をかけてさえ半分も読破できない様な膨大な量が。
しかし、それも当代のストレガは全て修めてしまった。最早、ここに新たな知識は眠っていない。
「独りで知を追い求めるには限界がある。知を求める同士に我が名を託し、更なる知を広く求めん。我等知を紡ぐ者――聞いて呆れるのだ!」
息荒く叫び続けるストレガを、学友達が冷めた目で見つめていた。
「……ふぅ、腹が減ったのだ」
そんな視線もいつもの事。吐き出すだけ吐き出したストレガは、心中に渦巻いていた怒りをあっさり彼方へ吹き飛ばし、学舎の食堂へと向かった。
●
頼むのはいつも同じ物。歯が砕けそうに硬い黒パンとたっぷりの蜂蜜。後は生卵。これだけ摂取すれば体は動き、頭は回る。食事などに時間を割かれていては、知識を詰め込む時が惜しい。
それがついこの間までの常識だったのだが……。
「……この空いた時間は何に費やせばいいのだ?」
いつものメニューを数分で平らげたストレガは自問する。
学舎にある全ての知識は先ほど吸収し終えてしまった。
いつもなら、この後は勝手に瞼が落ちてくるまでひたすら知識を詰め込む時間、のはずだった――。
「黒パン。主成分はライ麦。密度が高く堅いのが特徴。栄養価は小麦パンに勝る」
皿に残ったパンの欠片を見下ろしながら、ストレガは呟く。
「蜂蜜。主成分は花蜜と蜂の分泌液。所謂ゲロ。良質な栄養を多分に含む万能甘味料」
皿にこびりついた蜂蜜を指で掬い舐めとった。
「生卵。生産主は鶏。う●こと同じ場所から出てくる最強食材。完全栄養食」
殻を指で突きながら、ストレガは体内へ吸収されつつある食材の事を考える。
それは書にあった知識のほんの一部。知として頭の隅にこびりついて離れない識の一端。
――それだけのはずなのだ。
目前に転がる残骸からは何も得るものはない。知識に成り得るものなど欠片も残ってはいない。そう思っていると――。
「なんだ、まだ居たのかい。よほど腹が減っているんだね。これでも食べな。うまいよ」
おばちゃんが勝手に皿を置く。
「要らない。栄養は摂取したのだ。これ以上は時間の無……だ?」
無駄? 時間の無駄とは何だ? もう詰め込む知識もないのに、まだ何かに時間を使う事があるのか?
――ない……のだ。
決定的な瞬間だった。もうこの後のストレガの生は無為でしかない。ならばいっそ、ここで閉じても構わないのではないか。
そんな考えが頭をよぎる。
置かれた皿には焼きたての小麦パンとチーズが乗っていた。
「小麦パン。主成分は小麦――」
湯気を立てる琥珀色のパン。
「チーズ。主成分は牛の乳――」
芳醇な香りを放つ乳白色のチーズ。
小麦パンを千切りチーズを添えたものを、ストレガはゆっくりと口へと運んだ。
「んんんっっ!?」
まさに天佑、いや天啓だった。
ストレガはすぐさま厨房へと駆け入ると。
「これはなんだ? どうやって作るのだ? 塩分は? 糖分は? 脂肪分は?」
驚くおばちゃんへ質問を浴びせ続ける。
――あったのだ。ここにまだ!
まったく要点を纏めきれていないおばちゃんの話が新鮮で仕方がない。これは紛う方なき賢人の知恵だ。
ストレガは新たに得た機会に胸を高鳴らせ、言葉早やに次を求める。
「そ、そんなに知りたいなら、市場に行けばいいさ」
「市場……? この学舎から外に出ろと言うのだ?」
おばちゃんはうんうんと頷いている。
外――。そうか、外にはまだ私の――ストレガの知らない知識が残っているのか。
そう思った時にはストレガは駆け出していた。
籠の中の鳥が大空へ、井の中の蛙が大海へと想いを馳せるように、ストレガもまた外の世界へととびきりの想いを馳せながら――。
それが代々『ストレガ』の名に刻まれた使命にして宿命。知の探究、識への研尋。この生は世の無知を知へと至らしめる過程でしかない。
「なのに、これはどういうことなのだ!」
バンバンと机を何度も叩くのは、この学舎の徒にして小さき知への探究者。矮小なるゴブリナの子女にして、識を受け継ぐ叡智の結晶。
その名をストレガ・L・リベルガストラという。
稀智を持ち生まれたこのゴブリナは、先代に見出されると瞬く間に知の虜となった。
幼き時分より小さな脳漿に膨大な知を詰め込み続け、一片もかける事無く現在に続く。
なおも新たなる識を求め書を読み漁り、賢人に教えを乞う。その幸福にして幸運の時間は永遠に続くと思われたのだが――。
この日、当代のストレガは憤っていた。
「歴代のストレガが蓄積せし知識とはこの程度なのか! 世の賢人の知恵とはあの程度なのか! この小なる知識の宝庫が世の智の全てというのなら、この世はなんと矮小な事か!」
この学舎には、ストレガの名と共に継承された知識が書として残されている。常人であれば生涯をかけてさえ半分も読破できない様な膨大な量が。
しかし、それも当代のストレガは全て修めてしまった。最早、ここに新たな知識は眠っていない。
「独りで知を追い求めるには限界がある。知を求める同士に我が名を託し、更なる知を広く求めん。我等知を紡ぐ者――聞いて呆れるのだ!」
息荒く叫び続けるストレガを、学友達が冷めた目で見つめていた。
「……ふぅ、腹が減ったのだ」
そんな視線もいつもの事。吐き出すだけ吐き出したストレガは、心中に渦巻いていた怒りをあっさり彼方へ吹き飛ばし、学舎の食堂へと向かった。
●
頼むのはいつも同じ物。歯が砕けそうに硬い黒パンとたっぷりの蜂蜜。後は生卵。これだけ摂取すれば体は動き、頭は回る。食事などに時間を割かれていては、知識を詰め込む時が惜しい。
それがついこの間までの常識だったのだが……。
「……この空いた時間は何に費やせばいいのだ?」
いつものメニューを数分で平らげたストレガは自問する。
学舎にある全ての知識は先ほど吸収し終えてしまった。
いつもなら、この後は勝手に瞼が落ちてくるまでひたすら知識を詰め込む時間、のはずだった――。
「黒パン。主成分はライ麦。密度が高く堅いのが特徴。栄養価は小麦パンに勝る」
皿に残ったパンの欠片を見下ろしながら、ストレガは呟く。
「蜂蜜。主成分は花蜜と蜂の分泌液。所謂ゲロ。良質な栄養を多分に含む万能甘味料」
皿にこびりついた蜂蜜を指で掬い舐めとった。
「生卵。生産主は鶏。う●こと同じ場所から出てくる最強食材。完全栄養食」
殻を指で突きながら、ストレガは体内へ吸収されつつある食材の事を考える。
それは書にあった知識のほんの一部。知として頭の隅にこびりついて離れない識の一端。
――それだけのはずなのだ。
目前に転がる残骸からは何も得るものはない。知識に成り得るものなど欠片も残ってはいない。そう思っていると――。
「なんだ、まだ居たのかい。よほど腹が減っているんだね。これでも食べな。うまいよ」
おばちゃんが勝手に皿を置く。
「要らない。栄養は摂取したのだ。これ以上は時間の無……だ?」
無駄? 時間の無駄とは何だ? もう詰め込む知識もないのに、まだ何かに時間を使う事があるのか?
――ない……のだ。
決定的な瞬間だった。もうこの後のストレガの生は無為でしかない。ならばいっそ、ここで閉じても構わないのではないか。
そんな考えが頭をよぎる。
置かれた皿には焼きたての小麦パンとチーズが乗っていた。
「小麦パン。主成分は小麦――」
湯気を立てる琥珀色のパン。
「チーズ。主成分は牛の乳――」
芳醇な香りを放つ乳白色のチーズ。
小麦パンを千切りチーズを添えたものを、ストレガはゆっくりと口へと運んだ。
「んんんっっ!?」
まさに天佑、いや天啓だった。
ストレガはすぐさま厨房へと駆け入ると。
「これはなんだ? どうやって作るのだ? 塩分は? 糖分は? 脂肪分は?」
驚くおばちゃんへ質問を浴びせ続ける。
――あったのだ。ここにまだ!
まったく要点を纏めきれていないおばちゃんの話が新鮮で仕方がない。これは紛う方なき賢人の知恵だ。
ストレガは新たに得た機会に胸を高鳴らせ、言葉早やに次を求める。
「そ、そんなに知りたいなら、市場に行けばいいさ」
「市場……? この学舎から外に出ろと言うのだ?」
おばちゃんはうんうんと頷いている。
外――。そうか、外にはまだ私の――ストレガの知らない知識が残っているのか。
そう思った時にはストレガは駆け出していた。
籠の中の鳥が大空へ、井の中の蛙が大海へと想いを馳せるように、ストレガもまた外の世界へととびきりの想いを馳せながら――。