砂の海から
キャラクターノベル制作 樫木間黒納品 2020年11月30日 19時11分52秒
居心地の悪い場所ではなかった、と思う。貧しくはなかったし、寧ろその逆。両親も優しいばかりじゃないけれど、愛のある厳しさで娘の事を真剣に考えてくれていた。
けれどもジヴリールには不満があった。どんなに恵まれてもないものは手に入らず、ないものねだりをし続けても決して満たされる事はない。まるで砂漠に雪が降る事を求めるように。
ジブリールの故郷は砂漠近くにある。商人の家に生まれた彼女は大して不自由なく過ごしてきた。たった一つ、外の世界が変わり映えしない事を覗いて。
そのたった一つが何たる苦痛か。窓から見える景色が何とも退屈か!
朝起きても砂、昼ふと窓の外を覗いても砂、夜寝る前に戸締りを確認しても砂。砂、砂、砂。安定はしていたが、悪く言うと刺激が一切ないのが砂だらけの世界だ。
勿論、平穏に越した事はない。千変万化の景色を得ても貧困に喘ぎ、命の危機に脅かされる生活は望ましくない。しかし、やはり、砂漠の暮らしは退屈だったのだ。
仕入れのために外に出る父が羨ましいとも思う。無理を言って連れてもらうように頼んだ事もあるが、決まって外は危ないからと留守番させられていた。
代わりにジヴリールは度々仕入れた品々に触れていた。壊れやすい物、触れたら価値が落ちるような物は遠慮するようにと言いつけられたが、大事に取り扱うという条件付きで借りる事は許された。両親なりに娘の心情を慮ったのかもしれない。
――どうあれ、それは年若い少女に許された数少ない外界との接触だった。
●
その日、ジヴリールの気を引いたのは一冊の本だった。これまでにも父が紙の束を綴じた物を持って帰って来た事は幾度かあったが、大抵昔の出来事を記した小難しい文体であった。少女は――仕事を手伝えるくらいには読み書きと計算を学んでいたので――学のある娘であったが、難しいものはつまらない。故に、退屈なものとして扱われてしまったようだ。
だから本はあまり読み切った事がない。そこまで好きではない――のだが、その日見つけた本は今までと違う雰囲気が表紙から伝わった。ジヴリールの細い腕からすると些か重過ぎなくもないその本。自室へと慎重に運び、柔らかいベッドの上に本を置く。
表には『ロスガリア大陸の世界』と印字された題名の下に、大きく一枚の絵が描かれていた。存在を主張するその絵は風景の絵だ。
直接見た事はない、が知ってる知識で表すならそこは港町と呼ばれる場所だ。石造りの船着き場に幾つかの帆船が並ぶ。透き通るような水の色をした空を背景に海鳥が飛び、その下には空よりも深い青――海があった。
息を呑む。
砂漠で生まれ、砂漠で育ったジヴリールは海を見た事がない。だから彼女が海に惹かれたのも当然と言えるだろう。加えて実物を見た事ない彼女にすら「本物の景色をその場から抜き取ったようだ」と感じるほどに精巧だった。
絵を眺めれば眺めるほど、彼女は絵の世界に引き込まれていく。未知の光景へ、知らない世界にどっぷりと浸る。浸かり切った後に、ページを開いてまた新しい世界に浸る。――それは旅行記のようだ。著者はロスガリア大陸の各地を旅し、印象に残った場面を絵に残し、各地の特色、名産、どのような出来事があったか等々事細かに書き記している。
ジヴリールの故郷よりも建物と人がひしめき合う街並み、煌びやかな王城、森の木々に包まれた集落、湿地と宙に浮かぶ農場、険しい山脈地帯で熱心に働く職人たち、多くの人が集まり勉強している風景、他のどの町とも違う独特の雰囲気を纏った都市――彼女の知らない、沢山の世界がここにあった。
この町はどんな町だろう? 彼らは、彼女らは何をやっているのだろう? 空想に浸り、見た事のない場所を脳内で旅する。それはとても楽しくて、わくわくして――自分の足で見て回りたいと思ったのだ。
きっと外の世界は危険だ。両親も反対するだろう。旅行記に映ってる場所は安全な所ばかりではない。『犯罪都市』と形容されるような危険な町もあるし、魔獣やらの話も書いてある。けれど、危険を承知で世界を旅したい。この世界の事をもっと知りたい。たくさん知って、両親にも誇れるような立派な商人になりたい。
そして世界を渡り歩くのにいい場所がある事を知った。ここなら旅をしつつ力をつける事ができる。
旅行記にも描かれている、多種多様な装備を身につけた種族すらバラバラな人々が映っている――『冒険者ギルド』と。
●
「母さん、父さん! 私、旅に出たいの!」
突然の宣言に面を食らう両親。当然彼女の身を案じて反対する。が、決意は揺らがない。
「大丈夫、母さんと父さんにこんなにしばかれて育ったんだから。きっとどこででも私は食べていけるよ」
許可は取れたのか、それとも無理くり出て行ったか。――ともあれ、10代の少女はまだ見ぬ世界を見に飛び出した。胸に輝くような夢の結晶を抱いて。
けれどもジヴリールには不満があった。どんなに恵まれてもないものは手に入らず、ないものねだりをし続けても決して満たされる事はない。まるで砂漠に雪が降る事を求めるように。
ジブリールの故郷は砂漠近くにある。商人の家に生まれた彼女は大して不自由なく過ごしてきた。たった一つ、外の世界が変わり映えしない事を覗いて。
そのたった一つが何たる苦痛か。窓から見える景色が何とも退屈か!
朝起きても砂、昼ふと窓の外を覗いても砂、夜寝る前に戸締りを確認しても砂。砂、砂、砂。安定はしていたが、悪く言うと刺激が一切ないのが砂だらけの世界だ。
勿論、平穏に越した事はない。千変万化の景色を得ても貧困に喘ぎ、命の危機に脅かされる生活は望ましくない。しかし、やはり、砂漠の暮らしは退屈だったのだ。
仕入れのために外に出る父が羨ましいとも思う。無理を言って連れてもらうように頼んだ事もあるが、決まって外は危ないからと留守番させられていた。
代わりにジヴリールは度々仕入れた品々に触れていた。壊れやすい物、触れたら価値が落ちるような物は遠慮するようにと言いつけられたが、大事に取り扱うという条件付きで借りる事は許された。両親なりに娘の心情を慮ったのかもしれない。
――どうあれ、それは年若い少女に許された数少ない外界との接触だった。
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その日、ジヴリールの気を引いたのは一冊の本だった。これまでにも父が紙の束を綴じた物を持って帰って来た事は幾度かあったが、大抵昔の出来事を記した小難しい文体であった。少女は――仕事を手伝えるくらいには読み書きと計算を学んでいたので――学のある娘であったが、難しいものはつまらない。故に、退屈なものとして扱われてしまったようだ。
だから本はあまり読み切った事がない。そこまで好きではない――のだが、その日見つけた本は今までと違う雰囲気が表紙から伝わった。ジヴリールの細い腕からすると些か重過ぎなくもないその本。自室へと慎重に運び、柔らかいベッドの上に本を置く。
表には『ロスガリア大陸の世界』と印字された題名の下に、大きく一枚の絵が描かれていた。存在を主張するその絵は風景の絵だ。
直接見た事はない、が知ってる知識で表すならそこは港町と呼ばれる場所だ。石造りの船着き場に幾つかの帆船が並ぶ。透き通るような水の色をした空を背景に海鳥が飛び、その下には空よりも深い青――海があった。
息を呑む。
砂漠で生まれ、砂漠で育ったジヴリールは海を見た事がない。だから彼女が海に惹かれたのも当然と言えるだろう。加えて実物を見た事ない彼女にすら「本物の景色をその場から抜き取ったようだ」と感じるほどに精巧だった。
絵を眺めれば眺めるほど、彼女は絵の世界に引き込まれていく。未知の光景へ、知らない世界にどっぷりと浸る。浸かり切った後に、ページを開いてまた新しい世界に浸る。――それは旅行記のようだ。著者はロスガリア大陸の各地を旅し、印象に残った場面を絵に残し、各地の特色、名産、どのような出来事があったか等々事細かに書き記している。
ジヴリールの故郷よりも建物と人がひしめき合う街並み、煌びやかな王城、森の木々に包まれた集落、湿地と宙に浮かぶ農場、険しい山脈地帯で熱心に働く職人たち、多くの人が集まり勉強している風景、他のどの町とも違う独特の雰囲気を纏った都市――彼女の知らない、沢山の世界がここにあった。
この町はどんな町だろう? 彼らは、彼女らは何をやっているのだろう? 空想に浸り、見た事のない場所を脳内で旅する。それはとても楽しくて、わくわくして――自分の足で見て回りたいと思ったのだ。
きっと外の世界は危険だ。両親も反対するだろう。旅行記に映ってる場所は安全な所ばかりではない。『犯罪都市』と形容されるような危険な町もあるし、魔獣やらの話も書いてある。けれど、危険を承知で世界を旅したい。この世界の事をもっと知りたい。たくさん知って、両親にも誇れるような立派な商人になりたい。
そして世界を渡り歩くのにいい場所がある事を知った。ここなら旅をしつつ力をつける事ができる。
旅行記にも描かれている、多種多様な装備を身につけた種族すらバラバラな人々が映っている――『冒険者ギルド』と。
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「母さん、父さん! 私、旅に出たいの!」
突然の宣言に面を食らう両親。当然彼女の身を案じて反対する。が、決意は揺らがない。
「大丈夫、母さんと父さんにこんなにしばかれて育ったんだから。きっとどこででも私は食べていけるよ」
許可は取れたのか、それとも無理くり出て行ったか。――ともあれ、10代の少女はまだ見ぬ世界を見に飛び出した。胸に輝くような夢の結晶を抱いて。