日向かう風見鶏
キャラクターノベル制作 樫木間黒納品 2020年11月22日 19時54分21秒
大都市と言えば聞こえはいいが、決して寛容と言えるほど懐は大きくなかった。
羽振りのいい貴族、穏やかな笑みを浮かべる住民は陽の当たる舞台の者だ。昼の住人には目も向けられない、少数の日陰の者たちが貧民街に押し込められていた。日向に咲く事もできず、光の差す方を無為に眺めて過ごすか。それとも日陰者らしく劣悪な環境で咲いてやろうと足掻くか。彼らの前に開いた道は僅かなものだった。
賤しい立場の住人というのは――ある意味酷く公平で――年齢も性別も関係ない。酷く不公平に生まれた環境で全てが決する。ハーフリングの捨て子にも、例外なく過酷な現実が待ち構えていた。
リーンエス王国、イグノ砂漠に面する辺境の大都市。更にその中の貧民街。そこが彼の生まれ育った場所だった。
スフェーンが語るに、彼は生き残るためにはなんでもしてきた。
汚泥に身を沈めようが、腐臭を纏わりつかせようが、他の多くの人々――同じ貧民街の住人も含んだ――から敬遠されようが、犯罪以外の仕事ならなんでも手を付けて身銭を稼いだ。
忌避される仕事というのは総じて過酷な物で、尚悪い事にスフェーンは小柄なハーフリングであった。成人しても子供のような体躯は不便が多く、どちらかというとハーフリングは単純な力仕事より器用さを求められる仕事の方が得意だ。しかしこんな薄汚れた場所に入ってくるのは専ら力仕事の方で。
正直に言うとかなりの苦痛。しかし怠惰やプライドで換金できるならとっくにやって貧民街を脱している。それが出来ないから「過酷な仕事をしたくない」という我儘も「こんな汚い仕事やりたくない」というプライドも投げ捨てた。少しでもよく見られ仕事を回してもらえるよう、気に食わない相手でも雇い主に頭を下げた。
終われば金が入る、金があるから今日も明日もそのまた明日も生きられる。これ以上何を望む?
単純な話だ。惨めに死にたくない。少しでも楽に生きたい。そう願っているのは今でも変わらないはずだ。
●
スフェーンの仕事は単調だ。内容が変わっても前も見たという感覚は抜けない。報酬が貰えるなら文句は言わない。日付の感覚が薄れるのも些細な問題だし、情勢への興味もほとほと湧かない。
だから砂漠に向かう騎士を見ても「ああ、バルバロイの対処に向かうんだな」――なんてすぐに結び付きもしなかった。
当時、スフェーンがまだ少年と言える年頃であっても王国はバルバロイの対応に悩まされていた。野蛮な欲求にかまけて砂漠から襲撃してくる彼ら、人々の生活を脅かす彼らに対処するため王国は当時の精鋭を派遣。前線基地の建設を命じたのだった。その時スフェーンが見た一団はまさにその精鋭と、危険な任務に就く彼らを見送る一団だった。
スフェーンは手を止めた。バランスを崩しゴミの山が不格好に変形する。しかし彼は気にも留めずその一団を凝視した。この時のスフェーン少年が何を思いそうしたかは思い出せない。ただ彼の無意識を引き付ける何かがあった。それは事実だ。
視界に映った騎士たちは誰もが毅然としていた。顔はよく見えないが纏っている気配が彼らの表情を物語っている。これから死を伴う領域へ踏み込むというのに、彼らは臆病を殺して悠然と、誇り高い有様だ。目を凝らせば身につけた鎧に幾つかの傷も見えるが、それすらも勲章のように眩くさえ見えた。
彼らは誇り高い勇者を送りだそうとする者たち――家族だろうか、同僚だろうか、友人だろうか、それとも場に流されてきただけの通行人だろうか―――に囲まれ、祝福の花を鎧の内側に差す。気にするな、必ず帰ってくる、と笑っているように見えた。
何を思ったのだろうか。
憧れか。尊敬か。羨望か。嫉妬か。僻みか。一周回った無関心か。
ただ彼らには自分にないものがあり、彼らから目を背けられずにいた己がいた。
戦地へ赴く彼らの背中を脳裏に焼き付けた己がいた。
陽の光に焦がされ、焼き付けられ――。
――その時から死なないように生きていただけの彼に小さな変化が訪れた。
彼らのようになりたい。弱くとも、力なくとも、矮小でも、卑怯卑屈でも、能無しでも、媚諂うだけが取り柄でも、それでもそれでもそれでも――。
スフェーンにも自尊心はある。滓のようなものだが、犯罪者に身を落とす事はすまいというちっぽけなものだが――その僅かに火が付いた。彼らの誇りに少しでも近づきたい、と。
それは子供心からくる純粋な憧れか、羨ましくなって猿真似でもしようとする浅知恵か。
そんな事はどうだっていい。エーテルを人並み以上に扱う事ができると分かった彼は、すぐさま鎧を身に纏い冒険者になったのだから。
ハーフリングのウォーリア。冒険者のスフェーン。
小さな心と体に大きな憧れを抱き、身に余る鎧で包み隠した男。それが今の彼の姿だ。
羽振りのいい貴族、穏やかな笑みを浮かべる住民は陽の当たる舞台の者だ。昼の住人には目も向けられない、少数の日陰の者たちが貧民街に押し込められていた。日向に咲く事もできず、光の差す方を無為に眺めて過ごすか。それとも日陰者らしく劣悪な環境で咲いてやろうと足掻くか。彼らの前に開いた道は僅かなものだった。
賤しい立場の住人というのは――ある意味酷く公平で――年齢も性別も関係ない。酷く不公平に生まれた環境で全てが決する。ハーフリングの捨て子にも、例外なく過酷な現実が待ち構えていた。
リーンエス王国、イグノ砂漠に面する辺境の大都市。更にその中の貧民街。そこが彼の生まれ育った場所だった。
スフェーンが語るに、彼は生き残るためにはなんでもしてきた。
汚泥に身を沈めようが、腐臭を纏わりつかせようが、他の多くの人々――同じ貧民街の住人も含んだ――から敬遠されようが、犯罪以外の仕事ならなんでも手を付けて身銭を稼いだ。
忌避される仕事というのは総じて過酷な物で、尚悪い事にスフェーンは小柄なハーフリングであった。成人しても子供のような体躯は不便が多く、どちらかというとハーフリングは単純な力仕事より器用さを求められる仕事の方が得意だ。しかしこんな薄汚れた場所に入ってくるのは専ら力仕事の方で。
正直に言うとかなりの苦痛。しかし怠惰やプライドで換金できるならとっくにやって貧民街を脱している。それが出来ないから「過酷な仕事をしたくない」という我儘も「こんな汚い仕事やりたくない」というプライドも投げ捨てた。少しでもよく見られ仕事を回してもらえるよう、気に食わない相手でも雇い主に頭を下げた。
終われば金が入る、金があるから今日も明日もそのまた明日も生きられる。これ以上何を望む?
単純な話だ。惨めに死にたくない。少しでも楽に生きたい。そう願っているのは今でも変わらないはずだ。
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スフェーンの仕事は単調だ。内容が変わっても前も見たという感覚は抜けない。報酬が貰えるなら文句は言わない。日付の感覚が薄れるのも些細な問題だし、情勢への興味もほとほと湧かない。
だから砂漠に向かう騎士を見ても「ああ、バルバロイの対処に向かうんだな」――なんてすぐに結び付きもしなかった。
当時、スフェーンがまだ少年と言える年頃であっても王国はバルバロイの対応に悩まされていた。野蛮な欲求にかまけて砂漠から襲撃してくる彼ら、人々の生活を脅かす彼らに対処するため王国は当時の精鋭を派遣。前線基地の建設を命じたのだった。その時スフェーンが見た一団はまさにその精鋭と、危険な任務に就く彼らを見送る一団だった。
スフェーンは手を止めた。バランスを崩しゴミの山が不格好に変形する。しかし彼は気にも留めずその一団を凝視した。この時のスフェーン少年が何を思いそうしたかは思い出せない。ただ彼の無意識を引き付ける何かがあった。それは事実だ。
視界に映った騎士たちは誰もが毅然としていた。顔はよく見えないが纏っている気配が彼らの表情を物語っている。これから死を伴う領域へ踏み込むというのに、彼らは臆病を殺して悠然と、誇り高い有様だ。目を凝らせば身につけた鎧に幾つかの傷も見えるが、それすらも勲章のように眩くさえ見えた。
彼らは誇り高い勇者を送りだそうとする者たち――家族だろうか、同僚だろうか、友人だろうか、それとも場に流されてきただけの通行人だろうか―――に囲まれ、祝福の花を鎧の内側に差す。気にするな、必ず帰ってくる、と笑っているように見えた。
何を思ったのだろうか。
憧れか。尊敬か。羨望か。嫉妬か。僻みか。一周回った無関心か。
ただ彼らには自分にないものがあり、彼らから目を背けられずにいた己がいた。
戦地へ赴く彼らの背中を脳裏に焼き付けた己がいた。
陽の光に焦がされ、焼き付けられ――。
――その時から死なないように生きていただけの彼に小さな変化が訪れた。
彼らのようになりたい。弱くとも、力なくとも、矮小でも、卑怯卑屈でも、能無しでも、媚諂うだけが取り柄でも、それでもそれでもそれでも――。
スフェーンにも自尊心はある。滓のようなものだが、犯罪者に身を落とす事はすまいというちっぽけなものだが――その僅かに火が付いた。彼らの誇りに少しでも近づきたい、と。
それは子供心からくる純粋な憧れか、羨ましくなって猿真似でもしようとする浅知恵か。
そんな事はどうだっていい。エーテルを人並み以上に扱う事ができると分かった彼は、すぐさま鎧を身に纏い冒険者になったのだから。
ハーフリングのウォーリア。冒険者のスフェーン。
小さな心と体に大きな憧れを抱き、身に余る鎧で包み隠した男。それが今の彼の姿だ。
登場キャラクター
スフェーン