黎明の空の彼方には
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2020年11月23日 18時22分34秒
東の空はまだ暗く、陽の白さはうかがえない。
夜空には満天の星が輝き、秋の星座が空を彩っていた。
「風が気持ちいいな」
突堤を打つ穏やかな波音に耳を澄ませ、瞳を閉じる。
頬を潮風が撫でて吹き抜けた。
――この瞼の裏に映るのは、何の景色なんだろうな。
それはいつか見た景色か、過去の記憶か。それともまったく新しい世界なのか。
幼少の時から時折見えるこの景色を、探してみたいと思う。
そう思い記憶に残そうかと思うのだけど、いつも景色はすぐに遠ざかり、暗い闇へと消える。
記憶に残らない程に、ぼやけた景色。実際に見ることができればあるいは――。
「――さて、今日も一日頑張りますか」
幻想の消えた瞳を開けた海神・江流。
まだ暗く全てを吸い込みそうな海を前に、ぐっと伸びをして立ち上がった。
●
工房の朝は早い。
「すまない、親方さん。遅くなったね」
江流が工房へ到着した時には、すでに窯に火が入り男達が汗を流していた。
「おう、来たか。わりぃな昨日帰ってきた所なのによ」
「気にしないで。好きでやってる事だから」
そう言いながら江流は分厚い革エプロンを身に着ける。
ここはリブラネスタの工房街。ドワーフの親方が営む小さな紋具の工房だった。
「今日は何を手伝えばいい?」
「そうだな……そこに延ばした板があるから、それを鍛造して棒状にしてくれるか?」
と、親方は机に置かれた金色の板を指さした。
「棒状? 剣でも作るのかい?」
「いや、トーチだ」
ふいごで炉に空気を送りながら、親方は答える。
「トーチ、か。わかった、作業台を借りるよ」
江流は金属板を手に取り作業台へと向かう。
机に備え付けの道具を手に取り、江流は作業を開始した。
魔法の発達したロスガリア大陸にあって、機械はいわば廃れた技術だった。
魔法や紋具で出来ることを、わざわざ複雑な機構をした機械に頼る必要はない。機械は壊れたり故障したりするのだからなおさらだった。
それでも興味を持つ変わり者は存在する。そして、江流もまたそういう人種の一人だった。
「なぁ、親方さん。このトーチ、何か特別な注文があったりするのかい?」
と、江流は問いかけると、親方は返事代わりに一度首を横に振る。
「なら、少し細工を入れたいんだけどいいかな?」
続く質問に、親方は一度頷くだけで答えた。
――邪魔するなって事かな。
江流は律儀に返事をくれる親方に感謝しつつ、目の前の金属板に向き合った。
さて、どうしてやろうか。まだ設計図も何もない。
ただ頭の中にぼんやりとしたプランがあるだけ。
江流は先の尖ったハンマーを持ち、金属板を叩き始める。
まずは筒状になる様に均等に叩き、板を反らせていく。次に接続面を炎で熱し溶着させる。
金属の筒が完成すると、江流は違うハンマーを取り出し、胴回りを叩いていく――。
しばらくの間、金属を叩くハンマーの音だけが耳朶を打った。
「大体こんなものか」
形成された筒は先端へ行くにつれて広がる円錐形。オーソドックスなトーチの形をしている。
「明かり用の紋具をここにつけて」
江流は選んでおいた明かり用の紋具を先端へとはめた。
「あとは調整用のつまみをっと――」
ここから一工夫。趣味で蓄えた知識をフルに活用して、何の変哲もないトーチに細工を施していく。
「最後にこれをつけてっと」
江流は出来上がったトーチに蓋をするように、あるパーツを取り付けた。
●
「どうかな?」
江流は完成したトーチを親方に見せた。
「ふむ……まぁ、普通だな」
「ああ、普通だ」
いつも何かやらかしてくるのに、今日に限って何の変哲もないモノを持ってきた江流に、親方は首をひねる。
一方の江流は、してやったりとほくそ笑んでいた。
「とりあえず、点灯の確認をしておくぞ」
そんな江流を訝しがりつつも、親方は受け取ったトーチを立ててスイッチを入れるが――。
「……うん? 点かないぞ」
何度スイッチを押し込んでもトーチは点灯しなかった。
「はは、寝かせてみればわかるさ」
徐々に眉間にしわが寄ってくる親方に向け、江流は嬉しそうに種明かし。
「寝かせるだと? トーチをか?」
妙に嬉しそうな江流を更に訝しがりつつも、親方はトーチを横に寝かし、スイッチを入れると――。
――カシャン。
小気味のいい金属音を響かせ先端の機構が変形し、エーテルの灯が入った。
「こりゃ……」
それはまるで東の空から陽が昇る様だった。
ぼんやりと灯ったエーテルの炎は、トーチの先に現れた夜色のドームを徐々に明けに染めていく。
「夜が明ければ、完成だ」
そして、江流の言葉通り、トーチは光量を最大にすると同時にドームを閉じ――完成した。
それは今朝がた見つめた夜空の色。そして、瞼の裏に焼き付いて離れない、不思議な情景。
「気に入ってもらえると嬉しいんだけどね」
気恥ずかしそうに言う江流は、それを『黎明の空』と名付けたのだった――。