羊雲が遊ぶ空の下で――

キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2020年11月19日 18時36分53秒

 秋のお空は夏のお空より、ちょっぴり薄くて。

 真っ白な羊雲がぷかぷかおよいでいるの。

 時にはいわしになって、クジラに食べられたりもするけど。

 今日も元気に青いお空をおよいでいるよ。


 昔読んだ絵本の一節と同じ秋の空の元、アンネエルカは市場を目指す。
 石造りの階段を一段飛ばしで駆け下り、着地と同時に両手を開く。
 街行く人が興味深そうに見てきたけど、そんなの気にしない。

 ――だって、今日はとても気分がいいもの。

 この先に待っている幸運に胸を躍らせながら、目が合う人に笑顔を向ける。幸せのおすそ分け。

「おじ様、今日のおすすめは何かしら?」
 馴染みの青果店のおじ様が青リンゴを一つ寄こしてくれたわ。
 瑞々しくて、とてもおいしそう!
「おば様、この間のケープはまだ残っているかしら?」
 古着屋のおばさまが申し訳なさそうに肩を落としているわ。
 残念、売れてしまったのね……。
「こんにちは、おひとつ貰おうかしら」
 飴売りの少年から、真っ赤な飴を一つ頂いて。
「一鉢くださいな。ええ、そのピンクのね」
 贔屓の花屋から、一鉢受け取って準備は完了!

 市場はどこも輝いていて、人々の笑顔はお日様の様にポカポカ。
 みんなが今日の幸せを胸にいっぱい吸いこんで笑っているの。
 大好きがいっぱい詰まった街、ヴェルクリエ。
 たまに変わった人もいたりするけど、自慢の故郷。
 依頼に出てもここに帰ってくるために頑張れるわ。

 そんなことを考えながら市場を抜けて運河に出る。橋を渡れば目的地はもうすぐ。
 足取り軽く橋を渡ろうとしたら――。

「や、こんにちは、お嬢さん」

 橋の上で突然声をかけられた。
「はい?」
 見れば20歳くらいの男だった。

 ――この人は誰かしら? 依頼でご一緒したことがあった方かしら……?

「久しぶりだね。元気してた?」
「え、ええ、お久しぶりね」

 ――やっぱり、依頼でご一緒した方なのね。でも、どのご依頼だったかしら……バルバロイ討伐のご依頼? それとも、お嬢様とご一緒した時かしら? 線の細い方だし、キャスター? シーフ? どうしよう、思い出せないわ。

「この後、暇かい? 僕達の再会を祝して食事でもどうかな?」

 ――わわわっ! 今、きらーんって光ったわ! きらーんって!! すごいわ、どうやるのかしら。……こうかしら?

 男に習いニコッと歯を見せて、顔を綻ばせるアンネエルカ。
「おぉ! そうか、いいんだね! 実はもうとっておきの店を押さえてあるんだ。さぁ、行こうか」
 それを肯定と受け取ったのか、男はアンネエルカの手を取り引っ張った。
「え? あ、ちょっと待って! 私、今から用があるの」
「ああ、そうなんだね。ごめんごめん、君の素敵な笑顔に気持ちが急いてしまったよ」
 男は再びきらーんしながら手を放し、まるで貴族の様に恭しく頭を下げる。
「用って言うのは時間がかかるのかい?」
「いいえ、品物を受け取りに行くだけよ」
「おぉ、それならすぐに済みそうだね。僕も同行していいかな?」
「ええ、構わないわ。すぐそこだから」

 ――どうしましょう。やっぱり思い出せないわ。せめてお名前くらい思い出さないと失礼だし……。あっ! そうだわ、お話の中でそれとなーく聞き出せばいいんだわっ!

「うん? ガッツポーズなんかして、どうかしたかい……?」
「い、いえ、何でもないの、気にしないで」
 あははと乾いた笑みを浮かべ両手を背中に隠したアンネエルカ。
「こっちよ、ついてきて」
 そう言うと、男を連れ橋の先にある区画へと入って行った。

●
「――へぇ、この街にそんなところがね。大変だったんじゃないかい?」
「そんなことなかったわ。(お化け屋敷を)いっぱい楽しめたんだからっ」
「――ほぉ、そんな遠くまで旅を? 苦労したんだね」
「いえ、全然へっちゃらだったわ。(脱出した時は)潮風がとても心地よかったもの」

 ――あれ、おかしいわ。私の話ばかりでこの方のお話をちっとも聞けてない。これじゃ、こっそりお名前聞いちゃう作戦が水の泡になってしまうわっ!

「ねぇ、私のお話よりあなたのお話を――」
 と、アンネエルカが言ったところで男が足を止めた。
「えっと、武器屋……?」
「えっ! あれ、ついてしまったわ」

 ――もう何年も通った場所だったから、足が勝手に向いてしまったのね。お話に夢中で到着したことに気付かなかったわ……。

「そうなの、ここに用があるのよ。一緒に入る?」
「い、いや、外で待ってるよ」
「そう? それじゃすぐに済ませるわね(お名前まだ聞いてないし!)」
 そう言ってアンネエルカは、一人店内へと入って行った。

●
 店の中は少しひんやりとしていた。

 ――所狭しと武器を掲げる店も多いけど、ここは少し違っているの。

 近所から武器屋らしくないと言われるのは、陳列している武器の数の少なさから。
 でも、それは店主のこだわりで、一本一本丹念に造るから在庫を置かないのだ。
 そんな事を思いながら、アンネエルカは勝手知ったる店内をゆっくりと奥へ進む。
 鼻をくすぐる鋼の匂いは懐かしい馴染みの匂い。奥からは鉄を打つ音が規則正しく聞こえ、店内には客の声――どころか店番すらいない。

 ――看板娘が抜けてしまったのだから仕方ないわね。

 くすりと笑みがこぼれてしまう。
「パパは工房かしら? 勝手に持って行ってしまうわよー」
 大きくもない声で店の奥に呼びかけるが返事はない。代わりに鉄を打つ音が返ってきた。
「もぉ、相変わらず不用心なんだから」
 そう言いつつアンネエルカは奥へと進み、隅に立て掛けられていた一本の槍の前で足を止めた。

 窓から差す陽の光を受け、白銀に輝く一本の槍。
 槍先には星の意匠が刻まれ、持ち手にアンネエルカの角と同じ夜空色の革が巻かれている。そして、石突は――。

「お月様ね!」

 どこを見ても職人のこだわりと使う者への愛を感じさせるとびきりの名槍を、アンネエルカは目を輝かせながら手に取った。
「パパ、ありがとう。大切に使うわ。――代わりといったらなんだけど、看板娘を置いていくわね」
 聞こえないのはわかっていても、声をかけるのは礼儀の一つ。
 アンネエルカは街で買っておいたアンスリウムの鉢植えをカウンターにトンと置いた。

●
 店から出てきたアンネエルカを見た男は、とても驚いていた。
「や、槍!? き、君、冒険者なのか……?」
「ええ、そうよ?」

 ――あれ、依頼でご一緒した方ではなかったのかしら……? なぜだか頬をヒクヒク引きつらせているわ。

「今、帝国にあるヴィンセントラフ砦がピンチなの。私も仲間達と駆け付ける予定なのよ」
 と、アンネエルカは先ほど手に入れたばかりの真新しい槍をヒュンと軽く振って見せる。
「だから、この槍を取りに来たの。なかなか素敵な槍でしょ」
 アンネエルカは槍を両手で構えると、男に向けにこりと微笑んだ。
「ししし――」
「ししし?」
「失礼しましたーー!!」
「ええっ!?」
 瞬く間に小さくなった男を、槍を構えたまま呆然と見送ったアンネエルカ。
「……一体、どうしたのかしら。結局お名前を聞きそびれてしまったわ」
 作戦失敗に肩を落とし、
「おすすめのお店、楽しみだったのに」
 きゅるりと小さく鳴いたお腹を押さえた。

 秋の空は変わらず高く、あの絵本の挿絵の様に羊雲達が楽しそうに遊んでいる。
 この平和なヴェルクリエ。そしてきっと、激動のヴィンセントラフ砦の上にも同じように――。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0