恋じゃない話

キャラクターノベル制作 蔭沢 菫納品 2023年03月24日 15時55分09秒

 長く波打つ金髪を結いなおし、メイアは執務室で大きく伸びをした。十時のまぶしい日差しが執務室に差し込み、いれたての百合茶はあたたかな香りと湯気をふんわり浮かべている。書類仕事ということで、腰にひと振りの細剣を佩いている以外は百合の家紋が入った胸鎧を身に着けているのみだ。
 羽ペンにインクを付け、さらさらと溜まった書類に目を通し、必要なものにはサインを記していく。窓から外をちらりと見れば、外では騎士団員がそれぞれ小集団になり、思い思いに各々の得物を打ち合わせていた。
(今日も平和な一日ですね、よきことです)
 ミルドレッド家私兵騎士団『雪百合騎士団』の団長という大任を預かるメイアは、エルフということでやや年は重ねていたが、四十四歳という若さ。若い女性二十五人を始めとした百名ほどの隊員は、一人でたやすくまとめきれるものではない。とはいえ『雪百合騎士団』の士気が高く、悪評も特にないのは団長であるメイアが日々頑張っている一番の証拠であろう。

 その日も平凡に何事もなく一日が過ぎた。夕餉の後のゆったりとした自分だけの時間を、メイアはあたたかな茶と菓子屋の女将さんから差し入れされたキャラメルを友としながら過ごす。ベストセラーとなったリーンエス王国の恋愛小説を読みながら。書かれている内容と縁がないのはすこし微妙な気分になったが、自分は剣を持たぬ令嬢ではないのだし、しょうがないことだろうと思う。自分との状況の差異はさておいて、身分違いの恋であったり、宮廷の複雑な陰謀であったり、ところどころに挟まる剣戟シーンなどはなかなか興味深いものであった。
 そんなメイアを現実に戻すかのように、部屋に控え目なノックの音が鳴った。
「すみません、団長、すこし相談したいことがありまして」
 本をテーブルに置いたメイアは、普段よりも下げた位置にあるポニーテールを手で直し、すこし外していたシャツのボタンをきっちりと占めた。
「ルシアンス、どうしたの……」
 目の前にいたのは褐色の髪と瞳をした若い平凡な男であった。焦燥と恥ずかしさが混じったような表情で伏し目がちにメイアを見ていたが、上官に対してそれは失礼だだということに気付き、すぐに正式な礼を取る。
(ルシアンス・シャレー……入団したばかりの子ですね。実家は山羊飼い、得意な武器は……)
 頭の中の騎士団員リストの中から該当者を見つけ出し、思い出すメイア。対するルシアンスは、
「団長に覚えて頂けていて光栄です。……まあ、男の数が少ないからかもしれないですけれど」
 実際『雪百合騎士団』は何故か男の団員が少ない。豊満な肉体を持つ女が勇猛果敢に武器を振るうが故に紳士諸君が恐れをなしているのか、何となく女の園に踏み入る面倒くささがあるのか、定かではないが。
「貴方が女でも覚えていたわ。安心して……で、相談ごとね。部屋に入って。今お茶をいれるから」
 すみません、と首を引っ込めてから一礼するルシアンス。団員の心配を聞くのも役目の内、とメイアは思う。下手にため込んで大変なことになっては、大ごとであった故に。故にはきはきとした仕事中の言動に切り替えた。

 あたたかな百合茶が入ったカップが二つ、そしてそれを挟んで男と女。豊穣の乙女めいた美貌のメイアの前では、ルシアンスは地味この上なかった。いわゆる男性的な筋肉がついているわけでもなし、声が低いわけでもない。かといって中性的な美貌があるわけでもない。ある意味では美女揃いの騎士団の中で、ルシアンスは浮いていた。
「多分とてもくだらないことなんですよ」
 ルシアンスは礼儀正しく茶に口をつけず、ぽつぽつと話し始めた。
「騎士団の任務とも関係ないですし……団長は、愛についてどう思いますか?」
「愛」
 いきなりの切り出しに、メイアは思わず繰り返した。
「素晴らしいものだし、世界を良い方にうごかす力だわ。それがどうかしたの」
 もしやこの男、いきなり自分に恋心を告白しようとしているのか、といぶかしみながら。
「いえ、……『雪百合騎士団』の女性は団長を始めとして皆素敵で」
「ええ、そうね」
「それをこの間会った兄にいったら、「なら思い人はできたのか」と」
「いいかしら、ルシアンス。騎士団は出会いの場じゃないわよ……」
 叱ろうとするメイアの前で、すまなそうにルシアンスは首を引っ込める。
「ええ、分かってます。僕の問題は逆なんです。女性を見ても、男性を見ても心がうごかない。友情や家族のような感情は抱きますが、それ以外はないんです。そもそも恋人も欲しくない。恋というものもは分からない。そりゃあ、任務を行う上ではいいことだと思いますが」
 メイアは考え込む。
「任務が恋人、という人は多いけどね」
「任務は……なすべきことです。擬人化はできません」
 生真面目に返すルシアンス。
「それで、貴方はどうしたいの」
「僕はこのままでいいのか、と……恋ができないということは、愛もないということじゃないですか。そんな奴がベールコートのために、人のために生きられると思いますか」
 無理してでも、恋をするべきなのでしょうか。そういうルシアンスの様子はあまりにも切実で、口から出た声は悲鳴のようであった。
「ルシアンス……」
「はい」
 メイアは弟がいたらこうするだろう、という風にルシアンスを撫でた。あまりにも生真面目で、純朴な若者を。
「貴方はこの土地に住む人や、土地の景色は好きかしら」
「勿論です。でもそれは恋じゃない」
「ええ、でも、大事に思うでしょう」
「そりゃあ、僕のルーツですから」
「それも十分、愛の形だと思うわ……恋愛しないからといって、冷血なわけでなし」
「でも変じゃないですか」
「なんで」
「……普通の人ができることが、できないからです」
「それでもいいと思うわよ。皆普通に同じようにできるなら、神さまの出番もなくなるだろうから。それに……ルシアンス?」
 名を呼ばれた若者ははい、と裏返った声で繰り返す。
「十年前も貴方のような団員がいたわね。案外ない話じゃあ、ないのよ」
「その人はどうしました」
「今は隊をやめて、酒場を開いていたはずね……今度、話を聞いてきたらどうかしら」
 感謝を込めて頭を下げるルシアンス。
「ありがとうございます、あの……僕の話を馬鹿にしないでくれて……いえ、団長だから当たり前なのかもしれませんが」
 困ったようにメイアは笑む。
「そうね、任務の内だし……ただ、次は」
 次は、と問うルシアンスに、出来るだけ威厳のある顔を作ってメイアはいう。
「来る前に約束なり……ちゃんとね。一応ここは私室でもあるのだから」

 堅苦しく一礼して去っていったルシアンスを見ながら、メイアは読み止しの小説を読みなおす。百合茶はもう冷えていたが、優しく甘い香りはまだ部屋に残っていた。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0