奇縁と分かち合う「時間」

キャラクターノベル(グループ)制作 樫木間黒納品 2023年03月23日 19時33分59秒

「む……」
「む、むむん、むうう~~~!!?」

 とある店先にて。
 看板に書かれたメニューを見ながら仲良く唸っているように見えるこの二人……実は一切の面識がない、初対面である。
 Svart・Nattとフリューリングスルフト=ティエラは示し合わせた訳でもなく、偶然同じ店を選び、たまたま何を食べるかで悩んでしまっただけなのだ。

(む、むむむ~どれも美味しそうに見えるさぁ!
 でも、このままじゃあお腹ペコペコで倒れてしまうさぁ……)
 いい加減昼食を決めないと、と頭の中では理解してもフリューは中々動けない。
 ここでふと、隣で難しそうな顔をしている青年がいる事に気づいた。
 もしかしたら、フリューと同じようにどれも美味しそうに見えて決められなくて悩んでいるのかもしれない。思い切って、フリューは声を掛けた。ここで遠慮なく突っ込んで行けたのは、フリューの人懐っこさがなせる業だろう。
「そこの人、もしかしてお昼が決められなくて困ってるん?」
「あ、ああ。そうだが」
「良かったら気になるの頼んでシェアしないさぁ?」
「シェア……その発想はなかった。構わないよ」
 スヴァットの方は知らない娘に話しかけられて面食らったようだが、申し出自体は僥倖だった。
 「OK(いいよ)」の返事をもらえたフリューは嬉し気に、丸い耳をぴょこんと立てる。これでフリューは一度に二つの料理を味わえるし、お互い食事に悩んで倒れなくて済む。一挙何得だ。

「そうと決まれば早速お店に入るさぁ♪
 うち、フリュー。これも何かの縁、よろしくさぁ♪」
「わたしはスヴァット・ナット。よろしく、フリュー」

 腕を引いて来るフリューに「元気だなぁ」と何処か一歩引いた感想を覚えながら、スヴァットも名乗りを済ませる。
 そうして初対面(はじめまして)から顔見知りにランクアップした二人の冒険者の、突発的な食事会が始まった。

●
 テーブルを挟み、向かい合ってスヴァットとフリューは座る。
「オムバーグください!」
「この、海老(シュリンプ)のフライという物を」
 店員にそれぞれ欲しい物を注文した後、料理が出来上がるまでの待ち時間こそお話する時間。話したいフリューが開いた口は塞がらない。
「食べるの好きやから助かったさぁ♪
 スヴァットさんも食べるの好きなん?」
「いや……普段は食にあまり頓着しなくてね。
 ただ、恩師が昔食べてみたいと言っていた物だったから」
「それが海老フライなん?」
 スヴァットは頷いて肯定の意味を示す。
 同じように選択肢が多すぎて悩んでいたものと思ってたから、フリューは自分が少し早とちりしていたのだと気づいた。でもスヴァットは助かったようだし結果的には問題ない……と思ったが、考えてみると気になる料理があったのに何故すぐ決められなかったのか。フリューなら即決確定なのに。
 だから気になって聞いてみるのも自然な話だった。
「なら、どうして悩んでたん?」
「それは、少し苦手なんだ。恩師が、ね」
 歯切れの悪い言い方。つまり、苦手な人物が食べたかった物だから素直に決められなかったという事なのだろう。しかし「恩師」と呼ぶ人物を「苦手」と言い切ってしまうのには複雑な事情がありそうに思えた。
 フリューは物怖じしない性質だが、それは決して無神経だとか不躾という事ではなく。
「苦手なん? ほへぇ~」
 相手の触れられたくない所には触れない。何事もなかったかのように流す気遣いはある。

(やけど、「苦手」や言うてる人の食べたい物欲しがるんて……)

 つい口に出しそうになって、鼻の辺りがムズムズする。
 今度はフリューが尋ねられて誤魔化す番だった。

●
 フリューの思っていた通り、スヴァットが決められなかった理由は恩師への反発だった。
 恩師は悪人ではない。寧ろ善良で、それが眩しすぎた。だからこそ今でも敬遠している。
 とはいえこんな時にでも恩師の言っていた事を反芻している時点で、恩師との記憶(おもいで)が深く刻み込まれているのは間違いない訳で。

 ふわふわの黄色い卵の包みと、隣で十分大きなそれに負けないくらいに主張しているこれまた美味しそうな焼き色のハンバーグ。
 サクサクした衣が塗してある、かなり大きくて長い揚げ物。

 二つの料理を前にして、スヴァットは驚く事ばかりだ。
「オムライスとハンバーグ……異なる料理を組み合わせた名前だったのか」
「へへ、ついひとつでいっぱい食べられるようにしちゃったさぁ♪」
 ぺろっと舌を出して、シェアをするからと呟きながらフリューは先にスヴァットの分を取り分ける。
 因みに、取り分けようの皿も店員に頼んで用意してもらっている。準備は万端だ。
 スヴァットはフリューにあげる分を取るよりも、初めて見る料理から流れて来た情報を受け止めるのに精一杯のようだったが。

(驚いたな。こんなにもでかい物だったとは……)

 恩師の言ってた事を思い出す。
 たまには海産物を使った料理を食べたくなる。ここみたいな内地では中々ありつけないからと。
 特に以前寄った店で食べた海老の揚げ物(フライ)は絶品だった。サクッとした食感から溢れ出る旨味が良い。君も店で見かけたら一度は……そう語っていた。
 当時のスヴァットは海老を見た事がなく、後々現物を見て「こんな物か」と想像を膨らませていた。けれど今目の前に鎮座する海老はその時見た物より遥かに大きい。
(実際に見ないとわからない物だな)
 感嘆の息を吐いて、フリューに食べてもらう分を切り分けようとする。
「む、思いの外……切りづらいな?」
「フォークで抑えて、ぎこぎこするさぁ」
 アドバイスを貰いながらやっと切り分け、それから自分の分を一口。
 サクッとしてジュワッと……なるほど、これが恩師の言っていた海老フライの味か。大振りな分、身が良く引き締まっていて食感もいい。
 深く噛み締めふと顔を上げると、どんな反応をするのか気になっていたフリューがじーっと見つめていた。

●

「……ところで食べるのが好きなようだけど、どんな物が好きなんだ?」
 食事の途中、スヴァットが尋ねる。
「おいしいものが好き!」
 迷わずそう答えてから、今まで食べて来た店と一押しの料理を次々声に出す。
 やれ、港町では獲れたての新鮮な魚を使った活け造りが食べられるとか。
 別の町ではパスタがとても美味しい店があって、付け合わせのサラダもお気に入りだとか。
 また別の町では香辛料(スパイス)のたっぷり効いた鍋物がとっても辛いけどその分美味しいとか。
 またまた別の町ではスイーツ専門の、様々な種類がたくさん食べられる店があって――ここで僅かにスヴァットの眼光が変わったのをフリューは見逃さなかった。
「スヴァットさん、甘いものが好きなん?」
「……まぁ、“比較的”ね」
 食に関心がないとは言ったが、味覚的な好みがない訳ではないようだ。
 何気ない会話からその事に気づけて、フリューは嬉しくなった。
「行く機会あったら食べてみてさぁ♪」
「ああ。そうさせてもらうよ」
 無邪気で明るいフリューは少し眩しいが、「好き」を語る姿は悪い物ではない。自分には難しいから、余計に。
 しっかりフリューの語る町や店の名前を覚えて今後の参考にさせてもらう。幸い余程の物(毒とか)でない限り食わず嫌いをしない主義だ。その気になれば全部食べる事もできそうだ。

 それは漸く恩師の言葉を理解し始めた若者に湧いた、ささやかな欲望だった。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0