甘菫の咲く頃に

キャラクターノベル制作 炙りとろ左門納品 2023年01月29日 08時05分56秒

 冬の日、ハーヴェンの湖畔を渡る風は少し冷たい。それに乗り、フリューリングスルフト=ティエラは一人の少女を抱えて湖の上を駆けていた。
「わあっ、わー!」
 フリューの首に腕を回して頬を上気させる少女の名は、リリー=シュヴァーベン。ハーヴェンの鐘撞き番だ。フリューは彼女をしっかりと抱え、エーテルを推進力として用い、水面ギリギリを滑るようにして走る。
「すごい、楽しいです!」
「よかったさぁ♪ じゃあ、口閉じててね――それっ!」
 フリューはその場でぐるりと前方回転してみせた。リリーの長い白金の髪がばさりと広がり、フリューはそのまま湖島に着地する。
「っふわぁ……! ぐるってしました!」
 リリーは思わず止めていた息を解放し、目を輝かせる。そして水飛沫で濡れて額に張り付いたフリューの前髪を、そっと細い指先で除けた。
「とっても楽しかったです! ただ、お弁当は大丈夫ですか……?」
「あっ」
 フリューは腰に括り付けた鞄の中身を思った。……今日、湖島で食べようと持ってきた弁当の中身は……サンドイッチ。個別に包んでおいたので被害はないはずだ。フリューはほっと胸を撫で下ろす。
「大丈夫さぁ! ちゃんと包んでおいたから」
 フリューはリリーを降ろすと、別の鞄の中からタオルを取り出した。お互いそれで濡れた箇所の水気を拭き取る。王国の気候は比較的温暖だが、濡れたまま風にあたれば風邪を引いてしまう。
「素敵なエスコート、ありがとうございました。ここには一度、御領主様に連れて来ていただいたことがありますが……」
 リリーはそう言いながら湖島を見渡す。そして白い花が群生している場所を見つけると、そこを指差した。
「あそこです! 冬に咲くすみれだと教えてもらったんです」
 すみれは春の花だ。冬に咲く花は「甘菫(スイートバイオレット)」と呼ばれている。近づくとふわりと心地よい香りが鼻腔をくすぐる。
「いい香りやね」
「はい! ご紹介できてよかったです。せっかくですから、ここでいただきましょう」
 ふたりはピクニックラグの両端を持ち、花々を下敷きにしないように花畑の傍に広げた。フリューが弁当を鞄から取り出している間、リリーは【生活魔法】で湯を用意し、保存用の鶏肉と乾燥させた玉ねぎを湯で戻して即席のスープを作る。
「今日はお誘いいただき、ありがとうございます」
「こっちこそ、突然来たから……」
 リリーは鐘撞き番の仕事がある。領主が不在となってからは、余計に鐘撞き堂から離れられなくなっていた。ハーヴェンの民にとって、鐘の音は非常に大切なものだから――ほんのわずかな猶予を縫って、ふたりは言葉を交わす。
「そういえばフリューさん、なんだかちょっと雰囲気が変わりました?」
「んん?」
 サンドイッチを口に運んだところ、リリーからそのように問いを投げかけられ、フリューは小首を傾げた。
「んー……?」
 もぐもぐと柔らかいパンを咀嚼しつつ思案する。これといった大きな変化は自覚がないが。
「その、先ほどくっついた時に、香り? かな? なんだか柔らかい、いい匂いがしました!」
 なるほど。フリューは咀嚼したパンを飲み込むと、鞄の中にしまっていた香水や石鹸を見せた。
「多分、これかな?」
「おお……! おしゃれってやつですね! ……ん?」
 と、リリーは鞄の中の包みを見咎めた。丁寧にリボンをかけてラッピングされたそれは、どう見ても贈り物(プレゼント)だ。
「そういえば、そろそろ甘輝祭――」
 リリーはハッと表情を変える。そして、うんうんと得心したように頷いた。
「好きな人にあげるんですね! リリー、応援してます!」
「えっ!? あ、これは違うんさ、リリーさん宛ての!」
「リリーにですか?」
 自分を指差すリリーに、フリューは頷いてみせる。そして包みを取り出すと、リリーに差し出した。
「由来は分からんのやけど、アドベントカレンダーっていって、記念日まで毎日ひとつずつ開けていくらしいんさぁ」
 小箱の中にはそれぞれ、これまでフリューが訪れた街の名を書いたメモと、そこで購入した土産物や菓子、花の種などが入っている。
「最後のひとつを開けた日に、リリーさんの行きたいところへ遊びに行こうさぁ! どこでも、美味しいごはんの店にご案内さぁ」
 リリーが祝いたいと思った日に、このハーヴェンの外へ。それを思い、リリーは表情を綻ばせた。
「ありがとうございます! とても……嬉しいです! そしたら……そしたらですね! ごはんのおいしいお店も素敵ですが……」
 リリーはそっとフリューに耳打ちする。おしゃれができるお店を教えて欲しい、と。
「リリーも、いい香りのする素敵なお姉さんになりたいです」
 少女ふたりは小さく笑い合う。花の綻ぶ春は近い。それを心待ちにしながら――。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0