無縁者の墓
キャラクターノベル制作 影絵 企鵝納品 2023年01月22日 12時39分01秒
依頼が簡単だと、その帰りがいつも手持無沙汰になる。暇を持て余したレピド・クロサイトは、ふらふらと街中をうろついていた。その足は知らないところ知らないところへと進んでいき、いつの間にやら粗末な墓石が無造作に並ぶ集団墓地へと差し掛かっていた。
(……これが無縁者の墓か)
寄る辺の無い者の亡骸が見つかると、ごく簡単な祈りと共に葬られる寂しい墓がある。彼は最近教えてもらったばかりだった。彼が立ち止まってその寂しい景色を見つめていると、ふらりと人影が一つ差し込む。
「墓参りかな」
その声に、レピドは咄嗟に振り返る。白髪金眼、狼のハーフビースト。彼は蛇の意匠が施された杖に寄りかかり、レピドをじっと見つめていた。
「もしかして、ここに誰が埋まっているのか、君は知らないのかな」
昔あるところに、シン・ナバーという名の少年がいた。その母は病に倒れていた。その病はまるで呪いのようで、薬草を煎じて飲ませたくらいでは一向に治らない。そこで少年とその父は、どんな病もたちどころに治してしまうという噂の癒し手を探して旅に出る事にした。
だがそれも長くは続かない。ある日父は大きな黒い丸が一つ描かれただけの手紙を見て狂乱し、そのまま逐電してしまった。
かくてたった一人となった少年だったが、彼には彼を支える一つの教えがあった。生きる為には働かねばならない。その教えを胸に、彼は一人で生きようとしたのである。
少年は籠一杯の芋と共に、旅籠裏の井戸辺に放り出される。旅籠の店主は勝手口から顔だけ出して、少年を見下ろす。
「陽が天辺に来るまでにやっておけよ」
「はい」
少年は井戸から水を汲み出すと、芋を軽く擦って洗い、そのままナイフで皮を剥いていく。旅暮らしで鍛えられた手先の器用さは上等なものだ。籠の芋は数え切れないほどだが、少年はてきぱきと仕事を進めていた。
しかし、運命の悪戯は簡単に少年を弄ぶ。路地裏をふらふらと歩く一人の酔客が、少年のいる井戸へとやってきたのである。
「おい、じゃまだ、のけ」
酔っ払いはふらふらと覚束ない足取りで井戸へと近づいてくる。少年は呆れた顔で男に道を譲ろうとしたが、男は地面に転がる芋に躓き、いきなり少年へと倒れ込んできた。
「うわっ」
咄嗟に手を突き出して男を受け止めようとする少年。その手に伝わる、肉を切る時のナイフの感覚。少年ははっとして男を突き飛ばした。
噴き出す血飛沫。一気に血を失った酔っぱらいは、断末魔の言葉さえも無くその場に倒れ込んだ。少年は今目の前で起きた事を呑み込めず、血を浴びたままその場に立ち尽くした。
やがて耳に飛び込む怒号。人殺し。そんな言葉が耳の端に聞こえた。
そこからどう逃げ出したのか、少年はもう憶えていない。彼が今理解しているのは、このまま襤褸切れに包まっていては飢えて死ぬということだけだった。
「かわいそうに。君はもう日向で生きていくことは出来ないんだね」
そんな少年に近寄る者が一人。黒い外套に身を包み、目元を仮面で覆い隠した男は、少年へとパンを差し伸べる。
「そんなお前にもまだ居場所があるよ」
少年は霞む視界の中でパンに手を伸ばそうとする。しかし男はそれを簡単に引っ込めた。
「もちろん、それに見合った仕事はしてもらうよ」
連れられるがまま、少年がやってきたのは狭い地下室。椅子に縛り付けられた男が、血みどろですすり泣いていた。少年には、男が惨たらしい事をされていた事しかわからない。
「まずはこの部屋の掃除だ。あれを片付けてくれ」
「え……」
少年は手に渡されたナイフを見て呆然とする。逡巡しているうちに、黒ずくめの男は少年に向かって小首を傾げた。
「お前も同じになりたい?」
「……!」
少年は息を呑む。やらなければ自分が死ぬ。道は最早一つしかない。少年はかすれ声で叫び、ナイフを男に突き立てた。
少年は肩で息をしながら、その場にぺたりとへたり込む。目の前には、めった刺しにされた肉の塊があるだけだ。
「そうそう。生きる為には働かねばならないんだ」
男は口端に笑みを浮かべると、少年の手に一つのパンを握らせる。
「生きる為に働いたのだから、お前は悪くないよ。“ブラッド”」
ブラッドと呼ばれた少年は、虚ろな目で渡されたパンを見つめる。生きる為には。少年は血みどろのパンを握りしめると、そのまま貪り喰らった。
杖に寄りかかる狼との対峙は続いていた。狼のペースには呑まれまいと、レピドは懐の奥で短剣を握ったまま無言を貫く。狼はそんな彼にもう一度尋ねた。
「……本当に知らないんだね。ここに誰が埋まっているのか」
レピドは応えない。狼は微笑んだまま、杖を下ろして歩き出す。擦れ違いざま、彼はレピドにも聞こえるようにぽつりと呟く。
「度し難いな、ホムンクルスは」
「何を……」
昏い声色に引きずられ、咄嗟に振り返るレピド。しかし、狼はもう雑踏の影に紛れていた。
おわり
(……これが無縁者の墓か)
寄る辺の無い者の亡骸が見つかると、ごく簡単な祈りと共に葬られる寂しい墓がある。彼は最近教えてもらったばかりだった。彼が立ち止まってその寂しい景色を見つめていると、ふらりと人影が一つ差し込む。
「墓参りかな」
その声に、レピドは咄嗟に振り返る。白髪金眼、狼のハーフビースト。彼は蛇の意匠が施された杖に寄りかかり、レピドをじっと見つめていた。
「もしかして、ここに誰が埋まっているのか、君は知らないのかな」
昔あるところに、シン・ナバーという名の少年がいた。その母は病に倒れていた。その病はまるで呪いのようで、薬草を煎じて飲ませたくらいでは一向に治らない。そこで少年とその父は、どんな病もたちどころに治してしまうという噂の癒し手を探して旅に出る事にした。
だがそれも長くは続かない。ある日父は大きな黒い丸が一つ描かれただけの手紙を見て狂乱し、そのまま逐電してしまった。
かくてたった一人となった少年だったが、彼には彼を支える一つの教えがあった。生きる為には働かねばならない。その教えを胸に、彼は一人で生きようとしたのである。
少年は籠一杯の芋と共に、旅籠裏の井戸辺に放り出される。旅籠の店主は勝手口から顔だけ出して、少年を見下ろす。
「陽が天辺に来るまでにやっておけよ」
「はい」
少年は井戸から水を汲み出すと、芋を軽く擦って洗い、そのままナイフで皮を剥いていく。旅暮らしで鍛えられた手先の器用さは上等なものだ。籠の芋は数え切れないほどだが、少年はてきぱきと仕事を進めていた。
しかし、運命の悪戯は簡単に少年を弄ぶ。路地裏をふらふらと歩く一人の酔客が、少年のいる井戸へとやってきたのである。
「おい、じゃまだ、のけ」
酔っ払いはふらふらと覚束ない足取りで井戸へと近づいてくる。少年は呆れた顔で男に道を譲ろうとしたが、男は地面に転がる芋に躓き、いきなり少年へと倒れ込んできた。
「うわっ」
咄嗟に手を突き出して男を受け止めようとする少年。その手に伝わる、肉を切る時のナイフの感覚。少年ははっとして男を突き飛ばした。
噴き出す血飛沫。一気に血を失った酔っぱらいは、断末魔の言葉さえも無くその場に倒れ込んだ。少年は今目の前で起きた事を呑み込めず、血を浴びたままその場に立ち尽くした。
やがて耳に飛び込む怒号。人殺し。そんな言葉が耳の端に聞こえた。
そこからどう逃げ出したのか、少年はもう憶えていない。彼が今理解しているのは、このまま襤褸切れに包まっていては飢えて死ぬということだけだった。
「かわいそうに。君はもう日向で生きていくことは出来ないんだね」
そんな少年に近寄る者が一人。黒い外套に身を包み、目元を仮面で覆い隠した男は、少年へとパンを差し伸べる。
「そんなお前にもまだ居場所があるよ」
少年は霞む視界の中でパンに手を伸ばそうとする。しかし男はそれを簡単に引っ込めた。
「もちろん、それに見合った仕事はしてもらうよ」
連れられるがまま、少年がやってきたのは狭い地下室。椅子に縛り付けられた男が、血みどろですすり泣いていた。少年には、男が惨たらしい事をされていた事しかわからない。
「まずはこの部屋の掃除だ。あれを片付けてくれ」
「え……」
少年は手に渡されたナイフを見て呆然とする。逡巡しているうちに、黒ずくめの男は少年に向かって小首を傾げた。
「お前も同じになりたい?」
「……!」
少年は息を呑む。やらなければ自分が死ぬ。道は最早一つしかない。少年はかすれ声で叫び、ナイフを男に突き立てた。
少年は肩で息をしながら、その場にぺたりとへたり込む。目の前には、めった刺しにされた肉の塊があるだけだ。
「そうそう。生きる為には働かねばならないんだ」
男は口端に笑みを浮かべると、少年の手に一つのパンを握らせる。
「生きる為に働いたのだから、お前は悪くないよ。“ブラッド”」
ブラッドと呼ばれた少年は、虚ろな目で渡されたパンを見つめる。生きる為には。少年は血みどろのパンを握りしめると、そのまま貪り喰らった。
杖に寄りかかる狼との対峙は続いていた。狼のペースには呑まれまいと、レピドは懐の奥で短剣を握ったまま無言を貫く。狼はそんな彼にもう一度尋ねた。
「……本当に知らないんだね。ここに誰が埋まっているのか」
レピドは応えない。狼は微笑んだまま、杖を下ろして歩き出す。擦れ違いざま、彼はレピドにも聞こえるようにぽつりと呟く。
「度し難いな、ホムンクルスは」
「何を……」
昏い声色に引きずられ、咄嗟に振り返るレピド。しかし、狼はもう雑踏の影に紛れていた。
おわり