紅色の嵐
キャラクターノベル制作 影絵 企鵝納品 2023年01月10日 09時30分41秒
血の臭いが秋の風に乗って漂う。エラトゥーン都市同盟の片隅にある小さな村は、今や生ける屍の巣窟と化していた。所々欠損した血まみれの身体を引きずりながら、屍の群れは餌を求めて蠢く。その姿を眺め見渡し、黒ずくめの外套を纏う吸血鬼はにやりと醜い笑みを浮かべる。
「さてさて、お次はどこの村を贄としようかねえ……」
木の杯に生娘の首から流れる生き血を注ぎ、まるでワインのように飲み干す。ルアンナ・ミュラーはそんな吸血鬼の姿を遠目に窺っていた。
「吸血鬼ってのはどいつもこいつも趣味が悪い」
ルアンナは人を面白半分に弄ぶ存在が許せない。吸血鬼ときたら、大抵はただ人間の生き血を吸うだけでは飽き足らず、アンデッドに造り変えたり己の力を誇示するように惨たらしく殺す者ばかりだ。
すなわち、吸血鬼は彼女にとって不倶戴天の仇敵なのである。
――お願いします、冒険者さん。村の皆の仇を取ってください――
眼を閉じれば、この仕事を依頼してきた年端もいかぬ少年の泣き顔が思い浮かぶ。一人馬に乗せられ、命からがらリブラネスタまで逃げてきたのである。ルアンナは竜の血のように紅い宝石が埋め込まれた杖を握りしめると、ふらふらと近寄ってきた屍へと狙いを定めた。
(今、楽にしてあげますから)
彼らも元を辿れば、少年の家族、親戚、友人。しかし、躊躇っていては大義を果たすことは出来ない。ルアンナは村の畦道に躍り出ると、素早く杖を振り抜いた。光の弾が鳳仙花のように弾けて、目の前に立つ屍の群れを纏めて撃ち抜いた。響いた炸裂音に、吸血鬼はぎょっとして振り返る。
「何だ! 何者だ!」
「ルアンナ・ミュラー! 今から貴方の首を狩る者よ!」
彼女は杖を突き出し、鋸刃の鉈を担いで叫ぶ。
「覚悟しなさい。貴方の奪ったものの重み、今から思い知らせてあげる!」
「たった一人で、生意気な……お前は惨たらしく殺す! 出来るだけ!」
吸血鬼の叫びに合わせ、屍の群れが動き出す。血に汚れた民家や畑の影から這い出して、ルアンナを取り囲むように押し寄せる。ルアンナは杖を振ると、目の前に向かって白い魔法の霞を放った。アンデッドは彼女を見失い、当てもなくその爪を振るう。その隙にルアンナは杖を振り抜き、アンデッドの群れを稲妻の囲いに絡め取ってしまう。
「何体差し向けたって、同じことよ!」
ルアンナは叫ぶと、稲妻に絡め取られた群れにめがけてもう一度光の弾群を擲つ。身を守る事もままならないまま、アンデッドは次々吹き飛び倒れていく。その姿を見届けた彼女は、決然とした顔で吸血鬼へと向き直った。
「さあ、最後は貴方の番!」
「黙れ! お前は所詮人間! そして私は人間を越えている! その意味を思い知らせてやるわ!」
吸血鬼は両の爪を鋭く伸ばすと、眼にも止まらぬ速さでルアンナの懐へ飛び込み、その爪を彼女の胸元へ突き出した。
重い感触。しかし、その爪がルアンナの首を貫く事は無かった。輝く光の膜が、吸血鬼の一撃を食い止めていたからである。爪の先が僅かに首の薄皮を裂き、血を滲ませただけだった。
「馬鹿な」
「貴方は大きな勘違いをしているわ」
ルアンナは杖を吸血鬼の腹に突きつけると、爆音と閃光を炸裂させた。吸血鬼はもんどりうって吹き飛ぶ。激しい耳鳴りとめまいの中で、吸血鬼はよろよろと立ち上がる。
「どうして。人間如きに、この私が……」
「貴方は人でなしになっただけよ。思い上がらないで」
「生意気な……!」
吸血鬼は爪を振り回す。しかし、歪む視界の中でその攻撃は空を切るだけだ。ルアンナは杖をその場に投げ捨てると、血に濡れた鉈を諸手で構える。
「そろそろおしまいにしましょう。見苦しいから」
一気に懐へと飛び込んだルアンナは、鉈を吸血鬼の首筋に叩きつける。残忍にぎらつく刃は、吸血鬼さえも身震いさせた。吸血鬼は口元を震わせるが、その唇が命乞いの言葉を紡ぐよりも先に、ルアンナは鉈を思い切り振り抜いた。獣の牙のように鉈の鋸刃は吸血鬼の喉笛を噛み裂く。吸血鬼は一気に仰け反り、頭の重みに引きずられるようにそのまま仰向けに崩れ落ちた。
「貴方に死後の安寧は訪れない……」
どす黒い血を浴びながら、彼女は倒れた吸血鬼の亡骸を見下ろしていた。
かくして無事に吸血鬼を葬り去ったルアンナは、真っ直ぐに冒険者ギルドへと帰還する。案内人の男は、そんな彼女を軒先で出迎えた。
「さすがだな、吸血鬼ハンター。無事に任務達成か」
「大した敵じゃありませんでした。……あの子はどうなりますか?」
「しばらくはリブラネスタの孤児院で暮らすだろう。……その後の事はあの子が決める」
男は一枚のメモを差し出す。そこには子供が暮らす事になった孤児院の場所が記されていた。それを握りしめると、ルアンナは努めて明るい笑みを浮かべる。
「さて、今日も美味しいパンを焼かないと」
おわり
「さてさて、お次はどこの村を贄としようかねえ……」
木の杯に生娘の首から流れる生き血を注ぎ、まるでワインのように飲み干す。ルアンナ・ミュラーはそんな吸血鬼の姿を遠目に窺っていた。
「吸血鬼ってのはどいつもこいつも趣味が悪い」
ルアンナは人を面白半分に弄ぶ存在が許せない。吸血鬼ときたら、大抵はただ人間の生き血を吸うだけでは飽き足らず、アンデッドに造り変えたり己の力を誇示するように惨たらしく殺す者ばかりだ。
すなわち、吸血鬼は彼女にとって不倶戴天の仇敵なのである。
――お願いします、冒険者さん。村の皆の仇を取ってください――
眼を閉じれば、この仕事を依頼してきた年端もいかぬ少年の泣き顔が思い浮かぶ。一人馬に乗せられ、命からがらリブラネスタまで逃げてきたのである。ルアンナは竜の血のように紅い宝石が埋め込まれた杖を握りしめると、ふらふらと近寄ってきた屍へと狙いを定めた。
(今、楽にしてあげますから)
彼らも元を辿れば、少年の家族、親戚、友人。しかし、躊躇っていては大義を果たすことは出来ない。ルアンナは村の畦道に躍り出ると、素早く杖を振り抜いた。光の弾が鳳仙花のように弾けて、目の前に立つ屍の群れを纏めて撃ち抜いた。響いた炸裂音に、吸血鬼はぎょっとして振り返る。
「何だ! 何者だ!」
「ルアンナ・ミュラー! 今から貴方の首を狩る者よ!」
彼女は杖を突き出し、鋸刃の鉈を担いで叫ぶ。
「覚悟しなさい。貴方の奪ったものの重み、今から思い知らせてあげる!」
「たった一人で、生意気な……お前は惨たらしく殺す! 出来るだけ!」
吸血鬼の叫びに合わせ、屍の群れが動き出す。血に汚れた民家や畑の影から這い出して、ルアンナを取り囲むように押し寄せる。ルアンナは杖を振ると、目の前に向かって白い魔法の霞を放った。アンデッドは彼女を見失い、当てもなくその爪を振るう。その隙にルアンナは杖を振り抜き、アンデッドの群れを稲妻の囲いに絡め取ってしまう。
「何体差し向けたって、同じことよ!」
ルアンナは叫ぶと、稲妻に絡め取られた群れにめがけてもう一度光の弾群を擲つ。身を守る事もままならないまま、アンデッドは次々吹き飛び倒れていく。その姿を見届けた彼女は、決然とした顔で吸血鬼へと向き直った。
「さあ、最後は貴方の番!」
「黙れ! お前は所詮人間! そして私は人間を越えている! その意味を思い知らせてやるわ!」
吸血鬼は両の爪を鋭く伸ばすと、眼にも止まらぬ速さでルアンナの懐へ飛び込み、その爪を彼女の胸元へ突き出した。
重い感触。しかし、その爪がルアンナの首を貫く事は無かった。輝く光の膜が、吸血鬼の一撃を食い止めていたからである。爪の先が僅かに首の薄皮を裂き、血を滲ませただけだった。
「馬鹿な」
「貴方は大きな勘違いをしているわ」
ルアンナは杖を吸血鬼の腹に突きつけると、爆音と閃光を炸裂させた。吸血鬼はもんどりうって吹き飛ぶ。激しい耳鳴りとめまいの中で、吸血鬼はよろよろと立ち上がる。
「どうして。人間如きに、この私が……」
「貴方は人でなしになっただけよ。思い上がらないで」
「生意気な……!」
吸血鬼は爪を振り回す。しかし、歪む視界の中でその攻撃は空を切るだけだ。ルアンナは杖をその場に投げ捨てると、血に濡れた鉈を諸手で構える。
「そろそろおしまいにしましょう。見苦しいから」
一気に懐へと飛び込んだルアンナは、鉈を吸血鬼の首筋に叩きつける。残忍にぎらつく刃は、吸血鬼さえも身震いさせた。吸血鬼は口元を震わせるが、その唇が命乞いの言葉を紡ぐよりも先に、ルアンナは鉈を思い切り振り抜いた。獣の牙のように鉈の鋸刃は吸血鬼の喉笛を噛み裂く。吸血鬼は一気に仰け反り、頭の重みに引きずられるようにそのまま仰向けに崩れ落ちた。
「貴方に死後の安寧は訪れない……」
どす黒い血を浴びながら、彼女は倒れた吸血鬼の亡骸を見下ろしていた。
かくして無事に吸血鬼を葬り去ったルアンナは、真っ直ぐに冒険者ギルドへと帰還する。案内人の男は、そんな彼女を軒先で出迎えた。
「さすがだな、吸血鬼ハンター。無事に任務達成か」
「大した敵じゃありませんでした。……あの子はどうなりますか?」
「しばらくはリブラネスタの孤児院で暮らすだろう。……その後の事はあの子が決める」
男は一枚のメモを差し出す。そこには子供が暮らす事になった孤児院の場所が記されていた。それを握りしめると、ルアンナは努めて明るい笑みを浮かべる。
「さて、今日も美味しいパンを焼かないと」
おわり