商機
キャラクターノベル制作 夜帷かもめ納品 2020年11月22日 18時44分42秒
リーンエス王国東部。イグノ砂漠外縁部を中心に急拡大する新興の神殿の調査にレヴァーレ・クアルムは赴いていた。とはいえ、これは正式な冒険者ギルドの依頼ではない。
――そもそも、彼は冒険者ギルドに登録をしていない。
ギルド員は有形無形の支援が受けられるのは確かだ。だが、そこには柵も存在する。生きる道は自らの意思で切り拓くと決めたのだ。だから、レヴァーレはギルドには頼らず自分の居場所を作り上げると決めた。幸いにして、しばらく金の心配をしなくても良い程度には手切れ金には余裕があった。
そんなある日のこと。レヴァーレの耳に一つの噂が飛び込んできた。
『砂漠付近に、何やら怪しげな教団がある』
ゴールディで売られていた奴隷を救済しただの、都市同盟で行き場を失った食い詰め者が教団へ駆けこんでいるだのと不穏な噂も聞こえてきたが……レヴァーレの興味を引いたのは別の噂だった。
なんでも――砂漠のオアシスを拠点にする商家の大旦那が随分とこの教団に入れ込んでおり、家内はほとほと困り果てているらしい。
これはチャンスだ。
大旦那の了解なしに、商家は金を動かすことは出来ない。即ち、教団を調査するような依頼は商家からギルドには出されない。だが、ひとつ探りを入れてみる程度には教団が怪しいというのも確かだ。上手くやれば商家に対して恩を売れるかもしれない。そんな思惑を胸に、レヴェーレは教団へと潜り込むことにしたのだ。
●
「神に祈りましょう。必ずや奇跡はあなた達にも齎されます」
神殿に集まった信者の間を歩きながら、導師は説法する。信者たちはそれぞれ切羽詰まった事情があるのだろう。そんな中に、商家の大旦那が混じっているというのは少しばかり不思議ではあったが――。
(成功者には、成功者なりの苦労があるのかもしれんな)
斜め前方にいるその大旦那の後頭部を視界の端に捉えながら、レヴァーレは思う。時折大旦那の肩が震えているのは、どうやら感極まって泣いているらしい。
導師の弁にもますます熱が入り、神殿の空気が籠ってくる。決して広くはない神殿にぎっしりと信者が跪いて祈りを捧げているのだ。彼らの熱気の所為か、レヴァーレは心臓の鼓動が速く、耳鳴りがひどくなるのを感じた。
(これは……まず、い……)
授恵者である彼をして、ここまでの体調不良を引き起こすというのは尋常ではない。一般人であれば倒れていてもおかしくない……と、そこまで思いを巡らせて。彼は気が付く。周囲の信者どもが、目にぎらぎらと狂気の光を湛えていることを。いつの間にか、神殿の内部には薄紫の煙が漂っていることを。
そして、神殿の導師どもが何やら怪しげな草を香炉に投げ込んでいることを。
「アンタ、それは……なん、だ」
この変調の原因は、草が燃えるその煙に違いない。吐き気を押し殺し、レヴァーレは導師に詰めよる。
「まさか、動ける者がいるなんて」
導師が驚愕の表情を浮かべ、そして、しまったと後悔を口にする。
「まさか!? まさか、と言ったな?」
レヴァーレは気力を以って駆け、導師の腕を払う。その手にした草が跳ね飛ばされ、石畳に散らばる。果たしてそれは、幻覚作用があることで知られる薬草の一種であった。魔法薬の調合に少量用いられることはあるが、香として大量に焚くようなものでは無い。
教団が引き起こす神の奇跡とやらは、この草の幻覚作用によるものだろう。
「皆、これを見ろ! 教団の奇跡は全部コイツのまやかしだ!」
禁制品を目の当たりにしてなお、信者らの反応は鈍い。中毒症状が思考能力を鈍らせているのだろう。
「貴様、さてはギルドの差し金か!」
真実を暴かれた導師は、懐から取り出した短剣をレヴァーレの脇腹へと突き立てる。本来であれば授恵者であるレヴァーレの敵ではない程の練度だが、魔草の香によって動きが鈍っている今はそうもいかない。何とか致命傷を避けて短剣を脇腹から抜き取ると、その隙に導師は踵を返して一目散に神殿の外へ駆けていた。
「させるかっ」
痛みを堪えてレヴァーレは追いすがり、導師のローブの裾を掴んで引き寄せる。
「御大層な理由をつけて信者の身体検査をしていたようだが、俺が授恵者だとは――気が付かなかったようだな」
拳を握りしめてレヴァーレが笑う。痛みのせいか、脳内麻薬が彼を高揚させていた。来るべき殴打に備えて導師は顔を両の腕でガードする。
だが。
「お生憎。俺は殴るよりもこっちが得意なんでね」
握った拳を開くと、手のひらに人の頭ほどの火球が生まれる。力を籠めたせいか、脇腹からまた血が噴き出した。クソッタレだ。レヴァーレは、拳を振り下ろす。指向性を持った魔力が導師に触れて炸裂した。
●
「アンタ、身体は?」
何ともないか、とレヴァーレは商家の大旦那を見下ろす。真実を知って落胆した様子の彼に、レヴァーレは続けた。
「無事なら一寸、話がある」
――俺と、商売をしよう。
――そもそも、彼は冒険者ギルドに登録をしていない。
ギルド員は有形無形の支援が受けられるのは確かだ。だが、そこには柵も存在する。生きる道は自らの意思で切り拓くと決めたのだ。だから、レヴァーレはギルドには頼らず自分の居場所を作り上げると決めた。幸いにして、しばらく金の心配をしなくても良い程度には手切れ金には余裕があった。
そんなある日のこと。レヴァーレの耳に一つの噂が飛び込んできた。
『砂漠付近に、何やら怪しげな教団がある』
ゴールディで売られていた奴隷を救済しただの、都市同盟で行き場を失った食い詰め者が教団へ駆けこんでいるだのと不穏な噂も聞こえてきたが……レヴァーレの興味を引いたのは別の噂だった。
なんでも――砂漠のオアシスを拠点にする商家の大旦那が随分とこの教団に入れ込んでおり、家内はほとほと困り果てているらしい。
これはチャンスだ。
大旦那の了解なしに、商家は金を動かすことは出来ない。即ち、教団を調査するような依頼は商家からギルドには出されない。だが、ひとつ探りを入れてみる程度には教団が怪しいというのも確かだ。上手くやれば商家に対して恩を売れるかもしれない。そんな思惑を胸に、レヴェーレは教団へと潜り込むことにしたのだ。
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「神に祈りましょう。必ずや奇跡はあなた達にも齎されます」
神殿に集まった信者の間を歩きながら、導師は説法する。信者たちはそれぞれ切羽詰まった事情があるのだろう。そんな中に、商家の大旦那が混じっているというのは少しばかり不思議ではあったが――。
(成功者には、成功者なりの苦労があるのかもしれんな)
斜め前方にいるその大旦那の後頭部を視界の端に捉えながら、レヴァーレは思う。時折大旦那の肩が震えているのは、どうやら感極まって泣いているらしい。
導師の弁にもますます熱が入り、神殿の空気が籠ってくる。決して広くはない神殿にぎっしりと信者が跪いて祈りを捧げているのだ。彼らの熱気の所為か、レヴァーレは心臓の鼓動が速く、耳鳴りがひどくなるのを感じた。
(これは……まず、い……)
授恵者である彼をして、ここまでの体調不良を引き起こすというのは尋常ではない。一般人であれば倒れていてもおかしくない……と、そこまで思いを巡らせて。彼は気が付く。周囲の信者どもが、目にぎらぎらと狂気の光を湛えていることを。いつの間にか、神殿の内部には薄紫の煙が漂っていることを。
そして、神殿の導師どもが何やら怪しげな草を香炉に投げ込んでいることを。
「アンタ、それは……なん、だ」
この変調の原因は、草が燃えるその煙に違いない。吐き気を押し殺し、レヴァーレは導師に詰めよる。
「まさか、動ける者がいるなんて」
導師が驚愕の表情を浮かべ、そして、しまったと後悔を口にする。
「まさか!? まさか、と言ったな?」
レヴァーレは気力を以って駆け、導師の腕を払う。その手にした草が跳ね飛ばされ、石畳に散らばる。果たしてそれは、幻覚作用があることで知られる薬草の一種であった。魔法薬の調合に少量用いられることはあるが、香として大量に焚くようなものでは無い。
教団が引き起こす神の奇跡とやらは、この草の幻覚作用によるものだろう。
「皆、これを見ろ! 教団の奇跡は全部コイツのまやかしだ!」
禁制品を目の当たりにしてなお、信者らの反応は鈍い。中毒症状が思考能力を鈍らせているのだろう。
「貴様、さてはギルドの差し金か!」
真実を暴かれた導師は、懐から取り出した短剣をレヴァーレの脇腹へと突き立てる。本来であれば授恵者であるレヴァーレの敵ではない程の練度だが、魔草の香によって動きが鈍っている今はそうもいかない。何とか致命傷を避けて短剣を脇腹から抜き取ると、その隙に導師は踵を返して一目散に神殿の外へ駆けていた。
「させるかっ」
痛みを堪えてレヴァーレは追いすがり、導師のローブの裾を掴んで引き寄せる。
「御大層な理由をつけて信者の身体検査をしていたようだが、俺が授恵者だとは――気が付かなかったようだな」
拳を握りしめてレヴァーレが笑う。痛みのせいか、脳内麻薬が彼を高揚させていた。来るべき殴打に備えて導師は顔を両の腕でガードする。
だが。
「お生憎。俺は殴るよりもこっちが得意なんでね」
握った拳を開くと、手のひらに人の頭ほどの火球が生まれる。力を籠めたせいか、脇腹からまた血が噴き出した。クソッタレだ。レヴァーレは、拳を振り下ろす。指向性を持った魔力が導師に触れて炸裂した。
●
「アンタ、身体は?」
何ともないか、とレヴァーレは商家の大旦那を見下ろす。真実を知って落胆した様子の彼に、レヴァーレは続けた。
「無事なら一寸、話がある」
――俺と、商売をしよう。