一番風、参る!

キャラクターノベル制作 STANZA納品 2022年12月12日 13時08分46秒

●プロローグ

 石畳の街路に靴音が響く。
 やや離れて、いくつもの靴音が続いていた。
 更に脇の路地からも、追っ手が次々と姿を現す。

 この街はいつからこんな怖い所になってしまったのだろう。
 ついこの間までは、暗くなってから子供がひとりで出歩いても何の危険もない、平和で安全な街だったのに。

「誰か、助けて!!」
 無駄だと知りつつ、少年は叫ぶ。

 その目の前に、人影が現れた。
 敵か、味方か……淡い月明かりの下、少年は目を凝らす。

「こォらガキ、どこ行くつもりだァ?」

 敵だ。先回りされた。
 もう駄目だと目を閉じようとした刹那。

 暖かな色の突風が、目の前を吹き抜けて行った。


●ヒーローのいない街

「オレが外に出て助けを呼んで来る!」
 少年が飛び出して行くのを、誰も止めることが出来なかった。
 この街にギルドはない。
 ヒーローもいなくなった。
 町長の家を根城にしているゴロツキどもを追い出すには、遠く離れた隣町のギルドに依頼を出すしかなかった。

 この街は周辺に棲息するモンスターや野盗達から守る為に、周囲を高く頑丈な石壁で囲んである。
 確かにそれは、外からの驚異には有効だった。
 だが驚異が街の内側に潜んでいる場合、それは人々を閉じ込める牢獄となる。
 一箇所しかない門を押さえられれば、誰も外に出ることが出来ないのだ。

(でもオレなら……!)
 少年は街のことなら隅々まで知り尽くしていた。
 敵の目を盗み、網を抜けて外に出るルートなら、軽く片手の指くらいは思い付く。
(みんなを助けて、今度はオレがヒーローになるんだ!)
 そう思っていた。

 だが――
 そうだ、どうして忘れていたのだろう。

 抜け道も抜け穴も、全部あいつに教わったのに。
 少し前まで兄貴分と慕っていた、あの男に。
 王様気取りで町長の椅子にふんぞり返っている、ゴロツキのロクデナシに。


●ヒーロー見参!

 それは風のように、いや風よりも 疾(はや)く少年の視界を横切った。
 赤い髪と白いマントを水平になびかせ、稲妻のように急角度でターンしながら、ゴロツキどもを次々に打ち倒していく。
 ある時は宙を駆け、或いは壁を走り、相手の背後に回っては首筋に手刀を叩き込んだ。
 少年の目に、それはただ暴風が竜巻のように全てを薙ぎ倒して行ったとしか映らなかった。
(だって、こんな疾いの……目が追い付かない!)
 状況を理解する間も、息つく暇さえ与えずに、風は止んだ。

 赤い髪と白いマントがふわりと垂れる。
 短めのマントの裾から、丸っこくて先が黒くなった尻尾が覗いていた。
 視線を上げると、赤い髪のてっぺんに丸くて茶色い耳が見える。
「……たぬ……」
 だが全てを言い終わらないうちに、背中を向けていた人影がくるりと振り返った。
 鋭い視線が少年を射抜く。
 彼は察した。
(あ、これ言っちゃいけないやつだ)
 むぐっと口を閉じ、少年は相手の言葉を待った。
(だってここは、ヒーローがびしっと名乗りを上げるとこじゃん!)
 期待に違わず、その人物は胸を張ってこう言った。

「風より疾く、陽より輝く誉れの緋色! 疾風怒濤に駆け抜けるさぁ!」


●街の事情

 フリューリングスルフト=ティエラ、通称フリュー(だがヒーローは決してその名を明かさない!)。
「人呼んで、赤い風さぁ!」
 まだ目指す道の途中だけれど、近い将来必ずそうなる、多分きっと。
「赤……って言うよりピンクに見えたけど」
 ゴロツキ達の捕縛を手伝いながら、少年がぽつりと呟く。
「マントも赤なら赤く見えるのに、なんで白なの?」
「そうなんかもなぁ。でもこれだけは譲れないのさぁ」
 多くは語らず、フリューは手早く作業を続けながら尋ねた。
「それより、事情を聞きたいのさぁ」
 頷いて、少年は語り始める。

「この街の平和は、ヒーローが守ってたんだ」
 犯罪行為はもちろん、子供の喧嘩からご近所の小さなトラブルまで、全てヒーローが丸く収めてくれていた。
 だが彼が寄る年波に勝てずギックリ腰で寝込んだある日、それまで正しさの下で不平不満を燻らせ、苛立ちを静かに煮詰めていた者達が爆発した。
 彼等はヒーローのいない街で好き放題に暴れ、遂にはその支配権を乗っ取ってしまったのだ。
「ヒーローはまだ腰が治ってないのに、そいつらを懲らしめに行って……帰って来なかった」
 以来、街は無法無秩序、略奪と暴行が猛威をふるっている。
 善良な人々は家に閉じ籠もり、嵐が収まるのをじっと待つだけだけ。
 だがそんな生活も、もう限界だった。

「ずっとヒーローに頼りっぱなしだった、オレ達も悪いんだ」
「そんなことないさぁ」
 最後の一人を縛り上げ、フリューはゆっくりと立ち上がる。
「背景に何があっても、悪いのはいつだって悪いことをした本人さぁ」


●赤き風、駆ける

 その日、フリューはギルドの依頼で届け物を運んでいる最中だった。
 荷物はバックパックに入る程度で、しかも軽い。
「大丈夫、足には自信あるし馬車より走った方が速いさぁ!」
 それでも遠方であるため、途中の街で宿を取る必要があった。
 その候補として、この街を紹介されたのだ。

「治安も良いし、宿のサービスも良い。中継地に最適ですよ」

 職員に太鼓判を押されたその街はしかし、廃墟の様相を呈していた。
 門は閉ざされ、平和な街にあるべき喧騒もない。
 聞こえるのはただ、ガラの悪い男達の罵声や品のない笑い声だけだった。
(これは絶対、何かあるさぁ)
 フリューは人目につかない場所から壁を乗り越え、身を潜めて夜を待った。

 そして今、ひとり町長宅の裏口に立って――いや、ひとりではなかった。
 小声で問う。
「なんで付いて来るんさぁ!?」
 地図を書いてくれるだけで良いと言ったのに、少年が後ろにくっついていた。
「……なんで、って……」
 少年は口ごもり、視線を彷徨わせる。
 本人にも、自分の行動の理由がよくわかっていないようだ。
「ま、いいさぁ」
 フリューがその頭にポンと手を置く。
「うちの背中、任せたさぁ。ぴったりくっついて、うちの目になってなぁ?」
 大丈夫、守りながらでも戦える。
 彼女の中に眠る、本人も知らない恐れ知らず(ラーテル)の血がそう告げていた。

 裏口の戸を蹴破り、フリューは中に突入した。
 二人の見張りを瞬時に打ち倒し、寝ぼけ眼で現れた者達を夢の世界に叩き返しながら、廊下を駆け抜ける。
「後ろ!」
 少年の声に振り返りもせずバク転を決め、挟み撃ちを仕掛けた敵の後頭部に着地ついでの膝蹴りを入れた。
「町長の部屋は?」
「二階の奥!」
 階段を駆け上がり、見張りを薙ぎ払い、重そうな木の扉をバァン!

 町長の椅子に、若い男が座っていた。
 立ち上がることも忘れたように、ただ呆然と侵入者を――フリューではなく、その背後を見つめている。
 少年もまた、黙ってその瞳を見返していた。

「ねえ」
 フリューが少年を振り返る。
「なんや言いたいこと、あるんやないさぁ?」
 軽く背を押され、少年は前に進み出る。
(今わかった、オレがここに来た理由……)
 少年は男の真正面に立ち、拳を握り締め――

「この大バカヤローっ!!」
 肉体言語が顔面に炸裂した。


●エピローグ

 フリューは真夜中の荒野をひた走っていた。
 予定では、あの街で一泊する筈だったのだが――
(ヒーローは誰にも気付かれないうちに、黙って颯爽と立ち去るものさぁ!)
 大丈夫、赤い風は疲れ知らずだ。
 疲れていても顔には出さないのがヒーローだ。

 予想外に早いお届け物に、依頼人も喜んでくれることだろう。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0