枯れ枝をいろどるは花か甘味か
キャラクターノベル(グループ)制作 炙りとろ左門納品 2022年12月01日 15時17分03秒
ひらひら、はらはら。かさり。
頭上から降ってきた鮮やかな彩を前に、コハクは目を輝かせた。
赤、黄色、橙。美しく紅葉した並木道の入り口に立つのは、コハクともうひとり――ネーヴェ・グラヌローザである。
「きれい……」
思わず感嘆の声を漏らしたのはどちらだったか。ふたり同時だったかもしれない。あまり表情の変化に乏しいコハクでさえ、そわそわと冬毛の金尾を揺らしている。
「もう、来て良かったと思えましたわ」
これほどまでに鮮明に色づいた紅葉を、王都グランスパーダで見ることが叶うとは。いや、豊かな土に抱かれたリーンエス王国だからこそ、かもしれない。
「この並木道に植わっている楓は、国内最大級の品種数を誇るのだとか」
王都の秋の名所として挙げる者もいる。ネーヴェが開いて見せた情報紙を、コハクも顔を近づけて覗き込んだ。
「中にはシャルガネにのみ自生している種もあるそうです。あちらではまとめて『もみじ』というのですって」
これだけの種類を適切に管理するだけの技術は、学者の集まる王都でなければ生まれなかっただろう――そんな一文からはじまるコラムを、ネーヴェは指でなぞる。
「紅葉、黄葉、褐葉……いずれも最新の研究では、樹木が寒さや虫の寄生に耐えるためではないか、という説が提唱されているそうですわ」
「へぇー」
どのようにして葉が色づくのかという部分は未解明だが、樹木が生きるためにそうしているというのなら、この光景に惹かれるものがあるのも納得だ。ただ見目の美しさだけではなく、それに生命の輝きを見出すことができるからこそ、人はこの情景を美しいと思うのだろう。
はらり、ひらり。また一枚と宙を舞う葉を、コハクは手を伸ばしてつかまえた。
「見てねべちゃん」
裏表を入念に確認した後、コハクはそれをずいっとネーヴェの方に差し出す。
「穴空いてないし、汚れてもいない。きれいなやつ。あげる」
「まあ、私に? ありがとうございます」
コハクはネーヴェが葉を受け取ったのを見ると、きょろきょろと辺りを見まわし、ひらりはらりと落ちてくる葉をつかまえに駆け出した。宙を舞う葉の動きは、彼女の狩猟本能を刺激するのかもしれない。
ネーヴェはコハクから貰った葉を紙で包むと、自習のために持ち歩いている参考書の間に挟む。押し花のように、栞にできるかもしれないと考えてのことだ。
「あら?」
と、閉じようとした本の上に、コハクが染まった葉を何枚か差し入れた。
「きれいなの」
「こんなにたくさん……」
赤、黄色、橙――葉が開いた頁の上でグラデーションを作る。ちょっとしたコレクションだ。
「せっかくですもの、コハクさんの分も持ち帰りませんか?」
自分だけこんなにたくさん貰っては不公平ではあるが、分けるには少ない。ネーヴェは一旦本を閉じ、道脇のベンチに荷物を置くと、コハクと一緒になって落葉を追いかけた。
最終的に参考書というよりは栞製造機になってしまったそれを見て、ネーヴェとコハクは笑いあう。並木道を通り抜け、屋台のものをいただくだけの外出だったのだが、思ったよりはしゃいでしまった。
「コハクさん、尻尾に落ち葉の欠片が入り込んでしまっていますわね。お手入れしましょうか」
「うん」
ふさふさ冬毛のコハクの尻尾は、動き回るうちに砕けた落ち葉の細片を巻き込んでしまっていた。二人はベンチに座り、軽く身繕いを整える。ネーヴェは払うだけでいいのだが、コハクはブラッシングが必要だ。
「毛玉ができるかも」
コハクはネーヴェが取り出したブラシを見てそわそわと告げた。毛玉がある、というわけではなく。ブラッシングによって抜けた毛により球ができる……ということらしい。ネーヴェはそれを想像し、ふふっと小さく笑った。
「そろそろお腹も空いてきましたし、これが終わったらお店に行きましょうか」
「おみせ!」
ネーヴェの優しいブラッシングによってまったり溶けていたコハクの獣耳が、その台詞にぴんと反応する。そして空腹により普段よりも鋭敏になった嗅覚が、焼き菓子の芳醇な香りを嗅ぎつけた。
「美味しいお店をすでに調査済みですの」
秋の名所ということもあって、並木道に面する店々の形態もまた様々だ。実店舗はもちろん、移動屋台も見受けられる。
季節は秋――となればやはり、主役は秋の味覚だろう。
「くんくんくん。おいしそうな匂い……」
「まだですよー」
「はわわ……」
コハクの胸中ではブラッシングと焼き菓子がそれぞれ載った天秤が激しく左右に振れていた。つられて無意識のうちに左右に揺れる尻尾を、ネーヴェは難なくとらえて梳る。
「ちなみに、何を買うの」
そわそわと待ち遠しいばかり、コハクはネーヴェに尋ねた。
「クレープですわ」
「くれーぷ」
いわく、穀物粉の生地を薄く伸ばして焼き、温かいうちに甘味を包んだスイーツ。皿の上に盛り付けて食べるものから、巻いて手持ちにして食べるものまであるらしい。
「お店の中でいただいてもいいのですが、折角ですから食べ歩ける用に作っていただこうかと」
ブラッシングの間、コハクはクレープについての想像を膨らませる。やがて尻尾の毛並みに艶が戻ると、コハクは弾かれるように立ち上がった。
「くれーぷ!」
「ええ、参りましょう」
店は歩いてすぐの場所にあった。コハクは待ちきれず、ネーヴェの手を引いてその店へと向かう。
「私はりんごのクレープをいただこうかと。コハクさんはいかがなさいますか?」
「ねべちゃんと同じ――」
コハクは間髪入れずに顔を上げてそう答えたが、にこりとわらう店員の手元で作られたものに釘付けになった。
秋の味覚は何もりんごだけではない。深い紫と明るい緑の丸い果実――ぶどうもある。
リーンエス王国では品種改良に血汗を流すことをしなくても、美味しいものが作れてしまう。明らかにまるまると甘みを溜め込んだ大粒のぶどう。それを前に、コハクは抗えなかった。
コハクが固まっている間、ネーヴェは出来上がったりんごクレープを受け取る。生地にホイップクリームとカスタードクリームを引き、バターで焼いた焼き林檎に軽くシナモンパウダーを振ったものだ。他の客の邪魔にならないようにネーヴェが先に店を出た瞬間、コハクは声をひそめる。
「メニューのここからここまで全部ください」
コハクはごうよくであった。
====
やがて店から出てきたコハクの口の端には、すでにクリームがついていた。どうやらネーヴェと合流する前にすでにひとつ胃に収めたらしかった。そんな素振りは(おそらく速すぎて)見えなかったが。
「食べたいものがあるなら全部食べればいい。迷う必要なんてないわ」
潔く大真面目な顔つきでそう宣言するコハクに、目を丸くしていたネーヴェもふっと吹き出した。
「では私も今日は、我慢しませんわ」
女子の悩み、それはふくよかになること――しかし今日ばかりはそれを忘れてもいいかもしれない。おやすみとは、そういうことを我慢しなくていい日なのだから。
秋色に染まる並木道を歩く。やがてこの彩が失われたとしても、思い出が褪せることはないだろう。そしてそれは落葉が積もるように、確かなものとして残っていくのだ。
頭上から降ってきた鮮やかな彩を前に、コハクは目を輝かせた。
赤、黄色、橙。美しく紅葉した並木道の入り口に立つのは、コハクともうひとり――ネーヴェ・グラヌローザである。
「きれい……」
思わず感嘆の声を漏らしたのはどちらだったか。ふたり同時だったかもしれない。あまり表情の変化に乏しいコハクでさえ、そわそわと冬毛の金尾を揺らしている。
「もう、来て良かったと思えましたわ」
これほどまでに鮮明に色づいた紅葉を、王都グランスパーダで見ることが叶うとは。いや、豊かな土に抱かれたリーンエス王国だからこそ、かもしれない。
「この並木道に植わっている楓は、国内最大級の品種数を誇るのだとか」
王都の秋の名所として挙げる者もいる。ネーヴェが開いて見せた情報紙を、コハクも顔を近づけて覗き込んだ。
「中にはシャルガネにのみ自生している種もあるそうです。あちらではまとめて『もみじ』というのですって」
これだけの種類を適切に管理するだけの技術は、学者の集まる王都でなければ生まれなかっただろう――そんな一文からはじまるコラムを、ネーヴェは指でなぞる。
「紅葉、黄葉、褐葉……いずれも最新の研究では、樹木が寒さや虫の寄生に耐えるためではないか、という説が提唱されているそうですわ」
「へぇー」
どのようにして葉が色づくのかという部分は未解明だが、樹木が生きるためにそうしているというのなら、この光景に惹かれるものがあるのも納得だ。ただ見目の美しさだけではなく、それに生命の輝きを見出すことができるからこそ、人はこの情景を美しいと思うのだろう。
はらり、ひらり。また一枚と宙を舞う葉を、コハクは手を伸ばしてつかまえた。
「見てねべちゃん」
裏表を入念に確認した後、コハクはそれをずいっとネーヴェの方に差し出す。
「穴空いてないし、汚れてもいない。きれいなやつ。あげる」
「まあ、私に? ありがとうございます」
コハクはネーヴェが葉を受け取ったのを見ると、きょろきょろと辺りを見まわし、ひらりはらりと落ちてくる葉をつかまえに駆け出した。宙を舞う葉の動きは、彼女の狩猟本能を刺激するのかもしれない。
ネーヴェはコハクから貰った葉を紙で包むと、自習のために持ち歩いている参考書の間に挟む。押し花のように、栞にできるかもしれないと考えてのことだ。
「あら?」
と、閉じようとした本の上に、コハクが染まった葉を何枚か差し入れた。
「きれいなの」
「こんなにたくさん……」
赤、黄色、橙――葉が開いた頁の上でグラデーションを作る。ちょっとしたコレクションだ。
「せっかくですもの、コハクさんの分も持ち帰りませんか?」
自分だけこんなにたくさん貰っては不公平ではあるが、分けるには少ない。ネーヴェは一旦本を閉じ、道脇のベンチに荷物を置くと、コハクと一緒になって落葉を追いかけた。
最終的に参考書というよりは栞製造機になってしまったそれを見て、ネーヴェとコハクは笑いあう。並木道を通り抜け、屋台のものをいただくだけの外出だったのだが、思ったよりはしゃいでしまった。
「コハクさん、尻尾に落ち葉の欠片が入り込んでしまっていますわね。お手入れしましょうか」
「うん」
ふさふさ冬毛のコハクの尻尾は、動き回るうちに砕けた落ち葉の細片を巻き込んでしまっていた。二人はベンチに座り、軽く身繕いを整える。ネーヴェは払うだけでいいのだが、コハクはブラッシングが必要だ。
「毛玉ができるかも」
コハクはネーヴェが取り出したブラシを見てそわそわと告げた。毛玉がある、というわけではなく。ブラッシングによって抜けた毛により球ができる……ということらしい。ネーヴェはそれを想像し、ふふっと小さく笑った。
「そろそろお腹も空いてきましたし、これが終わったらお店に行きましょうか」
「おみせ!」
ネーヴェの優しいブラッシングによってまったり溶けていたコハクの獣耳が、その台詞にぴんと反応する。そして空腹により普段よりも鋭敏になった嗅覚が、焼き菓子の芳醇な香りを嗅ぎつけた。
「美味しいお店をすでに調査済みですの」
秋の名所ということもあって、並木道に面する店々の形態もまた様々だ。実店舗はもちろん、移動屋台も見受けられる。
季節は秋――となればやはり、主役は秋の味覚だろう。
「くんくんくん。おいしそうな匂い……」
「まだですよー」
「はわわ……」
コハクの胸中ではブラッシングと焼き菓子がそれぞれ載った天秤が激しく左右に振れていた。つられて無意識のうちに左右に揺れる尻尾を、ネーヴェは難なくとらえて梳る。
「ちなみに、何を買うの」
そわそわと待ち遠しいばかり、コハクはネーヴェに尋ねた。
「クレープですわ」
「くれーぷ」
いわく、穀物粉の生地を薄く伸ばして焼き、温かいうちに甘味を包んだスイーツ。皿の上に盛り付けて食べるものから、巻いて手持ちにして食べるものまであるらしい。
「お店の中でいただいてもいいのですが、折角ですから食べ歩ける用に作っていただこうかと」
ブラッシングの間、コハクはクレープについての想像を膨らませる。やがて尻尾の毛並みに艶が戻ると、コハクは弾かれるように立ち上がった。
「くれーぷ!」
「ええ、参りましょう」
店は歩いてすぐの場所にあった。コハクは待ちきれず、ネーヴェの手を引いてその店へと向かう。
「私はりんごのクレープをいただこうかと。コハクさんはいかがなさいますか?」
「ねべちゃんと同じ――」
コハクは間髪入れずに顔を上げてそう答えたが、にこりとわらう店員の手元で作られたものに釘付けになった。
秋の味覚は何もりんごだけではない。深い紫と明るい緑の丸い果実――ぶどうもある。
リーンエス王国では品種改良に血汗を流すことをしなくても、美味しいものが作れてしまう。明らかにまるまると甘みを溜め込んだ大粒のぶどう。それを前に、コハクは抗えなかった。
コハクが固まっている間、ネーヴェは出来上がったりんごクレープを受け取る。生地にホイップクリームとカスタードクリームを引き、バターで焼いた焼き林檎に軽くシナモンパウダーを振ったものだ。他の客の邪魔にならないようにネーヴェが先に店を出た瞬間、コハクは声をひそめる。
「メニューのここからここまで全部ください」
コハクはごうよくであった。
====
やがて店から出てきたコハクの口の端には、すでにクリームがついていた。どうやらネーヴェと合流する前にすでにひとつ胃に収めたらしかった。そんな素振りは(おそらく速すぎて)見えなかったが。
「食べたいものがあるなら全部食べればいい。迷う必要なんてないわ」
潔く大真面目な顔つきでそう宣言するコハクに、目を丸くしていたネーヴェもふっと吹き出した。
「では私も今日は、我慢しませんわ」
女子の悩み、それはふくよかになること――しかし今日ばかりはそれを忘れてもいいかもしれない。おやすみとは、そういうことを我慢しなくていい日なのだから。
秋色に染まる並木道を歩く。やがてこの彩が失われたとしても、思い出が褪せることはないだろう。そしてそれは落葉が積もるように、確かなものとして残っていくのだ。