変わらず待つ者
キャラクターノベル制作 炙りとろ左門納品 2022年11月25日 08時13分40秒
受けた依頼の報告を終えて、レピド・クロサイトは緊張を解いた。
今回同行した新米冒険者がしでかしたことを、仔細に報告すべきか、それとも暈して庇うか。そのことについて1日かけて即席一党と議論したのだ。
戦線を支える治療師が恐怖から敵前逃亡し、あわやレピドは命を落とすところだった。戦士の致命的一撃とレピドの連続行動によりなんとか魔物を討伐せしめたものの、逃げた治療師を探すのに思ったより時間を取られてしまった。そして昨日、泣きじゃくる少女を発見して宥めすかし、街まで帰還したのだ。
一党は冒険者ギルドに併設された酒場の隅のテーブルに集まっていた。レピドと治癒師の少女以外には、戦士と射手がひとりずつ。いずれも近々引退を考えているという手練れで、新人の少女とともにレピドにも依頼の最初から最後まで世話を焼いてくれた。
「このたびは本当にすみませんでした」
「いや……」
治療師の少女は戻ってきたレピドを見るなり、頭を下げた。少女は冒険者を辞めるつもりだという。他のふたりも、それを止めるつもりはないようだった。
庇えば、他の冒険者たちに示しがつかない。暈して報告すれば、虚偽申告となり罰則もありうる。少女は自らの行いでレピドを、運命共同体である一党を危険に晒した責任を取ると言った。
「あまり……泣くな」
レピドは言葉を選ぶ。冒険者としては決して軽く済ませられる行為ではないゆえに、人目のあるところで「気にするな」とも「俺は気にしていない」とも言えない。すでに他のふたりに絞られたということもあり、レピドからこれ以上何か言う必要も感じていない。
少女は今回が初めての依頼ではなかったようだが、這者と戦うのははじめてだった。這者の悍ましい異形の貌を見て死の恐怖に囚われ、その攻撃を受けたことで完全に戦意を喪失してしまったのだ。
冒険者たちの間では、珍しくもない話だという。
冒険者ギルドに所属している冒険者が皆、授恵者というわけでも、胆力のある者でもないのだから。
── ○ ──
レピドは依頼の報告を以て、3人と別れた。手練れのふたりはもう少し彼女を見守るようで、レピドにも「今後何かあれば遠慮なく頼ってほしい」と連絡先を渡してきた。後進を育成している者としては、やはり少女のこともレピドのことも気にかかるのだろう。
正直、レピドは今回のことをそれほど気にしていなかった。少女が感じていた「死の恐怖」というものに、レピドは深い共感を覚えなかったからだ。
そこにいるなら殴れる、殴れるなら倒せる――レピドにとって、這者に限らず敵性体とはそういうものだからだ。
レピドにとって恐ろしものは、逆に自分の力ではどうしようもできないこと――不確かな記憶、変えられない過去、それが「罪」となって自身を苛むであろう瞬間だ。
数日ぶりの我が家に帰宅したレピドは、そのまま机に向かう。記憶が鮮明であるうちに『日記』を書き残しておく必要があるからだ。
レピドには記憶の欠落がある。それがおそらく後頭部にある【石】に関連してのことだということは、冒険者ギルドのほうから説明を受けていた。ホムンクルスという存在はまだわからないことが多い、とも。
レピドは日記帳を開き、ふと思い立ってぱらぱらとめくった。
「こうして見返すと、色々あったんだな……」
半年にも満たない間に綴られた内容ではあるが、そのひとつひとつを思い出すことができた。もし、いつかまた忘れてしまうことがあっても思い出せるようにとつけはじめたものだが、期待以上に役に立っている。
『おれのなまえ れぴど くろさいと』
しかし最初の頁に書かれた不慣れな筆跡に、レピドはふと、言いようもない不安を覚える。
文字の読み書きは日を追う毎に上達している。まるで、思い出すように。
『「自己」の認識が記憶の連続性に依存するならば――』
知らない声が思い起こされる。
『途切れた記憶の前と後に存在する「俺たち」は、一体何者だ?』
「くるるぅ……」
耳鳴りがするほどの静寂を破ったのは、飼い猫の甘え鳴きだった。レピドは鳴き声のした方を振り返る。少し開け放していた窓から我が物顔で侵入してきた猫は、つぶらな双眸でレピドに餌を強請っていた。
「……もし、俺が大罪人だったとしても、ショウガは俺を待っててくれるか?」
「くるぅ?」
言葉こそ通じないが、ショウガはレピドが抱く不安を感じ取ったのか、その膝の上に飛び乗ると胸元に頭を擦り付け喉を鳴らす。膝の上の温もりに、レピドは目を細めた。
今回同行した新米冒険者がしでかしたことを、仔細に報告すべきか、それとも暈して庇うか。そのことについて1日かけて即席一党と議論したのだ。
戦線を支える治療師が恐怖から敵前逃亡し、あわやレピドは命を落とすところだった。戦士の致命的一撃とレピドの連続行動によりなんとか魔物を討伐せしめたものの、逃げた治療師を探すのに思ったより時間を取られてしまった。そして昨日、泣きじゃくる少女を発見して宥めすかし、街まで帰還したのだ。
一党は冒険者ギルドに併設された酒場の隅のテーブルに集まっていた。レピドと治癒師の少女以外には、戦士と射手がひとりずつ。いずれも近々引退を考えているという手練れで、新人の少女とともにレピドにも依頼の最初から最後まで世話を焼いてくれた。
「このたびは本当にすみませんでした」
「いや……」
治療師の少女は戻ってきたレピドを見るなり、頭を下げた。少女は冒険者を辞めるつもりだという。他のふたりも、それを止めるつもりはないようだった。
庇えば、他の冒険者たちに示しがつかない。暈して報告すれば、虚偽申告となり罰則もありうる。少女は自らの行いでレピドを、運命共同体である一党を危険に晒した責任を取ると言った。
「あまり……泣くな」
レピドは言葉を選ぶ。冒険者としては決して軽く済ませられる行為ではないゆえに、人目のあるところで「気にするな」とも「俺は気にしていない」とも言えない。すでに他のふたりに絞られたということもあり、レピドからこれ以上何か言う必要も感じていない。
少女は今回が初めての依頼ではなかったようだが、這者と戦うのははじめてだった。這者の悍ましい異形の貌を見て死の恐怖に囚われ、その攻撃を受けたことで完全に戦意を喪失してしまったのだ。
冒険者たちの間では、珍しくもない話だという。
冒険者ギルドに所属している冒険者が皆、授恵者というわけでも、胆力のある者でもないのだから。
── ○ ──
レピドは依頼の報告を以て、3人と別れた。手練れのふたりはもう少し彼女を見守るようで、レピドにも「今後何かあれば遠慮なく頼ってほしい」と連絡先を渡してきた。後進を育成している者としては、やはり少女のこともレピドのことも気にかかるのだろう。
正直、レピドは今回のことをそれほど気にしていなかった。少女が感じていた「死の恐怖」というものに、レピドは深い共感を覚えなかったからだ。
そこにいるなら殴れる、殴れるなら倒せる――レピドにとって、這者に限らず敵性体とはそういうものだからだ。
レピドにとって恐ろしものは、逆に自分の力ではどうしようもできないこと――不確かな記憶、変えられない過去、それが「罪」となって自身を苛むであろう瞬間だ。
数日ぶりの我が家に帰宅したレピドは、そのまま机に向かう。記憶が鮮明であるうちに『日記』を書き残しておく必要があるからだ。
レピドには記憶の欠落がある。それがおそらく後頭部にある【石】に関連してのことだということは、冒険者ギルドのほうから説明を受けていた。ホムンクルスという存在はまだわからないことが多い、とも。
レピドは日記帳を開き、ふと思い立ってぱらぱらとめくった。
「こうして見返すと、色々あったんだな……」
半年にも満たない間に綴られた内容ではあるが、そのひとつひとつを思い出すことができた。もし、いつかまた忘れてしまうことがあっても思い出せるようにとつけはじめたものだが、期待以上に役に立っている。
『おれのなまえ れぴど くろさいと』
しかし最初の頁に書かれた不慣れな筆跡に、レピドはふと、言いようもない不安を覚える。
文字の読み書きは日を追う毎に上達している。まるで、思い出すように。
『「自己」の認識が記憶の連続性に依存するならば――』
知らない声が思い起こされる。
『途切れた記憶の前と後に存在する「俺たち」は、一体何者だ?』
「くるるぅ……」
耳鳴りがするほどの静寂を破ったのは、飼い猫の甘え鳴きだった。レピドは鳴き声のした方を振り返る。少し開け放していた窓から我が物顔で侵入してきた猫は、つぶらな双眸でレピドに餌を強請っていた。
「……もし、俺が大罪人だったとしても、ショウガは俺を待っててくれるか?」
「くるぅ?」
言葉こそ通じないが、ショウガはレピドが抱く不安を感じ取ったのか、その膝の上に飛び乗ると胸元に頭を擦り付け喉を鳴らす。膝の上の温もりに、レピドは目を細めた。