あれから彼女はどうしたか

キャラクターノベル制作 樫木間黒納品 2022年12月31日 11時33分43秒

「ノノアちゃん、休憩にしないかい?」
「はい、おじさま。ありがとう」
「昼ご飯もあるよ。こっちへ食べに来なさいね」
「おばさまも、いただくわ」

 南部鎮守都市ヴィントの奪還を果たし、帝国難民達が各々帝国崩壊以前と同じ生活――とは言えないものの、一応の平穏を取り戻した頃。ノノアは元帝国の民の中に混じり片田舎で静かな日々を送っていた。
 村の住民(ご近所さん)はすぐに顔と名前が頭に入るほど少ない、本当に耕地と家畜以外に何も無い静かな所だ。隣家の老夫婦の世話になりながら頭に届くほどの鍬を振り回す小柄な獣人の少女(ハーフビースト)が、嘗ての帝国軍人であり冒険者の「ノノア」と知る者は誰もいない。見た目の割にちょっと動ける少女がいても、「まあそういうものか」と疑う様子がない。難民達の中から授恵者に目覚める者が増えたという話は、ノノアをこの環境に溶け込ませる一因となったのだろう。

 冒険者としては半ば引退状態だが、何があってもいいように一応籍は残している。完全に止めた訳じゃない。
 ノノアが隠遁生活を始めたのは何か嫌な事があったとかそういうのではない。冒険者という仕事を通じて親しい友人や信頼できる戦友はたくさんできた。誰もがいい人で、一緒にいて居心地が悪いと感じた事もなかったはずだ。ただ何となく、気づいたら最前線から離れてしまっていただけで。その頃も食い扶持が稼げる程度には仕事をしていたが、個人が漫然と日々を続けていても周囲は劇的に変わり行くものだ。出来事の先頭へ行く暇を何となく見失っている内に、ヴィントが奪還された。

(最初は離れ離れになった両親を探すためだったけど)

 冒険者稼業を続けながら闇雲に情報を探しても、手がかりは見つからなかった。
 無為に過ごしていた訳ではない。『不要物』の処分は必要な仕事で、誰かに全部任せようにも人の営みに害を成す『悪』は多すぎてキリがない。だから両親の捜索を忘れないのは大前提として、このまま漫然と冒険者をやってもいいつもりではいた。――今よりも帝国の奪還が滞っていれば。
 ノノアの両親は娘が幼い時分から教育を叩き込むような生粋の帝国軍人だ。その両親が都市の一部が奪還されたと聞いて、帝国の皇子やその家臣達が動いていると聞いて黙っていられるだろうか。

(そんな事ないわよね)

 理由があって動けないのか、それとももう動いているのか。

 何方にせよ、両親の情報を求めるなら見境なく動き回るよりも帝国の近くにいた方がより確実に思えた。
 既に亡くなっているのならその時はその時。薄情(ドライ)に思われるかもしれないが、ノノアはその辺りの割り切りがハッキリとしている少女だった。これも両親の教育(訓練)の賜物だろうか、というのはさておき。

「美味しいかい?」
「ん、美味しい」

 今日のお昼は農作業の合間でも食べやすいようにと作られたサンドイッチ。バケットに挟んであるのは新鮮なレタスと生ハム。簡単な料理だがこの村で採れた物を使ったから鮮度とか、達成感(スパイス)が違うから昔食べた野営食より美味しく感じるのだろうと思った。

「ごちそうさま」
「もう行くのかい?」
「若い子は食べるのが早いわねぇ」
「ええ、今は収穫の時期だから少しでも早めにやっておかないとね」

 若いのは羨ましいと、冗談交じりにああだこうだ言い合う老夫婦を遠目に見つつ農作業に戻る。

 程々の距離感(ちょうどいい)。
 ノノアに疑問を持たず、これまでの経緯を聞こうともしない。興味がないというより、無理強いせずとも何れ時が来たら話してくれるだろう――という気遣い。このぬるま湯のような空気が求めていたものだ。
 帝国民の近くで、帝国軍人だった者の情報を得ようとするのなら再結成された軍に合流する手もあった。そうしなかったのは戦場から離れて自分を振り返りたい考えもあったからだ。
 これからどう生きるか、何をするべきか。何もしないでいるのもつまらないが、考えを纏めるには落ち着いた空気が必要だ。血と鉄の匂いが飛び交う鉄火場から離れ、魔獣や蛮族(バルバロイ)も滅多に現れない小さな村へ。
 農地以外に広い施設がない、ある意味では狭いぬるま湯は人生の休憩地点として最上だった。

●
 農家の一日はのんびりしているようで目まぐるしい。
 収穫を終えた頃にはすっかり日が傾いて、また食事に誘われる。因みに今日の晩御飯は根菜を煮て作ったスープとパン。麦は今の時期の収穫物の代表格で馴染みが深い。牛乳(ミルク)は他の農家と取引して貰った物だ。ノノアの家にもある。
 そしてこの老夫婦は帝国崩壊の動乱で娘夫婦一家を失くしたから、ノノアのような小さい娘を黙って見てられない気がする――と言っていた記憶がある。それは今みたいに、食事の席で零した言葉だった。
 孫も無事育っていたら、ノノアぐらいの背丈だっただろうとも。ノノアの実年齢が体格より成熟している事はさておき、だが。

「そっちの畑の調子はどうだい?」
「いい感じね。冬用の野菜も問題なく育っていたから、採れた時はまた美味しいスープをお願いするわ。
 ……でも、麦の刈り入れは重いから大変ね」
「はは、まあ仕方ないよ。ノノアちゃんはまだ小さいんだから」
「まあ! こう見えておじさまより力持ちだったりするのよ?」
「この人年々腰が弱ってるんだし、意外とノノアちゃんの言う通りかもしれないねぇ?」
「はは、これは一本取られてしまったなぁ……」

 これといった損も得もない談笑。
 暖炉とランプの灯りだけが頼りの食卓。
 これぞ自給自足の民の夕飯時。何年もこんな暮らしをしていた訳でもないのに安心感すらある。
 
 空になった器を置いて、老夫婦の談笑に暫く付き合ってから自分の家に戻る。
 今のノノアの住処は老夫婦の住む一軒家と大して変わらない。村に人が戻って来た時に改装したらしいが違いはよくわからない。お湯を浴びて一日の汗を洗い流し、寝間着に着替えてベッドに転がる。
 ベッドから見える自室の壁には黒い服がかけられている。襟も袖も綺麗に整えられたそれは軍服――冒険者を始めた折からずっと大切に扱い、仕事の時は必ず身に着けていた物だ。隠居生活を始めてからは一度も着ていない。が、埃が溜まらないように毎日手入れしている。愛用の短剣もだ。住民が戻れるほど安全になったとは言ってもこんな世の中、何時外敵に襲われるかわからない。ならば備えを怠る理由はない。きっと、この村に何があった時一番戦える存在はノノアという事になるだろう。であれば余計に。
 惜しいのは軍服だけでなく、他沢山の御洒落着が仕舞ったままという事か。気分転換に着て出かける事はある――何より近所からの評判(ウケ)がいい――が、土で汚れてはいけないので基本はつなぎ。その下に着る服も動きやすい物であるように意識している。

(そういえば、おじさまが明日商人が来ると言ってましたわ。街の方へお出かけしてもいいかも……)

 うつらうつら、考え事をしながら毛布に包まって温まると眠くなる。
 明日も朝早くから農作業がある。水をやって、草むしりして、世話をして収穫をして……ああ、老夫婦の勧めで飼っている卵用の鶏の面倒も見なければならない。
 ゆっくり身の振り方を考え直すつもりで始めたが、結局忙しさでは以前と変わらないのでは? なんて、ほくそ笑みながらノノアは目を瞑って夢の世界に堕ちる。


  おやすみなさい。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0