右か、左か

キャラクターノベル制作 革酎納品 2022年10月23日 09時33分14秒

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 リーンエス王国北部の町ホークヤードは、領主ホークヤード侯爵の鋭い政治的手腕による統治もあって、一年を通して大きな事件が少なく、そして賑やかな町でもある。
 商業街区は常にひとびとの活気で溢れ、大小様々な商店街が幾本もの通りを構成している。
 しかしそれなりの人口があるということは、逆をいえばそれなりの犯罪も起こり易いということだ。ホークヤード警備隊は毎日、大小様々な事件や事故の処理に追われており、忙しくない日など皆無ではないかとすらいわれている。
 そんな中にあって、警備隊捜査担当のデリック・エズモンドは比較的時間に余裕のある方だ。彼も警備隊である以上、日々のパトロール業務はしっかりこなしているが、捜査担当という肩書もある為、いざ難事件が勃発すれば日常業務よりも捜査任務の方が優先される。
 その為、通常の警備隊業務では割りと軽め且つ負担の小さい業務を担当することが多いらしく、その所為か友人の探偵事務所に入り浸って油を売っていることも珍しくなかった。
 ところが秋も深まり始めてきた1222年のある日、デリックは珍しく捜査担当としてではなく、通常パトロール勤務に於いて忙しく駆け回ることとなった。
 発端は、商業街区で発生した強盗事件。
 犯人は白昼堂々と雑貨を扱う個人商店に押し入り、刃物をちらつかせて売上金を奪おうとした。粗末な麻の目出し帽の様なものを被り、大して刃渡りの無い安物の小剣を携えていた。
 ところが雑貨店の店主は負けじと大型の戦斧を取り出し、反撃した。これには強盗の方が驚いてしまい、結局何も取らずに慌てて逃げ出した。
 しかし、未遂とはいえ犯罪は犯罪だ。
 店主は大声を張り上げ、強盗未遂犯が逃げたと叫んだ。その叫び声がのんびりと散歩がてらの警邏中だったデリックの耳に飛び込んできた、という訳である。
「強盗かぁ……偶には真面目に仕事しておかねぇと、上から睨まれるしなぁ。ひとつ頑張って、追いかけてみるか」
 つい先程買い求めたサンドイッチを無理矢理喉の奥に押し込み、デリックは声が響いた方向へと駆けた。
「あっちだ! あっちに逃げたぞ!」
 デリックはすぐさま件の店主のもとへと駆け付け、犯人の容貌と背格好、逃走方向などを手早く聞き出す。
「悪いが、その辺に居る他の警備隊にも伝えてくれ。俺は犯人を追いかける」
 それだけいい残して、デリックは強盗未遂犯が走り去っていったという裏通りへと踏み込んでいった。

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 途中、強面の警備隊員が合流してきた。
 商業街区警備を担当するファブリス・ハワード。警備隊内の立ち位置としては、デリックの部下に当たる男だった。
「班長、ホシはどこへ?」
「この先だ、お前はあっちへ廻れ」
 デリックもファブリスも警備隊では体力自慢で知られており、相手が授恵者ではない一般人であれば、大抵の場合走力で劣ることは無い。
 ふたりは二本の大通りから挟み撃ちにする格好で裏通りを駆けた。そして、とある丁字路で合流した。
「この先は行き止まり……確か公衆便所があるんだったな」
「ほとんど掃除もされていない、臭い便所ですけどね」
 ホークヤードはそれなりに整備された町ではあるが、下水事情は必ずしも完璧という訳ではない。各家庭に厠が完備されているという訳でも無く、地区によっては公衆便所が設置されている。
 勿論水洗式である筈も無く、大抵は近隣農家の肥溜めへと人力で移送処理が行われるケースが多い。
「お……犯人め、捨てていきやがったな」
 途中、目出し帽と小剣が放り出してあった。こんな目立つ物を身に着けたまま逃げるのは不利だと判断したのだろう。どうやら、その程度の冷静さはある様だ。
 ファブリスは証拠品であるこのふたつを、専用の証拠袋の中へとねじ込む。一方のデリックは、件の公衆便所へと足を踏み入れた。
 そこで思わず、眉間に皺を寄せる。
 個室が三カ所。いずれも誰かが籠って、用を足している最中だった。勿論、他に逃げ道は無い。
 犯人はこの個室のいずれかに潜んでいると見て良いだろう。
 だが――。
「参ったな……犯人は、どの個室に入ってるんだ?」
 個室内に籠っている利用者は、自分が用を足している間に、他の個室に誰かが入ってきたとしても然程に気にしないだろう。ましてや犯人ともなれば、自分が最初に入っていたと嘘をつくに決まっている。
「班長、居ましたか……って、個室? それも全部、埋まってるんですか」
 証拠品を回収して追い付いてきたファブリスも、公衆便所内に足を踏み入れた瞬間にデリックと同じ様な反応を見せた。
 厄介なことになりそうだと、ふたりは渋い表情で互いの顔を見合わせた。

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 デリックとファブリスは、個室に入っていた利用者三人が全員出てくるのを待った。
 その間、何人かの警備隊員が応援に駆けつけてきている。これで犯人をこの場から取り逃がす心配は無くなったが、問題はどうやって特定するか、だ。
 個室を出てきた三人は、いずれも何食わぬ顔で公衆便所を去ろうとしたが、デリックが強盗未遂犯が逃げ込んだ旨を説明し、その場で足止め。
 当然ながら三人共、自分は無関係だと主張した。
「班長、この目出し帽を被らせてみましょう」
 ファブリスの提案で、証拠品の麻の目出し帽を三人の利用者それぞれに被らせて、どの男が犯人なのかを特定してみようという運びとなった。
 デリックは警備隊員のひとりを強盗未遂に遭った店へと走らせ、店主をここまで呼び寄せた。
 が、店主も強盗犯を撃退するのに必死で、目出し帽内の顔立ちや雰囲気までは、余り詳しく覚えていなかったらしく、個室の三人それぞれに目出し帽を被らせてみても、どの男が犯人なのかは判別出来なかった。
「まぁ、それもそうか……」
 デリックは仕方が無いと頭を掻いた。
 咄嗟の場合に、相手の顔をじっくり見て覚えることなど出来ない。人間の当然の心理であろう。
 この時、デリックはファブリスが手にしている証拠袋にふと、目をやった。そういえば証拠品は、もうひとつある。凶器に使用された小剣だ。
 勿論、刃傷沙汰には及んでいない為、血や肉片等がこびりついている訳ではない。
 だがここで、デリックはもうひとつのポイントを思い出した。確か個人商店の店主は、戦斧を振り回して抵抗したという話だった。
「ファブリス、その小剣を貸してくれ」
「これですか? 犯人を特定する手がかりになりますかねぇ?」
 疑念を滲ませながら、ファブリスは証拠袋内から問題の小剣を取り出した。
 片刃の剣であり、そのサイズから見ても当然ながら片手用だ。
 デリックはこの小剣こそが、犯人を特定する手がかりになるかも知れないと考えた。
「適当で良いから、この剣を持って簡単に構えてくれないか」
 三人の公衆便所利用者達に告げ、小剣を差し出したデリック。男達はいささか戸惑いながらも、それぞれが小剣を自分なりの形で構えてみせた。
(間違いないな……矢張り、こいつが決め手になった)
 正直なところ、デリックとしても小剣を構えさせての判別は多少の賭けではあった。が、今回はその賭けが良い方向に働いた。
「班長、分かったんですか?」
「まぁな。店主が戦斧で対抗したってのが、大きなヒントになった」
 笑いながら、デリックは店主の不思議そうな面持ちに視線を流した。

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 デリックは三人の男のうち、真ん中に佇んでいた貧相な中年男を指差した。
「あんたが強盗未遂犯だ。警備隊詰所まで、御同行願おうか」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 何で俺が犯人なんだ! 一体何の証拠があって決めつけてるんだ!」
 名指しされた男は喚きに喚いた。
 しかしデリックは片刃の小剣の右面に小さな疵があるだろう、と指差した。
「店主は戦斧を内から外へ薙ぐ様に抵抗したという話だ。つまり、右利きなら刃の左面に、左利きなら刃の右面に疵が残る。この小剣は片刃だから助かった。両刃だったら判断のしようが無かったな」
 いいながらデリックは、小剣の疵の箇所を軽く叩いた。
 疵が入っているのは右面、つまり犯人は左利きだった。
 先程デリックが三人の男達にこの小剣を構えさせた時、真ん中の中年男だけが左手に携えて構えた。
 それで、ピンときたのである。もしも左利きが複数居たならば、それはそれで少々面倒なことになっていたのだが、今回は幸運にも、左利きはひとりだけだった。
 多少の賭けというのはつまり、そういうことだったのだ。
「さっすが班長。見事な論理ですな。我が警備隊きってのキレ者ですよ」
「いや……今回はかなり運に任せた部分もあったからな。必ずしも論理で完璧に読み解いたとはいえない」
 そう、完全に確率論だった。
 もし左利きがもうひとり居たら。
 或いは、三人が全員左利きだったら、最早その時点でお手上げだったかも知れない。
 そして何より、店主が戦斧を用いて強盗犯に抵抗したというのも大きかった。彼が勇敢でなかったら、或いは戦斧以外の武器を使っていたら、更に事態は面倒な方向に傾いていただろう。
 いうなれば、今回は色々な偶然が重なった結果に助けられたに過ぎない。
 運に助けられたというのは、デリック自身が誰よりもよく理解していた。
(あいつなら、もっと違う視点で追い詰めていたんだろうけどな)
 デリックはふと、ある探偵事務所を経営するドワーフの若き面立ちを脳裏に思い浮かべた。彼なら、どの様にして犯人を追い詰めていただろうか。
 しかし今回は、紛いなりにも自力で犯人を特定するに至ったのだ。多少は誇っても良いかも知れない。
(それにしても、三人の利用者が全員ヒューマンで良かったな。ひとりでもヒューマン以外が居たら、ファブリスが余計に事態をややこしくしていただろうな)
 典型的なヒューマン至上主義の部下に、デリックは内心で苦笑を禁じ得なかった。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0