そして彼は世界を巡る
プロローグノベル制作 望月誠司納品 2020年12月08日 18時04分02秒
赤い瞳は悪魔の瞳。
だから森の妖精達は悪魔の子を閉じ込めた。
●
轟音と激震と共に灰色の天地が崩落した。
闇が訪れた。
少年はしばしの間、闇の中で身を固めていた。
やがてゆっくりと――徐々に速く――動き出した。
●
身体のあちこちに擦り傷を作り、息を切らしながら、地上へと這い出ると、眩い光が瞳に飛び込んできた。
あまりの光量に反射的に目を閉じてから、もう一度、薄くゆっくりと赤い瞳を開けてゆく。
ぼやけた景色が徐々に馴染んでくる。
輝く緑と深い青が視界一杯に広がった。
白く眩く燃える存在が空の高い所で光を放っていた。
夏の陽を浴びて、まばらに立つ樹々が緑の葉を艶やかに輝かせている。
一陣の風が涼やかに吹いた。
洞窟内では嗅ぐ事がなかった、独特の匂いを鼻の奥へと運んで来る。
風に全身を撫でられる感触は新鮮だった。灰色の世界では風は吹かなかった。
少年は明るい緑色の草々を踏み越え傾斜を登った。
長く伸びた金糸のような髪が夏風の手に梳かれて後ろへと流れてゆく。
丘上に立って彼方を見渡せば、雄大に広がる緑の大地と、遠くに点在する色鮮やかな巨大な建造物が見えた。
あれは一体、なんだろう?
だがそれよりも、
(―――なんて、綺麗なんだ)
目に映るすべてが、美しかった。
灰色だけの場所から抜け出して、少年は“世界”と出会ったのだ。
●
真っ赤に燃える陽が西の空に沈み、東の空から白い月が登る。
暗黒の敷地を背景に煌く星々が踊った。
やがて輝く夜の眷属達は西へと去り、再び東から鮮烈に燃える黎明の黄金が甦る。
昼と夜とを幾度、繰り返した事だろう。
だが何度見ても美しかった。
水と山岳とが織り成す谷底の狭隘に建つ、西と東との道が交わる街を訪れた時の事だ。
風に十字の羽を立てて回す建造物達が、夕陽の赤光を浴びて輝いている。
風車の動力を用いて地下から水が汲み上げられ、街には水路が巡らされていたが、酒を飲んで酩酊した男が水路に落ちてしまい、ちょっとした騒ぎになっていた。
旅の途中、通りがかったセオドア・カザツキは、街の衆と協力して男を引っ張りあげ、エーテルの術を用いて簡単な治癒を行った。
「ああ、助かったよ旅の御仁。あの酔っ払いのロクデナシ、気をつけろっていうのに、しょっちゅう用水路に落ちるのさ!」
「はは、私の治癒術で治せる範囲で良かったですよ」
旅装に身を包むセオドアは妙齢の婦人に対し赤い瞳を柔らかく細めて微笑んだ。
おそらく、この婦人は酔っぱらった男の縁者なのだろう。
「手間かけさせたねぇ。あんまり多くは払えないんだけど……」
「いえ、困った時はお互い様ですよ。それより、代わりと言っては何ですが――この辺りに景色の良い場所はありますか?」
●
エルフの青年は婦人から教えて貰った場所へと向かう途中、街中央部の賑わいを目にした。
道の左右に所狭しと出店や露店が並んでいる。
通りをゆく人々も人数、種類ともに多く、色鮮やかな布切れで豊満な身を飾り立てた肌も露わな旅芸人の女、上等な衣服に身を包んだ地元の商人や街人、農作業帰りなのか土まみれの粗末な衣服にクワを担いだ農民、遠来を旅してきたのであろう薄汚れた旅装姿の旅人、荷馬を引き連れた商人、その護衛らしき傭兵達、等々、多種多様な人々で溢れかえっている。
その中で分類されるならばセオドアは異国の旅人だった。
彼は露店の一つにふと興味を惹かれ、並べられていた装身具を手に取ってしげしげと眺めた。
どうやら色とりどりの小さな球を紐で通して繋げネックレスとしているようだ。
店主曰くでは、山と風の精霊の加護が籠められていて身に着けていると幸運を呼ぶ効果があるのだという。
「いやぁ、素晴らしい……! 店主さん、これはいくらかな?」
値段を尋ねるとお手頃価格だった。
首だけでなく腕に巻くものもセットであるのだそうで、折角なのでそれも一緒に購入した。
早速、装身具を身に着けて上機嫌になった――彼は大体いつも静かに上機嫌だったが――セオドアは教えられた道を通り、崖上へと出た。
崖上からは夕陽を浴びて黄金色に染まった山間部の街の様子が一望出来た。
谷を吹き抜ける風が巨大な羽を回し、地下深くから組み上げられた透き通った水が、張り巡らされた水路を通って金色に煌いている。
煌きに沿って豊かな緑の農地が広がり、それらは谷底の傾斜に従い彼方まで続く。
東と西とを繋ぐ道には、大勢の多様な人々が行き交い賑わいを見せていた。
空を渡る風と巡る豊かな山水、そして人々の営み、天地とそこに生きる命達の一つの調和の形がここには息づいているような気がした。
「ふふ……まったく、美しいな! この世界は!」
青年は破顔して両手を広げた。
ああ、まだまだ――いまだ見ぬ世界を見てみたい。
次は、何処に行こうか?
だから森の妖精達は悪魔の子を閉じ込めた。
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轟音と激震と共に灰色の天地が崩落した。
闇が訪れた。
少年はしばしの間、闇の中で身を固めていた。
やがてゆっくりと――徐々に速く――動き出した。
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身体のあちこちに擦り傷を作り、息を切らしながら、地上へと這い出ると、眩い光が瞳に飛び込んできた。
あまりの光量に反射的に目を閉じてから、もう一度、薄くゆっくりと赤い瞳を開けてゆく。
ぼやけた景色が徐々に馴染んでくる。
輝く緑と深い青が視界一杯に広がった。
白く眩く燃える存在が空の高い所で光を放っていた。
夏の陽を浴びて、まばらに立つ樹々が緑の葉を艶やかに輝かせている。
一陣の風が涼やかに吹いた。
洞窟内では嗅ぐ事がなかった、独特の匂いを鼻の奥へと運んで来る。
風に全身を撫でられる感触は新鮮だった。灰色の世界では風は吹かなかった。
少年は明るい緑色の草々を踏み越え傾斜を登った。
長く伸びた金糸のような髪が夏風の手に梳かれて後ろへと流れてゆく。
丘上に立って彼方を見渡せば、雄大に広がる緑の大地と、遠くに点在する色鮮やかな巨大な建造物が見えた。
あれは一体、なんだろう?
だがそれよりも、
(―――なんて、綺麗なんだ)
目に映るすべてが、美しかった。
灰色だけの場所から抜け出して、少年は“世界”と出会ったのだ。
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真っ赤に燃える陽が西の空に沈み、東の空から白い月が登る。
暗黒の敷地を背景に煌く星々が踊った。
やがて輝く夜の眷属達は西へと去り、再び東から鮮烈に燃える黎明の黄金が甦る。
昼と夜とを幾度、繰り返した事だろう。
だが何度見ても美しかった。
水と山岳とが織り成す谷底の狭隘に建つ、西と東との道が交わる街を訪れた時の事だ。
風に十字の羽を立てて回す建造物達が、夕陽の赤光を浴びて輝いている。
風車の動力を用いて地下から水が汲み上げられ、街には水路が巡らされていたが、酒を飲んで酩酊した男が水路に落ちてしまい、ちょっとした騒ぎになっていた。
旅の途中、通りがかったセオドア・カザツキは、街の衆と協力して男を引っ張りあげ、エーテルの術を用いて簡単な治癒を行った。
「ああ、助かったよ旅の御仁。あの酔っ払いのロクデナシ、気をつけろっていうのに、しょっちゅう用水路に落ちるのさ!」
「はは、私の治癒術で治せる範囲で良かったですよ」
旅装に身を包むセオドアは妙齢の婦人に対し赤い瞳を柔らかく細めて微笑んだ。
おそらく、この婦人は酔っぱらった男の縁者なのだろう。
「手間かけさせたねぇ。あんまり多くは払えないんだけど……」
「いえ、困った時はお互い様ですよ。それより、代わりと言っては何ですが――この辺りに景色の良い場所はありますか?」
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エルフの青年は婦人から教えて貰った場所へと向かう途中、街中央部の賑わいを目にした。
道の左右に所狭しと出店や露店が並んでいる。
通りをゆく人々も人数、種類ともに多く、色鮮やかな布切れで豊満な身を飾り立てた肌も露わな旅芸人の女、上等な衣服に身を包んだ地元の商人や街人、農作業帰りなのか土まみれの粗末な衣服にクワを担いだ農民、遠来を旅してきたのであろう薄汚れた旅装姿の旅人、荷馬を引き連れた商人、その護衛らしき傭兵達、等々、多種多様な人々で溢れかえっている。
その中で分類されるならばセオドアは異国の旅人だった。
彼は露店の一つにふと興味を惹かれ、並べられていた装身具を手に取ってしげしげと眺めた。
どうやら色とりどりの小さな球を紐で通して繋げネックレスとしているようだ。
店主曰くでは、山と風の精霊の加護が籠められていて身に着けていると幸運を呼ぶ効果があるのだという。
「いやぁ、素晴らしい……! 店主さん、これはいくらかな?」
値段を尋ねるとお手頃価格だった。
首だけでなく腕に巻くものもセットであるのだそうで、折角なのでそれも一緒に購入した。
早速、装身具を身に着けて上機嫌になった――彼は大体いつも静かに上機嫌だったが――セオドアは教えられた道を通り、崖上へと出た。
崖上からは夕陽を浴びて黄金色に染まった山間部の街の様子が一望出来た。
谷を吹き抜ける風が巨大な羽を回し、地下深くから組み上げられた透き通った水が、張り巡らされた水路を通って金色に煌いている。
煌きに沿って豊かな緑の農地が広がり、それらは谷底の傾斜に従い彼方まで続く。
東と西とを繋ぐ道には、大勢の多様な人々が行き交い賑わいを見せていた。
空を渡る風と巡る豊かな山水、そして人々の営み、天地とそこに生きる命達の一つの調和の形がここには息づいているような気がした。
「ふふ……まったく、美しいな! この世界は!」
青年は破顔して両手を広げた。
ああ、まだまだ――いまだ見ぬ世界を見てみたい。
次は、何処に行こうか?