牙持たぬ獣が物思ふには
プロローグノベル制作 夜帷かもめ納品 2020年12月23日 18時02分46秒
「おはようっ!」
「おやすみなさい!」
そんな毎日が繰り返されることを、疑っていなかった。
当たり前のように朝日は昇ってくるし、季節の巡りに合わせた農作業は待ってはくれない。家族がそこに居るのと同じように、呼吸するほどのさり気なさを伴って――『ハーフビーストである』ということはワタシのこれまでと共にあったんだ。
朝から晩まで、家族と共に畑に出て仕事をする。森で日々の恵みを採り、夜には糸を紡ぐ。そうして得た糧に感謝して、夜ごとの眠りに就く。年に二度は領主へ税や作物も納めなければならない。それは、そういうものだった。だって、お父さんもお母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも――そのずっと前のご先祖様だって、そうしていたから。
この地に生きるという事は、ハーフビーストの村人であるという事は。誰かの定めた道の上を愚直に歩んでいくようなもの。ワタシたちの生活はそういうものだって、信じていたんだ。
あの日までは。
●
珍しく、冒険者のパーティが村を訪れた。なんでも近くの山に中型のクリーパーが出たから、それを討伐に行くらしい。その一行の中に、彼女は居た。雪のように真っ白な毛並みに、月よりもなお一層の光を集めて爛々と輝く瞳。しなやかだが鍛えられた体躯は女性とは思えぬほどに力強く、歴戦の戦士であることが佇まいだけでそれと分かる。
トゥーリがこれまでに見たことが無い、狼種のハーフビーストであった。
「アンタ、ちょっとスジがいいね」
「人の為になることをするってのは、なかなか難しいもんさ」
「戦う者として死ねるのなら、アタシは本望だね」
クリーパーを討伐する間の拠点として村に滞在する間、ルパと名乗ったそのハーフビーストはトゥーリに様々な事を語った。生い立ちのこと、これまでに旅してきた地のこと、これからの目標――。生まれ育った村を離れたことがないトゥーリにとって、それらの全てが新鮮だった。
そして、ルパを見る授恵者パーティの一行の、その視線も。
ヒューマンも、エルフも、ドワーフもパーティにはいた。だが、彼らは皆それぞれに自分たちの技能に誇りを持っており、お互いに仲間を尊重している。そこにはルパという個人はあっても、種族の壁はない。
――村の外でトゥーリに向けられる視線とは異なる意味が、ルパを取り巻く世界にはあった。むしろパーティの中でも年かさな方に入る彼女は、一行にとって掛替えのない存在として尊敬を集めていた。
識るまではそれと思うことは無かったが、気が付いてしまってからは言い様のない思いが滓のようにトゥーリの胸の底で渦巻いている。ハーフビーストに、向けられる目線というのは……こうも、昏い色をしているのか。ワタシたちが収穫した作物を食べて、街の人たちが送っている生活は――どうして、ワタシたちよりも明るくて暖かさに満ちて、豊かなのだろうか。
『ワタシはワタシである限り、ずっとこのままなのかな?』
お父さんもお母さんも、答えてはくれなかった。今ならば分かる。答えられなかったのだろう。善良で、健康な肉体と精神を持つハーフビーストが願ったからと言って、変えられるような仕組みではない。世界はそんなに甘くない。それで反逆の罪なんかに問われちゃったら、それこそ一大事だ。それに――困ってない。今だって生きていけるのだ。
「文句を言っちゃ、いけないよ」
つまりは、そういう事だ。
――ルパは、違った。
●
「トゥーリ、アンタはどうしたいんだい?」
問われて、ワタシは答えることが出来なかった。おかしいな、どうしたいんだろう。
いい暮らしがしたいのかな?
村を出たいのかな??
それとも???
色々と言いたいことや思っていることはあるはずなのに、うまく言葉に出来ない。
口に出すと、今の幸せな生活がどうしようもなく壊れちゃう気がして。
頭を抱えて悩むワタシにルパが掛けてくれた言葉。今でも覚えてるよ。
「アンタがやりたい事を、やりな」
それが出来るだけの恵みは、女神様からも家族からも貰っているはずだ。そう言って、ひとつペンダントをワタシの首に掛けてくれた。ぴかぴかに磨かれた、大きな牙の首飾り。
「これはアタシの牙だったんだけどね」
そう言ってニッと笑った口元は、確かに一本、牙が欠けている。授恵者として駆け出しだった頃に負った傷と、折られた牙。その反省を忘れぬようにと願を懸けて首飾りとして仕立て上げた。願掛けの甲斐あってか、ルパは冒険者としても授恵者としても少し名の知られた存在にはなったけれど。
「アタシも子供の時分は悩んだり泣いたりもしたもんさ」
だから、トゥーリ。アンタも自分が思う侭に生きて――そして。
「アタシを追いかけてきな」
走り続けた先にしか見えない景色があるから。立ち上がるための力がその脚に備わっているのだから。
優しく背中を押してくれたその言葉は、今もずっと耳の奥に響いている。
「おやすみなさい!」
そんな毎日が繰り返されることを、疑っていなかった。
当たり前のように朝日は昇ってくるし、季節の巡りに合わせた農作業は待ってはくれない。家族がそこに居るのと同じように、呼吸するほどのさり気なさを伴って――『ハーフビーストである』ということはワタシのこれまでと共にあったんだ。
朝から晩まで、家族と共に畑に出て仕事をする。森で日々の恵みを採り、夜には糸を紡ぐ。そうして得た糧に感謝して、夜ごとの眠りに就く。年に二度は領主へ税や作物も納めなければならない。それは、そういうものだった。だって、お父さんもお母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも――そのずっと前のご先祖様だって、そうしていたから。
この地に生きるという事は、ハーフビーストの村人であるという事は。誰かの定めた道の上を愚直に歩んでいくようなもの。ワタシたちの生活はそういうものだって、信じていたんだ。
あの日までは。
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珍しく、冒険者のパーティが村を訪れた。なんでも近くの山に中型のクリーパーが出たから、それを討伐に行くらしい。その一行の中に、彼女は居た。雪のように真っ白な毛並みに、月よりもなお一層の光を集めて爛々と輝く瞳。しなやかだが鍛えられた体躯は女性とは思えぬほどに力強く、歴戦の戦士であることが佇まいだけでそれと分かる。
トゥーリがこれまでに見たことが無い、狼種のハーフビーストであった。
「アンタ、ちょっとスジがいいね」
「人の為になることをするってのは、なかなか難しいもんさ」
「戦う者として死ねるのなら、アタシは本望だね」
クリーパーを討伐する間の拠点として村に滞在する間、ルパと名乗ったそのハーフビーストはトゥーリに様々な事を語った。生い立ちのこと、これまでに旅してきた地のこと、これからの目標――。生まれ育った村を離れたことがないトゥーリにとって、それらの全てが新鮮だった。
そして、ルパを見る授恵者パーティの一行の、その視線も。
ヒューマンも、エルフも、ドワーフもパーティにはいた。だが、彼らは皆それぞれに自分たちの技能に誇りを持っており、お互いに仲間を尊重している。そこにはルパという個人はあっても、種族の壁はない。
――村の外でトゥーリに向けられる視線とは異なる意味が、ルパを取り巻く世界にはあった。むしろパーティの中でも年かさな方に入る彼女は、一行にとって掛替えのない存在として尊敬を集めていた。
識るまではそれと思うことは無かったが、気が付いてしまってからは言い様のない思いが滓のようにトゥーリの胸の底で渦巻いている。ハーフビーストに、向けられる目線というのは……こうも、昏い色をしているのか。ワタシたちが収穫した作物を食べて、街の人たちが送っている生活は――どうして、ワタシたちよりも明るくて暖かさに満ちて、豊かなのだろうか。
『ワタシはワタシである限り、ずっとこのままなのかな?』
お父さんもお母さんも、答えてはくれなかった。今ならば分かる。答えられなかったのだろう。善良で、健康な肉体と精神を持つハーフビーストが願ったからと言って、変えられるような仕組みではない。世界はそんなに甘くない。それで反逆の罪なんかに問われちゃったら、それこそ一大事だ。それに――困ってない。今だって生きていけるのだ。
「文句を言っちゃ、いけないよ」
つまりは、そういう事だ。
――ルパは、違った。
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「トゥーリ、アンタはどうしたいんだい?」
問われて、ワタシは答えることが出来なかった。おかしいな、どうしたいんだろう。
いい暮らしがしたいのかな?
村を出たいのかな??
それとも???
色々と言いたいことや思っていることはあるはずなのに、うまく言葉に出来ない。
口に出すと、今の幸せな生活がどうしようもなく壊れちゃう気がして。
頭を抱えて悩むワタシにルパが掛けてくれた言葉。今でも覚えてるよ。
「アンタがやりたい事を、やりな」
それが出来るだけの恵みは、女神様からも家族からも貰っているはずだ。そう言って、ひとつペンダントをワタシの首に掛けてくれた。ぴかぴかに磨かれた、大きな牙の首飾り。
「これはアタシの牙だったんだけどね」
そう言ってニッと笑った口元は、確かに一本、牙が欠けている。授恵者として駆け出しだった頃に負った傷と、折られた牙。その反省を忘れぬようにと願を懸けて首飾りとして仕立て上げた。願掛けの甲斐あってか、ルパは冒険者としても授恵者としても少し名の知られた存在にはなったけれど。
「アタシも子供の時分は悩んだり泣いたりもしたもんさ」
だから、トゥーリ。アンタも自分が思う侭に生きて――そして。
「アタシを追いかけてきな」
走り続けた先にしか見えない景色があるから。立ち上がるための力がその脚に備わっているのだから。
優しく背中を押してくれたその言葉は、今もずっと耳の奥に響いている。