神を識った日

プロローグノベル制作 紀藤トキ納品 2020年11月06日 20時22分07秒

 全ては平衡(バランス)である。GP教ではそう説いている。必然、その修業は過酷なものだった。
 奇跡中の奇跡を求めるのならば、相応の対価が必要となる。わかるだろう? と。
 なんか勝手にハードルを自分に課し続ける一派すら総本山にあった。

 不幸にして、ハッタ・ムラムラは忍耐強い男だった。
 皆が、疲れ切った顔で「神の声が聞こえたのです」と言い出す頃になっても、平然と苦行に耐えた。
 幸福なことに、ハッタ・ムラムラは忍耐強い男だった。
 周囲においていかれたとしても、一人で耐えることができるほどに。

「ふむ。ここから見える大樹林の樹木、数え切ってしまったか」

 一説によると48あるGP教の苦行の一つ。死別樹木の行(シベリアで樹を数えてろ)を終えてもまだ。
 彼のもとに神の声は聞こえない。

●
「なあ、そろそろ諦めたらどうだ、友よ」
「諦める? 何をだ」

 心底不思議そうに返すハッタに、処置無しと男が苦笑する。
 時をへて位階を上げたが、変わらずハッタを気に掛けている数少ない知人だった。

「では、次の行を伝える。白黒四六(リバーシ)の行だ。これは、これまでのような甘い行ではない。
 まさに終わりのない苦行……。いつ辞めても良い」
「明日の朝から始めよう。苦行と快眠、どちらを疎かにすることも教えに反する故な」

 悠然と歩み去るハッタの身体が以前より縮んだような気がして、友人は彼を止めるべきか人知れず悩んだ。
 実際のところ、苦行で神の声を聞くことなど滅多にないのではないかと、彼は思っている。
 みんな、精神か身体を痛めつけた結果、そう思い込んでいるだけなのではないか(もちろん自分が聞いたのは本当の神の声に違いないのだが)、と。

 ハッタは翌朝。一つの小石を選んだ。これが唯一の相棒。
 左手で筆を掴む。筆は使いつぶす前提なので相棒ではなく消耗品だ。

「まずは、白く塗る」

 綺麗に、塗残しもムラもないように丁寧に塗り、乾燥を待つ。ほどなく、見事な白石が世に生み出された。

「そして、黒く塗る」

 白の次は黒。けだし名言であろう。さすがにGP教の神が残した最後の行と言われる(そんな事実はない)だけの事はある。
 黒く塗られた石を作り上げれば、また白く塗りなおす。終わりのない、まさに無限の苦行。
 これこそがGP教の中でも極め付き(紙一重)の一派しか行わぬという秘伝の荒行だった。

●
「白、黒。白、黒」

 そして時が過ぎ。
 ハッタはすっかり熟練の塗装工となっていた。試みるならば、寝ながらでも石塗ができるだろう。
 相棒の石の極僅かな凹凸すら我が物とした彼にとって、苦行はもはや作業であった。

「……工夫が足りぬのでは?」

 そしてその時電流が走る。
 ハッタは手の中の石を、常に同じ塗り方をしていた。最善を極めてしまったのだ。
 だが苦行である以上、違う道をあえて選ばねばなるまい。
 まずは丸を書いて、慎重にチョン。よし。次の丸を書いて慎重にチョン。

 更に時が過ぎて。ハッタはまた閃いてしまった。

「そろそろ違う石を使うべきでは?」

 長く連れ添った相棒と別れるのは辛い、しかし辛いからこそ苦行。迷いはなかった。
 相棒を横に置き、新たな石と対面する。いや、石ではなく意志なのだ。
 神の意志があり、それと対面するのが行なのだ。

 そして。更に時は流れ。ふと気づくと。
 泰然と座すハッタの周囲には、白と黒の石がずらりと並んでいた。
 ちょっとアーティスティックなのは、修行によりハッタのセンスがさらに開花してしまったのだろう。

「……友よ、これはなんだ」
「苦行だ」

 端的な答えが返る。なるほど、常人ならばこれは苦行であろう。
 が、傍から見ればもはや、遊んでいるようにしか見えなかった。

「白の比率が4割に至る直前に、石は輝きを増す(パンダの白黒は35:65くらいだってね(誤差あり))。ここにも知はあったぞ」
「そうか。うむ。わかったぞ。お前はすでに神の声を聞いているのだ」
「なんと?」

 友たる男は、ハッタの目をしっかりと見て。力強く言った。

「お前はすでに神と共にある(おい、いい加減にしろよ)。そうでなければ(下から見たらここ)、苦行からこのような心理にたどり着くことはあるまい(白黒イイ感じでパンダタワーみたいだって、衆から拝まれてるんだぞ)」

 そうか、と。ハッタは厳かに頷いた。ハッタは素直な男だった。
 神が己と共にある、と言われれば素直に信じた。それは何よりの奇跡。
 これも、これまで長きにわたる苦行を果たしてきたが故か。

「――否。違う。神はあの程度の行でおれに目を留められはするまい」
「何を言い出す、ハッタよ。お前はもう神と共にあるのだ」

 涙目で繰り返す友人へ、ハッタは力強く頷き返す。
 そう、友が誤っているはずもなく、しかし己も間違ったことは言っていない。

「神の言葉がおれと共にあるなら、その奇跡の代償はおれの全てをもって購うものなのだ。
 おれの人生をもって世界を救い、それで均衡は保たれよう」
「なんだかよく分からないが、それでお前が納得したのならそれでいいよ、もう」

 悟りは得られた。GP神はハッタと共にある。それが果てしない苦行派(かなり振り切った一派)の総意となった。

 まあ、それから。たまに本当に頭の中に声が聞こえるようにもなったのだが。
 ハッタの中ではそれは大したことではなかった。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0