薄暗き世界の外に光差す世界を求め
キャラクターノベル制作 空色みなも納品 2020年11月09日 17時54分41秒
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薄暗い森を抜けた先に待つのが、闇深き町ならば。
どこまで抜ければ、光を見ることができるだろうか――。
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木々のそれぞれを水の一滴とするならば、その森林はまさしく海と表現する他ないだろう。
ここはロスガリア大陸南東部に広がる秘境――サウゼル大樹海。
森は屋外でありながら、生い茂る木々の幹が壁を成し、樹冠が天井を成すことで、どこか閉鎖空間のような息苦しさを生み出している。
木々が少しでも光を浴びるべく背伸びをし、貪欲に枝葉を広げた結果として、地上にはおこぼれの光がわずかに届くのみとなっていた。
外界から切り離された樹海の底を、一人と一匹が往く。
「確か、この辺りのはず……」
その一人というのが、ゲルトだ。頭に生えた特徴的な角は、ゲルトがゴブリンであることを示していた。
ゲルトが口にした言葉と、周囲を見回すように首を動かしていることを合わせて考えれば、ゲルトが何か探し物をしていることが分かる。
「よしノーラ、これを探すんだ」
そして一匹というのが、ゲルトが連れている白狼のノーラ。
ゲルトは背嚢から野草の束を取り出すと、ノーラの鼻先に持っていく。
ノーラはクンクンと鼻を鳴らして差し出された野草の匂いを嗅ぐと、やがてゲルトを導くように前に立って歩き出した。
ゲルトの探し物とは、この野草であった。
なにもただの野草というわけではない。薬の材料となる薬草だ。
ゲルトは独学で医療の知識を身に着けており、調合した薬を売りに出すことで生活の糧を得ているのだ。
ロスガリア大陸の医療は、授恵者の癒し手により支えられている面が大きい。
ゲルト自身、傷を癒すためのエーテルの扱いには心得がある。
とはいえ、単純な外傷であれば魔法による高度な治療が可能であるものの、感染症その他に対しては薬の処方に頼らざるを得ないのが、ロスガリア大陸の医療の現状であった。
ゲルトが医学を学ぼうと考えたのは、生活の役に立てるため、というのもあったかもしれない。
しかしゲルトにとっては、それ以上に、知識を得ることに対する欲求によるものが大きかった。
知識の探究は、底の無い深い海を潜り続けるようなもので。
新しく何かを知れば知るほど、まだ知らぬ何かの存在もまた思い知らされる。
だからこそ飽くことなく続けることができるとも言えるその行為を、ゲルトはこよなく愛していた。
「お、見つけたのか?」
先を行くノーラが足を速めたのを見て、ゲルトも急ぎ後を追いかける。
ある場所でピタリと足を止めたノーラに追いついたゲルトが見たのは、探し求めた薬草が青々と群生する大地であった。
ノーラの鋭い嗅覚は、匂いの坩堝とでも言うべき樹海の混沌の中から、目指すべき薬草の匂いを確かに嗅ぎ分けていたのだ。
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「うん、これだけ採れれば、暫くは暮らすのにも困らないな。よくやったぞ、ノーラ」
採集した薬草を詰められるだけ詰め、往路より大きく膨らんだ背嚢を背に、ゲルトとノーラは帰路に就いていた。
膨らんでいるのは背嚢ばかりでなく、これなら本を買えるくらいの売り上げになるかもな、とゲルトの期待も膨らんでいる。
ゲルトの住処はサウゼル大樹海の北に位置する都市国家ゴールディ、その首都シルバードの近くにある。
まだ道中ではあるが、すでに森は抜け、見回せば住居の並ぶ街道に差し掛かっていた。
「この町があるのも、ご先祖様達のおかげなんだよな」
ゲルトが呟いたように、ゴールディの起源は、かつてサウゼル大樹海の奥深くに暮らしていたゴブリンの一団が、大樹海を脱出して拠点を築いたことにある。
「ご先祖様達も、昔はあそこで暮らしていたのか」
サウゼル大樹海も浅い場所は比較的安全に採集を行えるとはいえ、奥地は今も凶悪な存在が跳梁跋扈していると、ゲルトも聞き及んでいる。
便利の良い都市での暮らしに比べ、森林での原始的な生活は、いかに不便かつ危険なものであっただろう。
そのように考えれば、ゴールディを築き上げ、ゲルト達に遺した先祖達には感謝する他ない、しかし――。
頭の中でそこまで考えを巡らせた時、ゲルトの思考は外的要因により中断された。
「その男! ひったくりよ!」
女性の甲高い悲鳴が、街道に響いたためだ。
ゲルトが声をしたほうを見やると、悲鳴を上げたと見られるゴブリナ種の女性が奥に。
ゲルトの居る方へ向かって走って来るゴブリン種の男が手前に見えた。
そしてなるほど、ゴブリン種の男の手には、不釣り合いな女性用の鞄が握られていた。
「邪魔だ、どけ!」
ひったくりの男が進路上に居たゲルトを突き飛ばそうとし――。
携行していた棍棒を咄嗟に振るったゲルトにより、綺麗に返り討ちにされた。
「げふっ」
衝撃により吹き飛ばされ、固い地面を二度三度とバウンドしたひったくりの男は、そのまま意識を失って伸びてしまう。
ゲルトは倒れたひったくりの男の下まで赴くと、女性から強奪したのであろう鞄を拾い上げ、元の持ち主へと返した。
「本当にありがとう……もし貴方が現われなかったら、そのまま泣き寝入りするしかないところだったわ」
幾度も頭を下げて感謝の言葉を口にするゴブリナ種の女性を前に。
どういたしまして、と答えるゲルトはしかし、心中に複雑なものを抱えていたのだった。
●
ゴールディは都市として整備されてはいるが、その治安は全体として決して良いものではない。
というより、一部地域を除けば、ゴールディの住人の生活は常に犯罪と隣り合わせであると言ってもよい。
そうしたゴールディを取り巻く現状を、ゲルトは全くもって快く思っていなかった。
もはやゴールディにとって犯罪は、サウゼル大樹海を覆い尽くす木々のようなものにも思える。
どこを眺めても、その幹は所狭しと立ち並んでいて。
土地に太い根を下ろし、大地の養分を欲しいがままに吸い尽くそうとする。
自らが光を浴びるためなら、他者を出し抜いてでも上を目指し。
広げた枝葉は光を遮り、闇をもたらす。
犯罪が樹海の木々であるとするならば、ゴールディに暮らす市井の人々はさしずめ、かすかな光を頼りに生きる野草といったところであろうか。
ただ生きるのに必死な樹海の木々からすれば、例え話とはいえ悪者のように言われるのも迷惑な話ではあろうが。
「今のゴールディを見たら、ご先祖様達は何を思うんだろう」
そもそもゴールディを興し、今へと繋げたのは、その先祖達であることはゲルトも理解している。
しかし今の犯罪都市としてのゴールディが、先祖達の描いた理想の姿であったとは、ゲルトも思いたくなかった。
光を求めて辿り着いたその先で得たはずの答えが。
犯罪と切っても切れない関係にある今のゴールディであるとしたならば。
それはあまりに悲しいことじゃないだろうか。
他の者ならどう考えるかは分からない。
しかし、少なくともゲルトにとっては、今のゴールディが光に満ちた世界であるとは到底思えなかった。
「いつか、ここを出て別の町へ行くんだ」
ゴールディの祖である先祖達が新天地を求めてサウゼル大樹海を抜けたように。
その時が来たら、自分はさらなる新天地を求めてゴールディを発つのだと。
ゲルトが静かな決意を固めた時、ノーラが短く鳴き声を上げる。
きっと、ノーラはゲルトの決心を後押ししてくれたのだ。
たとえ言葉は通じなくとも、ゲルトにはそのように思えてならなかった。
薄暗い森を抜けた先に待つのが、闇深き町ならば。
どこまで抜ければ、光を見ることができるだろうか――。
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木々のそれぞれを水の一滴とするならば、その森林はまさしく海と表現する他ないだろう。
ここはロスガリア大陸南東部に広がる秘境――サウゼル大樹海。
森は屋外でありながら、生い茂る木々の幹が壁を成し、樹冠が天井を成すことで、どこか閉鎖空間のような息苦しさを生み出している。
木々が少しでも光を浴びるべく背伸びをし、貪欲に枝葉を広げた結果として、地上にはおこぼれの光がわずかに届くのみとなっていた。
外界から切り離された樹海の底を、一人と一匹が往く。
「確か、この辺りのはず……」
その一人というのが、ゲルトだ。頭に生えた特徴的な角は、ゲルトがゴブリンであることを示していた。
ゲルトが口にした言葉と、周囲を見回すように首を動かしていることを合わせて考えれば、ゲルトが何か探し物をしていることが分かる。
「よしノーラ、これを探すんだ」
そして一匹というのが、ゲルトが連れている白狼のノーラ。
ゲルトは背嚢から野草の束を取り出すと、ノーラの鼻先に持っていく。
ノーラはクンクンと鼻を鳴らして差し出された野草の匂いを嗅ぐと、やがてゲルトを導くように前に立って歩き出した。
ゲルトの探し物とは、この野草であった。
なにもただの野草というわけではない。薬の材料となる薬草だ。
ゲルトは独学で医療の知識を身に着けており、調合した薬を売りに出すことで生活の糧を得ているのだ。
ロスガリア大陸の医療は、授恵者の癒し手により支えられている面が大きい。
ゲルト自身、傷を癒すためのエーテルの扱いには心得がある。
とはいえ、単純な外傷であれば魔法による高度な治療が可能であるものの、感染症その他に対しては薬の処方に頼らざるを得ないのが、ロスガリア大陸の医療の現状であった。
ゲルトが医学を学ぼうと考えたのは、生活の役に立てるため、というのもあったかもしれない。
しかしゲルトにとっては、それ以上に、知識を得ることに対する欲求によるものが大きかった。
知識の探究は、底の無い深い海を潜り続けるようなもので。
新しく何かを知れば知るほど、まだ知らぬ何かの存在もまた思い知らされる。
だからこそ飽くことなく続けることができるとも言えるその行為を、ゲルトはこよなく愛していた。
「お、見つけたのか?」
先を行くノーラが足を速めたのを見て、ゲルトも急ぎ後を追いかける。
ある場所でピタリと足を止めたノーラに追いついたゲルトが見たのは、探し求めた薬草が青々と群生する大地であった。
ノーラの鋭い嗅覚は、匂いの坩堝とでも言うべき樹海の混沌の中から、目指すべき薬草の匂いを確かに嗅ぎ分けていたのだ。
●
「うん、これだけ採れれば、暫くは暮らすのにも困らないな。よくやったぞ、ノーラ」
採集した薬草を詰められるだけ詰め、往路より大きく膨らんだ背嚢を背に、ゲルトとノーラは帰路に就いていた。
膨らんでいるのは背嚢ばかりでなく、これなら本を買えるくらいの売り上げになるかもな、とゲルトの期待も膨らんでいる。
ゲルトの住処はサウゼル大樹海の北に位置する都市国家ゴールディ、その首都シルバードの近くにある。
まだ道中ではあるが、すでに森は抜け、見回せば住居の並ぶ街道に差し掛かっていた。
「この町があるのも、ご先祖様達のおかげなんだよな」
ゲルトが呟いたように、ゴールディの起源は、かつてサウゼル大樹海の奥深くに暮らしていたゴブリンの一団が、大樹海を脱出して拠点を築いたことにある。
「ご先祖様達も、昔はあそこで暮らしていたのか」
サウゼル大樹海も浅い場所は比較的安全に採集を行えるとはいえ、奥地は今も凶悪な存在が跳梁跋扈していると、ゲルトも聞き及んでいる。
便利の良い都市での暮らしに比べ、森林での原始的な生活は、いかに不便かつ危険なものであっただろう。
そのように考えれば、ゴールディを築き上げ、ゲルト達に遺した先祖達には感謝する他ない、しかし――。
頭の中でそこまで考えを巡らせた時、ゲルトの思考は外的要因により中断された。
「その男! ひったくりよ!」
女性の甲高い悲鳴が、街道に響いたためだ。
ゲルトが声をしたほうを見やると、悲鳴を上げたと見られるゴブリナ種の女性が奥に。
ゲルトの居る方へ向かって走って来るゴブリン種の男が手前に見えた。
そしてなるほど、ゴブリン種の男の手には、不釣り合いな女性用の鞄が握られていた。
「邪魔だ、どけ!」
ひったくりの男が進路上に居たゲルトを突き飛ばそうとし――。
携行していた棍棒を咄嗟に振るったゲルトにより、綺麗に返り討ちにされた。
「げふっ」
衝撃により吹き飛ばされ、固い地面を二度三度とバウンドしたひったくりの男は、そのまま意識を失って伸びてしまう。
ゲルトは倒れたひったくりの男の下まで赴くと、女性から強奪したのであろう鞄を拾い上げ、元の持ち主へと返した。
「本当にありがとう……もし貴方が現われなかったら、そのまま泣き寝入りするしかないところだったわ」
幾度も頭を下げて感謝の言葉を口にするゴブリナ種の女性を前に。
どういたしまして、と答えるゲルトはしかし、心中に複雑なものを抱えていたのだった。
●
ゴールディは都市として整備されてはいるが、その治安は全体として決して良いものではない。
というより、一部地域を除けば、ゴールディの住人の生活は常に犯罪と隣り合わせであると言ってもよい。
そうしたゴールディを取り巻く現状を、ゲルトは全くもって快く思っていなかった。
もはやゴールディにとって犯罪は、サウゼル大樹海を覆い尽くす木々のようなものにも思える。
どこを眺めても、その幹は所狭しと立ち並んでいて。
土地に太い根を下ろし、大地の養分を欲しいがままに吸い尽くそうとする。
自らが光を浴びるためなら、他者を出し抜いてでも上を目指し。
広げた枝葉は光を遮り、闇をもたらす。
犯罪が樹海の木々であるとするならば、ゴールディに暮らす市井の人々はさしずめ、かすかな光を頼りに生きる野草といったところであろうか。
ただ生きるのに必死な樹海の木々からすれば、例え話とはいえ悪者のように言われるのも迷惑な話ではあろうが。
「今のゴールディを見たら、ご先祖様達は何を思うんだろう」
そもそもゴールディを興し、今へと繋げたのは、その先祖達であることはゲルトも理解している。
しかし今の犯罪都市としてのゴールディが、先祖達の描いた理想の姿であったとは、ゲルトも思いたくなかった。
光を求めて辿り着いたその先で得たはずの答えが。
犯罪と切っても切れない関係にある今のゴールディであるとしたならば。
それはあまりに悲しいことじゃないだろうか。
他の者ならどう考えるかは分からない。
しかし、少なくともゲルトにとっては、今のゴールディが光に満ちた世界であるとは到底思えなかった。
「いつか、ここを出て別の町へ行くんだ」
ゴールディの祖である先祖達が新天地を求めてサウゼル大樹海を抜けたように。
その時が来たら、自分はさらなる新天地を求めてゴールディを発つのだと。
ゲルトが静かな決意を固めた時、ノーラが短く鳴き声を上げる。
きっと、ノーラはゲルトの決心を後押ししてくれたのだ。
たとえ言葉は通じなくとも、ゲルトにはそのように思えてならなかった。