透明な壁に囲まれて
キャラクターノベル制作 弓月 蒼納品 2022年08月31日 10時14分29秒
●区切られた世界
(……こんな風に考える様になったのは、いつからだろう)
最近、彼女はとみにそんな疑問に苛まれる。
この世界は区切られている。目に見えない壁とか、敷居とか、規範とか、多分そういったもので。
そんな事を感じるように。――――思い悩む様になったのは一体いつからだったろう。
頬杖を付いて隣を見る。“それ”――透明な硝子――と言うのは、高価な物だ。
そんなものが張られた窓、と言うのは、言うまでも無く高価な物だ。庶民ではそれと手が届かない。
彼女、コルネリウス・アーラは最近。そんな高価な代物を通して世界を見る事がとても増えた。
(……父さんの所に居た頃は、考えた事も無かった気がする)
何でもない日常の中にそういった。たった1枚。ただの1つで大勢の命を救えるような。
そんな価値のある物品がごろごろ転がっている。それが――――このパンクリアース学園と言う場所だ。
かつて、空は大地の様に何処までも。何処までも繋がっているのだと思っていた。
世界に果ては無くて。誰もがその下で当たり前に生きられる権利がある。それに何の疑問も覚えていなかった。
視線を硝子窓から90度動かせば。対面壇上では薄く引き伸ばした黒石に刻まれ続ける無数の白い文字。
それがこの――――『王国』、と呼ばれる国の歴史を意味する物であると、コルネリウスは知っている。
必要に駆られて詰め込み勉強もしたので、内容もある程度頭に入っているけれど。
殊更にそんな知識にこそ価値があると言う人の気持ちは、結局どうにも上手く呑み込めないままだった。
自分が紡いできた物。積み上げて来た時間。そういったものを大切にするのは……分かる。理解も出来る。
でも、誰かがして来た事。その結果残った傷跡の様な物を正しいと鵜呑みにする事に、何の意味があるんだろう。
漠然とした疑問を抱いたままそんな物思いに溺れていたら、御前の授業が終わるチャイムが響いた。
――――
節約の為でもあるが。気が向いたらお弁当を作って来て、晴れであれば陽射しの心地良い中庭で食べたりもする。
けれど朝がばたばたしていたり。お弁当の気分でなかったり。そう言った場合、コルネリウスは学食より購買派だ。
彼女の顔は学園でもある程度知られている。ただでさえ生徒会役員な上、入学前後少しばかり派手に動き過ぎた所為だ。
多くの風評からは武闘派の森人と捉えられており、周囲の態度は“敬遠”と“警戒”の中間地点位にある。
この生活にも大抵慣れたが、未だ道行く学園生たちから何処となく“壁”を感じるのは異種族だから、だけではないだろう。
勿論声を掛けてくる人は居る。けれどそれは自らの派閥に。或いは自分の傘下に。と言った立場を左右するが殆どで。
数少ない森人の大半は新入生である為接点を持つのも容易ではない。ここにもまた、透明な壁がある。
結果、彼女は購買で購入したお惣菜の挟まったパンや、大きな巻貝の様な菓子パンを。
生徒会室でもそもそと食べるのが一番落ち着く。という結論に達していた。処理しておくべき『書記』の仕事もある。
生徒会付き教員のお爺さんの計らいで、自分でお茶を淹れても許されるのが良い。
「……“中庸”、か」
毀れた声に愛用の孔雀の羽ペンが揺れる。望んで得た立場ではあるけれど、寂しさを憶えないと言えば嘘になる。
ここでは各人が、立場を表明する事を強いられている。誰にでも、何にでもはなれず。それをしない人は信用されない。
そういった常識が蔓延している場所。繋がっている筈の空が四角く区切られる場所。息苦しさを感じる事も有る。
身分や血筋、派閥や種族でして良い事、駄目な事を分け、強要されることは。彼女の愛する家族を否定されているようで。
(――――でも。その姿勢を貴いと。気高い行為だと言ってくれた人だって、いる)
コルネリウスはそれほど複雑ではない。1人きりであれば不安や心配もある。完壁ではない。迷走だってする。
それでも強くなければいけないからそう振る舞うだけ。そして、やっぱりそう複雑ではない。
1人でも彼女を認めると。強く肯定し背を押して貰えたら嬉しい。間違ってはいないのだと思える。
今彼女は見聞を広げている真っ最中だ。周囲の視線は厳しい。でも、少しずつでも理解しなければ、前には進めない。
――――
午後の授業が終わると、学園生達はそれぞれ方々へと散って行く。
「ええと、今日は……」
コルネリウスは政治討論部とガーデニング愛好会。2つの組織に属しているが、政治討論部の会合は不定期だ。
そうして空いた日は学園の一角にある農場近くの花壇の手入れを手伝っている。
本当は遠目にも繊細に手を入れてあると分かる、バラの庭園の専属庭師から話なども聞けたら良かったが。
“謎の”などと言う枕言葉が付くだけあって、神出鬼没で知られる同人物とは未だ面識が持てていない。
樹木の専門家たる森人を差し置いて、いわゆる森の妖精ではないか、等とも言われているらしいけれど。
同好の志として言わせて貰えば、あの花園を手入れしている人は余程薔薇が好きな園芸の達人だ。
薔薇と言うと高貴の花、と言う印象が強いらしい貴族の子息達は、園芸の苦労などまるで斟酌はしてくれないだろうに。
それでも生き生きと根付く花々は見ていて気持ち良いものだ。野花を愛する人に悪い人は居ないと思う。
せめて学園に居る間に面識くらい持てたら良いのだけれど。そんな事を思いながら庭園の横を素通りし暫く歩く。
「ちょっと! この線から出ないでっていつも言ってるでしょう!? これだから農業研究会はがさつなのよ!!」
「がさつ!? お前達が植えた臭いハーブの所為でこっちの土の栄養が奪われてるんだよ! 自重しろ自重を!!」
到着した農場では、農業研究会と園芸部が今日も飽きずに丁々発止とやり合っている。
豊かな土壌を生かしより高品質の生産を目指す農業研究会と、ハーブや薬草と言った趣味の産物を植えたい園芸部の軋轢は根深い。
またやってる……とは思うものの、実の所言葉ほど仲が悪い訳ではないと知ってからコルネリウスは触れるのを止めた。
同好会担当の花壇の手入れをせっせと続ける。植物は作物と同じ、手を掛ければ掛けただけ上手く行くと言う物ではない。
恐らく、あの2つの部の関係も似た様な物なのだろう。聞いたところ、厳しい冬を経た野菜は甘く育つのだとか。
揉め事には仲裁者が必要だが、何でも先回りして解決してしまっては成長の機会を奪うのだ。
――――
「……あ、もうこんな時間」
気付けばとっぷりと日は暮れて、周囲には誰も居ない。作業に没頭しているとこういった事は少なくない。
慌てて帰路へ着く準備を整えれば、農場を出て寮へと向かう。校門の方へ視線を向けると――――
――――まるで花が咲くように。色とりどりの星が地に満ちていた。
『王都』の夜は、郊外では考えられない程明るい。こればかりは、何度見ても慣れる物ではない。
この街は、広く、輝かしい。けれど冷たく、窮屈だ。辛い事も多い。
けれどまるで毎日がお祭りの様な。誰しもを一纏めに歓迎する様なこの鮮やかな夜景が彼女は好きだった。
よし、明日も頑張ろうと鞄を背負う。そんなありきたりな。けれどただ1日とて同じ物はない。
コルネリウスの学園生活は、こうして重ねられていく。
(……こんな風に考える様になったのは、いつからだろう)
最近、彼女はとみにそんな疑問に苛まれる。
この世界は区切られている。目に見えない壁とか、敷居とか、規範とか、多分そういったもので。
そんな事を感じるように。――――思い悩む様になったのは一体いつからだったろう。
頬杖を付いて隣を見る。“それ”――透明な硝子――と言うのは、高価な物だ。
そんなものが張られた窓、と言うのは、言うまでも無く高価な物だ。庶民ではそれと手が届かない。
彼女、コルネリウス・アーラは最近。そんな高価な代物を通して世界を見る事がとても増えた。
(……父さんの所に居た頃は、考えた事も無かった気がする)
何でもない日常の中にそういった。たった1枚。ただの1つで大勢の命を救えるような。
そんな価値のある物品がごろごろ転がっている。それが――――このパンクリアース学園と言う場所だ。
かつて、空は大地の様に何処までも。何処までも繋がっているのだと思っていた。
世界に果ては無くて。誰もがその下で当たり前に生きられる権利がある。それに何の疑問も覚えていなかった。
視線を硝子窓から90度動かせば。対面壇上では薄く引き伸ばした黒石に刻まれ続ける無数の白い文字。
それがこの――――『王国』、と呼ばれる国の歴史を意味する物であると、コルネリウスは知っている。
必要に駆られて詰め込み勉強もしたので、内容もある程度頭に入っているけれど。
殊更にそんな知識にこそ価値があると言う人の気持ちは、結局どうにも上手く呑み込めないままだった。
自分が紡いできた物。積み上げて来た時間。そういったものを大切にするのは……分かる。理解も出来る。
でも、誰かがして来た事。その結果残った傷跡の様な物を正しいと鵜呑みにする事に、何の意味があるんだろう。
漠然とした疑問を抱いたままそんな物思いに溺れていたら、御前の授業が終わるチャイムが響いた。
――――
節約の為でもあるが。気が向いたらお弁当を作って来て、晴れであれば陽射しの心地良い中庭で食べたりもする。
けれど朝がばたばたしていたり。お弁当の気分でなかったり。そう言った場合、コルネリウスは学食より購買派だ。
彼女の顔は学園でもある程度知られている。ただでさえ生徒会役員な上、入学前後少しばかり派手に動き過ぎた所為だ。
多くの風評からは武闘派の森人と捉えられており、周囲の態度は“敬遠”と“警戒”の中間地点位にある。
この生活にも大抵慣れたが、未だ道行く学園生たちから何処となく“壁”を感じるのは異種族だから、だけではないだろう。
勿論声を掛けてくる人は居る。けれどそれは自らの派閥に。或いは自分の傘下に。と言った立場を左右するが殆どで。
数少ない森人の大半は新入生である為接点を持つのも容易ではない。ここにもまた、透明な壁がある。
結果、彼女は購買で購入したお惣菜の挟まったパンや、大きな巻貝の様な菓子パンを。
生徒会室でもそもそと食べるのが一番落ち着く。という結論に達していた。処理しておくべき『書記』の仕事もある。
生徒会付き教員のお爺さんの計らいで、自分でお茶を淹れても許されるのが良い。
「……“中庸”、か」
毀れた声に愛用の孔雀の羽ペンが揺れる。望んで得た立場ではあるけれど、寂しさを憶えないと言えば嘘になる。
ここでは各人が、立場を表明する事を強いられている。誰にでも、何にでもはなれず。それをしない人は信用されない。
そういった常識が蔓延している場所。繋がっている筈の空が四角く区切られる場所。息苦しさを感じる事も有る。
身分や血筋、派閥や種族でして良い事、駄目な事を分け、強要されることは。彼女の愛する家族を否定されているようで。
(――――でも。その姿勢を貴いと。気高い行為だと言ってくれた人だって、いる)
コルネリウスはそれほど複雑ではない。1人きりであれば不安や心配もある。完壁ではない。迷走だってする。
それでも強くなければいけないからそう振る舞うだけ。そして、やっぱりそう複雑ではない。
1人でも彼女を認めると。強く肯定し背を押して貰えたら嬉しい。間違ってはいないのだと思える。
今彼女は見聞を広げている真っ最中だ。周囲の視線は厳しい。でも、少しずつでも理解しなければ、前には進めない。
――――
午後の授業が終わると、学園生達はそれぞれ方々へと散って行く。
「ええと、今日は……」
コルネリウスは政治討論部とガーデニング愛好会。2つの組織に属しているが、政治討論部の会合は不定期だ。
そうして空いた日は学園の一角にある農場近くの花壇の手入れを手伝っている。
本当は遠目にも繊細に手を入れてあると分かる、バラの庭園の専属庭師から話なども聞けたら良かったが。
“謎の”などと言う枕言葉が付くだけあって、神出鬼没で知られる同人物とは未だ面識が持てていない。
樹木の専門家たる森人を差し置いて、いわゆる森の妖精ではないか、等とも言われているらしいけれど。
同好の志として言わせて貰えば、あの花園を手入れしている人は余程薔薇が好きな園芸の達人だ。
薔薇と言うと高貴の花、と言う印象が強いらしい貴族の子息達は、園芸の苦労などまるで斟酌はしてくれないだろうに。
それでも生き生きと根付く花々は見ていて気持ち良いものだ。野花を愛する人に悪い人は居ないと思う。
せめて学園に居る間に面識くらい持てたら良いのだけれど。そんな事を思いながら庭園の横を素通りし暫く歩く。
「ちょっと! この線から出ないでっていつも言ってるでしょう!? これだから農業研究会はがさつなのよ!!」
「がさつ!? お前達が植えた臭いハーブの所為でこっちの土の栄養が奪われてるんだよ! 自重しろ自重を!!」
到着した農場では、農業研究会と園芸部が今日も飽きずに丁々発止とやり合っている。
豊かな土壌を生かしより高品質の生産を目指す農業研究会と、ハーブや薬草と言った趣味の産物を植えたい園芸部の軋轢は根深い。
またやってる……とは思うものの、実の所言葉ほど仲が悪い訳ではないと知ってからコルネリウスは触れるのを止めた。
同好会担当の花壇の手入れをせっせと続ける。植物は作物と同じ、手を掛ければ掛けただけ上手く行くと言う物ではない。
恐らく、あの2つの部の関係も似た様な物なのだろう。聞いたところ、厳しい冬を経た野菜は甘く育つのだとか。
揉め事には仲裁者が必要だが、何でも先回りして解決してしまっては成長の機会を奪うのだ。
――――
「……あ、もうこんな時間」
気付けばとっぷりと日は暮れて、周囲には誰も居ない。作業に没頭しているとこういった事は少なくない。
慌てて帰路へ着く準備を整えれば、農場を出て寮へと向かう。校門の方へ視線を向けると――――
――――まるで花が咲くように。色とりどりの星が地に満ちていた。
『王都』の夜は、郊外では考えられない程明るい。こればかりは、何度見ても慣れる物ではない。
この街は、広く、輝かしい。けれど冷たく、窮屈だ。辛い事も多い。
けれどまるで毎日がお祭りの様な。誰しもを一纏めに歓迎する様なこの鮮やかな夜景が彼女は好きだった。
よし、明日も頑張ろうと鞄を背負う。そんなありきたりな。けれどただ1日とて同じ物はない。
コルネリウスの学園生活は、こうして重ねられていく。