眠れる薔薇

キャラクターノベル制作 くわの納品 2020年11月06日 20時11分59秒

 穏やかな日差しはティータイムにぴったりだ。屋敷の庭園に咲き誇る秋薔薇は、その背景に相応しい。豪奢なパラソルの下、細かな装飾の施された円卓の上には目にも楽しい繊細な菓子類が並ぶ。揃いの椅子にはめいめい着飾った淑女たちが花と座し、笑い合って――――その中にひとつ、空席がある。

「もうひとりご友人がいらっしゃるのよね?」
「皆さまにぜひご紹介したい方よ。遅めにお呼びしたの」
「あら、いじわる」
「揃ってからでなくては、そちらの方がいじわるでしてよ。ほら、いらしたわ」

 現れた女の姿に、誰からともなく感嘆の声が溢れる。
 ワインレッドのオーバードレスは、着るものを非常に選ぶ。繊細な模様を織り込まれた布地は一流の職人が手ずから作り上げたもの。細く絞った身頃は流行のシルエット。豊かなドレープを帯びるバッスルは彼女の好み。アンダードレスにはシンプルなエクリュを選んだ。上品に結い上げた髪には瞳と同じ色の花飾りを挿し、こぼれる滴から着想を得たという水晶のチャームが鮮やかに揺れる。
 リーンエス王国は上流社会の流行を取り入れながら、伝統的な気品のある装い。そして彼女ならではの遊び心を加えた姿は、淑女たちの心を掴んで離さない。形のよい唇から紡がれる声までも美しい。

「まあ……皆様、お早いおつきですのね」
「ごめんなさいね。遅めにいらっしゃるようお伝えしたの。お掛けになって、ローザさま」

 “ローザさま”。それがこの場における禊萩(リスラム)の、“貴族”としての名である。

 代々海沿いの領地を預かってきた家の、美しい奥方様。当然自らの出自も大層よいもので、特に衣類や装飾品の鑑定眼は素晴らしいも。礼節と知性を備え、気立てもよく、私財から孤児院へ莫大な寄付を行ったことで有名だ。
 この屋敷の女主人は、定期的にパーティを開く。それは時に盛大な夜会であり、時にとびきりの友人を招いてのお茶会だ。禊萩は、“新たなお友達”のひとりとして此処に招かれた。即ち格式高い場にふさわしい者。と言えば聞こえはいいが、要は女主人の“自慢の一品”だ。
 ……女たちは、茶会の主宰者の思惑を感じ取っていた。“素晴らしいお方と親しい自分”を見せつけているのだ。美しいものしか存在しない昼下がりは、身勝手な嫉妬に満ちている。狐の様に狡賢い彼女らはあからさまな嫌がらせなどしない。優しく微笑みながら、相手のプライドを傷つける。

「そういえば、そろそろ珊瑚の卸売が始まるのですって」――――誰よりも流行に敏感。
「丁度良かった。カメオの細工物を作らせようとしたのだけど、職人の目金にかなう素材がなかったの」――――お抱えの職人。
「もう。子爵夫人さまったら、お変わりないんですから」――――“何が”とは言わない嫌味。
「ローザさまはご存知でしたかしら?」――――“それだけ着飾っているなら、当然知っているでしょう?”。

「わたくしも初耳ですわ。流行をよくご存知ですのね」

 ――――禊萩は、“気立てのよい奥方”をやめない。

「チョーカーにドワーフ王国の蛋白石をお使いでしょう? お揃いの耳飾りも綺麗。職人さまも腕によりを掛けられたに違いないわ」
「ドレスはご自分でお選びになったの? そんなにむつかしい色を着こなせるなんて、うらやましいわ。素敵な感性をお持ちなのね」
「髪飾りはフィルエスのお花ですわよね。青はごく少ないお色と聞きます。瞳の色とお揃いになさったの? よくお似合いでしてよ」
 貴族社会に汚れていない、純粋な女。服飾に明るくともそれを鼻にかけず、心の底から感嘆するさまを演じてみせる。それで気を良くした貴族の女たちは、喜んで禊萩を輪の中に迎え入れた。出しゃばることなく、高慢な言動を褒め、欲しい反応を素直に返す。なるほど確かに、この物言わぬ宝石のような女は“友人”という名の自慢の品になるだろう。
 笑い声に満ちるテーブル、満足気な様子の女主人へ、老齢の家女中(ハウスメイド)がそっと耳打ちをする。「あら、そうなの」と言い、茶会の主は禊萩へと声をかけた。

「ローザさま、旦那様がお呼びですって。馬車を出させますわ」
「まあ、何かしら……」
「家女中に案内させます。あなた、お見送りをなさい」

 皆様、楽しい時間をありがとう。またお呼びくださいませね、きっとですわよ。
 場に相応の礼をして、禊萩は老いたメイドの案内に従う。明るい庭園から、光のよく差し込む館の廊下へ。――――人払いの為された、長い廻廊へ。家女中が口を開く。それは茶会の場で見せた、丁寧で柔らかな物腰ではない。老齢の女は、“禊萩の”案内役だ。

「――――青色のドレスの女よ」
「子爵家の奥様ですわね」
「次代の子を産む前に始末しなさい」
「あの方の旦那様からの依頼でしょう」
「……ええ、そう。分かっているでしょうけれど、スピナがいっとう買っているのはあなたの眼よ」

 曰く、男はひとりの妾を娶ると決めたのだという。その為には現在の妻が邪魔なのだ。子を産んではその後も面倒なことになる。実に人間とは、身勝手で出来ているような生き物である。下女でありながら、その実禊萩の上司である老婆の口ぶりからは呆れが見て取れた。

「こんなくだらない案件より、もっと重要な依頼を割り振りたかったのに」
「あら。仕事は仕事ですもの、くだらないなんて仰らないで」

 内容や依頼人の事情はともかく、禊萩はこの仕事を誇りに感じている。どの殺しも、全てその時の最善で以てこなしてきたのだ。手を抜いたこと、侮ったことは一度もない。
 廻廊はやがて、エントランスに辿り着く。正面のポーチの先に馬車が見えた。扉に刻まれているのはこの家の紋章だ。禊荻は、庭に咲いていた花のように笑む。「ここまでありがとう、ご苦労様」。そう言っているように見えただろう。

「すぐに次へ取り掛かれるようになりますわ。ご安心なさってね」

 深々と礼をする家女中、それに倣う使用人たち。御者の手を借りて馬車へ乗り込むと、少し間を置いて馬が走り始める。小窓から街並みを眺めると、太陽の低くなり始めた空が目に映った。

 ――――じきに夜が来る。薔薇(ローザ)は眠り、萩(リスラム)が目を覚ます。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0