二人の未来に幸多からん事を願って
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2020年11月06日 20時11分33秒
「こんな所にあったんだね」
華やかなりし冒険者の街『リブラネスタ』の喧騒もここまでは届かない。そんな路地の奥にセヴラン・クアルトは小さなエーテルの灯を見つけた。
戸を開け足を踏み入れた店内は、明るく清潔感が漂っていた。
「いらっしゃい――あれ、あんたは」
かけられた声には少しの驚きが混じっている。
「やぁ、久しぶりだね」
改めて声をかけると、彼女は濡れた手を器用にエプロンで拭きつつ、カウンターから出てきてくれた。
「まだ、開店前だったかな?」
誰もいない店内の誰も座っていないテーブルに着き、彼女を待つ。
「いや、今開けた所だ。でも、よくこの店がわかったね。依頼を出した時には何も伝えなかったのに」
彼女が、今度はちゃんと驚いて問いかけてきた。
だから僕はニコリと微笑で返す。
「噂を耳にしたんだよ。リブラネスタのこの地区に、うまい料理を出す店があるってね」
「はは、そうか、そんな噂がねぇ。確かに味には自信があるよ。作る時間は倍かかるけどね」
そう言うと彼女は笑って、あの左腕を見せてくれた。
上腕の中ほどから無くなってしまった、彼女の過去。
それでも今を笑っていられるのは、あの時取り戻せた記憶のおかげと思いたい。
「――ジルさん。髪、切ったんだね」
「うん? ああ、これか。あんた達のおかげで色々とけじめがついたからね」
言って、彼女は照れ臭そうに後ろ髪をいじった。
「とてもよく似合っているよ」
「なんだい、それは。もしかして口説いてるのか?」
くくくと声を殺して笑う彼女。まさか彼女の口からそんな言葉が出るとは――。
本気ではないと悪戯な笑みでわかったから、僕は肩を竦めてこう返す。
「残念ながら、女性は愛でる華。そう決めてるんだ」
「はは、キザな事だ」
今度は声に出して笑った彼女。その笑顔に、以前依頼を受けた時にあった曇りはまるで感じられなかった。
「それで? 折角来たんだ、何か食べて行くんだろ?」
「ああ、もちろん。ジルさんが一番得意なおすすめをいただけるかな」
店内にはさっきから美味しそうな香りが漂っている。きっと先ほどの自慢は嘘じゃないんだろう。
僕は期待に心を弾ませ、そう注文したんだけど――。
「それは困ったな」
「うん?」
どういう訳か、困らせたらしい。
「メニューの端から端まで食べて行く気かい?」
「……ははっ、これは一本取られたね」
彼女はこう言っているんだ。どれもうまいから好みで決めろって。
「それじゃ――あれを。それから、少し酔えるものをお願いするよ」
だから僕はカウンターに並べてあったカボチャのパイを指さして答えた。
「お目が高いね。あれは今日一番の出来だよ」
自慢げにそう言って、彼女はカウンターへと戻っていった。
●
夕食時とあって、店には沢山の人が訪れた。
混み合う店内に席を辞そうかと彼女に聞いたが、そのままでいいと言ってくれた。
だから言葉に甘え彼女の仕事ぶりを席から見ている。おすすめだと出してくれたワインと一緒に。
夜が深くなると客層も変わってきた。
それでもさすが元冒険者。荒事が得意そうな客にも平然と対応していた。
安心――していいものかはわからないが、働いている彼女はとても幸せそうに見えた。
●
「お疲れ様、ジルさん」
結局、閉店まで邪魔することになってしまった。
「構えなくて悪かったね」
汚れた皿を片手で器用に洗いながら、彼女は答えてくれる。
「気にしないで。っと、手伝おうか」
「いや、いいさ」
料理はできなくても片付けならと、席を立とうとして止められた。
「それより、席代に一曲お願いしてもいいかい?」
「――ああ、喜んで」
彼女が僕の事を吟遊詩人だと覚えていてくれたことが嬉しくて、思わず声が弾みそうになる。
流石に大人な彼女に見られてはからかわれると、平静を装いヴァイオリンを手に取った。
「曲のリクエストはあるかな?」
「あんたにお任せするよ」
「……ふむ、それは困った」
「うん? ――あっ」
上目遣いに見上げていたら、彼女が気付いてくれた。そう、これは先ほどやられた事へのお返しだ。
「ははっ、ではおすすめの一曲を貴女に贈ろう」
やられたと天を仰ぐ彼女に向け、僕はとっておきの一曲を奏でる。
二人しかいない店内。でも僕は目には見えないもう一人がここにいることを知っている。
彼女の残された右手に輝く二つのリング。その片方の持ち主が、今も彼女の事を見守っている事を。
彼女にはこれからずっと笑っていてほしい。愛想笑いではない本当の笑顔で。
その気持ちを弓に乗せて、僕は弦を弾く。故郷の祖母から教えてもらった、とっておきのセレナーデを――。
「ありがとう……とてもよかったよ」
演奏が終わると、彼女は静かにそう呟いた。
「二人の未来に幸多からんことを――」
僕がそう言うと、彼女は少し驚いてから笑ってくれた。無理のない本当の笑顔で。頬に一筋の涙を流しながら――。
華やかなりし冒険者の街『リブラネスタ』の喧騒もここまでは届かない。そんな路地の奥にセヴラン・クアルトは小さなエーテルの灯を見つけた。
戸を開け足を踏み入れた店内は、明るく清潔感が漂っていた。
「いらっしゃい――あれ、あんたは」
かけられた声には少しの驚きが混じっている。
「やぁ、久しぶりだね」
改めて声をかけると、彼女は濡れた手を器用にエプロンで拭きつつ、カウンターから出てきてくれた。
「まだ、開店前だったかな?」
誰もいない店内の誰も座っていないテーブルに着き、彼女を待つ。
「いや、今開けた所だ。でも、よくこの店がわかったね。依頼を出した時には何も伝えなかったのに」
彼女が、今度はちゃんと驚いて問いかけてきた。
だから僕はニコリと微笑で返す。
「噂を耳にしたんだよ。リブラネスタのこの地区に、うまい料理を出す店があるってね」
「はは、そうか、そんな噂がねぇ。確かに味には自信があるよ。作る時間は倍かかるけどね」
そう言うと彼女は笑って、あの左腕を見せてくれた。
上腕の中ほどから無くなってしまった、彼女の過去。
それでも今を笑っていられるのは、あの時取り戻せた記憶のおかげと思いたい。
「――ジルさん。髪、切ったんだね」
「うん? ああ、これか。あんた達のおかげで色々とけじめがついたからね」
言って、彼女は照れ臭そうに後ろ髪をいじった。
「とてもよく似合っているよ」
「なんだい、それは。もしかして口説いてるのか?」
くくくと声を殺して笑う彼女。まさか彼女の口からそんな言葉が出るとは――。
本気ではないと悪戯な笑みでわかったから、僕は肩を竦めてこう返す。
「残念ながら、女性は愛でる華。そう決めてるんだ」
「はは、キザな事だ」
今度は声に出して笑った彼女。その笑顔に、以前依頼を受けた時にあった曇りはまるで感じられなかった。
「それで? 折角来たんだ、何か食べて行くんだろ?」
「ああ、もちろん。ジルさんが一番得意なおすすめをいただけるかな」
店内にはさっきから美味しそうな香りが漂っている。きっと先ほどの自慢は嘘じゃないんだろう。
僕は期待に心を弾ませ、そう注文したんだけど――。
「それは困ったな」
「うん?」
どういう訳か、困らせたらしい。
「メニューの端から端まで食べて行く気かい?」
「……ははっ、これは一本取られたね」
彼女はこう言っているんだ。どれもうまいから好みで決めろって。
「それじゃ――あれを。それから、少し酔えるものをお願いするよ」
だから僕はカウンターに並べてあったカボチャのパイを指さして答えた。
「お目が高いね。あれは今日一番の出来だよ」
自慢げにそう言って、彼女はカウンターへと戻っていった。
●
夕食時とあって、店には沢山の人が訪れた。
混み合う店内に席を辞そうかと彼女に聞いたが、そのままでいいと言ってくれた。
だから言葉に甘え彼女の仕事ぶりを席から見ている。おすすめだと出してくれたワインと一緒に。
夜が深くなると客層も変わってきた。
それでもさすが元冒険者。荒事が得意そうな客にも平然と対応していた。
安心――していいものかはわからないが、働いている彼女はとても幸せそうに見えた。
●
「お疲れ様、ジルさん」
結局、閉店まで邪魔することになってしまった。
「構えなくて悪かったね」
汚れた皿を片手で器用に洗いながら、彼女は答えてくれる。
「気にしないで。っと、手伝おうか」
「いや、いいさ」
料理はできなくても片付けならと、席を立とうとして止められた。
「それより、席代に一曲お願いしてもいいかい?」
「――ああ、喜んで」
彼女が僕の事を吟遊詩人だと覚えていてくれたことが嬉しくて、思わず声が弾みそうになる。
流石に大人な彼女に見られてはからかわれると、平静を装いヴァイオリンを手に取った。
「曲のリクエストはあるかな?」
「あんたにお任せするよ」
「……ふむ、それは困った」
「うん? ――あっ」
上目遣いに見上げていたら、彼女が気付いてくれた。そう、これは先ほどやられた事へのお返しだ。
「ははっ、ではおすすめの一曲を貴女に贈ろう」
やられたと天を仰ぐ彼女に向け、僕はとっておきの一曲を奏でる。
二人しかいない店内。でも僕は目には見えないもう一人がここにいることを知っている。
彼女の残された右手に輝く二つのリング。その片方の持ち主が、今も彼女の事を見守っている事を。
彼女にはこれからずっと笑っていてほしい。愛想笑いではない本当の笑顔で。
その気持ちを弓に乗せて、僕は弦を弾く。故郷の祖母から教えてもらった、とっておきのセレナーデを――。
「ありがとう……とてもよかったよ」
演奏が終わると、彼女は静かにそう呟いた。
「二人の未来に幸多からんことを――」
僕がそう言うと、彼女は少し驚いてから笑ってくれた。無理のない本当の笑顔で。頬に一筋の涙を流しながら――。