レッドカーペットを君と 〜パカデミー賞〜

キャラクターノベル(グランド)制作 アルパカコネクト運営納品 2022年09月14日 10時00分00秒

●開会前の――
「今年も盛況しているな、そうそうたる顔ぶれだ。……ミリア君、きょろきょろしていないでこっちに」
「はーい! アタシがこんなところに来られるなんて、夢みたいです!」
 パカデミー賞授賞式会場には、誰もが顔を知っている有名人たちが集まっていた。周りを見回すのは今をときめく新人女優ミリア・クロステル・ヴァリス、それを手招くのはベテラン俳優兼ミュージシャンのエース ニーセン。二人は実写版『ホワイトレター』で共演していた。
「ミニーちゃーん!」
「ミリアちゃーん! ねえねえ、俳優さん達めちゃめちゃ格好いいしすっごい綺麗なんだけど! すごくない!?」
「すごいよね~、めちゃめちゃ緊張するけど!」
 手と手を取り合い合流した相手はミニー クーパー。ミリアの友人であり、『ホワイトレター』アニメ映画版に抜擢された新人声優でもある。一緒に居るのは同じ作品で共演したジョーイ・ジョーハンソンだ。
「お疲れ様です。ミニー、走るな。せっかく洒落た衣装を着ているんだから」
「だってすっごくテンション上がっちゃうんだよ!」
「まあ無理もない……おや」
「あ、エースさん置いてかないで下さいよ~!」
「ミリア君、二人も来てくれ」
「やあやあ、お疲れ様です。パカデミーの雰囲気は楽しんでいますか?」
 現われたのは『ホワイトレター』アニメ版、実写版ともにプロデューサーを務めるM・R・2だ。彼もノミネートされており正装に身を包んでいる。新人女優ミリア、そして新人声優ミニーを発掘したとしても話題になった。
「お久しぶりです。『ホワイトレター』も多部門ノミネートですね」
「こんにちは! えへへ、とっても楽しんでます!」
「アタシもです! テレビや映画で見た人もいっぱいいますし!」
「それは君もなんだけどな。MR2もお疲れ様です。すみませんミニーが」
「すみませんって何!」
「ははは、満喫しているようで何より! エースは他の賞にもノミネートされていたよね?」
「ええ、歌曲賞も狙ってましてね。是非この会場で歌いたいですよ」
「それはいい! よりこの作品がメジャーになるよ。それに僕は作品賞も狙ってる。お互い実るといいねえ」
「MR2、お疲れ様」
「おや我妻さん! 君たちも楽しんでいますか?」
「ああ、もったいないくらいにね。ほら、エリックも……エリック?」
「はっ。ええと、お世話になってます」
 続けて『ホワイトレター』作画チームである我妻(あがづま) 芯(しん)、スケッチブックを手放さないエリック・ペールマンが。
「ここにいたか、挨拶に来たぞ」
「M・R・2さん、ご挨拶に……あら、貴方も」
「お疲れ様です、プロデューサー殿」
「お疲れ様です!」
「おお、『ホワイトレター』の役者さんがたくさんですねぇ」
 藤咲 聖、鳥羽(とば) 咲白(さしろ)、ディアディアに忍 サザリ役、ダン役の俳優たちが次々に挨拶に来た。別媒体ではあるが同じ作品で脚光を浴びるスターたちが揃い、周りは俄かに騒ぎ出す。
「すみませーん! こっちに視線お願いします!」
 カメラを構えた礼燈(あやひ) 錬(れん)がぶんぶんと手を振り揚げ、それが合図となって撮影会が始まった。
「ありがとうございます!」
「俳優さんがたくさんだよ、ミリア紹介して!」
「アタシも大先輩ばっかだよ!」
 興奮するミニーとミリアに、ジョーイは面白くなさそうに呟く。
「あんな俳優より、ボクがいるだろ」
 ぱ、とミニーが振りむいた。
「ん? ボクが何? ごめん、今忙しいから後で聞くね!」
 ミリアと去っていくミニーに、ジョーイは深く深く溜め息を吐いた。
「はあ……オレじゃダメなのかなあ」
「若いっていいなあ。エースもそう思わないか?」
「眩しいくらいですね」
 知己同士で頷き合った後、M・R・2はぽんと若人の肩を叩く。
「ジョーイ、きっとうまくいくさ」
「飯くらい付き合うぞ」
「すみません、こんな姿を見せてしまい……うう、ありがとうございます」
 二人の大人に慰められて泣きそうだ。ただそのお陰で、ミニーとインタビューを受ける時にはすっかり立ち直っていた。

「おっ『SKY』じゃーん! やってるー?」
「司さん! こんにちはー!」
 人懐っこい笑顔を浮かべながら、鶴谷(つるや) 司(つかさ)は畔上(ほとがみ) 蒼翔(そうし)の肩に手を回す。蒼翔と遠野(とおの) 昴流(すばる)、そして結城(ゆうき)・晴天(はるたか)は三人組のグループ『SKY』を組んでいる事務所の後輩だ。司の格好に昴流が気付く。
「それって鶴谷さんの役の……」
「そ! 今日のための一張羅よん」
 そう言ってくるりと回ってみせる。彼の役柄、『檜原(ひのはら) 恭一(きょういち)』その人がそこにいた。
「かっこいい!」
「司さんみたいに役の格好してくりゃ良かったなあ」
「確かに! こーんなスーツイメージじゃないしぃ」
「往生際が悪いよ晴天。……でも俺も『恭一おじさん』みたいに、制服が良かった」
「可愛いな~すば坊は!」
「なにすば坊って……ちょ、ちょっと、二人も調子に乗らないで」
「こんにちは、賑やかね」
 司に頭を撫でられた昴流が、真似しようとする蒼翔と晴天の手を退けようと奮闘している最中、月森(つきもり) 沙彩(さあや)が声を掛ける。彼女も同作品に出る女優だ。今日は髪を結い上げて黒いイブニングドレスを身に纏い、美しいデコルテライン(首回りや肩、胸元)を見せていた。
「おう、沙彩。今日も綺麗じゃーん」
「サーヤさん! おひさ!」
「ええ、ありがとう鶴谷さん。それに畔上さんたちもおひさよ。相変わらず仲いいし、三人ともその衣装格好いいね。……二人ほど着崩れてるけど」
 『SKY』は三人とも揃いの正装だったが、蒼翔と晴天はすでにボタンを外したりネクタイを緩めたりと着崩していた。二人は揃って口を尖らせる。
「授賞式だからってこんな格好窮屈だしなー」
「さっすがそーしさん! よく分かってるぅ!」
「やっぱ晴天は気が合うよな!」
「馬鹿言ってないでちゃんと着なよ」
 両隣を見て小さく息を吐く。昴流をはさんで肩を組んでいた二人は、その様子ににやりと笑いあった。
「昴流、お前もお揃いになろーぜ。俺たちは崩すのが正装だ」
「崩すのが正装って、何。……何その手は」
「よいではないかよいではないかー!」
「俺はこのままでいいの!」
「そこは『おやめ下さいお代官様』だ!」
「言わないよ! 蒼兄! 晴天もいい加減にー!」
 頭も服もわしゃわしゃにされる昴流を見ながら、司も沙彩も笑う。
「いいねー! 青春っぽい!」
「時代劇によくあるやつだよね」
「時代劇には出てないです……」
 一気に肩の力が抜ける。さらにその後カメラマン(錬)に写真を請われ、そのままの状態で写ってしまった。とりあえず、式の前にスタイリングさんにお願いしよう。そして二人は怒られればいいと、昴流は溜め息を吐いた。

「お久しぶりです、皆さん」
 瞳を細め、紙屋(かみや) 橘(たちばな)は周りに集まる皆さんへと視線を向けた。橘は伝奇ドラマ『東京インソムニア』に出演しながらその派生作品となる推理・怪奇系小品を撮影するマルチな才能を持ち、その独特の世界観で新人監督ながら世界で称賛を得るに至っている。
「監督賞でノミネートされたと聞き、これはぜひお祝いをと思いまして」
「本当におめでとうございます。ますます作品作りに邁進されるのかしら」
「お祝い、申し上げます。自分のことのように、嬉しいです」
 長谷部(はせべ) 勉(つとむ)、来瞳(くるめ) 諄(じゅん)の夫婦、そして化良(けら)・応介(おうすけ)がそれぞれ祝辞を述べる。四人はとある回(『岐録』。異様に人気がある)で共演の仲だ。
「ありがとうございます。……僕のにも是非出て下さい。死体役は籤で決めますか?」
「出演は是非。籤引きですか、ほう。面白い」
「まあ、喜んで。死体になってみたかった所です」
「もう選ばれた気でいるのか?」
「そのくらいでないと運を引き寄せられませんから」
「その時が待ち遠しいな。もし君が選ばれたとしたら犯人役を全力で取ろう」
「あら、楽しみですね」
「はは、ご夫妻は相変わらず仲良さそうで」
「プロポーズ合戦だ……」
 静かに火花を散らす(愛情表現が独特な)夫婦に橘は表情を変えず、応介は楽しげにスマートフォンをタップする。呟きはすぐに拡散された。
「化良さん紙屋さん、見っけ。お久しぶり」
 座った橘の肩、応介の腰元に手を置いて勢いよくたくみが顔を出す。その後ろから近衛(このえ)・巧(たくみ)役の青年が歩いてきた。黒を基調とした品の良いスーツに身を包み、髪を上げている。彼の別(夜)の姿を演じるたくみもお揃いのスーツだ。
「楽しそうな悪だくみしてますね。僕らも混ぜて下さいよ、……たくみ君フランク過ぎじゃないかな」
「そう?」
「構いませんよ、ティムさん……たくみくんも死体役、興味ありますか」
「死体役?」
「随分とヘビーな話をしていたね?」
 慣れたようにしゃがみ、たくみとハイタッチした応介が問うてみる。たくみが目を瞬かせていると、勉と諄が声を掛けた。
「たくみ君と近衛さんですね。お噂はかねがね」
「あ、長谷部さんと、来瞳さん。初めまして」
「ご挨拶が出来て偉いですね。たくみ君も近衛さんも、いつか作中でも会いたいです」
「どうも。素敵なご夫妻にお会いできて嬉しいです。『岐録』も見ましたよ、素晴らしいものでした」
「ありがとうございます。近衛さんとの共演も楽しみにしています」
 簡単な挨拶を交わし、話は『死体役籤引き大会』へと戻る。
「死体役、やったことない」
「たくみ君のファンの人たち悲鳴上げない?」
「わかった、勉強してからだね」
「うーん……真面目だなあ」
「近衛さんも死体役、興味ありますか?」
 近衛は目を瞬かせ、考え込む。
「そう、ですね……ないことはないかもしれませんが、納得できるレベルまで自分を磨くのはやりがいに満ちていますね……」
「わかります……演者にとって、この上ないくらい、楽しいですから」
 経験者は深く頷き、橘に視線を向けた。
「死体役以外にも、オーディションあれば。……役、取りに行きますよ」
「是非。楽しみにしています」
 頷く橘に、応介は表情を緩める。彼の演技も作品も本当に好きなのだ。
「ぼくもみんなと、紙屋さんの作品に出たいな」
「僕も非常に興味があります。もう次の作品に手を付けていらっしゃるんでしょうか」
「検討中、とだけ。お二人も是非」
 近衛たちのやり取りを聞きながら応介が携帯を弄ると、諄が覗き込む。
「呟きだけより、写真もどうかしら」
「え……いいですが、一緒に撮ります……?」
「何をしてるんだ?」
「記念に写真を撮ろうと思って」
「長谷部さんもどう、ですか……?」
「むしろ、この面々が揃っているのに二人だけで撮る意味が分からないな」
「なあに、写真? うん、撮りたいな」
「記念になりますね」
「どうぞ」
 勉の呼びかけで橘の周りに集い、カメラマン(錬)に集合写真を撮ってもらうことになった。携帯でも撮影してもらったその写真はその後、凄まじい数の反応(五分で万バズ)があったらしい。

「待ちなさい、そんな話聞いてないんだけど?」
 会場の片隅でソニアが電話口に向かって話す。今回、彼女はとあるホラー漫画の原作者として招待を受けていた。独特な(ひどく読みづらい)文体とリアリティが追及されたその作品は一部界隈で熱狂的なファンも存在している。
「締め切り三日後なんて聞いてないわよ、莫迦なの? 莫迦なのかしら?」
 そんな彼女は今、締め切り(強大な敵)と戦っていた。戦いの最中、ソファの後ろで寝ていた葉上ユウが目を擦る。
「んん……? もう式の時間……?」
「まだ出来てないに決まってるでしょう!」
「そっかぁ……」
 聞こえてきたソニアの言葉にまた瞳を閉じる。彼女もノミネートされた一人の役者であり、今は時差によってとんでもない眠気に襲われていた。ハリウッドに来られたことは嬉しいが、洒落じゃないくらい眠い。
(さすがパカデミー。個性的な人たちが多いね)
 近くの席に座っていた、リデル・ラトルージ役の須賀律人がそわそわと身体を揺らす。こんな大舞台に招待されるのは初めてのことなのでどうにも緊張が抜けない。ふと隣を見ると、会場を瞳に映しては一心不乱にスケッチブックを埋める男性(エリック)がいた。そうだ、と荷物からメモ帳を取り出す。
「先生ならやれるって? ……はあ、もういいわ、わかりました。やれば良いんでしょ!! この私に出来ない事はないっての!」
 勢いと同時に電話を切り、ソニアは深く長い溜め息を吐いた。インタビューに備えてプロットもそれらしい(映像化するらしいから)諸々を考えなくてはならない。考え込むソニアにリデルが映った。
「須賀律人よね。何を描いているの?」
「え? 何を、という訳でもないけれど」
 律人はメモ帳を見せる。そこには四本脚の毛むくじゃらの何か(アルパカ?)がいた。――律人は『画伯』と呼ばれるセンスの持ち主で、時折バラエティにも出ていたことをソニアは思い出す。
「役柄でデザインも勉強したから、少し上手くなったと思うんです。どうかな」
「ええと……個性的ね?」
「いい絵じゃねえか」
「本当だ。お前さん、味のある絵を描くね」
「よかった」
 突然エリックと、隣にいた芯が覗き込んで称賛した。
「我妻 芯じゃない」
「そうだけれど……お前さんはソニアか」
「パカケットに行くのかと思ってたわ」
「はは、そこは妻に頼んできたよ」
 芯は今でこそ作画チームだが、元々アクション漫画とコメディ漫画を月刊連載していた漫画家でもある。ソニアはじっと見つめ、頷く。
「不気味な絵を描く漫画家、その作品が世に出た途端……いけそうね。貴方、もしかしたらオファーが来るかもしれないから覚悟しといて」
「ええ!?」
 律人は目を瞬かせる。大きな声にユウがまた目を開けた。
「はっ……んんー……ねむい……受賞式、始まった……?」
「もうすぐみたいですよ。その前に、一枚構いませんか?」
「ああ、ボクは構わないよ」
「僕も大丈夫」
「手短にね」
 錬は頷き、レンズ越しに見つめる。俳優とクリエイターたちが入り混じった光景は胸を熱くした。

「趣味と実益じゃないけど、これも役得って言うのかな」
 見送った後も、錬はパカデミー会場を歩いては人々の写真を撮る。映画雑誌のアルバイトカメラマンというのもいいものだ。裏方を務める警備たちにも声を掛ける。謙遜する彼らに、
「作品に裏方がいるように、皆さんもまたなくてはならない存在です」
 と伝えれば、照れながらも応じてくれた。
「おっと、照明が落ちてきた。そろそろか」
 ベストポジションを取るべく、錬は前方へ急ぐ。

●発表! パカデミー賞!
「レディース・エン・ジェントルメーン! 今年も始まりましたパカデミー賞授賞式! 司会は私、ジェイソン・ヴィリアンと」
「アメリア、そして『東京インソムニア』から『人型ゴーント』、日比谷 梛でお送りいたしますわ」
 黒スーツにゴーントマスクを被った男がゴーントポーズを取り、会場が盛り上がる。まず初めに――というところで、チリンチリン! と鐘の音が響いた。
「おや?」
「何でしょうか、……御覧ください皆様! 郵便屋さんがいらっしゃいましたわ」
 ステージの左手にスポットライトが当たり、そこから自転車が走ってくる。乗っているのは『ホワイトレター』にてアレックス=ガーデンツィオ役を務めるその人だ。会場は一斉に沸き立った。歓声の中自転車を降りるとにこやかに手を振り、司会の元に行くと一通の手紙を差し出す。
「やぁジェイソンにアメリア、そしてゴーント。アルフライラから郵便です」
「遠い島国からありがとうございます。皆様、今一度ガーデンツィオ様に拍手を!」
 拍手の中帽子を取り、笑顔で一礼をして去っていく。
「それでは最初のノミネート部門の発表をしよう! まずは作画賞だ!」
「ここでは私がプレゼンターを務めさせていただきますわ」
 アメリアによる熱いスピーチが行われた後、照明が落とされる――受賞作品の映像だ。

 『そこは海に囲まれた国際都市――』
 ナレーションと共に潮騒と海鳥の声が流れ、アルフライラの全景が映し出される。蒸気エンジンをふかす音が響くと、リバーストライク(前輪が二輪の三輪バイク)を操る女性がアップとなり、会場から歓声が上がった。コミック内に登場のキャラクター、アイナ=モアナが映像で登場だ。
『試作機だが、このトライクは新米向けの機体だからな』
 後ろに乗る茶トラ白の猫がなぁんと鳴き場面が移り変わる。トライクが歩行重機(ウォーカー)の前に躍り出ると同時にその巨体が倒れた(トライクで巻き付けたワイヤーで転倒した)。
『この街に手を出すのは、私と相棒が許さないよ』
 最後に『ホワイトレター』のロゴが出る。観客の大きな拍手の中、手紙の封が切られた。
「では発表しよう。今年の作画賞は――『ホワイトレター』!」
「『ホワイトレター』作画チームの代表にお越しいただいています。我妻 芯、エリック・ペールマン! 」
「エリック」
「待ってくださいあともう十秒……いや五秒!」
「エリック?」
「すみません行きます」
 エリックを引っ張ってステージへと上がり、芯にマイクが渡された。
「さて、コメントをいただけるかな?」
「光栄だね。ご覧いただいた映像は、作画チームで特別に作ったコミックの一場面だ。格好いいアイナたちを見て興味を持ってもらって、もっと『ホワイトレター』が愛されると嬉しいな」
「私もそう思いますわ。ペールマン様はいかがかしら」
「ありがとうございます。オレの想い出といえば、クロード……ああ、家の黒猫なんですが、インクをこぼした後に描いていたアイナの横に足跡を付けてしまって、ポー太郎も出てたコマだからトレードマークみたいになって逆に興味深かったですね」
「エリック??」

「歌唱女優賞の受賞者は『ホワイトレター』鳥羽 咲白! ドラマ版『ホワイトレター』シスネ・ティール役では、正反対(本人は高学歴で気が強いことで有名)の役を見事演じていると話題になった女優だね。その歌声も美しい!」
 背景に作品の映像が流れ、咲白がステージ上へと上がる。そしてアルパーカ(金色のアルパカ)像を受け取った。
「受賞コメントをお願いするよ。役はどうかな?」
「まずは栄えある賞をいただき、ありがとうございます。勢いのある子なので、演じるのが大変な時もありますね。あと、やたらと頭の上に鳥を乗せることとか。種類によってはけっこう重いです」
「次はどんな鳥と仲良くなっていらっしゃるのか、巷でも話題になっていますわ。それでは歌をご披露していただきましょう」
 ステージにて咲白は歌を奏でる。その後、同じく歌唱男優賞を受賞したエースとデュエットを披露し会場を魅了した。
「それでは次の賞を発表しよう。痛快女優賞、『AnnihEpica』アンナ・セラーズ! 私、ジェイソン演じる吸血鬼ヤコブとの決戦時、アンナ演じるルアンナ・ミュラーがヤコブを爆破魔法で見事に燃やしたシーンが大きな話題を呼んだね!」
 拍手と歓声を浴びながら、アンナがステージ上に上がる。
「やあアンナ、君がこの賞を受賞するのは私としても嬉しいよ。……それは?」
「ありがとうジェイソン。ああ、私の化粧道具よ。使う?(イッツ ハリウッドジョーク)」
 アンナは小道具のノコギリ鉈を掲げてみせる。ジェイソンはぶんぶんと首を振った。
「ぜひ、お二人のやり取りが見たいですわ」
 アメリアの要望にはやしたてるような声が届く。ジェイソンは楽しげに肩を竦めると、仰々しく両手を広げた。
「スウィィトゥゥ!! 聡明で強大で優しぃぃいワタシのために集まっていただき感謝ですっっっ!!」
 瞬間、スイッチの入ったアンナが斬りかかる。
「あらあら、まだ燃やされ足りないようですねえ?」
「アツゥゥイ!?」
 ――なお、このやりとりはパフォーマンスとして大いに会場を盛り上げた。

 ミリアとミニーは新人賞、ジョーイは声優部門の男優賞、ソニアは原作賞でM・R・2は監督賞を受賞する。会場のボルテージは依然高まったままだ。
「少し変則的だが戦慄俳優賞、敢闘俳優賞を発表するよ。まずは映像をご覧いただこう!」

 巨大都市東京。人々が夢見る《悪夢(ナイトメア)》の中で、異界が口を開け夢渡り人(ドリームダイバー)を待っている。
 立ち並ぶ亡者(ゾンビ)の群れが襲い掛かり、銃を二丁構えた八上(やがみ)・麻衣(まい)が踊り込む。顎を、腹を、頭を確実に打ち抜きながら進んでいく。亡者を屠(ほふ)るたび、長い黒髪がどす黒い液体に濡れた。途中で銃弾が尽きる。
『仕方ないな』
 銃を手放すと、徒手空拳で亡者の頭をふっ飛ばした。
『麻衣ちゃんやるぅ! よし、狩奈もいっくよー!!』
 もう一人の少女、暁(あかつき) 狩奈(かりな)は独特なフォームを構え、迫りくる亡者を迎え撃つ。拳を、足を使い舞うように、型にはまらない変則的な動きでなぎ倒していく。
『でやぁぁああ!!』
 最後の巨大亡者を倒したところで、辺りは静まり返っていた。
『見たか! 赤月流古流武術ー! 今日も楽勝楽勝!』
『!? 危ない狩奈!!!』
 狩奈の後ろで、倒した巨体がぽっかりと大きな、真っ黒な口を開いていた。
『…………え?』
 振り返った刹那――カメラが彼女の足元だけを映す。宙に浮き暴れる足はごき、ぼきという鈍い音の後、やがて動かなくなった。

「ん……あれー……もう全部終わったー……?」
 突然ざわめきがなくなり、うつらうつらしていたユウが目を擦って見渡す。会場に静寂が流れていた(この映像は後に、『検索禁止ワード』『みんなのトラウマ』として有名になったらしい)。続けざまに映像が切り替わり、今度は崖に掴まる北斗(ほくと)・順凪(カズナ)のが映し出される。
『はあ、はあ……っ、俺は探偵だ、こんなところで終わる訳には行かねえんだ……っ!!』
 順凪は自分の力だけで崖を這いあがる。その後も夢魔やゴーントを避けるために命がけの綱渡りを行ったり、ビルの間で大ジャンプを行ったり、侵蝕の中でハンガーを振り回し一般人を守る姿が映し出された。
 歓声が上がるたびに、それを一緒に見ていた順凪の瞳が細まっていく。違う……俺が想像していたのはこの役回りじゃなか(本当はクールでハードボイルドで背中で語る渋い探偵役の予定だ)ったんだ――。
「いやあ……とんでもない映像だったね。改めて受賞者の発表だ、戦慄俳優賞に『東京インソムニア』八上・麻衣と暁 狩奈、敢闘俳優賞に北斗・順凪!」
 壇上に三人が上がり、それぞれスピーチする。
「出番を貰えるのは嬉しかったです。このシーン、銃撃が本当に必要か監督と何度も話し合いました。女の子が銃で立ち回る姿は需要があると力説されたのを覚えています」
「楽しかったよ!」
「どうしてこうな、んん。こんな賞を貰えて光栄だ」
 応介、巧にそれぞれ優秀男優賞、勉と諄は人気夫婦俳優賞、律人はマルチ俳優賞、橘は新人監督賞、たくみは子役特別賞を(にこにこでアルパーカ像を抱きしめ)受賞する。
「ヤッホー! みんな元気か? 数井家の忠実な運転手、恭一がやってきたぜ☆」
 ウインクを放った後、司はすっと表情を引き締める。
「皆の応援でここまで来れた。感謝する」
 恭一の登場(役の台詞)に会場が湧く。先ほど三人で受賞した蒼翔、昴流、晴天(『SKY』メンバー)と沙彩も拍手を鳴らした。沙彩はふと、ステージに立つ司会(ゴーント)を眺めて鮮やかに笑う。
「来年はそろそろ反撃してもいい? 私踏みたい」
 それを聞いていた晴天は、また一部界隈のご褒美シーンが増えるなと目を細め、壇上のゴーントは身震いした。

「プレゼンターをご紹介しよう。イリス・ユヴラン! ここ二年で人気急上昇中の彼女は『AnnihEpica』ユアン・イェーガー役以外にも数々のエキストラを演じ、去年『マルチ女優賞』を受賞しているよ! しかもトリリンガル(英独日)という才女だ!」
「ありがとう、ジェイソン」
 ドレスを着たイリスが上段に上がり、マイクを持って手を振った。
「ベストロマンス賞は『AnnihEpica』黒鉄(くろがね) 凱(がい)! 若手ながら本職であるプロレスラーの技を取り入れたアクションが人気を呼び、最近ではロマンスの演技も話題となり、ました!」
 凱がステージに上がり、受け取ったアルパーカ像を高々と掲げる。
「こんな栄誉ある賞を貰えて嬉しい、現場でも自慢するぜ。皆も応援ありがとうな! 『今後の俺たちにも期待してくれ!』」
 最後は役柄で台詞を叫び、嬉しさにガッツポースを決めた。他にもユウが癒し俳優賞を受賞していたが、本人が名乗り出ずしばし捜索がなされた(普通に会場内で寝こけていた)。
「それでは次のノミネート、です。パフォーマンス賞、ドラマ版『ホワイトレター』から男装モデルとして人気の高い藤咲 聖、そしてお嬢様系の女優として人気のディアディア、新米スーツアクター忍足――、ベテランスーツアクター加藤――!」
 イリスの呼びかけで四人が壇上に上がり、スピーチに。
「下戸の演技を掴む(本人は陽気なゲラの酒豪の)ため限界まで飲んだり、わざと表情を動かさない練習をしたりと苦労しましたね。ノエルは無表情な分声色を聞くと感情が読みやすいと思うので、そこを見て貰うとより楽しめると思います」
「自分とは真逆の子なので、ご依頼が来た時はびっくりしました。忍者に挟まれる女の子ってお姫様? って思っていたら、一緒に戦う侍ガール系で二度びっくりです」
「ディアディア君はすごくギャップがあるよね。あ、僕はサザリ君に倣って今日は竜を被って来ました! こんなに忍者してるのに忍者じゃないって聞いた時は宇宙猫顔ですよ!」
「良いじゃないか、もし忍者に手紙配達されたら、自分はちょっとテンション上がっちゃうね」
「上がりますよね、わくわくしちゃいます」
 ディアディアがおっとりと笑い、加藤が楽しげに忍足の背を緩く叩く。皆それぞれ、役柄とは異なる魅力的な俳優だ。聖は三人のやり取りに小さく笑う(スクリーン越しのファンが悲鳴を上げたらしい)。
「他にも、加藤さんのダンと僕のサザリ君は師弟なんですけど、師弟と言えば、加藤さんと僕もなんですよね」
「そうそう。もう歳なんですけどね、負けてられないと体を動かしてますよ」
「ありがとうございます、今日は皆でパフォーマンスを見せてくれる予定、ですよね」
 イリスの言葉に四人は頷き、会場に向かって呼びかける。
「役者の皆さんで殺陣を披露致しますので、よろしければ御覧下さい」
「今日は、皆さんの息の合った殺陣に自分も参加させてもらいます。胸を借りるつもりで精いっぱいやるつもりです」
「飛び入り参加も可能ですよ!」
「お、なら俺も参加させてもらうぜ」
「私も!」
 凱に狩奈、他にも『SKY』など人々がステージ前に集まってくる。ディアディアとサザリが刀剣で打ち合い、聖の居合切りをダンが忍剣でいなした。やがてディアディアが柔らかな笑顔で手招きしては順々にステージへ人を上げると、打ち合わせなどないにもかかわらず斬って、倒れて、立ち回り、と俳優たちは楽しげにハイレベルな殺陣を演じる。俳優もクリエイターもごちゃまぜに笑いあう姿を見て、錬は夢中になってシャッターを切っていた。
「さあて、まだまだパカデミー賞は終わらないよ! お次のノミネートは――!!」


【執筆:白葉うづき】


●
 授賞式を控えた煌びやかなホールには、マイクやカメラを構えた取材陣が押し寄せ、俳優や声優達へ我先にとインタビューを開始していた。

「針根 澄麗役の六星です」
 記者達に取り囲まれた六星は笑顔で応じる。とはいえ、その表情は少しばかりひきつっている風に見えた。
 すらりとした高身長のモデル体型に加え、怜悧な美貌を備えた魅力もあいまり、役柄としてはいわゆる強い女を演じる事が多いものの――公の場やオフといったスイッチの入らない場所では、実は喋るのが苦手なのである。
「西堀 狗凪役の銀 凪です、よろしく~」
 六星の困った視線を受けてか、凪が陽気に挨拶しながら記者達との間へ割り入って来た。
「銀さん、今回の六星さんとの演技はどうでしたか!?」
 インタビューの矛先も凪へ向いたため、六星はほっと一息。
「それが出会いのシーンが凄くてさ~、インパクトしかなかった感じ?」
 ところがそのまま凪に舵取りを任せてしまったためか、話題は思わぬ――避けたかった方向へ進む。
「本当、台本見て俺金的蹴り上げられんの? って思ったよね、いやぁビビった~……ってぎゃっ」
 記者達の死角からひっそり足を延ばした六星が、凪のつま先を踵で踏みつける。
 一瞬飛びあがった凪は、すぐ笑顔に戻って事なきを装うも――横目で見やれば、これ以上喋るな、と睨む六星。
 ごめんごめん、と軽く首をすくめて謝る。背筋を伸ばして涼しい表情を作る六星だが、少し紅潮したままのその横顔に、凪はひっそり口元を緩ませるのだった――。

「いや~素晴らしい演技ですよね! 役をこなすにあたって、何か努力とかされているんですか!?」
 マシンガンさながらに賞賛や質問を投げかけられる魏郭 凌仙は、ろくに答えられずにいた。
 その時、魏式 武夷がにこやかに、そしてしなやかに両者の間へ割り込み、口を開く。
「はいはい、凌仙君へのインタビューをしたい人はちゃんと整列してね。この子いっぺんに質問攻めされるとすぐテンパっちゃうから」
 気弱な凌仙を同期のよしみで庇ったり、時には背中を押してやったり――それはこの場でも変わらない。
「すみません、気難しい訳じゃないんです」
 武夷がフォローしてくれたおかげで、凌仙も言葉を差し挟めるようになる。
「ずっと眉間に皺を寄せる演技をしていたせいで、癖になってしまって……あの、武夷くん。この場はお任せしてもいいですか?」
「というわけで、凌仙君への質問も一緒に受け付けるよ~」
 スムーズに記者達を捌いていく武夷。
「せっかくですから凌仙さん、作品内でのあの名言をどうぞ!」
 時にはそんな無茶ぶりをされる。
 できるかな、と武夷が目を向ければ、凌仙は頷きを返し……次の瞬間には一転、口元をひん曲げた、人を食った笑みをたたえて。
「姓は魏、名は郭、字は凌仙と申します。さぁ、貴方の望みを筆に乗せると致しましょう――我が代筆の妙技に仰天せよ!」
 おおっと拍手と歓声が沸き起こる。それでスイッチの切れた凌仙は恥ずかしげに俯き、再び武夷の後ろへ戻るのだった――。

 花蘭 すばると蒲荘 壬影へのインタビューは、至極和やかな雰囲気で進んでいた。
「花蘭さんはなんでも、テレビに映る蒲荘さんに憧れているとか!」
「カッコよく演技する叔父さんの背中を追って、この世界に入って来ました! 私が叔父さんのファン1号です! って昔から言ってましたね、えへへ」
 リアルでも叔父姪の間柄の二人であり、なおかつ子役として売り出し中のすばるには、そのハツラツとした態度もあいまり、取材陣の興味と好意を集めている。
「蒲荘さんは今回もミステリアスで影の背負った役柄を演じておられましたね! いやぁ、表情のわずかな変化や仕草、ますます磨きがかかっているように感じますよ!」
「実際この役やってから、陰のある役のオファーが増えたんですよね」
 壬影は苦笑し、すばるへ視線を投げかける。
「すばるの目もある上に、好きな写真も関わっていますから、実はいつも以上に気を張っていたんです」
「叔父さんと沢山共演したくて、今回叔父姪の関係で役もらえてやったー! ってなりました!」
「噂によれば、オフはお二人で撮影に出かける事もあるとか……?」
「息抜きに寄り道したりしますよ」
「それで元気をもらったら、またお仕事頑張るんです! これからもはりきって行きますよーっ」
 拳を握って瞳を輝かせるすばるに、壬影も改めてカメラへ向き直り、一つウインクしてから締めくくる。
「こう言うと叔父馬鹿ですけど、すばるは将来有望、ですよ♪」

「李・美燕さんは今回の役柄、挑戦的な感じが見受けられましたが、やはりご本人としても考える所はあったのではないでしょうか」
「確かに、母や妻としての心情を演じるのは難しかったですが、今できる全てを出したと自信を持って言えます」
 華々しく瑞々しいグラドル俳優としては方向性が異なり、簡単にはいかなかったのではないか――そんな世間の疑問にも、美燕は毅然と答えた格好である。
「まぁでも、幽默を演じるのは楽しかったよ。次も是非胡散臭い役をやりたいね」
 一方、同じくインタビューへ応じているのはアラン・楊だ。
「今まではこう、みんなのイメージ通りな正統派二枚目? ってのをやって来たけど、今回は今回で色々と学ばせてもらったし」
 実際賛否両論は有るものの、同時に様々な新しい一面を披露し、新境地を開拓したとの評判もある。色々な意味で今後も注目の俳優、という立ち位置だった。
「ある筋からの情報によると、お二人は共演しながらも水と油、犬猿の仲との事ですが……?」
 記者が下世話な質問を浴びせる。美燕はため息をつきながら。
「それは少し……ご想像にお任せしま……きゃっ」
 途中で突如目を見開き、軽く飛び上がる。
 咳ばらいしてごまかすものの――隣でにやつくアランを睨みつけ、小声で苦言を漏らす。
「……時と場合を考えて。バレたら大炎上よ、バカ」
 人込みとスポットライトが混然一体たる華やかな場で、アランはこっそり美燕へボディタッチを敢行していた。実は二人は交際中なのだ。
 なお、どこを触ったかはご想像にお任せする。

 ジョエル・ヴェルジーとロジーヌ・ヴェルジーは、しきりにカメラのシャッターを切る取材陣の前で、柔らかな笑みを覗かせていた。
「作中はロジーヌと婚約者を演じる役だったんですけど、結婚はこれがきっかけになりました」
 ジョエルの言葉に、記者達はがぜん沸き立つ。
「いや~おめでたい! ちなみにですが、どちらが先にプロポーズなさったので?」
「実は……僕が切り出す前にロジーヌから」
 照れを含む困ったような笑顔で、ジョエルが軽く腕を上げてロジーヌを示す。
 整ったルックス、甘いマスクで知られるセクシー系俳優の意外なエピソードに、驚きの声が上がった。
「それがね、彼、こう見えて奥手なのよ。可愛いでしょう?」
 ロジーヌが唇へ指を当ててくすりとする。
「まさかロジーヌさんの方からとは……これは思わぬギャップですね!」
「作中だと、ローザリカはジュスト君に翻弄されてばかりだったけど……現実の彼はどちらかというと草食系で、そこがまたイイのよ」
「確かに分かる気がします~」
 そうでしょう? とロジーヌは目を細めてころころと笑い。
「他にも可愛い所がいっぱいあって、例えばこの間なんて……」
 その後もラブラブどっぷりな惚気話は延々と続き、流石の記者達も音を上げて退散した後は、授賞式に備えて二人で仲良く休憩するのだった――。

「ヴィニエラちゃんはちっちゃ可愛い女の子でしたが、暁 せいらさんも若々しくていらっしゃいますね!」
 記者が突き出すマイクに、せいらは恥ずかしそうに笑いながら過去のエピソードを語る。
「実はそのせいで、スタジオの警備員さんに呼び止められた事もあるんですよね~……子供は立ち入り禁止だよ、って」
「今日は大丈夫でした?」
 能登ヒンジが冗談めかして言えば、せいらも鼻を鳴らして胸を逸らして見せ、記者達の間で笑いが起こった。
「流石に顔を覚えてもらった後は大丈夫ですから!」
「本当ですか~?」
「本当ですって! もー、これずっと言われるやつですね?」
 打てば響く二人のやり取りは、仲の良さを窺わせる。
「世話焼き幼女楽しかったですよ~内面の変化とかも合わせて」
「九十九役もやりがいがありました。好きな物にぐってなっちゃう感じは、ぼくとしても親近感ありましたね」
 その後は二人で軽く、掛け合いシーンを実演して見せる。
「――お師匠様、栄養を取れればそれでいいのが食事ではありませんよ! 今日は麻婆茄子を作りましたから!」
「……辛くて美味しいです、ヴィニエラ」
 作中そのままを再現した掛け合いに、場は大盛り上がりなのだった。
「まぁぼくも茄子とか苦手なんですけど、可愛い弟子がいたら食べちゃうかも」
「じゃあ今度麻婆茄子作ってきますね!」

 あちこちで笑い声や拍手が巻き起こる中――とりわけ賑やかで騒がしいのは、零羊崎・棗役と久我・幡里役と七号街・地蛛役を担当した俳優達である。
「作中では素晴らしいハッピークソ野郎っぷりを演じられましたが、何か努力とかなさっているのでしょうか?」
「より磨き抜かれたクソ野郎になれるよう、クソ野郎によるクソ野郎のためのクソ野郎演技を猛練習しました!」
 輝くイイ笑顔でハキハキ語るのは地蛛。
 特撮ヒーローなど担当したノウハウを活かし、今作は非の打ちどころのないクソ野郎演技で鑑賞客達を酔わせてきたのだ。
「バイト青年という事で、この役をきっかけに初めて都内で自転車に乗りました」
 棗ははにかみながらも、物静かだが聴衆を惹き付ける声音で返答している。
「今のところ、棗は楽しく日々を過ごしているだけですが……笑顔の仮面の裏には何が潜んでいるのか、今後どんなクソ野郎になるかも含めてご期待下さい」
「きっと今後、インパクトあるクソ野郎ぶりを見せつけてくれそうですね!」
 記者達もまた棗の豹変が待ち遠しいのか、実にノリノリだ。
「これは自分も負けてはいられませんね」
 意気込みを見せるのは幡里。友好的な笑みをたたえた真面目そうな好青年である。
「といっても、傷の方は毎回特殊メイクで作ってもらってます、メイクさんにはいつも頭が上がりません」
「作中だと適当俺様自由人なキャラクター――要するにクソ野郎ですし、オラオラした感じの役をやる事が多いように見受けられますが、やっぱり私生活もそうなんでしょうか?」
「そんな事はない普通野郎です。例えばお酒とか殆ど飲めないんですよ~……でも監督さんから『もっとハッピークソ野郎で!』と言われる事も多くて苦労しました」
 最後に三人で画面へ向かってポーズを決め、宣伝と予告をして見せるのだった――。
「東京インソムニア、引き続き見てくれよな!」
「クソ野郎達の生き様、どうぞラストまでお楽しみください」
「これからも応援宜しくお願いします!」

 食事を楽しむファミーユ家の面々の所にも、記者達が詰めかけていた。
「絆ある大家族という事で共演された皆さんですが、現場以外でも仲の良いエピソードとかはあるのでしょうか?」
 突っ込んだ質問に対し、応じたのはソル=アンリ・ファミーユ役の杏璃だ。
「年齢的にもデリケートな子がいるので、おかしな道に入っちゃわないよう心を配っていますね」
 一人を除いて――と次女モカラ・ファミーユ役を務めるMOKARAをちらりと見やる。
 彼女は童顔だが実際には自分以上の歳だ。真のお節介焼きはあっちの方だろう。
「ところで長女アロマ役のアロエさん、もうだいぶお酒が進んでいるようですが……やはり泣き上戸だったりするのでしょうか?」
「実は私は中々酔えなくて~。ですから超クールタイプの目薬が味方なのですよ」
 笑顔で語るアロエの後ろのテーブルには、山と積まれた空ワイングラスがそびえている。
「ていうか、酒豪独身女優とか攻め過ぎなんでしょうかね? 私そろそろ良い年ですのにスキャンダル1つ無いのは何故でしょう……ね? ね?」
 ついには記者達へ絡み始める始末だ。
「……お酒ほどほどに、ね」
 見かねた杏璃がなだめるも、端正な顔は若干引き気味にひきつっている。
「飲むならちゃんと胃に何か入れなさいよー。杏璃ちゃんもずっとインタビュー続きで喉疲れてない? 飴ちゃんいる?」
「……いただきます」
 こういう時、MOKARAの気遣いが染みた。飴の味も杏璃好みだ。
「やっぱ杏璃さんは頼りになるだでなぁ」
 内心の気疲れを知ってか知らずか、その頼り甲斐のある姿に長男ニルス・ファミーユ役、似留守は感心の声を上げていた。
「まったくみんなして自由なんだから! ほら、あそこの料理美味しいみたいだから、取ってきてあげたよ!」
 華奢な腕で料理の満載されたトレイを運んできたのは、末妹ネア・ファミーユを務めた子役の少女だ。
「皆様、手頃な殿方をご紹介頂けませんか? ああ、誰か! 私を酔わせて! Give me LOVE!」
「も~先輩ったら! ほらハンカチどうぞ」
「作中での役柄と違って、アロエさんたち先輩方の面倒を見る事もあるんですね!」
 そんな記者の言葉には、つんと顎を逸らして胸を張り。
「そうよ、家族の皆に可愛がられてるような『ネア』とは違うんだから! ま、何でも演じるし声も可愛いから当然の配役だけど!」
 芸歴を観察、分析し――良い関係を築くべきか判断するのだ。
 打算と自信ある態度を見せながらも、MOKARAが持って来てくれたデザートを美味しそうに頬張る姿は超可愛い。
「似留さんは、杏璃さんに憧れてオーディションを受け、見事合格したシンデレラボーイと有名ですよ!」
「そうなのかぁ? んでも都会はたまげることばっかりだぁ、人も会場も美しぇな料理まで垢ぬけてら」
 インタビューを担当する記者も、似留の演技時とはうってかわった訛りの嵐に、若干困惑の笑みを浮かべている。
「芸能界怖ぇとこさ聞いてたけんどみんな親切だっぺ……あ、あそこにいる綺麗な俳優さんや女優さん、声優さんやクリエイターさんのサインさ貰って、ばっちゃにみせてやりてぇなぁ」
「ついて行こうか?」
「似留先輩一人だと不安だものね!」
「サインもらうなら写真も一緒ほらほら! みんなはぐれないようにもね!」
 似留のほか三人同伴でサイン貰いの旅へ出かけていき、そしてアロエは記者達を捕まえたまま独り身を嘆きつつ、ひたすらワインを空にし続けるのであった――。

 明坂 壱之丞役を務めたICHIは、マルチタレントとして幅広く活躍している。
「最初はファンに『ICHI、ネクタイの締め方知ってるの?』とか言われていたのに、今ではスーツのままで合気道を使うのもすっかり慣れちゃいましたよ」
 取材陣を前にしても余裕と微笑みを崩す事なく、慣れた調子で応対中だ。
「壱之丞といえば飄々とした食わせ者……という印象を作中では与えますが、やはりそういう部分を意識して演じてらっしゃるのでしょうか?」
「最初ゆるぱやなギャップがあるだけの役だと思ったのに、裏に何か隠してるな~っていうのが見え隠れするようになって、その辺を表現するのが大変でした」
「確かに一枚も二枚も癖のあるキャラクターですし、ICHIさんの腕の見せ所! って感じでしたね」
「楽しんでもらえたら嬉しいです。あと、本質が冷たい男が恋を知る様をどう表現しようかなって……」
 そこは萌えますね~、と記者達との会話もいい感じに弾む。
「ICHIさんも役作りのために学ぶ事などあったりするのでしょうか」
「現場では空き時間はずっとピアノのクラシックを聴いてますね……壱之丞の趣味なので」
 話題は明坂 桜侍役の明本吏桜や、明坂 みゅみゅあん役の明本魅美との関係へ移っていく。
「そういえばようやくこの前、吏桜君のプライベートの連絡先聞けたんですよ」
「今まで聞けてなかったんですか!?」
「実はそうなんです。それで嬉しくてせっせとメッセージ送ってたら、翌朝にはブロックされてました。酷くない!?」
「風呂入ってる間に同じ人間からのメッセージが100件超えてたら、流石にブロックしたくなっても仕方ないだろ」
 肩をすくめる吏桜。まぁ実際にはすでにブロック解除してやっているが、あえて言っていない。面倒なのである。
「今作品はアクションシーンも挟まれますが、そういう所はやはりスタントマンと交代を……?」
「まぁまぁ自力。元々武術使える事から来たオファーだし、そこはできるだけ活かしたいなと」
 けだるげな態度とは反し、アクションシーンになるとキレのある動きで魅了する技量の持ち主だ。
 ICHIと魅美もそれぞれリアルに武術を極めており、クオリティの高さでまとめて受賞した事もある。
「魅美さんは役柄を演じるにあたって、何か心がけている事などはありますでしょうか?」
「みゅみゅあんって悩みとか無縁に見えるけれど、本当は重たい物を背負いながらも、なんでもない顔をしたまま『魔界の王女』として君臨し続けようと努力している。複雑なキャラなんですよね。だからこそ演じ甲斐があります」
「一筋縄ではいかないわけですね」
「あとは……オッサン系美女とは? って、かなり長いこと悩んでました。クシャミの仕方とか」
 けれど研究の末、魅美は一つの解を見出したのだ――。
「んぶどぅうぇっくしょへーーーーーいっっ!!!」
 ずずずずずごごごごごブボッ! と鼻をかみ、拳でぐしゃぐしゃに丸める。
「……世界の魅美ファンが泣いてるぞ、色々な意味で」
 目を逸らす周囲。兄からは苦言すら漏らされたが、こちとら子役の頃から命を懸けている。気にしないどころか、むしろみゅみゅあんというキャラクターにとっては誉め言葉だ。
「とりあえず俺は、こんな兄妹の中には生まれたくない。ツッコミの負担がデカすぎる」
「これから体力も使うんだよね」
 ニヤリとするICHI。インタビューの締めに、三人で武術を披露するのだ――!
「上等だよコラ」
 吏桜の目が細められ――刹那、猛烈な上段蹴りが繰り出される。
 対するICHIは軽やかな体さばきでもって、紙一重で受け流した。挑発するようにゆったりと構えを取って見せる。
「ヒャッハー!」
 魅美もノリノリで二人へ襲い掛かった! 鋭い踏み込みとともに次から次へと打撃を繰り出し、あるいは華麗に躱され、凄まじい殺陣が始まる。
「質疑応答ありがとうございましたー!」
 ついには記者達が全面降伏の宣言を出すに至り、大きな盛り上がりと笑いの中で収まりを見せたのだった――。

「舞台を裏で彩るスタントマン、八上 ひかりさんにインタビューさせていただきます!」
「よろしく」
「東京インソムニアといえばやはりホラー! 侵蝕現象とか夢魔とかの関わりで登場人物の死体が出る場合があるのでは?」
「うん。そんな時に監督の指示に従って、様々な生首及び首無し死体の役を演じてるよ」
 パフォーマンスとして実際に倒れてみた。感心する記者達。
「この動き、まさに死体そのもの! 命の息吹が寸時で消え、単なる物体と化す瞬間ッ!」
「死体役だから科白は無いけど、演技中は一切身動きをしちゃいけないから大変なんだ」
 汚れやすい現場を掃除してもらったり、田村 花が手掛ける衣装にもお世話になったり。
 支えてくれるスタッフの人達にはいつも感謝――そう締めくくったのであった。

 普段は黙々と演者の衣装、小道具を制作しているだけに、こういう華やかな場は初めてだ。田村 花は緊張の面持ちで質問に応じる。
「ダイバー役の皆さんの衣装は、花さんがお作りになっているんですよねっ?」
「平和に過ごす時の普段着や、ナイトメアで戦う時の衣装を作るのは、とても楽しいです」
「ここだけの話、花さんに感謝している方々は多いみたいですよ!」
「お役に立てているなら良かったです」
 最後にはカメラへ向かい、慣れないポーズを取りながら宣伝する。
「東京インソムニア、好評配信中です! ホラーだけでなく登場人物達の繰り広げる人間ドラマにも情緒が乱されて面白いので是非見てください! ……これで、良いですか? あっ、喋っちゃった」
「編集するので大丈夫です! ありがとうございました!」

 ナハシュ役の俳優は、よく共演している仲の良い友人とともにインタビューへ応じていた。
「お二人の活躍は、作中でもド派手に表現されていますね! 演者として顔を合わせる現場以外でも、やはり交流などは深い感じなのでしょうか?」
 記者の質問には、少し照れたような笑みを見せて答える。
「ナハシュ共々とてもお世話になってますね。相手の方が暦も長いし、助けられる事も多いです」
「そういった積み重ねも役作りに活かされているのかも知れませんね!」
「仕事終わりに飲みに行く事もあるんだけど、その時の話も面白くて」
 ただ、と隣を見やり。
「部屋に俺のカレンダー飾る奴はマジでやめてほしい。あんた自分のカレンダーあるだろうが」
「男同士の友情、いいものですね~! それでは本日はありがとうございました!」

「フリューリングスルフト=ティエラ役の春咲 翼さんは、演じる上で何か苦労した話などはあるでしょうか?」
「そうですね……性格的な差異とか、役作りのため色々努力はしましたが……一番大変だったのは方言かなと」
「スポーツ選手として活躍しながらも怪我のため引退、心機一転女優の道を目指されたとの事ですが、この世界もやはり勝手が違うと感じる事はあったりしたのでは?」
「はい。つまずきの連続で……それでもこの役が決まった時はわくわくしました」
 記者団を挟んだ先で、仲睦まじそうなヴェルジー夫妻や、友人と歩くナハシュの姿が見えた。同じアニエピカで息づく役柄同士、共に盛り上げていきたいものである。
「――ようやく掴み取ったデビュー作、最後まで全力で演じ切りたいと思います」
「ご活躍を楽しみにしています、ありがとうございました!」

「ふふん、作品がノミネートされたのは私が出たからだわ」
 軽く髪を撫でつけながら応じるのは、羽野・遥奈だ。
「作中では物静かで感情の起伏が少ない人物ですが、やはり役柄とリアルとでは違うという事でしょうか?」
「猫みたいに自由な気性はよく似てるけどね」
「アクションシーンもスタントマンいらずとの事で、そこも魅力の一つですね!」
「こう見えて身軽だもの、少々のスタントなら余裕でこなせるから」
 武術が得意な明坂兄妹らとも、共演の際はうまく噛み合った動きができるのだ。
 最後にカメラへ向けて感謝と、作品の宣伝を行って締めくくりとする。
「……受賞ありがと。うれしいな。まだ視聴してない人は絶対見てよね、待ってるんだから」

「背景を担当なさったハニー・ダーリンさん! いや~顔が良い!」
「やだなぁ褒めないでよ~本当の事だからさぁ!」
 ノリの良い記者団とさらにノリノリなハニー・ダーリンのインタビューは、とにかく盛り上がっていた。
「けど流石の俺も、今回は苦戦したんだよね……描いても描いても終わらない背景! 世界観を崩す訳にはいかないから手は抜けない!! そんな死ぬ思いで描いた背景、良ければじっくり観てみてね!」
「はい宣伝入りました~! ご覧のみなさん、ぜひ見ましょう!」
 巻き起こる笑いにつられたか、七号街・地蛛が立ち寄って。
「あのクリエイターさんからは俺達が目指すべき、スゴイハッピーな要素を感じるな……」


【執筆:霧柄頼道】


●ジャイアントパンダこそ至高
 ハリウッドで開かれている、パカデミー賞の式典に……紋付き袴姿のパンダがいた。
「いや、やっぱりジャイアントパンダこそ至高だよ」
 映画『AnnihEpica』でパンダ獣人、ハッタ・ムラムラ役を務めたミスター旗村は熱く語っていた。
「今回は細部までパンダの造形にこだわって演じさせてもらったよ。そう……たとえば、こことか」
 ミスター旗村は、パンダの尻尾を指した。
「ほら、尻尾が白いだろう? パンダの尻尾って言うのは本当はこうなんだ。コントラストがどうとかでよく無視されてしまうんだが、今回はわがままを通してもらったよ」
 そうして、ミスター旗村はひたすらパンダについて語り続けた。
「将来はパンダと一緒に住みたいねえ……」

●ヴィジュアル系バンドのファンサービス
 パカデミー賞の会場を訪れているのは、もちろん『AnnihEpica』の関係者だけではない。
「あの……『枯渇する雷火鳥』の方ですよね……?」
 1人の女性が、4人組の男女に話しかけた。
 最初に返事したのは、そのうち1人の女性だった。
「ああ、そうさ。それがどうかしたかい?」
 ゾーヤ・アレクサンドロフスカヤは、パカデミー賞出席のためにいつもとは異なるフェミニンな服を着ていたが、語る言葉はいつも通り乱暴なものだった。
 気にする様子もなく、興奮したように彼女は『ホワイトレター』のボイスコミックのイメージソングへの感想を語り始めた。
 最初の彼女を皮切りに、ファンたちが次々とヴィジュアル系3ピースバンド『枯渇する雷火鳥』のメンバーの周りに集まってくる。
「イメージソングだなんて言ってもあたいらはいつも通りに歌ってただけさ」
「おい、ゾーヤ。仮にもパカデミー賞の会場なんだ。もう少し作品を持ち上げてもいいんじゃないかい? それに、スカートで足組みするのは感心しないよ」
「うるせえな、モルテン。着なれねえ服をちゃんと着てるだけでも褒めてもらいたいもんだね」
「まったく……すみませんね、皆さん。プライベートでもこんな調子で」
 スーツの青年は、ゾーヤをたしなめながら、ファンたちにもまめに話しかけていた。
 バンドではベースを担当するモルテン・カーライルは、ヴィジュアル系と呼ばれながらもあまり化粧っけはなかった。あるいは素顔でヴィジュアル系を名乗れるというべきか。
 マニッシュな魅力でファンを集めるゾーヤと、紳士的な魅力で人気のモルテンは、対照的であるが故に互いを引き立てていた。
 3人目のメンバーもまた、ファンサービスを続けていた。
「ボイスコミックのホウも聞いたヨ。なかなかイイ作品だたネ。ミンナもぜひ、ワタシたちの歌だけじゃなく聞いてみて欲しいネ」
 バンドではボーカルを担当する劉・京――リウジンの周囲にも、多くのファンがいる。
 中性的で妖艶な彼の姿にファンの女性たちが陶然と彼の言葉を聞いていた。
 彼の肩に、大柄な男が手を乗せた。
「今日はずいぶんとお行儀のいいこと言ってるな、リウジン」
 ファンたちが黄色い声をあげた。
「当然ダロ、バルタザール。ワタシたちの晴れ舞台ってやつだヨ」
 リウジンの答えに、精悍な男は肩をすくめる。
 バルタザール=オリバナム=フランキンセンスは『枯渇する雷火鳥』のメンバーではなかったが、サポートギタリストとして曲に参加していた。
 ファンからはほぼメンバーの1人のように見られており、本加入も期待されている。
 もっとも、噂の真偽を聞かれても、バルタザール自身は眼鏡の奥からミステリアスな目で見返してこう答えるのだ。
「さて……予定があっても守秘義務って奴があるからな」
 煙草に火をつける仕草が美しく、またファンたちが歓声を上げる。
 4人の周りから人が絶えることはなかった。

●漆黒の闇のさらに底
「あら雨利さんじゃない? お久しぶり!」
 パカデミー賞の式典会場の一角で、細身のハーフの女性が、黒髪の少女に声をかける。
「ブランカさん。お久しぶりです」
 雨利 晴花は、声をかけてきたブランカへと、静かに頭を下げた。
 新人の女優として……そして、脚本の協力者として東京インソムニアに参加していた晴花のことを、ブランカは覚えていた。
 彼女が加わり、『ハル』を演じたエピソードが印象的なものだったこともある。
「わー、今日はとっても素敵ね。よく似合ってるわ」
「そうですか? どうもありがとうございます。ブランカさんのドレスも素敵ですね」
 パカデミー賞にふさわしい互いのファッションについて、2人はひとしきり盛り上がる。
 やがて、話題は晴花が演じたエピソードの話に移った。
「ハルが登場した話は、とっても評判だったわね。マーダーミステリーと現実がリンクしちゃうあのお話……」
 ゲームのシナリオにそった殺人事件が、本当に起きてしまうというエピソードだった。
「そうですね。最初のシナリオからだいぶおとなしくしなきゃいけなくて、個人的には残念でしたけど……正解だったみたいです」
「えっ?」
 思わずブランカは聞き返していた。放送できるギリギリの線を攻めた闇深い話として評判だったからだ。
「もとは……あれよりもすごかったの?」
「はい。もう少し控えたほうがいいって言われて……」
「そうなの……すごいわね」
 しばし話したあと、ブランカは別の共演者を見つけた。
「つい話し込んじゃった。またね」
「はい、それじゃ」
 手を振ってブランカはその場を離れる。晴花の黒い瞳の奥にどれだけの闇があるか、少しだけ気にかかった。

●二人一役
 パカデミー賞に参加している者なら誰もが知っているように、東京インソムニアに登場するダイバーたちは昼の姿と夜の姿を持つ。
 だから、時には少し特殊な役が必要になることがある。
「ハリウッドまで来られるなんて思わなかったな。ゆーくんも浩紀さんも、改めてお疲れさま」
 滝原 レオンを演じた七瀬亮は、プライベートでも友人である青年に声をかけた。
「亮のほうこそ、お疲れ。兄弟で同一人物役なんて難しいと思ったけど、やった甲斐があったな」
 一ノ瀬 和真役の志筑優斗が友人へと応じて、年上の兄にも視線を向けた。
 昼の姿と夜の姿。似ているようで異なる役柄を演じるために兄弟俳優が起用されたのだ。
 和真の夜の姿であるアインを演じた志筑浩紀は、優しい笑顔を弟へと向ける。
「うん、優斗は本当に頑張ってたね。お疲れさま」
 弟思いで、いつも優しい笑みを浮かべている浩紀。そんな彼が、夜の姿で戦いを演じたのは記憶に新しい。
「おにいちゃんたち! 私にはお疲れさまって言ってくれないの?」
 ちょっと甘えたような声で、少女が言った。ずっと隠れていた亮の背中から、彼女は少しだけ顔を出していた。
 亮より年下のその顔はどことなく彼に似ていて、血のつながりを感じさせる。
 レオンの夜の姿であるノワールを演じていた七瀬春華。亮の妹だ。
 プライベートでも親しい友人同士である4人は、ともに兄弟で二人一役を演じていたのだった。
「ごめんごめん、春華もお疲れさま」
 不満そうな顔をした少女を兄がなだめる。
「春華ちゃんも難しい役なのに、すごくがんばってたよね」
「ホント? 浩紀さん、ありがとう!」
 兄の背中という隠れ場所から飛び出して、春華は浩紀に飛びついた。浩紀も、そんな少女を優しく受け止める。
「兄貴のこと、ホント大好きだよなー」
 優斗が言った。
 春華と入れ替わる形で、亮の横に移動する。
「ゆーくん、浩紀さんをとられて、妬いてるの?」
 隣に来た親友に、のんびりとした声で亮が語りかけた。
「まさか! 兄貴じゃあるまいし、そんなわけないだろ」
「あはは。冗談だよ」
 日英ハーフの彫りの深い顔に、亮は柔らかな笑みを浮かべた。
「でも、楽しかったよね」
「そうだな。ダイブした時に俺の顔がだんだん兄貴に変わってくんだよな」
「すごいエフェクトだったよねえ。またやりたいな」
「春華もまたやりたーい!」
 2人の会話に、妹が割り込んだ。
「この4人で、またやれるといいね」
 浩紀の言葉に、3人は心から頷いていた。

●知らぬが仏
 ふと空いた隙間の時間に、一 錦はグラスをあおった。
 美しい所作に、穏やかそうな中年の男に妖しい色香が漂う。ちょうど、東京インソムニアで彼が演じた八角 三角のように。
 もっとも芸歴が長く顔見知りも多い彼に、静かな時間は長く続かない。
「一さん、お久しぶりです! お世話になってまーす!」
 通りかかった共演者が、声をかけてきた。
「やあ、佐波さんか。見違えたな」
 フォーマルなドレスに身を包んだ佐波しとりの姿を見て、錦は片手を上げて挨拶をした。
 東京インソムニアで彼女が演じた各務原 瑛梨は控えめながらも芯の強い日本女性だったが、今の彼女とはまるで別人だ。
「もちろん。パカデミー賞に出るなら、これくらい当然ですよ!」
「タトゥーだらけの俺としては、耳が痛いね」
 全身タトゥーの役を演じた錦は、肩をすくめる。
「ああ、俺の前ではいい子ぶる必要はないよ。子役の頃から知ってるからね」
 しとりの動きが止まった。
 大きな息を吐く。
「別にいい子ぶってるわけじゃないですよ。後輩相手ならまだしも、一さん相手に我儘なんて言えるわけないじゃないですか」
 癇癪持ちで、横暴な我儘娘。佐原しとりと何度か共演すれば、そんな評価は耳に入るし、否定できない彼女の振る舞いを目にすることだろう。ベテランの錦ならなおさらだ。
「そうかい? まあ、そういうことにしておこうか」
 錦は口の端に笑みを浮かべた。
 そこに1人の青年が通りかかる。
「しとりん!? それに一錦……さんまでいるなんて、ここってホントにパカデミー賞の会場なんすね……」
 アケフミ(岸 朱史)という彼の名前を、錦もしとりも知らなかった。
「おはようございます。ファンの人ですか?」
 錦と話していた時より3割増しくらいの猫を被って、しとりが言った。
「あ、はい、大ファンです! 俺、今回はエキストラだったけど……いつかお2人みたいに大きい役がもらえるようになりたいです」
 アケフミは勢いよく頭を下げた。
「なんでもするんで、なんかいい役があったら、ぜひ俺にやらせてください!」
「へえ……なんでもやるんだ? じゃあ、考えてあげてもいいですけど」
 しとりの目が光ったことに、アケフミはもちろん気づかなかった。
「……いいねえ。若いものは怖いもの知らずで」
 錦はつぶやく。これからアケフミがどんな目に合うか……わかっていないのは、アケフミ本人だけだった。

●姉妹になりたい!
「きゃっ!」
 悲鳴を上げたのは、ソニア・ララベルだった。ひどい近眼である彼女は、よく人や物にぶつかる。人の多いパカデミー賞の会場ではなおさらだ。
「姉さん、大丈夫?」
「アリッサ? 姉さんの心配してくれるなんて、アリッサは本当にいい子ね」
 感激した様子で、ソニアは言った。
 近眼の目でも決して間違えることのない相手だ。
 金色の髪に、金色の瞳を持つ美少女。ソニアの妹、アリッサ・ララベルだ。
「すごいよね。ハリウッドまで来れちゃうなんて思わなかった」
 会場のまぶしい光景を見ながらアリッサがいう。
 近眼の姉を支え、彼女は会場を見回した。
「それだけ多くの人たちが、俺たちを見ててくれたってことだよな」
 黒髪の青年が話に加わった。2人の友人であり、共演者でもあるレオン・ラヴィルだ。
 感慨深そうに、3人はざわめくパカデミー賞の会場をながめた。
「……欲を言えば、せっかく姉妹で出演するんだから、姉妹役で出たかったかな」
 アリッサが、ふとそんなことを呟いた。
 現実はソニアとアリッサが姉妹だが、東京インソムニアの中ではレオンが演じるオリヴァー・ウッドと、アリッサが演じるソフィア・ウッドが兄妹役だった。
 ソニアが演じる彩木・香乃はその友人……。
「そうだよね! やっぱり作品の中でも姉妹でいたいよね!」
 ふとした呟きが、姉の心に火をつけたことにアリッサは気づいた。
「撮影の時もずっと言ってたもんなあ。俺と役を代わってくれって」
「え、そうだったの?」
 レオンの言葉を聞いてアリッサが姉を見た時、ソニアはたまたま通りすがった監督の方へと突撃していた。
「監督! 今からでも遅くありません、私とアリッサを姉妹にしてください!」
「ちょっとお姉ちゃん!?」
「あ、俺たちの妹の役があったよな。いっそのこと、留学中の妹になるか?」
「それよ! これでアリッサは私のものです~」
 目を白黒させる監督に、ソニアの暴走は止まらない。レオンも無責任に煽り続ける。
「2人して勝手なこと言って、監督さん困ってるよ!」
 たしなめながら、アリッサも思わず笑みを浮かべていた。

●有名人に会いたい!
 パカデミー賞の会場で、ついたてに隠れ周囲を伺う1人の少女がいた。
「わぁ、あの人も来てる! あの人も!? すごい……私なんかがこんなところに来てよかったのかしら?」
 有名人だらけのこの場所で、そんな風に呟いていたのは形代 雛だ。
 同名の登場人物として東京インソムニアに出演していた縁でこの会場に来たが……場違いなんじゃないかと、不安になる。
 今の雛は、売り出し中の、ただの若手女優の1人に過ぎない。
「そんなとこに隠れて、なにやってるの?」
 背後から声をかけられ、雛は跳びあがった。
 振り向いた先に1人の大人の女性。クロコダイル地のコートを着てサングラスをかけている。ここにいるのが当然のような、上流の雰囲気を持つ女性。
「天河 奈々子さん」
「そうよ。確か新人の子だったかしら?」
「あ、はい。形代と言います」
 有名な役者やクリエイターに会えるかもしれないと期待してこの会場に来た雛だったが、いざ本当に会えば少し気後れしてしまう。
 後ろに控えている男性達は、奈々子の付き人だろうか。
「天河さんは、確か今回……」
「ええ。携帯ショップの店長兼ダイバーといった感じかしら。あ、後ろの彼らはショップスタッフ役だったの」
「そこだけ聞くと、謎配役ですよね……」
「あらそう? 私は楽しかったけどね」
「素敵でした……ずっと応援してます!」
「ありがとう。あなたもがんばってね」
 微笑みを残して、奈々子は去っていく。
(いつか私も……)
 そう心に誓い、雛はその背中を見送った。

●夢の舞台へ4人で
 パカデミー賞の祭典は、まだまだ続く。
「4人で東京インソムニアに出れたの、本当に楽しかったよね」
 乃木平 乙女は友人たちへとそう語りかけた。
「乙女と姉妹役なんて最高だったわ。マネージャーとしては調整が大変だったけどね」
 乃木平 天音は妹の言葉にそう応じる。
 姉妹女優として活躍する彼女たちは、普段は舞台や映画、ドラマを問わずに活躍しているが、東京インソムニアの出演もその1つ。大きな仕事だった。
「俺は俳優は引退したつもりだったんだけどな……」
 そう言ったのは大地 奏名だ。本来なら舞台演出家のはずなのに、なぜか東京インソムニアでは俳優として出演することになったのだ。
「まあ、乙女や天音の演技は演出家として評価してるから、共演できたのは楽しかったけどな」
「2人ともがんばってたもんね。あれ、私のお芝居は楽しみにしてくれてなかったの?」
 天国 コハクが小首をかしげた。
「まさか。コハだって、すごくいい演技をしてただろ」
「わぁ! ありがと、カナさん」
 いつも通りの笑顔で、コハクが言う。
「でも、本当に……乙女と姉妹役で出演なんて、最高だったわ」
「私も……お姉ちゃんと一緒に出られてよかった」
 天音と乙女が言葉をかわす。
 互いに喜び合うその姿は、本当に仲がいい。……2人ともシスコンだという噂もあるのだけれど。
「コハさんたちも、……複雑な関係の役みたいだったけど……大変だったよね」
「うん、ちょっとだけね」
 天音に言われ、コハクは横目で奏名を見た。
(ドラマの中では貴方と素敵な結末にたどり着けるかな……なんて、ちょっと考えてたんだけど、ね)
 自分が演じた役と、奏名が演じた役の結末を……コハクはちょっとだけ思い返した。
「あ、コハちゃんコハちゃん……! カナさんとは最近どうなの??」
「え……どうって? 別に何もないけど」
 唐突に乙女に話しかけられて、コハクは首をかしげた。
 乙女が天音と、顔を見合わせる。
 期待外れな返答をしてしまっただろうかと、コハクは思った。でも、実際なにかあるような関係じゃないのだから……。
「あ、今度カナさんが演出する乙女ちゃんとの舞台、私と乙女ちゃんのハグシーンを入れて欲しいの! あと、天音さんに見下ろされる役に私を推薦して……!」
「無茶言うな!!」
 コハクの唐突な提案に、奏名は応じた。次の――ドラマでなく舞台の上での、東京インソムニアの物語は、果たしてどうなるだろうか。
(さて、本人と配役。恋心自覚するのはどっちが先かな? 落としてやるよ、両方でな)
 内心でそんな風に考えながら、奏名は演出プランに思いを馳せる。
「舞台かあ。舞台も楽しみだよね、お姉ちゃん」
「そうね。乙女とまた姉妹役なんて、本当に最高ね」
 天音と乙女も楽しみにしている。
 少なくとも言えるのは――4人はきっと、一緒にいられるということだった。

●侵蝕デイズ
 パカデミー賞の式典の一角に、ステージがしつらえられていた。
 ノミネートされた各作品にまつわる曲の突発ライブが、行われる予定なのだ。
 その中には、女性アイドルグループ『ドリームジャンボ日向桜』が歌う、伝奇ドラマ『東京インソムニア』のエンディングテーマ曲の1つ『侵蝕デイズ』も含まれる。
 ステージ袖で、犬飼 澄玲は出番を待っていた。
 いつものライブや握手会とはまったく客層が違う。
(慣れない舞台だけど、いつもより楽かもしれませんね……気持ち悪いファンは今日はいませんから)
 いいことじゃないけれど、潔癖症の澄玲は、握手したがるファンたちのことを気持ち悪いと思ってしまう。
 それが顔や声に出ないよう気を使っているけれども……今日は、そんな気遣いは無用だ。
「次はあんたたちの出番かい?」
 唐突に、澄玲は通りすがりの参列者に声をかけられた。
 目の前にいたのは、スーツを着こなした大人の男。健康的にうっすらと焼けた肌を、季節にあった仕立ての服に包んでいる。
(ライブに来るファンの人たちじゃなさそう……)
 安堵の息を吐いてから、ジャン=D=ジョンソンに澄玲は慌てて返事をした
「あ……はい、そうなんです。がんばりますから、応援してくださいね」
「侵蝕デイズはいい曲だよなあ。楽しみにしてるよ」
 気さくに話しかけてきた男に会釈して、澄玲は他のメンバーと共にステージに向かった。ジャンは彼女から離れて客席へと向かう。
「アイドルの子と、なにを話してたんだ?」
 同じくスーツに身を包んだ日本人の男が、ジャンへと話しかけた。R・Dだ。
「うん? 楽しみにしてるって言ってきただけさ」
「初対面でアイドルに平気で話しかけられるのは君らしいよな、ジョンソン」
 肩をすくめたジャンから、R・Dは壇上へと視線を移す。
 ステージ上ではアイドルたちの歌が始まっている。澄玲もダンスと共に歌っていた。
(侵蝕された東京で、それでも日常を過ごす歌……か。アイドルファンに限らない人気があるのも理解できるな)
 歌声が式典会場に響いていく。
 ジャンやR・Dをはじめ、多くの人たちがその歌に聞き入っていた。


【執筆:青葉桂都】


 授賞式も無事終わり、緊張の解けた声優・俳優・クリエイター陣が賑わいをみせだした頃。
 パーティ会場へと赴くため、楽屋の扉をコンコンと叩いたノエル=ウィスタリア役の藤咲(ふじさき) 聖(ひじり)は、扉を開いたシスネ・ティール役、鳥羽(とば) 咲白(さしろ)に笑顔で会釈。
「お疲れ様、これ差し入れ」
「まぁ、ありがとうございます」
 渡されたのは、可愛くラッピングされた小鳥のアイシングクッキー詰め合わせ。役柄を反映させて作られた特注品だ。
 つい魅入っていたら、目の前に手が差し出され。
「会場までエスコートするよ」
「あ、はい……」
 ついていこうと横に並ぶと、聖が即座に彼女の腕を絡め取ってしまったから、慌てふためきツンの仮面を落としてしまった。
「ちょっ!?」
 もちろんそれは、にっこり笑った聖の思う壺。
「エスコートって言ったろ? もしかして……照れちゃった?」
「い、いえそんな……」
「初心(うぶ)だなぁ咲白ちゃんは。作中は積極的に僕に絡みに来てくれるのに」
「かっ、絡んではおりません!」
「ししょー、ししょーって来てくれるじゃない? それとも俺を弄んでたの?」
「言い方!」
「そんな反応も可愛い〜」
 戯れてくる師匠役に、押しかけ弟子を得た側の心境を体感しつつ、人の流れに乗る二人。
 パーティー会場からは、早くも喧騒が溢れ始めていた。

 有名人との同席は緊張するもの。
 クリエイターや声優陣からすると、俳優の方々の見目麗しさは神々しいほどで、宛(さなが)ら別世界の住人だ。
 そんな中、勇気を振り絞り一歩を踏み出したのは、アエピニカでシンディー・ホシカ役を担っている女優、ツバキ・ブラウ。役者側からだった。

 授賞式の胃痛と緊張から解放された声優、油田(ゆだ) 力(ちから)、三十歳は、ウキウキテーブルに並べられたご馳走を回っていたのだが。
「ホワイトレター、ヴェルディオ・ビーツ様のお声役の、油田さん?」
「はい?」
 ハーフ美女に語りかけられる想定などしていなかった油田は、迂闊に返事を返してしまった。
「あぁっ!」
 そんな油田の反応に、天を仰ぎ歓喜のあまり名もなき神へと祈りを捧げるツバキ。尊い。なんて良いお声。
「ファンです。ツバキ・ブラウ十七歳、ハーフ、ヴェルディオ様のお声録ってます、毎日聴いてます」
「……え、……う?」
「っ!」
 可愛い、油田さん眼鏡してる! 思ってたより若い! 純日本人若い!
 ツバキの推しに対する愛は深かった。
「あのっ、もっといっぱいお声を聞きたいので、お日にち取っていただけます? 私のスケジュールもお伝えしますので是非」
 対し、純日本人油田は、ごく普通の感性、芸能人耐性もなし、無論美女耐性も持ち合わせてない。
 美に圧倒され、促されるままスケジュールを暴露してしまった。
「日程調整してすぐお知らせします」
 頭を疑問符でいっぱいにして、とりあえずトイレに逃げた油田が状況を理解するのは、早くもスケジュール調整を始めたツバキからの電話を受けてからとなるが、それはまた後の話。 

 その一部始終を見守っていた俳優陣がいた。
「油田さん混乱してんなあれ……」
 ノエ・ベリエ役、アイドル俳優NOE。今日は役に寄せて、髪をハーフアップにして来場。
「するだろうとも」
 アロイス・ウェールアリエス役、モデル出身のハル。冷静にあれは三日ほど現実を疑うだろうと分析。
「大丈夫かな、追っかける?」
 姜(ジャン) 紅花(フォンファ)役、若手女優キョウカ。走り出そうとしたら、男性トイレは入れねぇだろと止められた。
「未だに俺らが話しかけてもビビってるし逆効果だろ?」
「初めて挨拶した時もテレビの人!? って言われたよね」
「あの人それなりに芸歴長いはずなのにな……」
 ホワイトレターは俳優から起用された人も結構多いのにね。と頷き合う。
「まぁそこが油田さん」
「可愛い油田さん」
 マスコット的立ち位置の油田さん。
「僕も話したかってんけどな」
「……ん?」
 聞き覚えのない声に、NOEが視線を落とすと、クリッとした瞳の少年が立っていた。
「あ、光くん、乙ーっ」
「キョウカちゃん朝ぶり」
 キョウカと同じ事務所に所属の子役、波多(はた) 光希(こうき)、十三歳。芸歴九年。
 アニエピカで演じたレビジュ・バトーが悪役から光落ちし、セリフや立ち回りが大きく変化。それを見事に演じた注目の子役。
「ほら、さっき振る舞われた和菓子、光くん実家(とこ)のなんだよ」と言ったキョウカに、「美しい造形でした」「最中(もなか)が美味かった!」とハル、NOEの言。唐突な賛辞に照れる様子も可愛い。
「光くんは緊張してない?」
「多少。でもそうでけへん体験やし、楽しも思うてる」
「だね! こんな華やかだとは思わなかったよねーっ」
「油田さんに聞かせて差し上げたい言葉ですね」
「お前も人のこと言えねぇしな?」
 NOEに指摘され、ハルはツンとそっぽを向く。
 ここに来るまで慣れない場所を嫌がり、役作りで会えなかった恋人が拗ねてるから帰る。と泣き言を吐いていたのは内緒です。
「それはそうと光くん、リヒャルトさん見つけた?」
 思い出したように問うたキョウカに、光希は首を振った。
「まだ。キョウカちゃん見てへん?」
「ごめん、私もまだ今日は会ってないや」
 もっと向こうを見てくるという光希を、三人はいってらっしゃいと手を振って見送った。

 一人で会場を歩き、目当ての人を探す光希だったが……。
「光くんどうしたの? 迷子ですか?」
 途中で外国のお姉さんに呼び止められてしまった。
 ダイナマイツボディの金髪美女、日本語も堪能なソフィ・リンダール、二十四歳は、スウェーデン出身の女優。アエピニカでリディリディ・トゥラ・イェレミース役を演じている。男なら目が吸い寄せられてしまうに違いない宝玉のような双丘(おむね)はしかし、子供には興味対象外。
「ちゃう。人探し」
「それ、迷子ですよ?」
「迷ってへん」
「どうしましょう。マネージャーさんはどこかしら?」
 酔っ払いは酔ってないと言うものだ。迷子もまた、自分が迷子だと認めることをしない生き物だ。
 しかしそれはただの口実。ソフィはそんなことなど関係なく、ただ光希に構いたいだけだった。
「お姉さんが一緒にいてあげます」
 光希の言うことなど聞く耳持たず。その豊満な谷間に、上からポトリと何かが落ちる。
「あら?」
 カエル。
 の、ゴム人形。
 そして背後にしてやったりといったお顔の、もう一人の美女。
「光くん、ロニャお姉ちゃんがプレゼントをくれましたよ」
「……違う思うよ」
 それは多分、ソフィを怖がらせたかったのだろう……伝わってないが。
『ロニャも光くんに構いたかったんですね。私が通訳してあげますよ』
『そんな子供に興味ない! あたしはソフィが……っ』
『ロニャも抱っこしますか?』
『聞いて!』
 よく撮影現場でも繰り広げられている光景。
 リディリディの双子の妹、ツィーラ・イェレミース役のロニャ・オルソン十九歳。ちょっと嫉妬深い彼女は、同郷のソフィに強い対抗意識を抱いており、こうしてちょっかいを出してくるが、ソフィには全く通じない。
 アエピニカ出演者にはお馴染みな光景であるため、いまや皆がそのやり取りをスルーしている。
 巻き込まれた光希もゲンナリと攻防に身を任せ、リヒャルトさん探しを諦めた。
「マネージャーさんが来るまで、一緒にご飯食べて待ってましょうね」
『人の話を聞けーっ!』

 その頃――。
 探し人は、実は意外と近くにいたのだ。
 リヒャルト・フックスの声を演じた福津(ふくつ) 晴人(はると)。
 生まれた瞬間から子役として活躍し、年齢がそのまま芸歴となる二十歳。現在も堂々の人気を誇る彼は子役たち憧れの存在。
 ちょうど子役たちを引率して、机ひとつを挟んだ辺りを行進中だったのだ。
「あ、カメラこっち向いてますよ。ほら、ピースピース!」
 肌がレンズ圧を感じるとでもいうのか、画角(映る範囲)を瞬時に察知する能力の持ち主。常にカメラを向けられてきたからこそ備わった異能なのだろう。
 子供たちの羨望の眼差しの中、晴人が皆を引率し到着した場所は――。
 共演者でもあるガチコスプレイヤー二人の前。
「ニック ベイカーと!」
「夷(イー) 熊蜂(ションファン)です」
 キャラの外見を細部に渡り完璧再現した声優陣が、アニメのキメポーズでたちはだかっていた。
 この日のために特注して作ったコスプレ衣装は、小道具にいたるまでこだわり抜いて用意されており、何気に授賞式最中も異彩を放ってました。
「すげぇ、声までニックだ!」
「本物みたいー!」
「「本物です」!」
 キャーッ! あがる拍手と歓声。喜ぶ子役たち。
 そして喜ばれ、囲まれることを喜び、うち震えるコスプレ声優の二人。
「ニック、こんなに見目麗しい子たちが私たちを取り巻いてる……私、天使に囲まれて昇天してるの?」
 その認識はちょっとやばい。死んではいけない。
「あぁ、そうだね熊蜂、写真撮ろう、サイン貰おう! コスプレ最高ーっ!」
「美男優、美女優ばかり……楽園……」
「神しかいない」
「ほん、それ」
 ねだられるままポーズを決めたり、決め台詞を口にしたりしつつ会場の雰囲気を満喫している様子の二人。
 晴人はそんな二人の私物であるカメラ(ガチめのでっかい一眼レフ)に手を伸ばす。
「みんなー、こっち向いてーっ」
 はい、チーズ!


【執筆:春紫苑】


 伝奇ドラマ『東京インソムニア』矢薙(やなぎ)・知晴(ちはる)役、崇嶋(たかしま) 浩史(こうじ)は俳優二世らしい場慣れした静穏な雰囲気を纏い、授賞式後のパーティ会場を歩く。人の少ない一角に、捜し人を見つけた。
「やあ」
「よ、コージ」
「はーーー、うちの息子たち見たか? 緊張してる顔まで可愛かった」
「役の親バカが移ってきちゃったね」
 彼の役柄上の子供の話に、やれやれと浩史は笑む。
「俺の家族が可愛い。こないだのランチシーンも可愛かった」
「そうだね、娘も息子も可愛いねー」
「うるせぇ、黙って俺の二女と三女の話を聞け。長女の話も聞け」
 はいはいはい、と生温い視線を送りつつ、撮影時いかに可愛かったかという話に耳を傾けてやる。
 日仏ハーフでモデル上がりの俳優、杏璃(あんり)。実写版『ホワイトレター』では優美なる父ソル=アンリ・ファミーユ役の彼だが、この通り、浩史の前でのみ大変にガラが悪い。
 話がひと区切りし、全く、と浩史が笑った。
「そんな調子で家族の前でボロ出さない?」
「は? 撮影で俺がボロを出すわけがないだろコージくぅん?」
「だといいけど」
 いつかバレそう、いやむしろその方がいいかな、などと浩史は彼の『家族』を思い浮かべつつ笑む。あ、と杏璃が時計を見た。
「そろそろ集合だ。じゃあな」
 また俺の話聞けよと言って歩き出した姿は既にモデル然とし、流麗で華やか。一瞬で余所行きの顔になった親友を、しょうがないやつ、と笑顔で見送る浩史なのであった。

●
 煌びやかなパーティ会場。
 俳優ディアンはスタッフバッジを胸に着け、デジカメ片手にさんざめく会場を見渡した。
 無数のグループやテーブルを渡り歩くのは性に合う。急遽頼まれた仕事だが、なかなか楽しそうである。さあてどこから撮るか、とディアンは歩き出した。

「ワカバー! ナギー!」
 元気一杯にハーフリングの少女を演じたルルト・アーキス役のピピが猫のタマのリードを引き、同じく猫を連れた俳優二人のもとへ駆けていく。
「やあピピ」
「久しぶりー」
 飛び込んでくるピピを抱きとめたパルド役の薙、ウォーゼル役の若葉が和やかに挨拶する。そこへ、ピピを追ってアルバス・ロウル役のエルドラゴも来て二人に挨拶しつつ尋ねた。
「この四人が揃ったのは新年以来か?」
 そうそう、と若葉が頷く。
「新年の羽根つきだよね」
 抱きついたままのピピが頷き返し、ふふふー、と二人に笑む。
「ボクら、あの羽根つきが初共演だよね♪」
「ああそうだった。楽しかったな」
「本当に。良い勝負だったよね、あれ」
 そう思い返すように若葉が言えば、ピピとエルドラゴが笑顔で肯定。
「うんうんっ」
「あの墨は落とすのが大変だったな」
「顔真っ黒にされたのは驚いたけど」
 若葉は自分の恋人を横目で見る。
 じっと見られた薙は、お揃いだよ、と撮影当時と同じことを言い、若葉が笑う。
「あはは、まあね。この衣装もお揃いだし」
 お揃いならボクらだって、と言いながらピピがバッグから何やら取り出す。
「じゃーん!」
 小さな少女が高々と掲げたのは、桜の飾りが付いた小さな御守り。エルドラゴがその隣へ、同じ桜の御守りを並べるようにぶら下げた。あ、それ、と若葉が懐かしそうに尋ねる。
「神社のシーンの?」
 あったりー、とピピが答え、説明を付け加えるエルドラゴ。
「スタッフ(小道具さん)から持ち帰って良いと言われてね。あと『想石』のときはアクセサリーも贈りあったんだ」
 『想石』か、と今度は薙が相槌を打って若葉を見る。
「そのときはオレたち、お揃いでバンダナリングを作ったね」
「うん。あれも思いっきり楽しんじゃったな。撮影なの忘れそうだった」
「僕もいつも楽しいよ」
「次の1年はもっともーっとみんなでいろんな事をしたいな」
 もちろんタマさんたちも一緒だよ、とピピはじゃれる猫たちをまとめて抱っこ。もふもふを堪能して笑うピピに若葉が言う。
「今後もいろんなことに挑戦したいな」
「今年はショコラも来て賑やかになったし」
「うん、チビ達が来て現場がより明る……って、それはダメ!」
「っと!?」
 薙のところへ戻ってきていた黒猫(ショコラ)が若葉の前のグラスをつついた。慌てて薙が捕まえ、倒れかけたグラスを若葉がキャッチ。
 ショコラはタマと遊び始め、そこへやってきたのは俳優のディアン。撮影現場で見た顔にピピが反応した。
「今日はカメラマン?」
「おう、一枚良いかい?」
「もっちろーん! 皆も良い?」
 ピピが確認すれば三人ともOK。そこから動かずにと言われた面々はグラスを手にして、あるいは猫を腕に抱えてカメラを見た。
「薙、そのグラス持とうか」
「うん、お願い。ショコラ、あのカメラ見える?」
「タマさん良いお顔お願いしまーす♪」
「準備できた、いつでも良いぞ」
 仲良し四人組に猫二匹。撮影の思い出と一緒に、はいポーズ。

●
「あの! エトス・ルーフェイド君ですか?」
 十五歳の若き俳優エトスは突然後ろからフルネームで呼ばれ、きょとんと振り返る。声の主は銀髪の小柄な俳優、三島・ブレン。伝奇ドラマ『東京インソムニア』のウルザード・ブレン役だけでなく、映画『AnnihEpica』のアクション指導で手腕を発揮、撮影技術部門でも表彰されていた。
「え、はい! 三島ブレンさん、ですよね?」
 挨拶と受賞への祝辞、そして笑みを交わす二人。
「ふふ、役とは口調が違ってなんだか不思議な感じですね」
 エトスが目を丸くする。
「もしかして見てくださったんですか」
「はい、実はその、最近『ホワイトレター』にハマってまして……!」
 漫画の最新刊を取り出し興奮冷めやらぬ表情のブレンは、実写版も大好きでと語る。
「ラッシーと公園のシーンとっても素敵でした!」
 嬉しいなとエトスが笑う。
「おかげさまで良いシーンになりました」
「ええ、ええ。和やかで優しくて」
「あの時は鳥さんも頑張ってくださったんです」
 撮影の裏話をわくわくと聴くブレン。
「特務局員になるくだり……切なくて、応援したくなりました」
「俺もお気に入りです、あのシーン。あっちのエトスを、これからもよろしくお願いします」
「もちろんです。俳優のエトス君も応援してます!」
「ありがとうございます」
 光栄だなぁと微笑み、エトスはふと、視界の端を通り過ぎた白へ目をやった。
 可憐な白のドレスを揺らすその人は確か。
「あれって……モデルのセレスティーヌ・ラグランジュ?」
「え、あ、本当ですね! 折角なのでご挨拶してきます。アニメ版『ホワレ』のスポンサーなんですよ彼女」
「そうなんですか! じゃあ俺も一緒に」
 若手フランス人アーティスト。
 メディア露出が多数。
 しかし活動実態の詳細は不明。
 ミステリアスな彼女は、ふわりと笑って祝辞を述べる。
「初めまして。お二方とも受賞おめでとうございます」
「セレスティーヌさんも、アニメ版の受賞おめでとうございます」
「ありがとう、後援者として鼻が高いですわ」
 声を掛けてきたディアン(カメラマン)の前で三人はグラスを掲げ、記念撮影。
 中央に立ち微笑むセレスティーヌは、新興宗教団体の教祖兼広告塔。その事実を知るのは、この広い会場でセレスティーヌただ一人である。

●
 黒髪女性と、赤髪の少年少女が語らう。
 少女は、映画『AnnihEpica』で同名の役を演じたトーラだ。別作品『天魔大戦アポカリプス・ゼロ』では弟と共に双子の悪魔も演じた。芸名は二人揃ってトーラ。今はその弟が、レイウェスト・バルダス役の俳優、春田 怜にまとわりついていた。
「怜さん聞いて聞いて」
「どうしました、トーラ君」
「あれ、呼び捨てで良いのに~」
「でもお姉さんと混ざっちゃいますし」
 困り顔の怜に、トーラはけろり。
「別に良いじゃん。あ、僕だけ呼び捨てでも」
「こら!」
「イテッ」
 姉のトーラが弟の頭を軽く叩いて叱る。
「失礼なこと言わないのっ」
「わ、私は気にしてませんから……」
「ほら怜さんもこう言ってアタッ」
 怜の言葉に弟が開き直るも、今度は拳骨を貰う。
「すみません、弟が」
「ふふ、いえいえ。トーラ君は『天魔大戦』以来ですね」
「はい。お陰様で昨日からはしゃいじゃって」
「あっ、ばらすな!」
「『明日怜さんと会えるかな、一緒にご飯食べたりできるかな』って、ず~っと」
 お仕置きとばかりに姉が話し、やめろぉぉと焦る弟。怜が楽しげに笑った。
「嬉しいです。私もお二人に会うのが楽しみで」
 トーラ姉弟は顔を見合わせ、えへへと笑う。
「この人出ですし、お会いできて良かったですよね!」
 そんな三人の後ろからディアン(カメラマン)が声を掛ける。
「よう、お三方。写真良いかい?」
「写真ですか、勿論どうぞっ」
「いぇーい!」
「お願いします」
 トーラ姉弟の間に怜が立ち、明るい笑顔。はい、ポーズ。

●
 『AnnihEpica』ゲルダ・クライン役のコニー・ブラッドリーは十一歳。よく共演する俳優、ナハティガル=ラー役ナハティ藤岡の姿を見つけ、声を掛ける。
「こんにちはナハティさん」
「お、コニーさん。さすがほんまもんのサラブレッド、シュッとしてるわぁ」
 ドレス似合ってるし落ち着いとるなぁと思わず素(す)が出るナハティは、特撮ヒーロー番組出身、関西育ちの二十三歳。彼が今ハリウッドでアクション映画を撮影中と知っているコニーは首を横に振る。
「そんな全然、ナハティさんに比べたら」
「いやいや俺が十一でこんなとこ来てたら歩く時絶対こう」
 ナハティは右手と右足を同時に前へ出してひょうきんに言い、コニーがくすくすと笑った。
 そこへカメラマン(ディアン)が来て、二人はグラスを持ち上げ朗らかにポーズ。撮った写真を確認し、ナハティが言った。
「靴(ヒール)のせいかな、いつもよりお姉さんやん。綺麗綺麗」
 するとコニーの表情が少し曇る。
「最近また身長が伸びてしまったんですよね……」
「そりゃまぁ伸び盛り……あ、役の心配?」
 頷いた彼女の役は、外見が子供のまま変わらぬ種族、ハーフリング。役柄と外見が離れてしまうのはコニーにとって大きな問題だった。
「何かお困り事?」
 二人に声をかけたのは、デコルテを上品にレースが隠す、深い青のドレスを纏った安藤聖美。伝奇ドラマ『東京インソムニア』で那珂湊・沙夜として有名になり、世界レベルまで駆け上がった実力派だ。
 挨拶を交わしつつコニーが悩みを口にする。
「十センチくらいなら、周りの大人の身長を伸ばせば誤魔化せるわよ」
 聖美の横から答えるのは、ホルターネックが艶やかな黒いイブニングドレス姿の女優。実写版『ホワイトレター』のリタ・ロイ役、ハリエット・クラドックだ。
「あ、そうか。それこそ靴とかで」
「なるほど……!」
 ナハティとコニーは今度監督たちにも相談してみようと頷き合う。
 女優二人はカメラに向けてポーズを決め、じゃあねと手を振り颯爽と立ち去るのだった。

 日本好きのハリエットが『東京インソムニア』で聖美を知り、今日の授賞式の舞台で邂逅した二人。歩きながら和気藹々語り合う。
「メイクと衣装は使いよう、よね」
「そうね。私の役はもう少し衣装が落ち着くと良いんだけど……」
「まぁ無理じゃない? あれが"那珂湊・沙夜"だもの」
 からりと笑うハリエット。
「この前の"沙夜"の水着、素敵だったわよ。デザイン大胆なのに品も良くて」
「ありがとう。貴方は? 水着着た?」
「こっちは作品柄、ずっと水着シーンみたいな感じなのよね」
 スマホで『ホワイトレター』の紹介ページを見せた。
 水着にも仕事着にも見える"リタ"の服装に目を丸くしている聖美の耳に、元気な声が飛び込んでくる。
「夏の正装、褌・サラシ・水法被!! 日本人に一番似合う、祭の装いといったらこれ!!」
 見ればパーティ会場の庭で、背に祭の字を背負った法被姿の女性スタッフが俳優たちに着付けをしている。
 あらモエカだわ、とハリエットが見知ったスタッフの姿を楽しげに眺めた。
「フンドシだったかしら、あれも水着?」
「今となってはそういう扱いに近いかも」
 説明する聖美の視線の先、さあさあさあ、と威勢良く声を上げるのは実写映画版『ホワイトレター』の衣装係モエカ・カワムラだ。
「ブリーフだのトランクスだのは邪道よ!」
 職業柄か信念によるものか、引ん剥く手際に遠慮無し。褌に怯もうものなら取っ捕まえてあっという間に着せ替え完了。
「記念写真? ぜひ!」
 白い法被にサラシと褌姿で笑顔も眩しく、モエカはカメラにVサイン。
「あ、カメラマンさんもどうです!?」
「ん? 日本の衣装かい、面白そうだな」
 モエカの目が輝き、瞬く間にディアン(カメラマン)も法被に褌のお祭り仕様で一丁上がり。
「うおおお海パンよりスースーするんだが!?」
 会場に、ディアンの野太い悲鳴(驚きの声)が響いたのだった。


【執筆:柊コウタ】

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0