緋色の角より滴の落ちる
キャラクターノベル制作 屋守保英納品 2022年08月23日 12時04分02秒
ロスガリア大陸において、ハーフビーストの地位は総じて高くない。
月の女獣と人と地の神が交わり生まれたとされる、ヒトの特徴とケモノの特徴を併せ持つ彼らの国は既に滅び、寄る辺となる信仰も絶えて久しい。
その国を滅ぼしたのが《征竜》であったが故に、その国が滅ぼされるにあたっての理由を人々が「ハーフビーストが罪深い行いをしたから彼の国は滅んだのだ」と認識したがゆえ、現状の地位が築かれた。
平原を平らげたヒューマンがプロパガンダを敷いたのか、他に理由があったのか、今となっては分からない。
分からないが、事実としてそうした差別意識が人々に存在するが故に。
パヴェル・A・サムルガチェフが辺境の集落を出て、学術都市ヴェルクリエに武舞術と武者修行のために訪れた時、人々がどんな反応を取ったか。
ああ、今でもまだ脳裏にこびりついて離れない。
「光る角だなんて不気味なやつ! おい、いっそこの手で折ってやろうか!?」
「や、やめろよぉ……!」
麒麟の証である自慢の角にやっとこを当てられた時のあの硬い感触。
「見て、あんなに大きな身体つきをして。やはりハーフビーストっていうのは粗野で野蛮な種族なのかしらね」
「……」
街を歩いていれば四方八方から嘲る声をかけられ、裏路地に逃げ込んだ時に背中に突き刺さる視線。
人目から隠れ、逃げるように過ごすことには慣れても、この体躯、この角は如何ともし難いものだった。路地裏に座り込んで身を小さくしながら、パヴェルが独り言つ。
「うじうじしてたら、付け込まれる……でも、歯向かったら、やっぱりハーフビーストなんだって、言われるなぁ……」
まだ若いパヴェルには、有効な打開策を見つけられなかった。反抗した時にますます攻撃がきつくなるのではないかと思うと怖くて、縮こまって、耐えて。それしか彼には思いつかなかった。
ぎゅうと膝を抱く腕に力が入る。尾のような長い髪を蓄えた頭を膝に埋める。目の端からつうと、何度零したかわからない涙が流れた。
「修行のために、来たってのによぉ……こんなんじゃ、集落に籠もってたほうが、良かったってのかよぉ……?」
自分の行いは軽率だったのだろうか。
故郷から出ないで暮らしていたほうが良かったのだろうか。
そんな迷いと、悩みを振り払うためには訓練しか無い、そう考えたパヴェルは人気のない建物の影で一人素振りと型の訓練に明け暮れていた。
来る日も、来る日も。一人で、黙々と。と、自分のいる場所に面した廊下を、自分をいじめているヒューマンの若者が通る音が聞こえる。
「おい、パヴェルのやつは?」
「さあ? また裏手で一人黙々と素振りしてんじゃないか」
二人で話しながら歩いているらしい。パヴェルがそこにいることには、幸い気づいていないようだ。身を小さくして息を潜めるパヴェル。
彼がいることなど気づいていない様子で、若者は何でも無いことのように放言する。
「ざまあみろってんだ。ハーフビーストの癖に一人でこの都市にやってくる考えなしだから、こういうことになるんだ」
「おい、聞こえるかもしれないぞ」
もう一人がたしなめるが、その口調に緊張感はない。どうせ、彼も彼でパヴェルのことを内心笑っているに違いないのだ。
若者たちが通り過ぎていくのを確認して、パヴェルは建物の壁に身を預けた。
「……」
何故こんなにも、自分は受け入れられていないのか。やはりハーフビーストであるが故にか。それともこの角のせいなのか。
パヴェルが悶々と考え、がしがしと頭を掻いたところで。
「……ねえ、パヴェル君」
「っ……!?」
ざ、と下草を踏む音とともに、パヴェルに声をかけてくる人物がいた。
帽子を頭に被ったジャンパースカート姿の女性だ。パヴェルの名前を知っているということは同輩か、あるいは彼の噂を耳にしたどこかの誰かか。自然とパヴェルの表情も固くなる。
「っ、お、おめぇさんは」
「あら、気付かない?」
思わず身構えたパヴェルに、女性は小さく笑いながら頭の帽子に手をかけた。その下からぴょこんと跳ねるように出てきたのは、鹿の耳だ。
「ミランダ・ハーコート。あなたと同じよ」
その耳を見せながら笑うミランダ。その顕になったものを見て、目を大きく見開くパヴェルだ。
自分と同じハーフビースト。まさかこんなところに、別の意味での同輩がいたとは。
「は……ハーフビースト、なのか」
「そう。鹿のね。分からなかった?」
困惑するパヴェルに、ミランダが帽子を戻しながら言う。なるほど、帽子で耳を隠して尻尾もスカートで隠しているなら、一見したらヒューマンと大差がない。
予想しない形で仲間が現れたことに、どもりながらパヴェルは問いかける。
「し、鹿だってんなら、おめぇさん、角は」
鹿だと言うなら角があるはずだ。まさか折られたり切られたりしたのか。そう問いかけようとして言葉が出ないパヴェルに、ミランダは肩をすくめながら言う。
「あたしは女だもの、角は生えないのよ。尻尾はあるけれどね、こうしてスカートで隠してるの」
ミランダは苦笑しながらジャンパースカートのスカート部分を持ち上げた。膨らんだスカートの下には短い、ぴょこんとした尻尾が見て取れる。
それを見てパヴェルもようやく肩の力を抜いた。脱力するようにその場に座り込む。
「そうか……いいな、おめぇさんは。見ただけじゃあ、ハーフビーストだって分かんねぇんだろ」
ゆるゆると頭を振りながら話すパヴェルに、ミランダは小さく首を振った。
「そうでもないわ。不意にスカートをめくられたり、帽子を取られたり……そんなこと、しょっちゅう」
そうしてから、ミランダはパヴェルの隣に腰を下ろした。驚いて彼女の方を見るパヴェルに、ミランダが微笑みながら話す。
「それに、あたしはパヴェル君の角、羨ましいって思うわ。こんなに綺麗に輝いて、美しくて……」
「そ、そんな」
角のことを言われてパヴェルが明らかにまごついた。自分の大きなコンプレックスで、迫害を受ける原因で。それを褒められるのは、何と言うか、落ち着かない。
言葉が出てこないパヴェルに、ミランダは優しく語った。
「ねえ、パヴェル君。すぐに皆と仲良くなれるとはあたしも思わない。きっと仲良くなる前にあなたは旅立っていくんだと思う」
そう話してから、もう一度ミランダは帽子を取った。
「でもね、世界にいるハーフビーストは、決してあなた一人だけじゃないのよ」
「一人じゃ、ない……」
一人じゃない、独りじゃない。世界には幾人ものハーフビーストがいて、生きているのだ。
パヴェルがゆっくりと空を見上げた時だ。彼の額にぽつりと雨粒が落ちる。
「あら? 雨――」
「ミランダ」
雨にミランダが顔を上げた時、隣のパヴェルは既にゆるりと立ち上がっていた。そのまま、ミランダに背を向けるように歩き出す。
「ありがとう。でも、俺にはあまり、話しかけない方がいい」
「えっ」
慌ててミランダが立ち上がるも、パヴェルはゆったり歩きながら手を振っていた。追いかけてくれるな、とその背中が語っている。
「パヴェル君!」
「ありがとうなぁ」
ミランダの声を背中に受けて、もう一度パヴェルは礼を述べながら林の中へと消えていく。
林の中で、雨に打たれながら。麒麟の角に雨を受けて、滴が頬に落ちていきながら。
「……」
再び空を見上げたパヴェルの角から、また一つ雨粒が涙のように落ちていった。
月の女獣と人と地の神が交わり生まれたとされる、ヒトの特徴とケモノの特徴を併せ持つ彼らの国は既に滅び、寄る辺となる信仰も絶えて久しい。
その国を滅ぼしたのが《征竜》であったが故に、その国が滅ぼされるにあたっての理由を人々が「ハーフビーストが罪深い行いをしたから彼の国は滅んだのだ」と認識したがゆえ、現状の地位が築かれた。
平原を平らげたヒューマンがプロパガンダを敷いたのか、他に理由があったのか、今となっては分からない。
分からないが、事実としてそうした差別意識が人々に存在するが故に。
パヴェル・A・サムルガチェフが辺境の集落を出て、学術都市ヴェルクリエに武舞術と武者修行のために訪れた時、人々がどんな反応を取ったか。
ああ、今でもまだ脳裏にこびりついて離れない。
「光る角だなんて不気味なやつ! おい、いっそこの手で折ってやろうか!?」
「や、やめろよぉ……!」
麒麟の証である自慢の角にやっとこを当てられた時のあの硬い感触。
「見て、あんなに大きな身体つきをして。やはりハーフビーストっていうのは粗野で野蛮な種族なのかしらね」
「……」
街を歩いていれば四方八方から嘲る声をかけられ、裏路地に逃げ込んだ時に背中に突き刺さる視線。
人目から隠れ、逃げるように過ごすことには慣れても、この体躯、この角は如何ともし難いものだった。路地裏に座り込んで身を小さくしながら、パヴェルが独り言つ。
「うじうじしてたら、付け込まれる……でも、歯向かったら、やっぱりハーフビーストなんだって、言われるなぁ……」
まだ若いパヴェルには、有効な打開策を見つけられなかった。反抗した時にますます攻撃がきつくなるのではないかと思うと怖くて、縮こまって、耐えて。それしか彼には思いつかなかった。
ぎゅうと膝を抱く腕に力が入る。尾のような長い髪を蓄えた頭を膝に埋める。目の端からつうと、何度零したかわからない涙が流れた。
「修行のために、来たってのによぉ……こんなんじゃ、集落に籠もってたほうが、良かったってのかよぉ……?」
自分の行いは軽率だったのだろうか。
故郷から出ないで暮らしていたほうが良かったのだろうか。
そんな迷いと、悩みを振り払うためには訓練しか無い、そう考えたパヴェルは人気のない建物の影で一人素振りと型の訓練に明け暮れていた。
来る日も、来る日も。一人で、黙々と。と、自分のいる場所に面した廊下を、自分をいじめているヒューマンの若者が通る音が聞こえる。
「おい、パヴェルのやつは?」
「さあ? また裏手で一人黙々と素振りしてんじゃないか」
二人で話しながら歩いているらしい。パヴェルがそこにいることには、幸い気づいていないようだ。身を小さくして息を潜めるパヴェル。
彼がいることなど気づいていない様子で、若者は何でも無いことのように放言する。
「ざまあみろってんだ。ハーフビーストの癖に一人でこの都市にやってくる考えなしだから、こういうことになるんだ」
「おい、聞こえるかもしれないぞ」
もう一人がたしなめるが、その口調に緊張感はない。どうせ、彼も彼でパヴェルのことを内心笑っているに違いないのだ。
若者たちが通り過ぎていくのを確認して、パヴェルは建物の壁に身を預けた。
「……」
何故こんなにも、自分は受け入れられていないのか。やはりハーフビーストであるが故にか。それともこの角のせいなのか。
パヴェルが悶々と考え、がしがしと頭を掻いたところで。
「……ねえ、パヴェル君」
「っ……!?」
ざ、と下草を踏む音とともに、パヴェルに声をかけてくる人物がいた。
帽子を頭に被ったジャンパースカート姿の女性だ。パヴェルの名前を知っているということは同輩か、あるいは彼の噂を耳にしたどこかの誰かか。自然とパヴェルの表情も固くなる。
「っ、お、おめぇさんは」
「あら、気付かない?」
思わず身構えたパヴェルに、女性は小さく笑いながら頭の帽子に手をかけた。その下からぴょこんと跳ねるように出てきたのは、鹿の耳だ。
「ミランダ・ハーコート。あなたと同じよ」
その耳を見せながら笑うミランダ。その顕になったものを見て、目を大きく見開くパヴェルだ。
自分と同じハーフビースト。まさかこんなところに、別の意味での同輩がいたとは。
「は……ハーフビースト、なのか」
「そう。鹿のね。分からなかった?」
困惑するパヴェルに、ミランダが帽子を戻しながら言う。なるほど、帽子で耳を隠して尻尾もスカートで隠しているなら、一見したらヒューマンと大差がない。
予想しない形で仲間が現れたことに、どもりながらパヴェルは問いかける。
「し、鹿だってんなら、おめぇさん、角は」
鹿だと言うなら角があるはずだ。まさか折られたり切られたりしたのか。そう問いかけようとして言葉が出ないパヴェルに、ミランダは肩をすくめながら言う。
「あたしは女だもの、角は生えないのよ。尻尾はあるけれどね、こうしてスカートで隠してるの」
ミランダは苦笑しながらジャンパースカートのスカート部分を持ち上げた。膨らんだスカートの下には短い、ぴょこんとした尻尾が見て取れる。
それを見てパヴェルもようやく肩の力を抜いた。脱力するようにその場に座り込む。
「そうか……いいな、おめぇさんは。見ただけじゃあ、ハーフビーストだって分かんねぇんだろ」
ゆるゆると頭を振りながら話すパヴェルに、ミランダは小さく首を振った。
「そうでもないわ。不意にスカートをめくられたり、帽子を取られたり……そんなこと、しょっちゅう」
そうしてから、ミランダはパヴェルの隣に腰を下ろした。驚いて彼女の方を見るパヴェルに、ミランダが微笑みながら話す。
「それに、あたしはパヴェル君の角、羨ましいって思うわ。こんなに綺麗に輝いて、美しくて……」
「そ、そんな」
角のことを言われてパヴェルが明らかにまごついた。自分の大きなコンプレックスで、迫害を受ける原因で。それを褒められるのは、何と言うか、落ち着かない。
言葉が出てこないパヴェルに、ミランダは優しく語った。
「ねえ、パヴェル君。すぐに皆と仲良くなれるとはあたしも思わない。きっと仲良くなる前にあなたは旅立っていくんだと思う」
そう話してから、もう一度ミランダは帽子を取った。
「でもね、世界にいるハーフビーストは、決してあなた一人だけじゃないのよ」
「一人じゃ、ない……」
一人じゃない、独りじゃない。世界には幾人ものハーフビーストがいて、生きているのだ。
パヴェルがゆっくりと空を見上げた時だ。彼の額にぽつりと雨粒が落ちる。
「あら? 雨――」
「ミランダ」
雨にミランダが顔を上げた時、隣のパヴェルは既にゆるりと立ち上がっていた。そのまま、ミランダに背を向けるように歩き出す。
「ありがとう。でも、俺にはあまり、話しかけない方がいい」
「えっ」
慌ててミランダが立ち上がるも、パヴェルはゆったり歩きながら手を振っていた。追いかけてくれるな、とその背中が語っている。
「パヴェル君!」
「ありがとうなぁ」
ミランダの声を背中に受けて、もう一度パヴェルは礼を述べながら林の中へと消えていく。
林の中で、雨に打たれながら。麒麟の角に雨を受けて、滴が頬に落ちていきながら。
「……」
再び空を見上げたパヴェルの角から、また一つ雨粒が涙のように落ちていった。