あたしは何処までいけるのかね?
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2020年11月01日 22時27分07秒
グランスパーダの下町にある市は、今日も買い物客で賑わっていた。
「おい、親父。ぼってんじゃねーぞ」
そう言って、勝手に値札の0を一つ消してやる。
――ったく、まだこんな詐欺まがいの店を出す奴がいるのか。
睨んでくる店の親父を無視して、シスル・ノーティラスは市を歩く。
――裏町が近いたって、ここは堅気の人間が住む街だ。やるなら場所を考えて……。
「……まったく、そんな考えが頭に浮かぶようじゃ、まだまだあたしも同類か」
自嘲しながら、別の店でコインを弾いた。
真っ赤に熟したリンゴはちょうど今の時期が一番うまい。あいつらの土産には丁度いいだろう。
買ったリンゴを一齧り。
「さて、帰るか」
口に中に広がる甘酸っぱい果汁を堪能しながら、シスルは裏町へと足を向けた。
●
「ここも久しぶりだな」
無秩序に建て増しされた家屋に、迷路のような路地。この薄暗い街は、華やかなりし王都『グランスパーダ』が生んだ影だった。
「さて、今日のあいつ等の寝床はどこだ?」
裏町の路地の奥には、あいつ等の根城が幾つもある。
寒ければあっち、腹がすけばこっち。――逃げる時はあそこ。
小さい時からあたしも利用してきた、ガキどもがこの街で生きていくための小さな小さなシェルターだ。
「今日はちょっと冷えるし、たぶんあそこだな」
それは下町と裏町の境、暖炉のある家の裏にある狭く汚いねぐら。真冬に凍えて死なないためだけの場所だった。
「そんじゃ、飯でも作っていってやるか」
シスルは「あいつ等、今日は何人いるかな」と指を折りつつ、自らの根城へ足を向けた。
●
「あ? 喧嘩か?」
根城に向かう途中、路地の向こうから聞こえてくる音に、シスルは足を止めた。
曲がり角の先から聞こえてくる喧騒に耳を澄ませる。
――どっかの誰かがヘマやって逃げてるってところか。声を聴く限り中年の――うん? 待てよ、この声は。
この街にはそれなりに世話になったから知り合いも少なくない。だが、声まで覚えているような知り合いとなると、意外と少なかったりする。それでも、この声は……。
シスルはゆっくりと路地の角から顔を覗かせた。
――ああ、やっぱりだ。どこかで聞いたことがあると思った。あの人間泥団子、まだ生きてやがったのか。
こちらへ逃げてくる顔は昔――というほど前じゃないが――『世話』になった奴だった。
シスルは路地からスッと腕を伸ばし、逃げてきた泥団子の首をひっかけると路地へと引き込んだ。
「よぉ、元気そうじゃーか」
「お、お前は……シスル! 戻ってきたのか!」
なかなか洒落た顔面をした顔見知りが、馴れ馴れしく抱き着こうとしてきた。
「そうか! 俺を助け――へぶぉっ!?」
「あー、すまん。ちょっと右側の造詣が気に食わなかったんで、ついな」
右頬を押さえ嗚咽を漏らす男を尻目に、血の付いた拳をその辺の壁にこすりつける。
「随分楽しいことしてるみたいじゃねぇか」
そう言うと、後ろから迫ってくる奴らの事を思い出したのか、泥団子の潰れた顔が恐怖に歪んだ。
――助けてくれ! 何でもする! そうだ、金か! 金だろう!
「助けてくれ! 何でもする! そうだ、金か! 金だろう!」
ぶっ! 一言一句想像通りかよ。変わってねーな、この泥団子は。
だから言ってやる、とびっきりの蕩けるような笑顔で――。
「わりーな、あたしはもうあんたの『雌犬』じゃないんだ」
絶望に歪む顔を満足気に見つめたシスルは、「じゃーな、元気でやれよ」と一声かけ、泥団子を追手の前へと蹴りだした。
たぶん、明日の朝には街のどこかに転がっているんだろうが、知ったこっちゃない。
あたしはもうあの男の女でもなければ、この街の闇でもない。
「もう少し肉を買ってやればよかったか」
路地を引き返し別ルートで根城へ向かう。
あいつらの事だ。食えてもパンやくず野菜ばかりだろう。
「まぁ、いいか。リンゴで嵩増しだ」
リンゴのシチュー。新鮮なリンゴが手に入る、この時期だけの特別メニュー。
――気に入ってくれるといいな。
リンゴの入った袋を大事に抱え、シスルは『近道』を駆け上がった。
良くも悪くも、この街は何も変わらない。ここに住む奴等の殆どはこの街しか世界を知らない。あたしもそんな一人だった。
シスルは眼下に広がる馴染みの街を見下ろす。
だけど、何の気まぐれか神さんがくれた力のおかげで、冒険者なんてご立派な仕事へ就く事ができた。
真っ当でまともで、達成しては感謝される仕事。金を受け取って感謝されるなんて、この街じゃ考えられない仕事に、最初は戸惑ったもんだ。
だけど、そんな仕事もあたしの一部になりつつある。
「あたしは、どこまで行けるのかね」
くすんだ夜空に向かって問いかける。返ってくる答えは、もちろんない。
――今はそれでいい。
その答えが、この世界のどこかに転がっていると、ようやく知る事ができたのだから――。
「おい、親父。ぼってんじゃねーぞ」
そう言って、勝手に値札の0を一つ消してやる。
――ったく、まだこんな詐欺まがいの店を出す奴がいるのか。
睨んでくる店の親父を無視して、シスル・ノーティラスは市を歩く。
――裏町が近いたって、ここは堅気の人間が住む街だ。やるなら場所を考えて……。
「……まったく、そんな考えが頭に浮かぶようじゃ、まだまだあたしも同類か」
自嘲しながら、別の店でコインを弾いた。
真っ赤に熟したリンゴはちょうど今の時期が一番うまい。あいつらの土産には丁度いいだろう。
買ったリンゴを一齧り。
「さて、帰るか」
口に中に広がる甘酸っぱい果汁を堪能しながら、シスルは裏町へと足を向けた。
●
「ここも久しぶりだな」
無秩序に建て増しされた家屋に、迷路のような路地。この薄暗い街は、華やかなりし王都『グランスパーダ』が生んだ影だった。
「さて、今日のあいつ等の寝床はどこだ?」
裏町の路地の奥には、あいつ等の根城が幾つもある。
寒ければあっち、腹がすけばこっち。――逃げる時はあそこ。
小さい時からあたしも利用してきた、ガキどもがこの街で生きていくための小さな小さなシェルターだ。
「今日はちょっと冷えるし、たぶんあそこだな」
それは下町と裏町の境、暖炉のある家の裏にある狭く汚いねぐら。真冬に凍えて死なないためだけの場所だった。
「そんじゃ、飯でも作っていってやるか」
シスルは「あいつ等、今日は何人いるかな」と指を折りつつ、自らの根城へ足を向けた。
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「あ? 喧嘩か?」
根城に向かう途中、路地の向こうから聞こえてくる音に、シスルは足を止めた。
曲がり角の先から聞こえてくる喧騒に耳を澄ませる。
――どっかの誰かがヘマやって逃げてるってところか。声を聴く限り中年の――うん? 待てよ、この声は。
この街にはそれなりに世話になったから知り合いも少なくない。だが、声まで覚えているような知り合いとなると、意外と少なかったりする。それでも、この声は……。
シスルはゆっくりと路地の角から顔を覗かせた。
――ああ、やっぱりだ。どこかで聞いたことがあると思った。あの人間泥団子、まだ生きてやがったのか。
こちらへ逃げてくる顔は昔――というほど前じゃないが――『世話』になった奴だった。
シスルは路地からスッと腕を伸ばし、逃げてきた泥団子の首をひっかけると路地へと引き込んだ。
「よぉ、元気そうじゃーか」
「お、お前は……シスル! 戻ってきたのか!」
なかなか洒落た顔面をした顔見知りが、馴れ馴れしく抱き着こうとしてきた。
「そうか! 俺を助け――へぶぉっ!?」
「あー、すまん。ちょっと右側の造詣が気に食わなかったんで、ついな」
右頬を押さえ嗚咽を漏らす男を尻目に、血の付いた拳をその辺の壁にこすりつける。
「随分楽しいことしてるみたいじゃねぇか」
そう言うと、後ろから迫ってくる奴らの事を思い出したのか、泥団子の潰れた顔が恐怖に歪んだ。
――助けてくれ! 何でもする! そうだ、金か! 金だろう!
「助けてくれ! 何でもする! そうだ、金か! 金だろう!」
ぶっ! 一言一句想像通りかよ。変わってねーな、この泥団子は。
だから言ってやる、とびっきりの蕩けるような笑顔で――。
「わりーな、あたしはもうあんたの『雌犬』じゃないんだ」
絶望に歪む顔を満足気に見つめたシスルは、「じゃーな、元気でやれよ」と一声かけ、泥団子を追手の前へと蹴りだした。
たぶん、明日の朝には街のどこかに転がっているんだろうが、知ったこっちゃない。
あたしはもうあの男の女でもなければ、この街の闇でもない。
「もう少し肉を買ってやればよかったか」
路地を引き返し別ルートで根城へ向かう。
あいつらの事だ。食えてもパンやくず野菜ばかりだろう。
「まぁ、いいか。リンゴで嵩増しだ」
リンゴのシチュー。新鮮なリンゴが手に入る、この時期だけの特別メニュー。
――気に入ってくれるといいな。
リンゴの入った袋を大事に抱え、シスルは『近道』を駆け上がった。
良くも悪くも、この街は何も変わらない。ここに住む奴等の殆どはこの街しか世界を知らない。あたしもそんな一人だった。
シスルは眼下に広がる馴染みの街を見下ろす。
だけど、何の気まぐれか神さんがくれた力のおかげで、冒険者なんてご立派な仕事へ就く事ができた。
真っ当でまともで、達成しては感謝される仕事。金を受け取って感謝されるなんて、この街じゃ考えられない仕事に、最初は戸惑ったもんだ。
だけど、そんな仕事もあたしの一部になりつつある。
「あたしは、どこまで行けるのかね」
くすんだ夜空に向かって問いかける。返ってくる答えは、もちろんない。
――今はそれでいい。
その答えが、この世界のどこかに転がっていると、ようやく知る事ができたのだから――。