人の恋路を邪魔する輩は『魔女』に蹴られる
キャラクターノベル制作 樫木間黒納品 2022年09月18日 15時44分17秒
リーンエス王国に数多く存在する冒険者ギルドの一つにて、青年の悲痛な叫び声が響いていた。
「お願いします! 助けてください!! 彼女が……ミランダが攫われたんです」
若者は声を張り上げる事に慣れてないのだろう。緊張のあまり息を吸い込み過ぎて咳をしてしまう。迫真の様相で現れた青年を宥めながら、ギルド職員は依頼書を作成する。
依頼内容は『誘拐された男爵令嬢の救出』、依頼主はその婚約者。報酬は惜しまないとの事。そして依頼書が掲示板に張り出されるよりも早く――、
「その話、詳しくお聞きしましょう」
一人の冒険者が名乗り出た。青年と同じ年頃ぐらいか、鍔の広い帽子と清楚なワンピースの似合う淑女然とした女性だった。冒険者のような鉄火場に身を置く稼業よりも、窓際で優雅に茶を嗜んでいる姿が似合いそうではあるが――彼女の瞳には、燃えるような情熱の炎が静かに灯っている。
「何方か」と問われれば彼女は誇らしそうに答えた。
「『紅の魔女』ルアンナ・ミュラー……貴方の力になる者です!」
●
切っ掛けは、所謂「横恋慕」だった。
依頼人――ファビオは男爵家の嫡男であり、隣接する領地の令嬢・ミランダと幼少期から仲睦まじく過ごしていた。互いの両親からも覚えがよく、行く行くは両家のより良い発展のため二人の間で婚姻が結ばれる約束もされていた。正に順風満帆を絵に描いた恋人なのだが、一つだけ二人の道を阻む問題があった。
その問題が道端に転がった小さな石どころではない大問題であったのが、二人にとって一番の不幸だった。
伯爵家の令息・レオポルド。
フォビアとミランダよりも年上だが、典型的な親に寵愛されて育ったお坊ちゃま。大変我儘で横暴な男と知られていた。欲しい物は親の威光を借りて手に入れる、気に食わない者は親の権力で脅して排除する、等々等々……手の施しようがない問題児なのだ。
そんな男にミランダが気に入られてしまったのだからさあ大変。
社交界で偶然出会った男爵家の子女に一目惚れ。それ以降、何度も何度もしつこくアタックを繰り返すようになったのだ。
「おい、ミランダ。そんな男は捨てて俺の女になれ!」
「嫌ですわ! 私とフォビアは幼い頃から将来を誓った仲ですの。父上からもお許しを得ていますわ!」
「はっ、あいつは男爵家で俺は伯爵家の息子。同じ『貴族』とは呼ばれているが格は大違いだ。俺の元に来れば金も欲しい物も自由にしてやる。なのにそれを捨てると言うのか? ええ?」
「私がフォビアを選んだのはお金などという卑しい理由ではございませんわ。それに私、しつこい男が嫌いですのよ」
「なんだと!?」
「そ、そこまでにしないか。君の父上が偉大な方であっても、嫌がるミランダに言い寄る事は僕とミランダの父上達が結んだ取り決めに逆らう事。即ち二つの家を敵に回す事に等しい。……幾ら何でも、こんな我儘を通すほど浅はかではないはずだ」
「…………ちっ!」
実直だが少々気弱なフォビアらしい、やや弱々しい語調だが彼の言葉は正論だ。
息子を甘やかし好き放題させている伯爵と謂えど、迂闊に他家を敵に回す行為は容認しかねない。それが伯爵家より家督の低い男爵家であってもだ。
現に父にせがんでも「流石にそれは」と断られたからこそ、こうして何が何でもミランダを振り向かせようと虚しい奮闘を繰り広げているに過ぎない。しかし相手は目先の金銭で釣られるような安い女でもなく、いい加減レオポルドの身勝手にも終止符が打たれようとしていた。
「もうすぐ私たちは、結婚しますの。諦めてご自慢の『お父上の力』とやらでいい方を見つけてはどうかしら?」
貴族の娘としては、ギリギリの節度を保った痛烈な物言いだった。
こっぴどくフラれたレオポルドは捨て台詞すら残せず自領へ逃げ帰った――と、この時は思っていた。
異変に気づいたのはそれから数日後。
使者が慌てた様子でフォビアの住む屋敷までやって来てからだ。
ミランダが忽然と自室から姿を消したのだと。
●
「ミランダの部屋には荒らされた痕跡がありました。恐らく寝込みを襲われて……そのまま連れて行かれたものと思います」
「なるほど……お話を聞かせてくれてありがとうございます」
紅いドレス――彼女の「勝負服」に着替え、ルアンナは依頼人から話を伺っていた。
曰く「人の恋路を邪魔するような下衆は百回死んでも文句は言えませんよね♪」という事らしい。
今、ルアンナとフォビアは馬車に乗っている。
時間が惜しいとの事で詳しい経緯や仔細は移動しながらになったのだ。具体的な事情を聞いたルアンナはというと、当初から感じていた予感が的中し敵方の貴族へ内心青筋を立てていた。
一切の同情の余地のないクズ。思い通りに行かないと来れば力尽くでか弱い乙女をねじ伏せようだなんて、どれだけ恥知らずなのでしょう――、
「今はどちらに?」
「レオポルド――伯爵家の別荘です」
ボンボンらしく、親から貰った邸宅を秘密基地がてらに使っているという訳か。
実態はそんな可愛らしい物ではなく、誰にも見られない場所で好き勝手するための悪の居城と言うべきだが。
「ミランダが誘拐されるより以前から、別荘には野盗紛いの傭兵集団が出入りしていたという話も……」
「ふむ、きっとお金の力で雇ったのでしょうね。という事は相手は一人ではなく複数人を想定……と」
「あの、勢いで出立してしまったんですが本当にルアンナさんだけで、他に冒険者の方が来るのを待たないでよかったのでしょうか……?
レオポルド……彼は《授恵者》です。その取り巻きも全員がとは言いませんが、一筋縄ではいかない相手かと……」
「大丈夫ですよ。こう見えても結構熟練ですし、烏合の衆との戦いは慣れてますし得意分野なんです♪」
自信満々に言ってのけるルアンナ。勿論慢心などしていない。魔術師として数多く積み重ねてきた戦闘経験から来る自信なのだ。その様子にフォビアは唖然としたようで、しかししっかりと対面する冒険者の目を見据えてこう言った。
「その……決して足は引っ張りません。だから、僕にもミランダを助けるため戦わせてください!」
聞けば彼も《授恵者》なのだと、訓練程度だが剣の扱い方も心得ているし……何より大切な人はこの手で救いたいと彼は語った。断られるかもしれないと、言った直後は瞳を固く閉じた彼だが「いいですよ」と即答された。
「お姫様を助けるのは王子様の役目ですからね。ただし前には出過ぎないように、戦闘は私にお任せを! いいですね?」
「…………はい! ありがとうございます!」
深く、感謝の意を示して頭を下げた。
なんて素直で健気な青年なのだろうか。そんな彼に愛される婚約者は幸せ者だろう……だからこそ、二人の幸せを壊す敵は排除せねば。
ルアンナは改めて決意を固めるのだった。
●
一方その頃。
伯爵家が所有する別荘の一室にて、ミランダは幽閉されていた。暴れないように手足を縛られて、助けを呼べないように猿轡を噛まされている。同じ部屋には下賤な男達が複数。
「貴族のご令嬢様だったよな? 中々の別嬪さんじゃねぇか」
「ちょっとぐらい味見でも……」
「やめとけ“雇い主”様に殺されるぞ」
最悪の気分だ。この様子はレオポルドの配下に違いないが、わかったからと言ってどうにかなる状況ではない。せめてもの抵抗に険しい目付きで睨んでみるものの、彼らは意に介さずといった様子だ。
(フォビア……!)
今はどうしているのだろうか。拉致されたのは昨晩、既に新しい陽は昇っているのだから使いの者が連絡してくれたはずだ。心配して、いや何とか助け出そうとしてくれているのだろう。
婚約者の事を想い胸に希望が灯った。その時、監禁部屋の扉が強く開かれる。
現れたのは当然あの忌々しきレオポルドだ。
「強情な奴め。素直に頷いていればこんな手を使われず済んだのになぁ!」
猿轡が強引に取り外される。口元が解放されたのも束の間、レオポルドは強引に彼女の両頬を押さえつけた。
「これで漸くお前は俺の物だ……」
「! ……私を無理矢理にでも穢そうと言うのなら誇り高く死を選びますわ」
「はは、そう言ってられるのも今の内――」
レオポルドの言葉は、突如鳴り響いた轟音により掻き消された。
その凄まじさは音だけに留まらない。発生源から距離があるはずの監禁部屋ですら、室内全体が揺れたような錯覚に陥ったのだから。
●
――それは「圧巻」としか言いようがない蹂躙劇だった。
「う、うわあああああ!!!?」
「あの女……何者だ!?」
「こんなの聞いてない! 俺は逃げるぞ!!」
容赦なく放たれる魔炎の奔流に、雇われ兵達は自慢の武器で抵抗する暇もなく次々と倒れていく。辛うじてまだ動ける者も怯えた様子で逃げ出しては……背後から煌々とした光に撃たれ崩れ落ちた。
「私は『紅の魔女』――って、もう聞こえていませんか」
ルアンナが「一人でも大丈夫」と言っていた理由が、フォビアの身に沁みた。何も準備していない所へ不意打ちに次ぐ不意打ち。それが情け容赦ない一撃必殺の火力であれば、ルアンナに勝てる者はいないだろう。折角構えた剣を使う暇すらない。
魔女は倒れ伏した男達の中から、まだ意識を保っている者を選んで掴み上げる。
「さ、お姫様の居場所を教えてくれませんか? でないと――、」
眼前に突き付けられた杖先に魔力の光が灯る。
「わぁ、わわわかった! 話す、話すから……」
慌てふためいた男が情報を吐くよりも速く、廊下の向こうから叫び声が聞こえた。傭兵集団には似つかわしくない、甲高い女性の声だ。
「――ミランダです!」
フォビアが言い切るや否や、ルアンナは首根っこを掴んでいた男を放り出しすぐさま声の方へと向かった。
辿り着いた先にはミランダを人質に取るように確保しているレオポルドに、彼を守るようにして立ち塞がろうとしている取り巻き達。話に違わない、外見から醜悪さが漏れ出ている男だとルアンナは思った。
「おい、この女がどうなっても――」
しかし悪徳貴族が何かしでかす前に、ルアンナのメテオライトが一閃。
器用にミランダだけを避けて狼藉者達に魔法の雨が降り注いだ。レオポルドは中々頑丈なようで倒れずに済んだが、その勢いに圧されてミランダから腕を放してしまう。その隙を見逃さずフォビアが婚約者を奪還する。
「ミランダ!」
「フォビア! ああ……来てくれると信じていましたわ……!」
「このっ、」
「あらあら、私を見ていなくていいんですか?」
先の範囲魔法で取り巻きの大半が倒れたが、それでもまだ運良く立ち上がっていた者がいた。しかしあっという間に杖で打ち伏せて――得意げにルアンナが立ち塞がっている。
雇った男達を瞬く間に制圧してみせた女と、ミランダを取り返した恋敵。交互に見比べて苦々しく舌打ちすれば、反撃に転じようと斬りかかる。
しかし斬撃は魔力障壁によって阻まれた。思い通りにいかず歯痒くしてる所へ、追撃の魔法が直撃する。
格が違う。圧倒的な力に打ちのめされ、蹂躙され、体格の差も大きい女性に手も足も出ない。
レオポルドが人生で挫折を味わった経験は片手で数えるほどしかない。ミランダにフラれた時と、今この時――しかし彼に去来した感情はただの悔しさ、口惜しさばかりではない。この燃え上がるような熱い気持ちは、まさか……。
「貴様……名は何という」
「名前ですか? そうですね、冥土の土産に教えてあげましょう。ルアンナ・ミュラーと……」
「ルアンナか、そうか。お前、俺の妻にならないか?」
「は?」
「お前の火に撃たれてわかった。ミランダにも感じた事のない、湧き上がるほどの激しい情熱だ。ああ、きっとお前のような強い娘を娶るために俺は生まれてきたのだろうと。決して損はさせない俺は伯爵家の息子だ。何れ父の跡を継ぎ行く行くは」
この時、ルアンナは無言且つ真顔で本日最大火力の魔法を至近距離からレオポルドにお見舞いした。
彼が取り分け頑丈な《授恵者》でなければ人型の炭になっていたであろう。それほど絶大な威力の火炎だった。
ともあれ障害は消え、想い合う恋人達は無事に結ばれハッピーエンド。
めでたしめでたし、だ。今日の『紅の魔女』は枕を高くして眠れそうだ。
「お願いします! 助けてください!! 彼女が……ミランダが攫われたんです」
若者は声を張り上げる事に慣れてないのだろう。緊張のあまり息を吸い込み過ぎて咳をしてしまう。迫真の様相で現れた青年を宥めながら、ギルド職員は依頼書を作成する。
依頼内容は『誘拐された男爵令嬢の救出』、依頼主はその婚約者。報酬は惜しまないとの事。そして依頼書が掲示板に張り出されるよりも早く――、
「その話、詳しくお聞きしましょう」
一人の冒険者が名乗り出た。青年と同じ年頃ぐらいか、鍔の広い帽子と清楚なワンピースの似合う淑女然とした女性だった。冒険者のような鉄火場に身を置く稼業よりも、窓際で優雅に茶を嗜んでいる姿が似合いそうではあるが――彼女の瞳には、燃えるような情熱の炎が静かに灯っている。
「何方か」と問われれば彼女は誇らしそうに答えた。
「『紅の魔女』ルアンナ・ミュラー……貴方の力になる者です!」
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切っ掛けは、所謂「横恋慕」だった。
依頼人――ファビオは男爵家の嫡男であり、隣接する領地の令嬢・ミランダと幼少期から仲睦まじく過ごしていた。互いの両親からも覚えがよく、行く行くは両家のより良い発展のため二人の間で婚姻が結ばれる約束もされていた。正に順風満帆を絵に描いた恋人なのだが、一つだけ二人の道を阻む問題があった。
その問題が道端に転がった小さな石どころではない大問題であったのが、二人にとって一番の不幸だった。
伯爵家の令息・レオポルド。
フォビアとミランダよりも年上だが、典型的な親に寵愛されて育ったお坊ちゃま。大変我儘で横暴な男と知られていた。欲しい物は親の威光を借りて手に入れる、気に食わない者は親の権力で脅して排除する、等々等々……手の施しようがない問題児なのだ。
そんな男にミランダが気に入られてしまったのだからさあ大変。
社交界で偶然出会った男爵家の子女に一目惚れ。それ以降、何度も何度もしつこくアタックを繰り返すようになったのだ。
「おい、ミランダ。そんな男は捨てて俺の女になれ!」
「嫌ですわ! 私とフォビアは幼い頃から将来を誓った仲ですの。父上からもお許しを得ていますわ!」
「はっ、あいつは男爵家で俺は伯爵家の息子。同じ『貴族』とは呼ばれているが格は大違いだ。俺の元に来れば金も欲しい物も自由にしてやる。なのにそれを捨てると言うのか? ええ?」
「私がフォビアを選んだのはお金などという卑しい理由ではございませんわ。それに私、しつこい男が嫌いですのよ」
「なんだと!?」
「そ、そこまでにしないか。君の父上が偉大な方であっても、嫌がるミランダに言い寄る事は僕とミランダの父上達が結んだ取り決めに逆らう事。即ち二つの家を敵に回す事に等しい。……幾ら何でも、こんな我儘を通すほど浅はかではないはずだ」
「…………ちっ!」
実直だが少々気弱なフォビアらしい、やや弱々しい語調だが彼の言葉は正論だ。
息子を甘やかし好き放題させている伯爵と謂えど、迂闊に他家を敵に回す行為は容認しかねない。それが伯爵家より家督の低い男爵家であってもだ。
現に父にせがんでも「流石にそれは」と断られたからこそ、こうして何が何でもミランダを振り向かせようと虚しい奮闘を繰り広げているに過ぎない。しかし相手は目先の金銭で釣られるような安い女でもなく、いい加減レオポルドの身勝手にも終止符が打たれようとしていた。
「もうすぐ私たちは、結婚しますの。諦めてご自慢の『お父上の力』とやらでいい方を見つけてはどうかしら?」
貴族の娘としては、ギリギリの節度を保った痛烈な物言いだった。
こっぴどくフラれたレオポルドは捨て台詞すら残せず自領へ逃げ帰った――と、この時は思っていた。
異変に気づいたのはそれから数日後。
使者が慌てた様子でフォビアの住む屋敷までやって来てからだ。
ミランダが忽然と自室から姿を消したのだと。
●
「ミランダの部屋には荒らされた痕跡がありました。恐らく寝込みを襲われて……そのまま連れて行かれたものと思います」
「なるほど……お話を聞かせてくれてありがとうございます」
紅いドレス――彼女の「勝負服」に着替え、ルアンナは依頼人から話を伺っていた。
曰く「人の恋路を邪魔するような下衆は百回死んでも文句は言えませんよね♪」という事らしい。
今、ルアンナとフォビアは馬車に乗っている。
時間が惜しいとの事で詳しい経緯や仔細は移動しながらになったのだ。具体的な事情を聞いたルアンナはというと、当初から感じていた予感が的中し敵方の貴族へ内心青筋を立てていた。
一切の同情の余地のないクズ。思い通りに行かないと来れば力尽くでか弱い乙女をねじ伏せようだなんて、どれだけ恥知らずなのでしょう――、
「今はどちらに?」
「レオポルド――伯爵家の別荘です」
ボンボンらしく、親から貰った邸宅を秘密基地がてらに使っているという訳か。
実態はそんな可愛らしい物ではなく、誰にも見られない場所で好き勝手するための悪の居城と言うべきだが。
「ミランダが誘拐されるより以前から、別荘には野盗紛いの傭兵集団が出入りしていたという話も……」
「ふむ、きっとお金の力で雇ったのでしょうね。という事は相手は一人ではなく複数人を想定……と」
「あの、勢いで出立してしまったんですが本当にルアンナさんだけで、他に冒険者の方が来るのを待たないでよかったのでしょうか……?
レオポルド……彼は《授恵者》です。その取り巻きも全員がとは言いませんが、一筋縄ではいかない相手かと……」
「大丈夫ですよ。こう見えても結構熟練ですし、烏合の衆との戦いは慣れてますし得意分野なんです♪」
自信満々に言ってのけるルアンナ。勿論慢心などしていない。魔術師として数多く積み重ねてきた戦闘経験から来る自信なのだ。その様子にフォビアは唖然としたようで、しかししっかりと対面する冒険者の目を見据えてこう言った。
「その……決して足は引っ張りません。だから、僕にもミランダを助けるため戦わせてください!」
聞けば彼も《授恵者》なのだと、訓練程度だが剣の扱い方も心得ているし……何より大切な人はこの手で救いたいと彼は語った。断られるかもしれないと、言った直後は瞳を固く閉じた彼だが「いいですよ」と即答された。
「お姫様を助けるのは王子様の役目ですからね。ただし前には出過ぎないように、戦闘は私にお任せを! いいですね?」
「…………はい! ありがとうございます!」
深く、感謝の意を示して頭を下げた。
なんて素直で健気な青年なのだろうか。そんな彼に愛される婚約者は幸せ者だろう……だからこそ、二人の幸せを壊す敵は排除せねば。
ルアンナは改めて決意を固めるのだった。
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一方その頃。
伯爵家が所有する別荘の一室にて、ミランダは幽閉されていた。暴れないように手足を縛られて、助けを呼べないように猿轡を噛まされている。同じ部屋には下賤な男達が複数。
「貴族のご令嬢様だったよな? 中々の別嬪さんじゃねぇか」
「ちょっとぐらい味見でも……」
「やめとけ“雇い主”様に殺されるぞ」
最悪の気分だ。この様子はレオポルドの配下に違いないが、わかったからと言ってどうにかなる状況ではない。せめてもの抵抗に険しい目付きで睨んでみるものの、彼らは意に介さずといった様子だ。
(フォビア……!)
今はどうしているのだろうか。拉致されたのは昨晩、既に新しい陽は昇っているのだから使いの者が連絡してくれたはずだ。心配して、いや何とか助け出そうとしてくれているのだろう。
婚約者の事を想い胸に希望が灯った。その時、監禁部屋の扉が強く開かれる。
現れたのは当然あの忌々しきレオポルドだ。
「強情な奴め。素直に頷いていればこんな手を使われず済んだのになぁ!」
猿轡が強引に取り外される。口元が解放されたのも束の間、レオポルドは強引に彼女の両頬を押さえつけた。
「これで漸くお前は俺の物だ……」
「! ……私を無理矢理にでも穢そうと言うのなら誇り高く死を選びますわ」
「はは、そう言ってられるのも今の内――」
レオポルドの言葉は、突如鳴り響いた轟音により掻き消された。
その凄まじさは音だけに留まらない。発生源から距離があるはずの監禁部屋ですら、室内全体が揺れたような錯覚に陥ったのだから。
●
――それは「圧巻」としか言いようがない蹂躙劇だった。
「う、うわあああああ!!!?」
「あの女……何者だ!?」
「こんなの聞いてない! 俺は逃げるぞ!!」
容赦なく放たれる魔炎の奔流に、雇われ兵達は自慢の武器で抵抗する暇もなく次々と倒れていく。辛うじてまだ動ける者も怯えた様子で逃げ出しては……背後から煌々とした光に撃たれ崩れ落ちた。
「私は『紅の魔女』――って、もう聞こえていませんか」
ルアンナが「一人でも大丈夫」と言っていた理由が、フォビアの身に沁みた。何も準備していない所へ不意打ちに次ぐ不意打ち。それが情け容赦ない一撃必殺の火力であれば、ルアンナに勝てる者はいないだろう。折角構えた剣を使う暇すらない。
魔女は倒れ伏した男達の中から、まだ意識を保っている者を選んで掴み上げる。
「さ、お姫様の居場所を教えてくれませんか? でないと――、」
眼前に突き付けられた杖先に魔力の光が灯る。
「わぁ、わわわかった! 話す、話すから……」
慌てふためいた男が情報を吐くよりも速く、廊下の向こうから叫び声が聞こえた。傭兵集団には似つかわしくない、甲高い女性の声だ。
「――ミランダです!」
フォビアが言い切るや否や、ルアンナは首根っこを掴んでいた男を放り出しすぐさま声の方へと向かった。
辿り着いた先にはミランダを人質に取るように確保しているレオポルドに、彼を守るようにして立ち塞がろうとしている取り巻き達。話に違わない、外見から醜悪さが漏れ出ている男だとルアンナは思った。
「おい、この女がどうなっても――」
しかし悪徳貴族が何かしでかす前に、ルアンナのメテオライトが一閃。
器用にミランダだけを避けて狼藉者達に魔法の雨が降り注いだ。レオポルドは中々頑丈なようで倒れずに済んだが、その勢いに圧されてミランダから腕を放してしまう。その隙を見逃さずフォビアが婚約者を奪還する。
「ミランダ!」
「フォビア! ああ……来てくれると信じていましたわ……!」
「このっ、」
「あらあら、私を見ていなくていいんですか?」
先の範囲魔法で取り巻きの大半が倒れたが、それでもまだ運良く立ち上がっていた者がいた。しかしあっという間に杖で打ち伏せて――得意げにルアンナが立ち塞がっている。
雇った男達を瞬く間に制圧してみせた女と、ミランダを取り返した恋敵。交互に見比べて苦々しく舌打ちすれば、反撃に転じようと斬りかかる。
しかし斬撃は魔力障壁によって阻まれた。思い通りにいかず歯痒くしてる所へ、追撃の魔法が直撃する。
格が違う。圧倒的な力に打ちのめされ、蹂躙され、体格の差も大きい女性に手も足も出ない。
レオポルドが人生で挫折を味わった経験は片手で数えるほどしかない。ミランダにフラれた時と、今この時――しかし彼に去来した感情はただの悔しさ、口惜しさばかりではない。この燃え上がるような熱い気持ちは、まさか……。
「貴様……名は何という」
「名前ですか? そうですね、冥土の土産に教えてあげましょう。ルアンナ・ミュラーと……」
「ルアンナか、そうか。お前、俺の妻にならないか?」
「は?」
「お前の火に撃たれてわかった。ミランダにも感じた事のない、湧き上がるほどの激しい情熱だ。ああ、きっとお前のような強い娘を娶るために俺は生まれてきたのだろうと。決して損はさせない俺は伯爵家の息子だ。何れ父の跡を継ぎ行く行くは」
この時、ルアンナは無言且つ真顔で本日最大火力の魔法を至近距離からレオポルドにお見舞いした。
彼が取り分け頑丈な《授恵者》でなければ人型の炭になっていたであろう。それほど絶大な威力の火炎だった。
ともあれ障害は消え、想い合う恋人達は無事に結ばれハッピーエンド。
めでたしめでたし、だ。今日の『紅の魔女』は枕を高くして眠れそうだ。