或る酒場での酔話
キャラクターノベル制作 紀藤トキ納品 2022年08月06日 12時10分00秒
世界は、異端者にとって生きにくい。幼きヨトカ・ドラーゲンは、自分が異端者である事を理解できていなかったが、争いを好まず平穏な生活を望む彼は、勇武を誇りとするリザードマン部族の中にあって浮き上がっていた。子供は自分達と違う存在を容赦なく排斥する。物心ついた時には既に、ヨトカは同世代の中で孤立していた。
「……それでも、この傷が無ければ違う未来もあったかもな」
常に被っている兜の下に隠した特徴的な十字の模様は、その部族の子にしばしば現れるものだった。家畜などを見ていれば仔は親に似る物だから、体の特徴は卵を産んだ母か、種を撒いた父から受け継ぐものなのだろう。折の悪い事に、素行不良で部族を追放されたある嫌われ者の男にもその模様があった。
「年長の者からも、奇異な目で見られたのはそいつの子と思われたせいだ。子供の頃は分からなかったものだが」
「外から見れば結束が固く見えますが、リザードマンでもそういう迫害みたいなのはあるんですか」
聞き手の疑問に、ヨトカは頷きを返す。沼地のトカゲがそれを望み、征竜がそれに答えた。それは歴史上の事実でもあり、リザードマンにとっての創生神話のようなもの。だが、裏を返せばトカゲの姿のままのリザードマンは征竜に近づけぬままの、魂を磨けぬ劣った物だという事にもなる。そう考えた同族がいて、ヨトカを嫌ったのは事実だ。
「……その、僕らから見るとそれほど差は分からないんですがね」
「リザードマンにとっては自明のことだ。俺はトカゲの特徴が強く出ている……。龍であれば鱗はごつごつ隆起し、爪は鋭く、目や牙も……。まあ、全部違うという事だ」
額の十字よりもその事を揶揄される方が辛かったかもしれない。『人より魂が劣る分、一層の武を磨かなければな』『前世までの無為を取り返すと良い』などと、おそらく彼らは善意で叱咤していたのだろう。しかし、根にあるのは醜い優越感だとヨトカは思い、ただでさえ性に合わなかった武の道を嫌悪するようになった。もしも、生まれたのがターミルのような武以外を重視する部族であったなら、と願った事もあるが。
「……違う部族から見ても、俺の容姿に対する感想は同じだ。額の模様は、他の部族には気にされなかったがな」
「人間でも、顔が不細工とか言われることはありますよ?」
「だが、性格は外見と別に評価されるのだろう? リザードマンの場合は、征竜に似ねば内面も否定される」
リザードマン全てがそのような差別的感情を持つとは限らないが、幼いころから悪意に晒されていたヨトカ自身が一番、自分の外見を嫌悪していた。生まれ持った外見はどうしようもないが、それ以外は変えようもあると部族が求める求道的な戦士を演じた事もある。しかし、それでも性根を見透かされるのか、いまだにマナズィールのパートナーすら探せない。リザードマンとして半人前、あるいは年齢を考えればそれ以下である事に焦りを覚えずにはいられなかった。
「変えられる物なら、全てを変えてしまいたいとも思った。だから、ラスリャマスの所業には、手段はともかく目指した所には惹かれたよ。……いや、手段の善悪など考えずに魅せられていたかもしれんな」
「自らを龍と化す、でしたか。あのような事が可能だとは、なかなか思いませんしね。実際に巨大な龍のごとき姿になったとか」
「だが、討たれてしまった。不完全であったのか、やり方が間違っていたのか。それとも……」
幾度世代を経ても、ヨトカのような外見のリザードマンがまだ生まれるという事は、輪廻転生を経て征竜へ近づくという夢その物がたわごとなのか。ヨトカは、届かぬ先に焦がれて墜ちたラスリャマスを見て、リザードマンと言う種の在り様に絶望した。
「なるほど。それで……」
「俺はリザードマンを、辞めたいのだ」
この生は仕方が無いとしても。その次も、その次の次も、リザードマンとして生まれ変わるのは耐えられない。疑念を胸に魂を磨く事が出来ぬヨトカは次の人生でもトカゲのままで、征竜を無邪気に目指す同族に見下され、虐げられるのだろう。
「転生の輪から外れたいだけならまあ。その辺の吸血鬼の下僕になって魂を破壊すれば簡単ですけどねぇ」
「滅びたい訳ではないのだ。この後の転生でリザードマンではない種族になりたい」
どうあってもリザードマンにしかなれないのなら、滅んでも構わなかった。しかし、魂は人間もエルフもリザードマンも変わらぬものならば、別の種族に転生できるかもしれない。
「なるほど、なるほど。ならば方法は一つですよ」
男はそこまで聞いてから、にっこり笑って囁いた。
「世界からリザードマンと言う種族が1人も居なくなれば、貴方が次の人生でリザードマンに転生することはありません」
気が付けば、1人酒場で寝こけていた。飲み過ぎたのだろうか、頭が痛い。誰かが一緒に飲んでいたような気もしたのだが、記憶はあいまいだった。
「……それでも、この傷が無ければ違う未来もあったかもな」
常に被っている兜の下に隠した特徴的な十字の模様は、その部族の子にしばしば現れるものだった。家畜などを見ていれば仔は親に似る物だから、体の特徴は卵を産んだ母か、種を撒いた父から受け継ぐものなのだろう。折の悪い事に、素行不良で部族を追放されたある嫌われ者の男にもその模様があった。
「年長の者からも、奇異な目で見られたのはそいつの子と思われたせいだ。子供の頃は分からなかったものだが」
「外から見れば結束が固く見えますが、リザードマンでもそういう迫害みたいなのはあるんですか」
聞き手の疑問に、ヨトカは頷きを返す。沼地のトカゲがそれを望み、征竜がそれに答えた。それは歴史上の事実でもあり、リザードマンにとっての創生神話のようなもの。だが、裏を返せばトカゲの姿のままのリザードマンは征竜に近づけぬままの、魂を磨けぬ劣った物だという事にもなる。そう考えた同族がいて、ヨトカを嫌ったのは事実だ。
「……その、僕らから見るとそれほど差は分からないんですがね」
「リザードマンにとっては自明のことだ。俺はトカゲの特徴が強く出ている……。龍であれば鱗はごつごつ隆起し、爪は鋭く、目や牙も……。まあ、全部違うという事だ」
額の十字よりもその事を揶揄される方が辛かったかもしれない。『人より魂が劣る分、一層の武を磨かなければな』『前世までの無為を取り返すと良い』などと、おそらく彼らは善意で叱咤していたのだろう。しかし、根にあるのは醜い優越感だとヨトカは思い、ただでさえ性に合わなかった武の道を嫌悪するようになった。もしも、生まれたのがターミルのような武以外を重視する部族であったなら、と願った事もあるが。
「……違う部族から見ても、俺の容姿に対する感想は同じだ。額の模様は、他の部族には気にされなかったがな」
「人間でも、顔が不細工とか言われることはありますよ?」
「だが、性格は外見と別に評価されるのだろう? リザードマンの場合は、征竜に似ねば内面も否定される」
リザードマン全てがそのような差別的感情を持つとは限らないが、幼いころから悪意に晒されていたヨトカ自身が一番、自分の外見を嫌悪していた。生まれ持った外見はどうしようもないが、それ以外は変えようもあると部族が求める求道的な戦士を演じた事もある。しかし、それでも性根を見透かされるのか、いまだにマナズィールのパートナーすら探せない。リザードマンとして半人前、あるいは年齢を考えればそれ以下である事に焦りを覚えずにはいられなかった。
「変えられる物なら、全てを変えてしまいたいとも思った。だから、ラスリャマスの所業には、手段はともかく目指した所には惹かれたよ。……いや、手段の善悪など考えずに魅せられていたかもしれんな」
「自らを龍と化す、でしたか。あのような事が可能だとは、なかなか思いませんしね。実際に巨大な龍のごとき姿になったとか」
「だが、討たれてしまった。不完全であったのか、やり方が間違っていたのか。それとも……」
幾度世代を経ても、ヨトカのような外見のリザードマンがまだ生まれるという事は、輪廻転生を経て征竜へ近づくという夢その物がたわごとなのか。ヨトカは、届かぬ先に焦がれて墜ちたラスリャマスを見て、リザードマンと言う種の在り様に絶望した。
「なるほど。それで……」
「俺はリザードマンを、辞めたいのだ」
この生は仕方が無いとしても。その次も、その次の次も、リザードマンとして生まれ変わるのは耐えられない。疑念を胸に魂を磨く事が出来ぬヨトカは次の人生でもトカゲのままで、征竜を無邪気に目指す同族に見下され、虐げられるのだろう。
「転生の輪から外れたいだけならまあ。その辺の吸血鬼の下僕になって魂を破壊すれば簡単ですけどねぇ」
「滅びたい訳ではないのだ。この後の転生でリザードマンではない種族になりたい」
どうあってもリザードマンにしかなれないのなら、滅んでも構わなかった。しかし、魂は人間もエルフもリザードマンも変わらぬものならば、別の種族に転生できるかもしれない。
「なるほど、なるほど。ならば方法は一つですよ」
男はそこまで聞いてから、にっこり笑って囁いた。
「世界からリザードマンと言う種族が1人も居なくなれば、貴方が次の人生でリザードマンに転生することはありません」
気が付けば、1人酒場で寝こけていた。飲み過ぎたのだろうか、頭が痛い。誰かが一緒に飲んでいたような気もしたのだが、記憶はあいまいだった。