魚釣れずとも人は案外釣れる

キャラクターノベル(グループ)制作 樫木間黒納品 2022年09月08日 09時17分21秒

「ねぇねぇ、見てザイン! 向こうに海が見えるわ」
「おっ、よく見つけてくれたな~リリィちゃん!」
「ふふん」

 小さな頭をわしわしと撫で、ガールフレンドの手を取り浜辺を目指す。この時、ザインとRe:Lee(リリィ)のカップルはデートの途中。「デート」と言いつつ大した目的もなく散策するのはいつもの事なのだが、夏場に海という訳で二人のテンションは爆上がりだった。
「水着も持って来たから一緒に泳ぎましょ」
「そうだなぁ……ん? 『釣竿貸します』、だって?」
 浜辺に建てられた小さな小屋、そこに貼り付けられた看板の文字を読み上げる。どうやら海水浴だけでなく釣りもできるようになっているようだ――その瞬間、ザインの頭に名案(ナイスアイデア)が閃いた。
 釣りに興味があるのは勿論だが、大物を釣り上げればリリィに喜んでもらえるのではないか? その場で軽い食事もできる。美味しそうに顔いっぱいの焼き魚を頬張るリリィの顔を思い浮かべながら、ザインは豪語した。

「リリィちゃんのためにも、必ず大物を釣って見せるぜ!」

●

 ――と、威勢が良かったのは最初の内。
 彼是数十分も経った気がするが、全く釣れない。大物どころか小さな魚すら食いついて来ない。
 餌が悪いのか、入れ方が悪いのか、それとも場所が悪いのか……色々工夫をしたが魚が食いつく様子はない。見事なボウズだ。

「……っかしーな?」

 ふと視線を別の方向へ変えると、リリィが見ていた。じーーっと、目に焼き付けるように。失敗が続いてるザインには、その瞳が彼を責めているように見えた。構ってもらえない事が不満なのか、それとも大口叩いておいて全く成果を上げていない彼に幻滅しているのか。しかしここで「全然釣れなかったのでやめたぜ」と言い出す気分にはなれない。それは男としての矜持(プライド)が許せないのだ!
 無事魚が食いつく事を祈り、尚も釣竿を垂らし続けた。



 一方、そのリリィはというと。
(……つまんない)
 ザインが釣りを始めた当初は水着に着替えて遊んでいた。波打ち際でバタ足をしてわざと大袈裟に水飛沫を立てたり、寝っ転がって波に身を任せたり……。
 だが、それを一人で繰り返していれば飽きが来る。いつもならザインも一緒に海へ浸かって遊んでくれるが、そのザインが釣りに夢中になっているのも面白くない。ザインが自分のために張り切ってくれているのは嬉しいし、待てるつもりでいたが……そのせいで自分が蔑ろにされていては本末転倒だ。
 ぷかぁ、と塩水の浮遊感に身を任せて己の身体をまじまじと見つめる。最低限を隠す布しかない、真正面を紐が支持しているだけという大変際どいデザインだが、普段から露出の多い格好をしているリリィに恥じらいはない。寧ろ以前来た時にザインが喜んでくれたから持って来たというのに、肝心の見せる相手がこの調子では不満が溜まる一方だ。

(やっぱりあんたがいないとダメよ。……どうしてくれようかしら)

 ただ「釣りなんていいからあたしと遊びましょう」と言えば聞いてくれるだろう。しかしそれだけではつまらないように思えた。
(そうだわ。イイコト思い付いちゃった)

 パシャン。
 水面を細い脚で打ち付けて、彼女は起き上がり彼の元へ走って行った。

●

「ザイン、勝負しましょう」
「しょ、勝負って?」
「釣り勝負でどう? どっちがたくさんの魚を釣れるかで勝負するの」
「いいけどよ……リリィちゃん、釣り道具は?」

 「不要」と伝えるように、リリィは人差し指を立てて振った。
 幾ら何でも釣竿が無ければ勝負にならないのでは? そんなザインの疑問は秒で打ち払われた。
 リリィが水面に向けて指を翳したその瞬間、彼女の指先が光った。そして光に呼び寄せられるように魚が一斉に群がって来たのだ! 先程までの静寂が嘘のように、水面を無数の波紋が覆っている。
 またまたリリィが指を振るうと何匹かの魚が拘束されたように動かなくなったまま持ち上がり、それらを易々と――ずっとザインが使っていたが何も釣れずに空っぽのままだった――バケツの中へシュートした。

「まっ……魔法じゃねぇかよォ! それはズルくねえか??」
「別に、何を使ってとかは決めてないしー。ほらほら、早くしないとどんどんあたしが持って行くけどね」
「ぐぅぅ……こうなったら釣るより手掴みが手っ取り早い!!」

 上着を脱ぎ捨てたザインは勢いよく魚の群れへ飛び込んだ。しかし魔法で呼び寄せられた魚も、突如着水した闖入者に驚いて四方八方へ逃げ出してしまう。諦めず、瞬時に「大物」と見分けた魚へ飛びつき追いかけ回すが……全くと言っていいほどに捕まってくれない。鰭を捕えようとあっちへウロウロ、こっちへウロウロ。気づかないまま同じ所をぐるぐるしているザインの姿は、傍からすれば酷く滑稽に見えただろう。
 尻尾(尾鰭)を掴ませてくれない魚達との苦闘の果てに、肩で息をしていたザインの背中へそこそこの重量と――それが気にならなくなるほどの柔らかさがかかる。振り返らなくてもわかる。
「……ようやく捕まえたわ」
 熱の籠った声で囁きながら頬を、胸元を擦り付けるリリィ。こんなに寂しそうにさせてしまうまで彼女を待たせてしまった事を、少し後悔した。
「捕まえたからには、あたしの好きにしていいわよね?
 一人じゃ寂しいの。一緒に遊びましょう、ザイン」
「お安い御用だぜ」

 ――それから二人は目一杯海で遊んだ。

 リリィはザインにしがみついて、ザインはリリィを連れて行くように大袈裟な波飛沫を立てて泳ぐ。本当はザインの助けなくとも海は泳げるけれど、ザインに掴まっていた方がもっとずっと楽しい。
 泳ぎ疲れたら浅瀬に上がってまた遊ぶ。
「そーっれ」
「ぶはぁ!? やったなぁ、リリィちゃん!」
 悪戯っぽさ全開に水をかけられたザインは、お返しとばかりにバシャバシャと倍以上の勢いで波を立てる。きゃはきゃはと元気に笑い声をあげながらリリィは楽しそうに逃げ回って、ザインも最早水の掛け合いっこを明後日に置いて行ってしまった様子で追いかけて――

「はぁー……疲れたぜ……」
 日射しの弱い岩陰まで移動した途端、糸が切れたようにザインは寝っ転がった。リリィも同じくらい疲弊しているはずだが、まだまだ余力を残しているようで……火を起こし、バケツに放り込んでいた魚に串を通し焼き上げる。
「はい、あーん♪」
「あむ……美味い! やっぱリリィちゃんの料理は美味いぜ……」
「塩を振って焼いただけよ。大した事はしてないわ」
「いいや、リリィちゃんが焼いてくれたから美味いんだ」
「……悪い気はしないわ。ありがとう、大好きよ」

 疲れて動けなくなってしまっているのを良い事に、リリィは唇を落とす。ザインは逃げない――どころか抵抗するつもりは更々ない。暫しの間、疲れを癒すかのように口付けを交わし合った。

●

 思う存分に遊び終えた。水着から着替えて帰路に就き、今日の思い出を語り合っていた途中……ザインは気づいた。色々あって有耶無耶になってしまったが、大事な事を忘れていたのだ。

「あ、そういや魚結局捕ってねぇ!?」
「また今度海に行った時にリベンジすればいいじゃない」
「そうだなぁ。リリィちゃんがそう言うなら……」

 ちゃっかり、また海遊びの約束をしているのも些細な事。仲良し恋人(カップル)の二人に楽しい思い出は幾つあっても足りないくらいなのだから。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0