イリュジオンの宝剣
プロローグノベル制作 望月誠司納品 2020年11月04日 20時09分28秒
頬に衝撃が走った。
小刻みに震える左手で杖をついた老人が、右手を振り抜いた姿勢で憤怒の形相で睨みつけて来ている。
イヴェール・イリュジオンは目の前の老人――曾祖父が、己の頬を打ったのだという事を理解した。
「貴様……! 貴様は……! 主からの祝福を受けておきながら……! 父祖の地の糧を食んで育っておきながら……! 一族の大願に背を向けようというのか!!」
大願?
そんなものは妄執というのだ。
「イヴェール! 大祖父様に謝りなさい!」
「イヴェール! どうしてっ! どうしてっ!!」
老人の傍らに立つ中年の男と女――両親は少女を頭ごなしに叱りつけてきた。普段は良い両親なのだが。
妄執を刷り込まれた父と母。いつか一族が栄華に返り咲く事を夢想している。
イリュジオンの家は数代前、王家に味方する貴族だった。
だが敗れたのだ、対立勢力との争いに。
現在ではもう農家同然だった。
それでも一族はいつか必ずや貴族へと返り咲く事、そして復讐を果たす事を誓い、子々孫々に願いを託してきた。
受け継がれる意志の筆頭が曾祖父、そして他ならぬイヴェールの両親達だった。
イヴェールはその意志を拒絶した。
「ご先祖を打倒した人々は、今、何処にいるの?
打倒されたご先祖達は今、何処にいるの?
土の下よ。
今を生きているのは、共にその子孫達だけ。
その人達が、私に対して一体何をしたというの?
何もしてないわ」
それなのに過去からの妄執に囚われて、今の生活を業火にくべ争いを仕掛けるなんて――
そんなのはただの呪いだ。
亡霊達の呪い。
こんなものは、断ち切らねばならない。
「私の未来は私が決める。土の下の亡霊達に囚われている大祖父様や、馬鹿げた夢を見ている貴方達に決めさせたりなんかしない」
曾祖父の顔がドス黒くなるほどまでに赤く染まった。
「――貴様なんぞは勘当だッ!!」
老人が叫んだ。
「二度とイリュジオンの名を名乗るなッ!! 貴様に一族の資格は無いッ!!!!」
母が泣き出して、父がそれを慰める。
長兄が仇でも見るかのように無言でイヴェールを睨みつけていた。
●
「イル姉大丈夫?」
幼い妹と弟が心配そうに見上げて来た。
「大丈夫よ」
少女は微笑して二人の頭を撫でた。傷ついているように、見えたのだろうか?
不意に、下品な笑い声が室内に飛び込んできた。
「ギャハハハハハ! 聞いたぜイル! お前! あのクソ爺どもに啖呵切ったんだって?! さっすが俺の妹だよ!!」
俺もその場で見たかった! なんて言いつつバシバシと次兄が肩を叩いてくる。
「兄さん、痛いのですけど。やめてくださいませんか?」
敢えての丁寧語と笑顔でイヴェールは答えた。
「気にすんなって。あのクソ爺が当主だったのは過去の話だ。今はもう、一族を追放する権利なんてもってねぇ。妄言だ」
どうやら一応、慰めようと? してくれてるらしい。
「……そうね」
少女は兄へ微笑して頷いた。
「イヴェール」
そんな事を話していると、その権利を持った人間が祖母を伴ってやってきた。
祖父だ。
今のイリュジオン家の当主。イヴェールの剣の師でもある。
彼は鞘に納められた一振りの剣をイヴェールへと差し出して来た。
イリュジオン家伝来の家宝の剣。
この剣を持つという事の意味、それは――
「……おじい様? どうして私に」
「お前はイリュジオンだ」
祖父はそれだけを言って去っていった。
恰幅の良い祖母がひっひっひと笑った。
「好きに生きなって事だよ」
「お婆様」
「あたしゃ短気だからね、殴られて腹の蟲が収まらないってんのならブン殴り返しゃ良いと思うよ。でもね、それは、やりたくないって言ってる子に無理やり代行させる事じゃない。
夢を叶えたいなら自分の手で掴み取るべきだし、殴り返すなら自分の拳で殴り返すべきだ」
祖母は首を振り溜息をついた。
「それをなんだい自分じゃ出来ない能無しのボンクラどもが雁首並べて若い娘一人に背負わせようとして情けない。
一族の資格が無い? 笑わせる。
没落するより前、それよりもずっと昔、イリュジオンは自由意志こそを是とする民だった。
自分の運命は自分で決する。
だからアンタはイリュジオンとして正しい。
一族だろうが親兄弟だろうがあんたの人生をあんたの意志に反して奪おうとするなら、ぶん殴ってでも排除しな。
あんたには不羈なる一族の誇り高き血脈が受け継がれている。
だからあの人はイル、あんたにその宝剣を渡したのさ」
●
装束を整えると祖母が「昔のあたしにそっくりだ!」と破顔して妹弟が「イル姉がお祖母ちゃんみたくなるの……?」と酷くショックを受けた顔つきをしていた。
「イル! あんたは神に祝福されている!」
旅立つ時、祖母は言った。
「あたしも祝福しよう! あんたの旅立ちを! どうか自由な人生を!」
それが、イヴェール・イリュジオンの旅立ちだった。
小刻みに震える左手で杖をついた老人が、右手を振り抜いた姿勢で憤怒の形相で睨みつけて来ている。
イヴェール・イリュジオンは目の前の老人――曾祖父が、己の頬を打ったのだという事を理解した。
「貴様……! 貴様は……! 主からの祝福を受けておきながら……! 父祖の地の糧を食んで育っておきながら……! 一族の大願に背を向けようというのか!!」
大願?
そんなものは妄執というのだ。
「イヴェール! 大祖父様に謝りなさい!」
「イヴェール! どうしてっ! どうしてっ!!」
老人の傍らに立つ中年の男と女――両親は少女を頭ごなしに叱りつけてきた。普段は良い両親なのだが。
妄執を刷り込まれた父と母。いつか一族が栄華に返り咲く事を夢想している。
イリュジオンの家は数代前、王家に味方する貴族だった。
だが敗れたのだ、対立勢力との争いに。
現在ではもう農家同然だった。
それでも一族はいつか必ずや貴族へと返り咲く事、そして復讐を果たす事を誓い、子々孫々に願いを託してきた。
受け継がれる意志の筆頭が曾祖父、そして他ならぬイヴェールの両親達だった。
イヴェールはその意志を拒絶した。
「ご先祖を打倒した人々は、今、何処にいるの?
打倒されたご先祖達は今、何処にいるの?
土の下よ。
今を生きているのは、共にその子孫達だけ。
その人達が、私に対して一体何をしたというの?
何もしてないわ」
それなのに過去からの妄執に囚われて、今の生活を業火にくべ争いを仕掛けるなんて――
そんなのはただの呪いだ。
亡霊達の呪い。
こんなものは、断ち切らねばならない。
「私の未来は私が決める。土の下の亡霊達に囚われている大祖父様や、馬鹿げた夢を見ている貴方達に決めさせたりなんかしない」
曾祖父の顔がドス黒くなるほどまでに赤く染まった。
「――貴様なんぞは勘当だッ!!」
老人が叫んだ。
「二度とイリュジオンの名を名乗るなッ!! 貴様に一族の資格は無いッ!!!!」
母が泣き出して、父がそれを慰める。
長兄が仇でも見るかのように無言でイヴェールを睨みつけていた。
●
「イル姉大丈夫?」
幼い妹と弟が心配そうに見上げて来た。
「大丈夫よ」
少女は微笑して二人の頭を撫でた。傷ついているように、見えたのだろうか?
不意に、下品な笑い声が室内に飛び込んできた。
「ギャハハハハハ! 聞いたぜイル! お前! あのクソ爺どもに啖呵切ったんだって?! さっすが俺の妹だよ!!」
俺もその場で見たかった! なんて言いつつバシバシと次兄が肩を叩いてくる。
「兄さん、痛いのですけど。やめてくださいませんか?」
敢えての丁寧語と笑顔でイヴェールは答えた。
「気にすんなって。あのクソ爺が当主だったのは過去の話だ。今はもう、一族を追放する権利なんてもってねぇ。妄言だ」
どうやら一応、慰めようと? してくれてるらしい。
「……そうね」
少女は兄へ微笑して頷いた。
「イヴェール」
そんな事を話していると、その権利を持った人間が祖母を伴ってやってきた。
祖父だ。
今のイリュジオン家の当主。イヴェールの剣の師でもある。
彼は鞘に納められた一振りの剣をイヴェールへと差し出して来た。
イリュジオン家伝来の家宝の剣。
この剣を持つという事の意味、それは――
「……おじい様? どうして私に」
「お前はイリュジオンだ」
祖父はそれだけを言って去っていった。
恰幅の良い祖母がひっひっひと笑った。
「好きに生きなって事だよ」
「お婆様」
「あたしゃ短気だからね、殴られて腹の蟲が収まらないってんのならブン殴り返しゃ良いと思うよ。でもね、それは、やりたくないって言ってる子に無理やり代行させる事じゃない。
夢を叶えたいなら自分の手で掴み取るべきだし、殴り返すなら自分の拳で殴り返すべきだ」
祖母は首を振り溜息をついた。
「それをなんだい自分じゃ出来ない能無しのボンクラどもが雁首並べて若い娘一人に背負わせようとして情けない。
一族の資格が無い? 笑わせる。
没落するより前、それよりもずっと昔、イリュジオンは自由意志こそを是とする民だった。
自分の運命は自分で決する。
だからアンタはイリュジオンとして正しい。
一族だろうが親兄弟だろうがあんたの人生をあんたの意志に反して奪おうとするなら、ぶん殴ってでも排除しな。
あんたには不羈なる一族の誇り高き血脈が受け継がれている。
だからあの人はイル、あんたにその宝剣を渡したのさ」
●
装束を整えると祖母が「昔のあたしにそっくりだ!」と破顔して妹弟が「イル姉がお祖母ちゃんみたくなるの……?」と酷くショックを受けた顔つきをしていた。
「イル! あんたは神に祝福されている!」
旅立つ時、祖母は言った。
「あたしも祝福しよう! あんたの旅立ちを! どうか自由な人生を!」
それが、イヴェール・イリュジオンの旅立ちだった。