精彩たる日々
プロローグノベル制作 錘里納品 2020年11月05日 19時19分35秒
●
差し込む光で朝だと気づく。小さく噛み殺したあくびが、まだ眠り足りないのだと訴えてくるけれど。
けれど、のんきに眠っている場合ではない。だってそうだろう。素晴らしい発明のために、時間はいくらあっても足りないくらいなのだから。
ぐっ、と伸びをして、ヨナ・シャハムは寝台から抜け出ると、昨晩遅くまで作業をしていた机の上を眺める。
依頼を受けて修理していた紋具は概ね仕上がった。けれどその傍らに進めていた趣味の方は、どうにも芳しくない。
仕組みは問題ない。日用品として扱うには十分な代物だとも思う。だが、そこまでだ。
「……神具ってやつは、どうにも雲の上すぎるな」
ぐしゃりと頭を掻いて、ついでに整えて。朝日の差し込む窓を開いたヨナは、眩しさに一瞬目を細めてから、その窓辺で頬杖をついてゆっくりと溜息を付いた。
学術都市ヴェルクリエの景観は、今日もどこか幻想的で、独特で。始めの頃は、こうして一日眺めているだけでも飽きなかったものだ。
木造りの壁にぶら下がる、硝子細工に似た色を持つ繊細なランプ。
色違いの積み木を重ねたような、パッチワークじみた扉と看板。
まぁるく膨らんだシャボン玉のような屋根は今日も風を受けて不思議な形状に揺れている。
「あれ……あそこの工房、また宝石の種類が変わってる」
気がついた一つを注視すれば、昨日の日の高い内はエメラルド色に煌めいていたはずの窓が、今日は深い青に変わっている。きっとまた、新しい発明を試しているのだろう。
思わず身を乗り出したヨナだが、よく目を凝らすより早く、窓の下を慌ただしく駆けていく傭兵風の男達の姿を見つけ、気を削がれたように窓辺に戻る。
朝早くから揉め事だろうか。賑やかなことだ。溢れた溜息は、辟易とした呆れを含んで、すぐに、消えていった。
朝一番の有意義な時間も切り上げどきかと踵を返したヨナは、再び作業台を眺め、依頼品の仕上げを施すと、それを抱えて部屋を後にする。
自宅であり工房であるその建物の中は、様々な道具と作りかけの紋具、それに込める触媒であちらこちらが満たされていた。
自身が制作し、商品として扱っているものも勿論あるけれど、居並ぶ多くはガラクタと評価されるような未完成品と、自らの師が遺した物ばかり。
それでもこうして並べて眺め、時折修繕のために手に取ると、以前のヨナでは気づかなかった改良点が見つかるもので……。
……今日は、新しいひらめきには恵まれなかったけれど。
肩を竦めて苦笑したヨナは、入り口に掛けてあった外套を羽織り、日よけのターバンを素早く巻くと、ドアノブをくるりと回す。
慣れた手付きで決まった方向へ二度三度。カチリと音がすれば、それは解錠の印。
カランと音を立てるドアベルに見送られながら、依頼品の受け渡しへと向かうのであった。
●
「ありがとうございました。またぜひ、お気軽に」
にっこりと柔らかな表情で依頼の品を引き渡したヨナは、相手の姿が見えなくなると同時、肩の力を抜く。
客商売である以上、なるべく丁寧な口調であれと思うわけだが、どうにも肩がこるものだ。
昔に比べれば、大分様になったとは思う。子供の頃、師匠に拾われて彼の工房――今は己の工房だが――に訪れた頃は、猫の被り方なんて知りもしなかったのだから。
ふ、と懐かしむ気持ちに短く笑みを零して、ヨナは自宅の方へと足を向けて……思い立ったように、反対方向へと向かった。
このまま工房に引きこもって研究をしてもいいが、折角外へ出たのであれば冒険者ギルドへ寄っていこうかと、思いついたため。
緩やかに曲線を描く石畳を降り、その過程で朝に見かけた工房の宝石窓を横目に眺めて。
日差しの強くなる時期には日よけの水膜が張られる広場を抜けて、冒険者ギルドへ。
そこは今日も賑わっていて、世界各地の様々な情報が耳に飛び込んでくる。
興味程度に聞き耳を立て、人混みの間を器用にすり抜けたヨナは、掲示板に張り出された依頼書の概要をさらりと流し見て――。
「あ……」
目に止まったのは、神具に関わる依頼書。
発掘された神具が引き起こしているトラブルの解決が主のようだ。
つまりは神具そのものを目にし、その使用現場を体感できるかもしれない機会。
今日の行動は決まった。引きこもっている場合などではなかったのだ。
瞳を煌めかせながら、ヨナは依頼書を引っ剥がして、受付へと足早に向かう。
「この依頼、受けさせてほしいんだけど」
見上げてくる受付と、にっこり、微笑みあって。受諾の印を手にしたヨナは、工房で整えた旅支度に身を包んでいた。
道具箱を乗せた背負子は決して軽くはないけれど、ヨナの足取りはどこまでも軽く、揚々として。
カラン、呼び鈴が、旅立つ彼を軽快な音で見送るのであった。
差し込む光で朝だと気づく。小さく噛み殺したあくびが、まだ眠り足りないのだと訴えてくるけれど。
けれど、のんきに眠っている場合ではない。だってそうだろう。素晴らしい発明のために、時間はいくらあっても足りないくらいなのだから。
ぐっ、と伸びをして、ヨナ・シャハムは寝台から抜け出ると、昨晩遅くまで作業をしていた机の上を眺める。
依頼を受けて修理していた紋具は概ね仕上がった。けれどその傍らに進めていた趣味の方は、どうにも芳しくない。
仕組みは問題ない。日用品として扱うには十分な代物だとも思う。だが、そこまでだ。
「……神具ってやつは、どうにも雲の上すぎるな」
ぐしゃりと頭を掻いて、ついでに整えて。朝日の差し込む窓を開いたヨナは、眩しさに一瞬目を細めてから、その窓辺で頬杖をついてゆっくりと溜息を付いた。
学術都市ヴェルクリエの景観は、今日もどこか幻想的で、独特で。始めの頃は、こうして一日眺めているだけでも飽きなかったものだ。
木造りの壁にぶら下がる、硝子細工に似た色を持つ繊細なランプ。
色違いの積み木を重ねたような、パッチワークじみた扉と看板。
まぁるく膨らんだシャボン玉のような屋根は今日も風を受けて不思議な形状に揺れている。
「あれ……あそこの工房、また宝石の種類が変わってる」
気がついた一つを注視すれば、昨日の日の高い内はエメラルド色に煌めいていたはずの窓が、今日は深い青に変わっている。きっとまた、新しい発明を試しているのだろう。
思わず身を乗り出したヨナだが、よく目を凝らすより早く、窓の下を慌ただしく駆けていく傭兵風の男達の姿を見つけ、気を削がれたように窓辺に戻る。
朝早くから揉め事だろうか。賑やかなことだ。溢れた溜息は、辟易とした呆れを含んで、すぐに、消えていった。
朝一番の有意義な時間も切り上げどきかと踵を返したヨナは、再び作業台を眺め、依頼品の仕上げを施すと、それを抱えて部屋を後にする。
自宅であり工房であるその建物の中は、様々な道具と作りかけの紋具、それに込める触媒であちらこちらが満たされていた。
自身が制作し、商品として扱っているものも勿論あるけれど、居並ぶ多くはガラクタと評価されるような未完成品と、自らの師が遺した物ばかり。
それでもこうして並べて眺め、時折修繕のために手に取ると、以前のヨナでは気づかなかった改良点が見つかるもので……。
……今日は、新しいひらめきには恵まれなかったけれど。
肩を竦めて苦笑したヨナは、入り口に掛けてあった外套を羽織り、日よけのターバンを素早く巻くと、ドアノブをくるりと回す。
慣れた手付きで決まった方向へ二度三度。カチリと音がすれば、それは解錠の印。
カランと音を立てるドアベルに見送られながら、依頼品の受け渡しへと向かうのであった。
●
「ありがとうございました。またぜひ、お気軽に」
にっこりと柔らかな表情で依頼の品を引き渡したヨナは、相手の姿が見えなくなると同時、肩の力を抜く。
客商売である以上、なるべく丁寧な口調であれと思うわけだが、どうにも肩がこるものだ。
昔に比べれば、大分様になったとは思う。子供の頃、師匠に拾われて彼の工房――今は己の工房だが――に訪れた頃は、猫の被り方なんて知りもしなかったのだから。
ふ、と懐かしむ気持ちに短く笑みを零して、ヨナは自宅の方へと足を向けて……思い立ったように、反対方向へと向かった。
このまま工房に引きこもって研究をしてもいいが、折角外へ出たのであれば冒険者ギルドへ寄っていこうかと、思いついたため。
緩やかに曲線を描く石畳を降り、その過程で朝に見かけた工房の宝石窓を横目に眺めて。
日差しの強くなる時期には日よけの水膜が張られる広場を抜けて、冒険者ギルドへ。
そこは今日も賑わっていて、世界各地の様々な情報が耳に飛び込んでくる。
興味程度に聞き耳を立て、人混みの間を器用にすり抜けたヨナは、掲示板に張り出された依頼書の概要をさらりと流し見て――。
「あ……」
目に止まったのは、神具に関わる依頼書。
発掘された神具が引き起こしているトラブルの解決が主のようだ。
つまりは神具そのものを目にし、その使用現場を体感できるかもしれない機会。
今日の行動は決まった。引きこもっている場合などではなかったのだ。
瞳を煌めかせながら、ヨナは依頼書を引っ剥がして、受付へと足早に向かう。
「この依頼、受けさせてほしいんだけど」
見上げてくる受付と、にっこり、微笑みあって。受諾の印を手にしたヨナは、工房で整えた旅支度に身を包んでいた。
道具箱を乗せた背負子は決して軽くはないけれど、ヨナの足取りはどこまでも軽く、揚々として。
カラン、呼び鈴が、旅立つ彼を軽快な音で見送るのであった。