辛い過去も幸せな過去も抱え、未来へ
キャラクターノベル制作 四方 のあ納品 2020年12月08日 17時40分54秒
●
パン屋ミュラースの若き店主、ルアンナ・ミュラー。
明るい笑顔も見せる少女ですが、その胸の内には、多くの者が知らない暗い過去がありました――。
●
――4年前。
リーンエス王国、パンクリアース学園。
ルアンナはこの時14歳で、ルアンナ・セラフィアスと言いました。
大商家セラフィアス家に生まれた彼女が、多額の費用が必要なこの学園に送られたのは、単に学問のためだけではなく。
他の商家や貴族とのコネクション作り。あわよくば有力貴族の息子などと仲良くなり――そういった商家の思惑も込められていたのが、現実でした。
が、この時のルアンナは初々しい14歳の乙女。
そういった実家の思惑に、全く気が付いていなかったとは言わずとも、現実的な実感としては薄く。
平穏な毎日が、今後数年は続いていく……そんな風に思っていました。
――あの日までは。
●
学園から実家に帰った、あの日。
ルアンナの母シャーロットが、ルアンナの姿を認めると、急いで駆け寄って来ました。
「どうしたの? そんなお慌てになって……」
「ごめんなさいね……突然だけど、家族旅行に行く事になったの。私達は用事があって後から行くから、ルアンナは準備をして、先に出発してね」
(旅行……?)
あまりに突然の話でしたが、母の言う事ですから、ルアンナは素直に従いました。
何とか荷物を纏め終わると、ルアンナは母の従者と共に、近隣の馬車業者に向かわされました。
「そうだわ――この旅行は、お忍びなの。だからルアンナ、道中で誰にも『セラフィアス』の名を出しては駄目よ」
別れ際の母の言い付けを、ルアンナは不思議に思いつつも了承し、守ろうと心掛けました。
「いい子ね……どうか、身体には気を付けてね」
旅行だというのに、母はなぜかとても心配そうに自分を送り出した事が、ルアンナの印象に残りました。
馬車業者に到着すると、従者が手続きを済ませた後、ルアンナは一人で馬車に乗せられました。
(あれ、行き先は……?)
行き先を確かめる暇もなく。
馬車は急ぎ、出発してしまいました――。
●
馬車の旅は、思ったより快適でした。
馬車の作りがしっかりしていて、乗り心地は悪くなく、護衛も信頼の置けそうな人々で十分な数がおり。
客も自分一人だけ。
母が馬車の手配に、よほどの金銭をかけてくれたのは間違いありません。ですが単なる旅行だとすれば、なぜ?
「あの……どこへ向っているのですか?」
「知らなかったんですかい? どこかのお嬢さん。エラトゥーン都市同盟の、リブラネスタですよ」
「リブラネスタ……!?」
リーンエス王国からリブラネスタまでは、大陸の半分を横断するほどの、かなりの距離があります。
どう考えても旅行へ行くというレベルではなく、むしろ引っ越しと言う方がしっくり来る気がしました。
(リブラネスタ……そういえば)
ルアンナは幼い頃、母の手紙を盗み見てしまった事を思い出しました。
それは母と、母の姉――ルアンナから見ると伯母との手紙。
二人は共に大商家出身で、母シャーロットは政略結婚を受け入れましたが、伯母レティシアは平民の男性と恋に落ちていたため拒否し、実家から勘当されつつ、駆け落ちをしていました。
それでも二人の姉妹は、実家に秘密で手紙でのやり取りを続けていたのですが――その伯母が住んでいるのがリブラネスタだと思い出したのです。
●
長い馬車の旅を経て、ルアンナはリブラネスタに到着しました。
馬車を降りると、早々に一人の婦人に声をかけられます。
「ルアンナ――ルアンナかい!?」
「レティシア伯母様――ですか?」
ルアンナは母似の婦人だと、レティシアは妹似の娘だと、一目で分かったようでした。
「よかった、待っていたよ……長旅で疲れただろう。うちへ案内するから、まずはゆっくり休むといい」
「伯母様、ありがとうございます」
伯母のしっかりした口調にルアンナは、かつて駆け落ちまでした伯母に、精神のたくましさを覚えました。
その一方――歩きながら時々咳き込む事もある伯母は、身体がそれほど丈夫ではないのかもと、ルアンナは感じます。
●
ルアンナが伯母に連れられて入った家には『パン屋ミュラース』と看板がありました。
「レティシア、帰ったか! おや、そちらの子が――」
二人を出迎えたのは、太い腕で力強くパン生地の仕込みをしている男性でした。
「ええ、ルアンナよ」
「伯父様ですね、よろしくお願い致します……」
「ハハハ、伯父様とはくすぐったいな! ま、積もる話もあるだろうが、我が家だと思って気楽に過ごしてくれ!」
豪快な伯父の言葉に、伯母に感じたたくましさは、この伯父に似たのかなとルアンナは感じます。
伯母も、伯父も、さも当然のようにルアンナの身を受け入れてくれました。
その優しさは嬉しいものでしたが……少しだけ同情のようなものを感じたのも事実で、ルアンナは己の境遇に何か、良くない事が起きた事を感じずにはいられませんでした。
●
その夜。
夕食を共にしながら、伯母夫婦はルアンナの境遇について話します――。
「ルアンナ、ここに送られた理由は聞いているかい?」
「いいえ。ですが伯母様達にはお話しますが、母には『道中で誰にも『セラフィアス』の名を出しては駄目』とだけ……」
「そうか……では、これから話す事は気を確かにして聞いて欲しい」
・ルアンナの実家セラフィアス商会は、表向き食品類を取り扱っていたが、実は違法取引に手を染めていた。
・違法取引の殆どは奴隷売買。だが摘発が近い事を悟り、ルアンナだけは近々逃がすと手紙にあった。
・現在、ルアンナの父母は獄中の人になっているだろう。
「そんな、私の家はそんな罪深い事を……」
「ルアンナ、お前は何も悪くないよ」
「伯母様……でも私、どうしたら」
「大丈夫だ。ルアンナ、君は俺が守る。レティシアだってずっと守ってきたからな」
「伯父様……」
「君は自由に生きていいんだ――ただ、いきなりそう言われても難しいだろう、当面はうちを手伝ってみるといい。そして、いつか本当にやりたい事が見つかったら、羽ばたいて行けばいいさ」
「ま、あたしも何度もこの人と喧嘩して、羽ばたいて行こうと思った事もあるけどね」
「こいつ! ハハハ」
あえて冗談めかす伯母と、明るく笑う伯父。
実家の話の内容に衝撃を隠せないルアンナでしたが、この温かい伯母夫婦の元ならやっていけると感じ始めていました。
●
毎日当たり前のように食事に出され、口にしていたパンが、こんな作るのが難しいなんて。
そんな風に、最初はうまくいかない事だらけのルアンナでしたが。
瞬く間に1年が経ち。大商家の娘として様々な教育を受けていたルアンナの上達ぶりは目覚ましく、もはや全ての業務を代行できるほどになっていました。
「ルアンナ、ありがとね。お前が来てくれて本当に良かったよ」
「いいえ、あの時伯母様達が暖かく受け入れてくれたお陰です……」
今では、ルアンナのパンが美味しいとやって来るお客様も少なくありませんでした。
充実感も覚えるルアンナでしたが、その一方で実家の事は未だ頭を離れる事はなく。
いつか、身元がバレて伯母夫婦に迷惑をかけてしまうのではないかと。更には、生きている事すら罪深い身ではないのかと。
・それでも恩を忘れず、伯母夫婦の力になり続けようか。
・いえ、できるだけ早く伯母夫婦の元を離れるべきか。
・それともいっそ、道行く馬車にでも身を投げ、過去の贖罪と精算をすべきではないのか――。
15歳の多感な年頃の乙女となったルアンナは、自分の進むべき進路を決めかねていました。
●
「ルアンナ、君はもうすっかり俺達の自慢の娘だな」
「伯父様、そんな……」
ルアンナにはこちらに来た当初から、正式に伯母夫婦ミュラー家の養子になる話がありました。
ただルアンナは、自らの家の罪深さから迷いもあり、まだ受諾してはいませんでした。
「おっと、取引先に行ってこなくては。留守を頼むぜ」
「はい」
何気ない、伯父との会話。
それがまさか、伯父との最後の言葉になるなんて――。
●
「暴走馬車を止めるため、一人で逃げず進路に立ち塞がり――もし故人がそうしなければパン屋ミュラースに衝突し、全壊は免れなかったものかと――」
「故人に報いるため、今後は再発防止策を徹底し――」
伯父は、ルアンナとレティシアを守るという言葉を有言実行し――突然、事故でこの世を去ってしまいました。
「最後まで馬鹿な奴だったね……でも、あたしはずっと幸せだったよ」
元々身体の強くなかった伯母も、この事故を期に病に伏せる事が多くなり、見舞金により今後は療養所で生活する事となりました。
そんな伯母の見舞いに、ルアンナは訪れていました。
「ルアンナ、あたしの事は大丈夫。店も畳んでもいい――今こそあいつの言っていた通り、自由に生きていいんだよ」
「伯母様……」
ルアンナに、この先どう生きるべきかの決断の時がやって来ました。
しばらく考えを巡らし。
やがてルアンナは、伯母にはっきりと告げました。
「私、伯母様、伯父様と暮らして……お二人はパンやお話を通じて、周囲の方々を笑顔にできる、何て素晴らしい人なんだろうって思いました。いつか、私もそんな風になりたいって」
「ルアンナ、そこまで……何だか恥ずかしいね」
「まだまだ未熟な私ですけど……ルアンナ・ミュラーとして、ミュラースを任せていただけますか。いつか他にもやりたい事が増えるかも知れないですけど――まずは、パンで周囲の方々のためになる事から、始めてみたいんです」
「ふふ、今のあんたになら何の心配もなく任せられるよ。あたしも旅立ったあの人も、お前を見守って応援しているよ」
「ありがとうございます……伯母様、またお見舞いに来ますね。どうか、ずっとお元気で――」
こうして。
ルアンナ・ミュラーとなった少女の物語が、幕を開けたのです――。
パン屋ミュラースの若き店主、ルアンナ・ミュラー。
明るい笑顔も見せる少女ですが、その胸の内には、多くの者が知らない暗い過去がありました――。
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――4年前。
リーンエス王国、パンクリアース学園。
ルアンナはこの時14歳で、ルアンナ・セラフィアスと言いました。
大商家セラフィアス家に生まれた彼女が、多額の費用が必要なこの学園に送られたのは、単に学問のためだけではなく。
他の商家や貴族とのコネクション作り。あわよくば有力貴族の息子などと仲良くなり――そういった商家の思惑も込められていたのが、現実でした。
が、この時のルアンナは初々しい14歳の乙女。
そういった実家の思惑に、全く気が付いていなかったとは言わずとも、現実的な実感としては薄く。
平穏な毎日が、今後数年は続いていく……そんな風に思っていました。
――あの日までは。
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学園から実家に帰った、あの日。
ルアンナの母シャーロットが、ルアンナの姿を認めると、急いで駆け寄って来ました。
「どうしたの? そんなお慌てになって……」
「ごめんなさいね……突然だけど、家族旅行に行く事になったの。私達は用事があって後から行くから、ルアンナは準備をして、先に出発してね」
(旅行……?)
あまりに突然の話でしたが、母の言う事ですから、ルアンナは素直に従いました。
何とか荷物を纏め終わると、ルアンナは母の従者と共に、近隣の馬車業者に向かわされました。
「そうだわ――この旅行は、お忍びなの。だからルアンナ、道中で誰にも『セラフィアス』の名を出しては駄目よ」
別れ際の母の言い付けを、ルアンナは不思議に思いつつも了承し、守ろうと心掛けました。
「いい子ね……どうか、身体には気を付けてね」
旅行だというのに、母はなぜかとても心配そうに自分を送り出した事が、ルアンナの印象に残りました。
馬車業者に到着すると、従者が手続きを済ませた後、ルアンナは一人で馬車に乗せられました。
(あれ、行き先は……?)
行き先を確かめる暇もなく。
馬車は急ぎ、出発してしまいました――。
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馬車の旅は、思ったより快適でした。
馬車の作りがしっかりしていて、乗り心地は悪くなく、護衛も信頼の置けそうな人々で十分な数がおり。
客も自分一人だけ。
母が馬車の手配に、よほどの金銭をかけてくれたのは間違いありません。ですが単なる旅行だとすれば、なぜ?
「あの……どこへ向っているのですか?」
「知らなかったんですかい? どこかのお嬢さん。エラトゥーン都市同盟の、リブラネスタですよ」
「リブラネスタ……!?」
リーンエス王国からリブラネスタまでは、大陸の半分を横断するほどの、かなりの距離があります。
どう考えても旅行へ行くというレベルではなく、むしろ引っ越しと言う方がしっくり来る気がしました。
(リブラネスタ……そういえば)
ルアンナは幼い頃、母の手紙を盗み見てしまった事を思い出しました。
それは母と、母の姉――ルアンナから見ると伯母との手紙。
二人は共に大商家出身で、母シャーロットは政略結婚を受け入れましたが、伯母レティシアは平民の男性と恋に落ちていたため拒否し、実家から勘当されつつ、駆け落ちをしていました。
それでも二人の姉妹は、実家に秘密で手紙でのやり取りを続けていたのですが――その伯母が住んでいるのがリブラネスタだと思い出したのです。
●
長い馬車の旅を経て、ルアンナはリブラネスタに到着しました。
馬車を降りると、早々に一人の婦人に声をかけられます。
「ルアンナ――ルアンナかい!?」
「レティシア伯母様――ですか?」
ルアンナは母似の婦人だと、レティシアは妹似の娘だと、一目で分かったようでした。
「よかった、待っていたよ……長旅で疲れただろう。うちへ案内するから、まずはゆっくり休むといい」
「伯母様、ありがとうございます」
伯母のしっかりした口調にルアンナは、かつて駆け落ちまでした伯母に、精神のたくましさを覚えました。
その一方――歩きながら時々咳き込む事もある伯母は、身体がそれほど丈夫ではないのかもと、ルアンナは感じます。
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ルアンナが伯母に連れられて入った家には『パン屋ミュラース』と看板がありました。
「レティシア、帰ったか! おや、そちらの子が――」
二人を出迎えたのは、太い腕で力強くパン生地の仕込みをしている男性でした。
「ええ、ルアンナよ」
「伯父様ですね、よろしくお願い致します……」
「ハハハ、伯父様とはくすぐったいな! ま、積もる話もあるだろうが、我が家だと思って気楽に過ごしてくれ!」
豪快な伯父の言葉に、伯母に感じたたくましさは、この伯父に似たのかなとルアンナは感じます。
伯母も、伯父も、さも当然のようにルアンナの身を受け入れてくれました。
その優しさは嬉しいものでしたが……少しだけ同情のようなものを感じたのも事実で、ルアンナは己の境遇に何か、良くない事が起きた事を感じずにはいられませんでした。
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その夜。
夕食を共にしながら、伯母夫婦はルアンナの境遇について話します――。
「ルアンナ、ここに送られた理由は聞いているかい?」
「いいえ。ですが伯母様達にはお話しますが、母には『道中で誰にも『セラフィアス』の名を出しては駄目』とだけ……」
「そうか……では、これから話す事は気を確かにして聞いて欲しい」
・ルアンナの実家セラフィアス商会は、表向き食品類を取り扱っていたが、実は違法取引に手を染めていた。
・違法取引の殆どは奴隷売買。だが摘発が近い事を悟り、ルアンナだけは近々逃がすと手紙にあった。
・現在、ルアンナの父母は獄中の人になっているだろう。
「そんな、私の家はそんな罪深い事を……」
「ルアンナ、お前は何も悪くないよ」
「伯母様……でも私、どうしたら」
「大丈夫だ。ルアンナ、君は俺が守る。レティシアだってずっと守ってきたからな」
「伯父様……」
「君は自由に生きていいんだ――ただ、いきなりそう言われても難しいだろう、当面はうちを手伝ってみるといい。そして、いつか本当にやりたい事が見つかったら、羽ばたいて行けばいいさ」
「ま、あたしも何度もこの人と喧嘩して、羽ばたいて行こうと思った事もあるけどね」
「こいつ! ハハハ」
あえて冗談めかす伯母と、明るく笑う伯父。
実家の話の内容に衝撃を隠せないルアンナでしたが、この温かい伯母夫婦の元ならやっていけると感じ始めていました。
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毎日当たり前のように食事に出され、口にしていたパンが、こんな作るのが難しいなんて。
そんな風に、最初はうまくいかない事だらけのルアンナでしたが。
瞬く間に1年が経ち。大商家の娘として様々な教育を受けていたルアンナの上達ぶりは目覚ましく、もはや全ての業務を代行できるほどになっていました。
「ルアンナ、ありがとね。お前が来てくれて本当に良かったよ」
「いいえ、あの時伯母様達が暖かく受け入れてくれたお陰です……」
今では、ルアンナのパンが美味しいとやって来るお客様も少なくありませんでした。
充実感も覚えるルアンナでしたが、その一方で実家の事は未だ頭を離れる事はなく。
いつか、身元がバレて伯母夫婦に迷惑をかけてしまうのではないかと。更には、生きている事すら罪深い身ではないのかと。
・それでも恩を忘れず、伯母夫婦の力になり続けようか。
・いえ、できるだけ早く伯母夫婦の元を離れるべきか。
・それともいっそ、道行く馬車にでも身を投げ、過去の贖罪と精算をすべきではないのか――。
15歳の多感な年頃の乙女となったルアンナは、自分の進むべき進路を決めかねていました。
●
「ルアンナ、君はもうすっかり俺達の自慢の娘だな」
「伯父様、そんな……」
ルアンナにはこちらに来た当初から、正式に伯母夫婦ミュラー家の養子になる話がありました。
ただルアンナは、自らの家の罪深さから迷いもあり、まだ受諾してはいませんでした。
「おっと、取引先に行ってこなくては。留守を頼むぜ」
「はい」
何気ない、伯父との会話。
それがまさか、伯父との最後の言葉になるなんて――。
●
「暴走馬車を止めるため、一人で逃げず進路に立ち塞がり――もし故人がそうしなければパン屋ミュラースに衝突し、全壊は免れなかったものかと――」
「故人に報いるため、今後は再発防止策を徹底し――」
伯父は、ルアンナとレティシアを守るという言葉を有言実行し――突然、事故でこの世を去ってしまいました。
「最後まで馬鹿な奴だったね……でも、あたしはずっと幸せだったよ」
元々身体の強くなかった伯母も、この事故を期に病に伏せる事が多くなり、見舞金により今後は療養所で生活する事となりました。
そんな伯母の見舞いに、ルアンナは訪れていました。
「ルアンナ、あたしの事は大丈夫。店も畳んでもいい――今こそあいつの言っていた通り、自由に生きていいんだよ」
「伯母様……」
ルアンナに、この先どう生きるべきかの決断の時がやって来ました。
しばらく考えを巡らし。
やがてルアンナは、伯母にはっきりと告げました。
「私、伯母様、伯父様と暮らして……お二人はパンやお話を通じて、周囲の方々を笑顔にできる、何て素晴らしい人なんだろうって思いました。いつか、私もそんな風になりたいって」
「ルアンナ、そこまで……何だか恥ずかしいね」
「まだまだ未熟な私ですけど……ルアンナ・ミュラーとして、ミュラースを任せていただけますか。いつか他にもやりたい事が増えるかも知れないですけど――まずは、パンで周囲の方々のためになる事から、始めてみたいんです」
「ふふ、今のあんたになら何の心配もなく任せられるよ。あたしも旅立ったあの人も、お前を見守って応援しているよ」
「ありがとうございます……伯母様、またお見舞いに来ますね。どうか、ずっとお元気で――」
こうして。
ルアンナ・ミュラーとなった少女の物語が、幕を開けたのです――。