鳥籠を開いた夢
キャラクターノベル制作 炙りとろ左門納品 2022年07月09日 13時26分44秒
享楽都市キサナ、最大の妓楼「夜露雫」。そこには『三姉妹』と呼ばれ親しまれる遊女たちがいた。
「来たわね!」
奥座敷へ続く襖を勢いよく開けて出てきたマリカが、そのひとりだ。マリカの側に控える禿が目を白黒させている。
「ま、マリカ姉様?」
「いいのよ、この男にはこれで」
「おいおい」
随分な言われようだが、マリカにとって繕わなくて良い相手であるならばそれも良いか、とヴァンゲルス・ロッドは苦笑する。
華香の典よりしばらくして、ヴァンゲルスはふたたびマリカのもとを訪れていた。マリカはヴァンゲルスから贈られた香水をつけているらしい。薄らとその香りがする。
「今日は勝たせてもらうわよ」
彼女は自分を負かした相手のみを奥座敷にあげると豪語しており、数ある客を袖にしてきた。そのマリカは幾度かの対局の間、二度、ヴァンゲルスに敗北を喫している。
が、床入りまではしていない。覚悟を決めていただけに肩透かしを食らったマリカは、そういうわけでヴァンゲルスとの勝負に固執しているのだ。
「最近はどう? 楽しめているかしら?」
禿に方円目の盤と石を用意させながら、マリカはヴァンゲルスと世間話を楽しむ。籠の鳥であるマリカにとって、ヴァンゲルスの土産話は楽しみのひとつとなっていた。
「そりゃあな。人生は面白おかしく生きたモン勝ちだ」
「危ない橋を渡り切れた瞬間、生きていると思える……そうね、あなたはそういう男だもの」
冒険者という生業は、そういう意味でもヴァンゲルスにとって天職だろう。
「マリカ嬢はどうだ?」
「生きているって感じる瞬間?」
「ああ」
準備が整った盤面に、マリカが最初の一手を指す。ぱちん、と盤面と石が触れ合い、それ境に、座敷の空気が変わった。
「こうして勝負をしている時、かしら」
それ以外は死んでいるようなものよ、とマリカは口角を上げる。
「フィルヤールに創作が、ライラリアに歌があるように……私がすがれるものはこれだけなの」
遊女として名を上げ、稼ぎ、自由の身になって良い相手を捕まえて、幸せになる。それがマリカの夢であり、実現手段の一つが方円目だ。
「だから最近、別の趣味が欲しいのよね」
空気が深刻になりすぎないよう、マリカはうーんと考えるそぶりをみせる。
「お花も踊りもお勉強も、必要だから身につけているだけよ? 何か、好きで熱中できるものがもうひとつふたつ欲しいわ。何か案はないかしら?」
「好きで熱中できるもの、ねえ」
ヴァンゲルスは顎を撫でて考え込んだ。年頃の少女が持つ趣味に、ヴァンゲルスは詳しくない。しかも熱中できるほどこだわれるものとなると選択肢は狭まる。
「できれば遊女として売りにできるものがいいわ!」
「こりゃまた難題だな」
さらに選択肢が狭まった。細い針に毛糸を通すようなものではなかろうか。
「あ」
「何か思いついた?」
勝負もそっちのけに、マリカは目を輝かせて身を乗り出した。
「売りといえば売りにできなくもねえって感じだが……」
「私が判断するわ。言ってみて」
「暗器を扱える遊女とか」
マリカは目を瞬かせる。
「戦える遊女ってこと?」
「そうだ。俺みてえに、針だとか短剣の扱い方を知っている」
「かっこいいわね……つまり、あなたが伝授してくれるのね?」
ヴァンゲルスの技能はシーフだ。期待の眼差しに、ヴァンゲルスは「基本的な扱いだけならな」と付け足した。
マリカはあくまで一般人。実際には護身術程度のものにはなるだろうが、この華奢な体を力尽くで奪おうとするような不遜な輩にも、多少の抵抗が可能になる。
表向きはお芝居の種として。いざという時、自分の身を守れるように。多少の時間を稼げることが命運を分けることになるかもしれないから。
「興味深いわ。この勝負が終わったら、早速手ほどきしてちょうだい」
「行動が早いな」
「善は急げと、シャルガネの諺を知っていて? それに、人生は限りあるものなのよ。無駄にはできない、そうでしょう?」
「違ぇねえ」
そういいつつも勝負を中断しようとはしない。それが非常に彼女らしく――ヴァンゲルスは笑った。
── ○ ──
「ねえ、ライラリア。私、思いついたの」
後日、マリカライラリアに語ったところによれば。
「いつかここを出られたら、冒険者になってみるのも面白そうね、って」
そう、無邪気に笑っていたという。
「来たわね!」
奥座敷へ続く襖を勢いよく開けて出てきたマリカが、そのひとりだ。マリカの側に控える禿が目を白黒させている。
「ま、マリカ姉様?」
「いいのよ、この男にはこれで」
「おいおい」
随分な言われようだが、マリカにとって繕わなくて良い相手であるならばそれも良いか、とヴァンゲルス・ロッドは苦笑する。
華香の典よりしばらくして、ヴァンゲルスはふたたびマリカのもとを訪れていた。マリカはヴァンゲルスから贈られた香水をつけているらしい。薄らとその香りがする。
「今日は勝たせてもらうわよ」
彼女は自分を負かした相手のみを奥座敷にあげると豪語しており、数ある客を袖にしてきた。そのマリカは幾度かの対局の間、二度、ヴァンゲルスに敗北を喫している。
が、床入りまではしていない。覚悟を決めていただけに肩透かしを食らったマリカは、そういうわけでヴァンゲルスとの勝負に固執しているのだ。
「最近はどう? 楽しめているかしら?」
禿に方円目の盤と石を用意させながら、マリカはヴァンゲルスと世間話を楽しむ。籠の鳥であるマリカにとって、ヴァンゲルスの土産話は楽しみのひとつとなっていた。
「そりゃあな。人生は面白おかしく生きたモン勝ちだ」
「危ない橋を渡り切れた瞬間、生きていると思える……そうね、あなたはそういう男だもの」
冒険者という生業は、そういう意味でもヴァンゲルスにとって天職だろう。
「マリカ嬢はどうだ?」
「生きているって感じる瞬間?」
「ああ」
準備が整った盤面に、マリカが最初の一手を指す。ぱちん、と盤面と石が触れ合い、それ境に、座敷の空気が変わった。
「こうして勝負をしている時、かしら」
それ以外は死んでいるようなものよ、とマリカは口角を上げる。
「フィルヤールに創作が、ライラリアに歌があるように……私がすがれるものはこれだけなの」
遊女として名を上げ、稼ぎ、自由の身になって良い相手を捕まえて、幸せになる。それがマリカの夢であり、実現手段の一つが方円目だ。
「だから最近、別の趣味が欲しいのよね」
空気が深刻になりすぎないよう、マリカはうーんと考えるそぶりをみせる。
「お花も踊りもお勉強も、必要だから身につけているだけよ? 何か、好きで熱中できるものがもうひとつふたつ欲しいわ。何か案はないかしら?」
「好きで熱中できるもの、ねえ」
ヴァンゲルスは顎を撫でて考え込んだ。年頃の少女が持つ趣味に、ヴァンゲルスは詳しくない。しかも熱中できるほどこだわれるものとなると選択肢は狭まる。
「できれば遊女として売りにできるものがいいわ!」
「こりゃまた難題だな」
さらに選択肢が狭まった。細い針に毛糸を通すようなものではなかろうか。
「あ」
「何か思いついた?」
勝負もそっちのけに、マリカは目を輝かせて身を乗り出した。
「売りといえば売りにできなくもねえって感じだが……」
「私が判断するわ。言ってみて」
「暗器を扱える遊女とか」
マリカは目を瞬かせる。
「戦える遊女ってこと?」
「そうだ。俺みてえに、針だとか短剣の扱い方を知っている」
「かっこいいわね……つまり、あなたが伝授してくれるのね?」
ヴァンゲルスの技能はシーフだ。期待の眼差しに、ヴァンゲルスは「基本的な扱いだけならな」と付け足した。
マリカはあくまで一般人。実際には護身術程度のものにはなるだろうが、この華奢な体を力尽くで奪おうとするような不遜な輩にも、多少の抵抗が可能になる。
表向きはお芝居の種として。いざという時、自分の身を守れるように。多少の時間を稼げることが命運を分けることになるかもしれないから。
「興味深いわ。この勝負が終わったら、早速手ほどきしてちょうだい」
「行動が早いな」
「善は急げと、シャルガネの諺を知っていて? それに、人生は限りあるものなのよ。無駄にはできない、そうでしょう?」
「違ぇねえ」
そういいつつも勝負を中断しようとはしない。それが非常に彼女らしく――ヴァンゲルスは笑った。
── ○ ──
「ねえ、ライラリア。私、思いついたの」
後日、マリカライラリアに語ったところによれば。
「いつかここを出られたら、冒険者になってみるのも面白そうね、って」
そう、無邪気に笑っていたという。