二人で見上げる夜空に
キャラクターノベル制作 広大野人納品 2022年06月26日 16時13分43秒
――違うと分かっていても重ねてしまう……あの人と。
だから人と関わる時、一定以上踏み込まないようにしていた。相手にとって失礼だし、なにより、ずっと引き摺ったままの自身が情けなくて許せなかったから。
けれど……あの子だけは違った。揺れる馬車の中、寝入ってしまった少女にあの人は重ならない。そこに僕は魅入ってしまっていたのだろう。
●
少女、ミア=リゼルから誘いを受けて訪れたのはシャルガネ居住区のとある集落の郊外にある茅葺屋根の旅館だった。
「と、とっても古式ゆかしい雰囲気の旅館です……」
「独特の雰囲気があって、僕は好きですよ」
心に思った通り、そんな感想を伝えるが――ミアはどうも、落ち着かないようだ。
「こ、これは良い機会と依頼を受けましたが……な、なななんだか……お、お泊まりみたいですね……」
――あぁ、そういう事かとすぐに理解した。
慌てている様子がとても可愛い。ちょっと揶揄いたくなる。
(僕も少しは期待していたし……)
むしろ、ここで期待しない人の方がどうかしていると思う。普段、別々の場所で生活しているのだ。僕は王国騎士として、ミアは冒険者と学園生という立場がある。互いの下に訪れる事が滅多に出来ない以上、こうした依頼は大事な機会な訳で。
「……お泊りですけれど、何か?」
耳元でそっと囁くと、ミアは顔を真っ赤にして手を振った。
「わあっ! な、なんでもありません! こ、ここで……お渡ししたいものがあっただけなんです、本当です!」
ミアが鞄の中から包紙を外しながら何やら取り出す。
「こ、これを……受け取っていただけたら」
「これは……ハンカチ?」
「……レモンはせんせいとの花なので……あなたとの花には、ライラックを。紫のライラックは『初恋』を意味するの……だそうです」
僕は受け取ったハンカチを広げる。
紫色のライラックが見事に描かれていて、確かめるように指でなぞった。
「……優しい色遣いですね」
「頂いた物すべてのお返しが、これ一枚で済むとは思っていません……」
ミアが潤した瞳を向けながら言葉を紡ぎ続ける。
「……ですので、あなたには、私の心を……紫色のライラックを捧げます」
今まで数多くの告白を受けて来た気がする。
それらに応える事は出来なかった。どうしても――あの人が重なったから。まるで僕がただ逃げ込む事を拒むように。
けれど、この子だけはあの人が重ならない。
「ありがとう、ミア」
「それと……二人きりの時は、エナと呼んでもいいですか?」
「もちろんです」
僕はニッコリと笑って答えるとミアの華奢な身体を抱き上げた。
唐突な事に驚く少女をそのままに離れの縁側へと進む。
「ミア、折角だから存分に楽しまないと」
「そうですね、エナ」
慌てる事は無いと僕はミアの返事にそう思った。
この先、乗り越えていかないといけない障害が沢山ある。そういう意味では、今回、ミアから誘ってくれた事は僥倖だった。
冒険者からの同行依頼であれば不自然ではない。泊まるにしたって言い訳は幾らでもつく上に、なんやかんやあったと思われるのも当然の事。既成事実を作り、障害となる『堀』を埋めていきやすいというものだ。
●
豪勢な食事を済ませて大浴場の混浴に入った後、ミアとエナハルトの二人は割り当てられた離れに帰って来た。
辺りはすっかり暗くなっており、せせらぎが響いている。
離れの襖をそっと開けたミアは畳に敷かれている布団を見て呟いた。
「……お布団、一つしかないですね」
ミアが呆然とする一方、エナハルトは澄ましたように肯定する。
心の内では、きちんと注文通りに寝床を用意した仲居へ感謝していた。
「カップルでの参加も多いですからね。ミアが嫌なら、僕は隣の部屋で寝ているけど?」
用意しておいた確信犯的な台詞。
だいたい、ミアが断れる訳がないと知っての事だ。
「だ、ダメです。こ、これはプレオープンの依頼なのですから。この状態でも寝られるかどうか、か、確認の必要がありますので!」
ちょっと早口で答えるミア。
そして、先に布団へと駆け寄ると……敷布団をずりずりと縁側の方へと引っ張る。
「よ、夜空が綺麗ですから……寝ながら見られると、お、思いますし」
「それは良い考えですね」
エナハルトは返事をすると離れの襖と雨戸を全開に開ける。
その間に布団を縁側まで移動させるミア。掛け布団の端を抱えながら、彼に声を掛けた。
「準備、できました。エナ……」
わざと誘っているのかと思うほど、しおらしい表情と仕草にエナハルトは強い衝撃を受けて思わず眩暈がしたが、鋼の精神で耐えきった。なんやかんやの結果、万が一にも学園を中退するような事があったら『計画』が破綻してしまうからだ。
(ミアが無事に卒業すれば親父も文句は言わないだろうし。それでも足りないのなら、養子として迎えてくれる貴族を見つけて……)
全てはミアと結婚して家庭を持つ為に――その為には今、あらゆる欲望を律しなければならないのだ。
それ位できなくて、なぜ王国騎士かと己を叱咤する。
「ありがとう。それなら、お言葉に甘えて先に」
無駄のない動きで布団にスッと横たわるエナハルト。
ミアは掛布団を掛けながら、自身の身体も布団の中に入る。思った以上に近いエナハルトに心臓が変な音を立てそうだった。
「な、なにか……不思議な感じ、ですね」
「僕もそう思っていました」
そんな囁きは虫の鳴き声と共に夜空へと消えていく。
夜空には星々が驚くほど煌めいており、綺麗などというありきたりな言葉は二人から出なかった。不思議なのは、これまでの巡り合わせと、今、こうして二人で一つの布団に入っていてもまるで違和感がないという事だろうか。
「……ミア、ありがとう」
「エナ?」
突然の感謝の言葉に驚いてミアは彼の横顔に視線を向けた。
一瞬だけ視線をミアに向けたが、エナハルトは空を見上げているままだった。
「君が居てくれたから、きっと僕は今、此処に居るのだと思う」
「それは私も――」
同じですと応えてミアも空を見上げた。
偶然の積み重ねとちょっとした幸運、そして……仲間達の助けがあったから、今、一緒の時間を過ごしている。
「約束するよ、ミア。僕は、君が傍に居てくれる限り離れる事はない、と。君がこれまで歩んで背負ってきた事も、これから立ち向かわなければならない事も全て、君と手を取り合っていくよ」
「エナ……」
記憶の事はエナには伝えていない。
いや、もし過去の事を知ったとしても、きっとエナハルトは変わらないだろう。
「……ありがとうございます。私もエナの事、絶対に守ります、から……」
「『守る』のは騎士の役目だと思うけれど……もう幾度も守られているから、今更か」
「そうでしたね」
クスっと笑ったミアはもぞもぞと手を布団から出した。
その手をエナハルトが探るように指を絡めて握る。
確かめるように握り合った手は、会話するように互いで握り返した。このひと時がこのまま終わってしまわないようにと思いながら。
その時、二人が見上げていた夜空を星が流れて交差して落ちていく……自然と追っていた視線が合った。
瞳の中に映る己の姿が先ほどよりも近い気がする。
「エナ……」
「ミア……」
互いの名を呼ぶ以上の言葉は無用というものだろう。
二人が額をゆっくりと寄せるような事になったとしても、それは気まぐれな流れ星のせい、なのだから――。
だから人と関わる時、一定以上踏み込まないようにしていた。相手にとって失礼だし、なにより、ずっと引き摺ったままの自身が情けなくて許せなかったから。
けれど……あの子だけは違った。揺れる馬車の中、寝入ってしまった少女にあの人は重ならない。そこに僕は魅入ってしまっていたのだろう。
●
少女、ミア=リゼルから誘いを受けて訪れたのはシャルガネ居住区のとある集落の郊外にある茅葺屋根の旅館だった。
「と、とっても古式ゆかしい雰囲気の旅館です……」
「独特の雰囲気があって、僕は好きですよ」
心に思った通り、そんな感想を伝えるが――ミアはどうも、落ち着かないようだ。
「こ、これは良い機会と依頼を受けましたが……な、なななんだか……お、お泊まりみたいですね……」
――あぁ、そういう事かとすぐに理解した。
慌てている様子がとても可愛い。ちょっと揶揄いたくなる。
(僕も少しは期待していたし……)
むしろ、ここで期待しない人の方がどうかしていると思う。普段、別々の場所で生活しているのだ。僕は王国騎士として、ミアは冒険者と学園生という立場がある。互いの下に訪れる事が滅多に出来ない以上、こうした依頼は大事な機会な訳で。
「……お泊りですけれど、何か?」
耳元でそっと囁くと、ミアは顔を真っ赤にして手を振った。
「わあっ! な、なんでもありません! こ、ここで……お渡ししたいものがあっただけなんです、本当です!」
ミアが鞄の中から包紙を外しながら何やら取り出す。
「こ、これを……受け取っていただけたら」
「これは……ハンカチ?」
「……レモンはせんせいとの花なので……あなたとの花には、ライラックを。紫のライラックは『初恋』を意味するの……だそうです」
僕は受け取ったハンカチを広げる。
紫色のライラックが見事に描かれていて、確かめるように指でなぞった。
「……優しい色遣いですね」
「頂いた物すべてのお返しが、これ一枚で済むとは思っていません……」
ミアが潤した瞳を向けながら言葉を紡ぎ続ける。
「……ですので、あなたには、私の心を……紫色のライラックを捧げます」
今まで数多くの告白を受けて来た気がする。
それらに応える事は出来なかった。どうしても――あの人が重なったから。まるで僕がただ逃げ込む事を拒むように。
けれど、この子だけはあの人が重ならない。
「ありがとう、ミア」
「それと……二人きりの時は、エナと呼んでもいいですか?」
「もちろんです」
僕はニッコリと笑って答えるとミアの華奢な身体を抱き上げた。
唐突な事に驚く少女をそのままに離れの縁側へと進む。
「ミア、折角だから存分に楽しまないと」
「そうですね、エナ」
慌てる事は無いと僕はミアの返事にそう思った。
この先、乗り越えていかないといけない障害が沢山ある。そういう意味では、今回、ミアから誘ってくれた事は僥倖だった。
冒険者からの同行依頼であれば不自然ではない。泊まるにしたって言い訳は幾らでもつく上に、なんやかんやあったと思われるのも当然の事。既成事実を作り、障害となる『堀』を埋めていきやすいというものだ。
●
豪勢な食事を済ませて大浴場の混浴に入った後、ミアとエナハルトの二人は割り当てられた離れに帰って来た。
辺りはすっかり暗くなっており、せせらぎが響いている。
離れの襖をそっと開けたミアは畳に敷かれている布団を見て呟いた。
「……お布団、一つしかないですね」
ミアが呆然とする一方、エナハルトは澄ましたように肯定する。
心の内では、きちんと注文通りに寝床を用意した仲居へ感謝していた。
「カップルでの参加も多いですからね。ミアが嫌なら、僕は隣の部屋で寝ているけど?」
用意しておいた確信犯的な台詞。
だいたい、ミアが断れる訳がないと知っての事だ。
「だ、ダメです。こ、これはプレオープンの依頼なのですから。この状態でも寝られるかどうか、か、確認の必要がありますので!」
ちょっと早口で答えるミア。
そして、先に布団へと駆け寄ると……敷布団をずりずりと縁側の方へと引っ張る。
「よ、夜空が綺麗ですから……寝ながら見られると、お、思いますし」
「それは良い考えですね」
エナハルトは返事をすると離れの襖と雨戸を全開に開ける。
その間に布団を縁側まで移動させるミア。掛け布団の端を抱えながら、彼に声を掛けた。
「準備、できました。エナ……」
わざと誘っているのかと思うほど、しおらしい表情と仕草にエナハルトは強い衝撃を受けて思わず眩暈がしたが、鋼の精神で耐えきった。なんやかんやの結果、万が一にも学園を中退するような事があったら『計画』が破綻してしまうからだ。
(ミアが無事に卒業すれば親父も文句は言わないだろうし。それでも足りないのなら、養子として迎えてくれる貴族を見つけて……)
全てはミアと結婚して家庭を持つ為に――その為には今、あらゆる欲望を律しなければならないのだ。
それ位できなくて、なぜ王国騎士かと己を叱咤する。
「ありがとう。それなら、お言葉に甘えて先に」
無駄のない動きで布団にスッと横たわるエナハルト。
ミアは掛布団を掛けながら、自身の身体も布団の中に入る。思った以上に近いエナハルトに心臓が変な音を立てそうだった。
「な、なにか……不思議な感じ、ですね」
「僕もそう思っていました」
そんな囁きは虫の鳴き声と共に夜空へと消えていく。
夜空には星々が驚くほど煌めいており、綺麗などというありきたりな言葉は二人から出なかった。不思議なのは、これまでの巡り合わせと、今、こうして二人で一つの布団に入っていてもまるで違和感がないという事だろうか。
「……ミア、ありがとう」
「エナ?」
突然の感謝の言葉に驚いてミアは彼の横顔に視線を向けた。
一瞬だけ視線をミアに向けたが、エナハルトは空を見上げているままだった。
「君が居てくれたから、きっと僕は今、此処に居るのだと思う」
「それは私も――」
同じですと応えてミアも空を見上げた。
偶然の積み重ねとちょっとした幸運、そして……仲間達の助けがあったから、今、一緒の時間を過ごしている。
「約束するよ、ミア。僕は、君が傍に居てくれる限り離れる事はない、と。君がこれまで歩んで背負ってきた事も、これから立ち向かわなければならない事も全て、君と手を取り合っていくよ」
「エナ……」
記憶の事はエナには伝えていない。
いや、もし過去の事を知ったとしても、きっとエナハルトは変わらないだろう。
「……ありがとうございます。私もエナの事、絶対に守ります、から……」
「『守る』のは騎士の役目だと思うけれど……もう幾度も守られているから、今更か」
「そうでしたね」
クスっと笑ったミアはもぞもぞと手を布団から出した。
その手をエナハルトが探るように指を絡めて握る。
確かめるように握り合った手は、会話するように互いで握り返した。このひと時がこのまま終わってしまわないようにと思いながら。
その時、二人が見上げていた夜空を星が流れて交差して落ちていく……自然と追っていた視線が合った。
瞳の中に映る己の姿が先ほどよりも近い気がする。
「エナ……」
「ミア……」
互いの名を呼ぶ以上の言葉は無用というものだろう。
二人が額をゆっくりと寄せるような事になったとしても、それは気まぐれな流れ星のせい、なのだから――。