精霊の祝福

キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2022年06月25日 09時26分24秒

 リーンエス王国王都グランスパーダの貴族街の一角にその建物はあった。
「ここに来るのも久しぶりか」
 ジュスト・ヴェルジーは葡萄の意匠が凝らされた巨大な門扉の前に立つ。
 ここは元ヴェルジー伯爵家当主ジュール・ヴェルジーの王都での邸宅だ。
「しかし、突然の呼び出し、か……一体何の用があるのか」
 それは一週間前。ジュストの通うパンクリアース学園へと届けられた手紙が発端だった。
「坊ちゃんが学園でなにかやらかしたからでしょ。ってか、なんでオレまで一緒に付き合わされてんですかぁ?」
「何もやらかしてないし、それはこっちの台詞だ、ロイク。なんで君まで一緒なんだ」
「そりゃまぁ、坊ちゃんのお世話係ですからねぇ。尻を拭くのもお役目です」
「だから、なにもやらかしてないって言ってるだろう……」
 相変わらずやる気の欠片も見えない従僕に溜息をつきつつ、ジュストは門扉の横に設置された呼び鈴を鳴らした。

●
 質素ながらもあつらえの良さがよくわかる調度品位囲まれた応接室。
 程よく沈むソファーに身を預ける偉丈夫が、眼光鋭くジュストを見据えていた。
「さて、ここに呼ばれた理由はもうわかっているだろうな?」
 理由……? そんなもの手紙には一言も書かれていなかったぞ。更にいえば「来い」の一言しかなかったが?
「なんだ、わからないのか?」
「わかっています。学園での成績の事でしょう」
「学園での成績か。なるほど……多少成績は上がったようだな」
 記憶でも辿っているのか、ジュールは失った右目にかけられた眼帯を弄りながら、ジュストをじっと見る。
 流石、俺を学園に推挙してくれた張本人だけはある。成績は筒抜けか。まぁ、そうだろうな。さて、これは下手な答えを返せないぞ。
「……ヴェルジーの名に恥じぬ順位は確保しているつもりです」
「ふむ、ディオールの娘に置いていかれぬように努力しているのは認めてやろう。だが、成績で言えばもう少し向上心を持ってもらいたい所だな。学園が戦場である事はお前も重々承知しているだろう」
「当然理解しております。しかしながら、突出しすぎるあまり敵を作るのも得策とは思えません。学園が戦場である以上、味方は多い方がいい」
「……なるほど。そう考えるのならばいい」
 ……なに? どういうことだ。こうもあっさり引き下がるという事は、学園での成績の話で呼ばれたわけではないのか?
 祖父はわざわざ雑談をする為に手紙なんて寄こしたりはしない。こんな厳つい見た目のくせに深慮遠謀に長けた人だ。必ず何か意図があって呼んだはずなんだ。
 慎重にいけ。相手の土俵に乗せられたら負けは確定だ。
「お爺様こそお変わりなさそうで安心しました。たまには領地へお戻りください。皆、待っておりますよ」
「いらぬ世話だ。わしにはここでのお役目がある」
 なるほど、自分の話題はいいから、早くここに呼ばれた真意を見抜けという事か。
 なかなか無理難題を出してくださる。
「そうですか。そういえば先日、政治を討論する会に参加する機会があり――――」
 なら、素行の方か。しかし、学園での素行は常に気を使っている。爺様の情報源がどこなのかは知らないが、学園で他人に弱みを見せる失態など犯しはしない。たとえそれが婚約者絡みの事であって…………。
「そういえば、先日の一件のご説明をしていただいてもよろしいですか?」
 そうだ、婚約者の話だ。呼ばれた真意はわからないが、これだけははっきりとさせておかなければならない。
 彼女に俺の婚約者候補と名乗る女性をけしかけた事の真意を。
「先日の一件?」
「お惚け(おとぼけ)になられるのですか? 私の知らぬ間に婚約者候補が増えていた事です」
 笑顔を浮かべ言葉で刺す。
「ふむ……仮にそれがわしの仕業だとして、何か影響でもあったのか?」
「いえ、まったく。その程度の事で、私達の関係性は微塵も揺らぐことなどありませんから」
「ならば問題なかろう」
 問題ないわけがないだろう! 貴方がいらんことしてくれたから、彼女にいらぬ疑惑を……違う、彼女の心に小さな影を落としてしまったのだから。
「そんな事よりも、必要な事を話せ」
「……お爺様、話はまだ終わっていません。どうか、私にもわかるようにご説明していただけませんか? 何故あのような事をしたのか」
 そうだ、看過はできない。紆余曲折あったとはいえ、今は心の底から互いを想い合う仲だ。『そんな事』と切り捨てられて、どうして平静でいられよう。
「気に食わなかったか」
「ええ、気に食いませんね。理由もなくただ気まぐれにされたのであれば、尚更です」
「そうか。ならば謝罪しよう」
「え……?」
 今、謝罪といったのか。まさか、あのジュール・ヴェルジーが謝罪を口にするのか……?
「冒険者稼業の事も聞いている。あちらの方ではまだ功績に足る手柄をたてられていないようだが、よくやっているようだな」
「は、はい。ありがとうございます」
 声に棘がない。爺様は本気でそう言っている。片方しかない眼光は相変わらず鋭いが、雰囲気が明らかに柔らかくなった。
 どういう事だ……まさか、『罠』か?
「お前はヴェルジーを継ぐ者だ。より一層、心身を鍛え勉学に励み、その名に恥じぬ男となれ」
 違う。そうじゃない。これは……激励だ。
 不器用な言葉と態度で、俺を励ましてくれているんだ。
「そして、我がヴェルジー家に見合ったいい嫁を貰え」
「ええ、必ずやいい嫁をヴェルジーへ向かえる事をお約束しますよ」
 やっぱり敵わないな。爺様の背中は大きすぎる。
 いつか追いつけるのだろうか。この大きな背中に。凡庸な俺が、ヴィルジー家が誇る稀代の大魔術師に。
「話は終わりだ。寮へ戻ってしっかりと寝ろ。そして、明日からまた励め」
「わかりました。本日はお招きいただきありがとうございます」
 ジュールは先に立ち上がり扉へと向かう。
 俺はその背中がドアの向こうに消えるまでずっと見つめていた――。

●
「あ、坊ちゃん。お疲れさまでしたぁ」
「ああ……」
 玄関で待っていたロイクと合流し、屋敷を後にする。
 疲れた……本当に疲れた。
 結局、俺の感じたものが爺様の真意かどうかはわからない。
 ただ、あの雰囲気を見れば――。
「あ、坊ちゃん。飯に行きましょう、飯」
 そんな事を考えていたら、ロイクが声をかけてきた。
「確かに夕食時ではあるけど、君と行く必要があるとは思えないが?」
「いえ、行かないといけませんねぇ。どうせ、食欲がないとか言って夕食を抜くつもりだったんでしょ? 大旦那様とのお話で神経すり減らし過ぎて」
「そ、そんな事は……」
「はい、図星ぃ。ダメですよ。いくらお疲れだからといって、食事を抜くのは。婚約者様からもきつく言われてるんですから、無理やり口に突っ込んででも必ず三食食わせてくれって」
「いつの間に……はぁ、わかった。彼女にそう言われたのなら食べないわけにはいかないな」
「そういう事ですよぉ。だから、うまい飯奢ってください」
「自分の金で食え。十分な金は渡しているだろう」
「えー、やですぅ」
「君という奴は……!」
 相変わらずの従僕の態度に拳が震えるが、これも彼なりの気遣いなのだろうか。
「はぁ……もういい。行くぞ」
「はい、喜んでぇ」
 軽やかな足取りでついてくる従僕に溜息しつつ、ジュストは『日常』へと戻っていく――。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0