王国のイリュジオン、その終焉
キャラクターノベル制作 望月誠司納品 2022年06月13日 17時09分02秒
黄金の海だ。
たっぷりと実が詰まった麦穂が、音を立てて一斉に揺れてゆく。見えざる風の通り道。
初夏。
故郷のラシーヌ村では小麦の収穫の真っ最中だった。
大地の実りが圧倒的に豊かなリーンエスの例に洩れず、この村もまた今年も豊作のようだった。
銀髪金瞳の少女――イヴェール・イリュジオンは、村人達が黄金の海の中で作業をしているのを眺めつつ、道を歩いてゆく。
時折り顔見知りから声をかけられ挨拶を返してゆく。
実家が近づくと祖母や次兄、祖父や妹、弟達からも驚きと共に喜びの声をかけられた。
イヴェールの実家も今、総出で収穫作業中であるらしい。
祖母達は作業を中断してイヴェールの為に食事を出そうかと言ってくれた。銀髪少女は忙しいだろうし構わなくて良いと断った。
それよりも曾祖父はどこにいるのかと尋ねると一人家に残っているとの事だった。
以前杖をついていた九十代の曾祖父は、今ではベッドの上で寝たきりになっているらしい。
曾祖父に話があるの、とイヴェールは言って家族と別れ、実家へと向かった。
●
「どの面下げて帰って来た」
ベッドの上に曾祖父ユーグが横たわっている。
酷く痩せ衰えて、声もしゃがれ、目の下に隈が出来ている。
「大祖父様に聞きたい事があるの」
「ふん、お前なんぞに話す事など――」
「紅百合家は、授恵者を生み出す為に、他家と利用し利用された関係を築いていた」
曾祖父が沈黙した。ぎょろりと瞳が動きイヴェールを見る。
「"授恵者を産む仕組み”。幻日の歴代当主も代々必ず授恵者だった。これは単なる偶然? それとも、イリュジオンも関わっていたの?」
「……イリュジオンは名誉ある始まりの百家が一つ。リーンエス王国の為に戦わねばならん。偶然にすがるほど、イリュジオンの代々の当主は間抜けでもなければ、不忠者でもない」
戦いとなれば、授恵者であるか、授恵者でないかは、大きな違いを持つ。
「そう……”交配”させたのね。じゃあ紅百合が取り潰された後は?」
曾祖父は沈黙した。
「――血が近しい者同士で行ってきた、そうよね?」
近親交配。
授恵者を確保する為に、秘密裏に代々行ってきた。授恵者を確保する為に。
イリュジオンの直系は代々短命だ。
特にここ数代は授恵者でも四十代までしか生きられていない程だ。
だからイリュジオンの血は呪われていると噂された。
何故、そんなに高い確率で授恵者が生まれる。
何故、そんなに短命な者が多い。
何故、こんなにも虚弱体質の者が多い。
若くして病で亡くなる者が続出している。
長生きなのは揃って他家と交わった傍系の血族だ。
曾祖父の瞳がぬらりと光る。
彼は言った。
「――イヴェール、一族の悲願を果たすつもりがないのなら」
兄と交わり子を産め。
「お前は授恵者、イリュジオンの血が濃い」
お前もまた早々に死ぬから。
「だから、産め……! 代わりを……っ! イヴェールっ! 産めっ! 一族の悲願の為にっ!!」
唾を飛ばしながら喚く曾祖父を、銀髪少女は氷のように冷め座った金瞳で見下ろしていた。
●
幻日、嵌められて、潰された、始まりの百家の一つ。
「そうだ、あの王家に仇成す不忠の貴族派どもがっ! だからイリュジオンは貴族派どもに報いを与えねばならんっ!!」
イリュジオン家は代々王家に味方する貴族だった。
しかし貴族派諸侯によって嵌められ没落した。
かつて"百家潰し"は良い箔付けだったから。
王家は王家の為に粉骨砕身して働いて来たイリュジオンを助けなかった。
ユーグは怨んだ。
彼はイリュジオン伯爵家の三男として産まれた。
イリュジオンの血筋とは無関係な妾の子で、にも関わらず実父や他兄弟からは可愛がられた。
嬉しかった。
故に一族に対する思い入れが強かった。
彼はイリュジオンを愛していた。
だから、実父や兄弟達が早逝した後も家を守ろうと奮起する。そこを嵌められた。
没落を招いてしまった。
箔付けの為に、愛した家を塵のように潰された、自らが陥れられ罠に嵌められたせいで。
ユーグは怨んだ。
ユーグは怨んだ。
――何を、怨んだのだろう。
貴族派だろうか。
忠実に尽くしたにも関わらず塵のようにイリュジオンを見捨てた主リーンエス王家や仲間であった王党派達だろうか。
あるいは運命、この世界そのものか。
ユーグは財産を失い、今のラシーヌ村へと辿り着いた。
農家同然に落ちぶれて。
それでもいつか必ず貴族派へと復讐を果たすと。
貴族へと返り咲く為にと。
子に。
孫に。
願いを――怨念を――託してきた。
「産めぇ……っ! イヴェール……っ! 産めぇ……っ!」
奈落の底から響いてくる幽鬼のごとき声を発しながら、皺だらけの手をイヴェールへと伸ばして来る。
死にかけの震える老人の手が伸びて来る。
銀髪少女はそれをじっと見据えていた。
●
イヴェール・イリュジオンは善と悪とで以って剣を振るう先を定めんと欲する戦士である。
正義に則って処断を決するというなら、では曾祖父の罪を数えよう。
リーンエス王国の罪を数えよう。
正義とは、悪を斬る剣とは、確たる理由もなしに己の私情と好感とで振るわれるものではない故に。
無軌道に人を殺めるを是とするなら、自らこそが『悪』に堕するが故に。
裁きの天秤を並べよう。
機械のように、その罪の重さを測れ。
●
まずリーンエス王国というのは、農産物の収穫高が桁違いに高い非常に恵まれた国である。
大陸には他に無い。
だが旧態依然とした封建制である為、北方の過酷な大地で鍛えあげられた絶対王政を敷く帝国の軍事力に圧迫された。
動員力で押された場合、普通の国は、
政治改革。
軍事改革。
技術改革。
諸々のそういった研鑽・努力を以って、自国の動員力や軍事技術を向上させ、対抗しようとするものである。
外交努力を以っての他国との連携も視野に入るだろう。
そのように、国家生存の為に、血の滲むような努力が行われるのが普通の国家だ。
改革の仕方によってはまさに実際に血が流れる事もあるだろう。
大貴族の権勢が弱まる事も、能力の足りない貴族家が潰れる事もあるだろう。王家が取って代わられる危険性すらあるかもしれない。
混乱を他国に突かれ、大きく勢力を減衰させてしまう危険性もあるかもしれない。
だがそれが正道だ。
そういった諸々のリスクと痛みを智慧と勇気と不断の努力で乗り越え、国防に取り組むのが為政者というものだ。
しかしリーンエス王国の中枢はそういった『正道』による諸々の努力に力を尽くさなかった。
代わりに、人の尊厳を汚すような悪辣な手段を用いて、帝国に対抗する力を求めた。
正道から外れた手段――『外道の所業』で不足を埋め合わせようとした。
他国に比べ非常に恵まれた大地を所有しているにも関わらず。
正道――封建制からの脱却など――は自分達にはできないと外道を選んだ。
そうして得た力で以って拮抗を、国の平穏を保った。
支配者達が支配を続けるうえで危険性も痛みも少ない、容易で簡単な道を選んだ。
その外道的な手段に対し他者が反意を示せば、自分達の外道行為をこそ国体を、王国の平穏を守る為だったと正当化する。
その外道行為を広く民衆にも公開し、民も皆それを知っていながら、その外道的手段を支持していたというのなら、その反論の道理も通るだろう。
しかし実際は、そうではなく、ずっと伏せて、隠していた。
そんな方法をとると知れば、
『そんな人の道に外れる外道な真似をしてまで保たれる平穏などいらぬ』
そう主張する潔癖な人間は必ずいる。
だが王家や大貴族達はそういった人々の意に沿わぬ方法を隠蔽し、伏せ続けて、騙し討ちのように押し付けておきながら、いざ明るみに出た段になってから、
『これによってお前達も利益を得ていたのだから』
と共犯に引きずり込み、自らの行為を正当化した。
これは評価するなら「詐欺師の手口」だろう。
●
結論を述べる。
『正義』による観点から裁定すると祖国への評価は、
『恵まれた立場にいながら、安易に悪行を成す事に流された、運命の荒波に抗わんとする気概も力も智慧も無い、弱い弱い人の道から外れた外道達の、小悪党達の王国』
そのようなものになる。
あまりにも悪し様な評価だ。
これこそ公平ではない偏った見方ではないか……?
この評価は本当にまっとうか……?
という懸念が浮かぶ。
しかし、
王国支配者達の側に立って、
王国支配者達の肩を持ち、
王国支配者達に甘い都合の良い裁定をくださないかぎり、
リーンエス王国を支配してきた者達が成して来た罪科は、弁護する事があまりに難しい。
『正義』の観点から見ろというなら、あまりにも、明らかな悪行が、山のように積み重なっている。お前らやり過ぎだろ。
惨状である。
圧倒的惨状である。
公正さ、高潔さ、実直さ、そういったものが、この王国の中枢には欠けている。
『悪木盗泉』という言葉に類する信念は王国上層部には欠片も見えなかった。
●
イリュジオンのかつての当主、イヴェールの曾祖父に話を戻そう。
無辜の民に対して虐殺なんて真似をしておきながら、自分達の代々の無能と怠惰が招いた事態でありながら、為政者としての自分達の責任を棚に上げその悪徳をむしろ誇る者達の王国にユーグは嵌められた。
始まりの百家たる由緒ある伯爵家が降格や改易では済まされず貴族身分を剥奪され農民にまで一気に転落した。
忠節を尽くして来た王家も共に主を支えた仲間達も誰も助けてはくれなかった。
愛する家を箔付けの為に嵌められ自分の代で潰してしまった。
そりゃ怨むだろう。
しかしその復讐心の為に、復讐を望まない他の一族も巻き込むのはいただけない。
そういうのは志を同じくする者達だけでやるべきだろう。
ユーグの罪は復讐を企む事それ自体ではなく、復讐を望まない者までその道に無理やり巻き込む事だ。
「お断りするわ大祖父様」
銀髪少女は伸びて来た皺だらけの手を一歩さがってかわした。
「イヴェール……っ!」
老人が震えている。
彼は加害者であるが、被害者である面もまた強い。
そして最早、老衰で死にかけている。
少女は剣を鞘に納めたまま背を向けた。
哀れで無力な老人をこの期に及んで斬り殺すには値しない。
悪を斬るというなら王家や大貴族達から叩き斬った方が良いだろう。
しかしそれこそ戦乱を招くなどの世への被害を考慮すれば、そんな乱暴な裁き方をするのは正義ではない。
この大祖父にも家族がいる。
イヴェール達とは仲が悪いが、長兄や父や母(実母ではない。実母は曾祖父の父の妹に当たる血筋で最も幻日の血が濃く復讐に利用され、虚弱体質でイヴェールを産んだ後に逝去している)叔父夫婦達とは仲が良い。
彼等は曾祖父が斬られたら、悲しむだろう。
身内殺しともなれば、家族や親類一族皆にも迷惑がかかる。
この腐った王国の王家や大貴族達を許し見逃すのを是とする剣であるなら、この哀れで無力な老人一人を見逃すのも是とすべきだろう。
殺せない悪は殺さないが、殺せる悪なら殺すというのでは筋が通らない。
逆を言うなら、今の死にかけのこの曾祖父も見逃さないのがイヴェールの剣であるなら、悪は断固として斬るというなら、まず何より為政者として外道行為に責任あるリーンエス王家と大貴族達から断罪し斬り殺すべきだろう。
そうでなければ筋が通らない。
だから彼女は肩越しに振り返り、
「さようなら大祖父様。もう会う事はないでしょう」
そう言い残して、なおも喚く曾祖父の前から立ち去った。
その後イヴェールは、祖父や祖母、次兄妹達に対し彼等の生活の場を他国へと移してはどうかと相談した。
イヴェールが長兄の子を産む事を断った以上、曾祖父は幼い妹が成長したら、血が薄めである彼女に対してすら一族の男達をけしかけてくる恐れがあったので、その事態を未然に防ぐ為だ。
「そうだな。こんな腐れ外道の王国にしがみつく程の未練など最早無い」
剣の師でもある祖父は、イヴェールから諸々の話を聞いてついに王国に見切りをつけた。
そうしてイヴェールと祖父は曾祖父の復讐に同道する事を拒む者達を引き連れ他国への引っ越しを行った。
かくて、リーンエス王国から始まりの百家の一つであるイリュジオン本家は出奔し、王国のそれとしての歴史を終えたのだった。
たっぷりと実が詰まった麦穂が、音を立てて一斉に揺れてゆく。見えざる風の通り道。
初夏。
故郷のラシーヌ村では小麦の収穫の真っ最中だった。
大地の実りが圧倒的に豊かなリーンエスの例に洩れず、この村もまた今年も豊作のようだった。
銀髪金瞳の少女――イヴェール・イリュジオンは、村人達が黄金の海の中で作業をしているのを眺めつつ、道を歩いてゆく。
時折り顔見知りから声をかけられ挨拶を返してゆく。
実家が近づくと祖母や次兄、祖父や妹、弟達からも驚きと共に喜びの声をかけられた。
イヴェールの実家も今、総出で収穫作業中であるらしい。
祖母達は作業を中断してイヴェールの為に食事を出そうかと言ってくれた。銀髪少女は忙しいだろうし構わなくて良いと断った。
それよりも曾祖父はどこにいるのかと尋ねると一人家に残っているとの事だった。
以前杖をついていた九十代の曾祖父は、今ではベッドの上で寝たきりになっているらしい。
曾祖父に話があるの、とイヴェールは言って家族と別れ、実家へと向かった。
●
「どの面下げて帰って来た」
ベッドの上に曾祖父ユーグが横たわっている。
酷く痩せ衰えて、声もしゃがれ、目の下に隈が出来ている。
「大祖父様に聞きたい事があるの」
「ふん、お前なんぞに話す事など――」
「紅百合家は、授恵者を生み出す為に、他家と利用し利用された関係を築いていた」
曾祖父が沈黙した。ぎょろりと瞳が動きイヴェールを見る。
「"授恵者を産む仕組み”。幻日の歴代当主も代々必ず授恵者だった。これは単なる偶然? それとも、イリュジオンも関わっていたの?」
「……イリュジオンは名誉ある始まりの百家が一つ。リーンエス王国の為に戦わねばならん。偶然にすがるほど、イリュジオンの代々の当主は間抜けでもなければ、不忠者でもない」
戦いとなれば、授恵者であるか、授恵者でないかは、大きな違いを持つ。
「そう……”交配”させたのね。じゃあ紅百合が取り潰された後は?」
曾祖父は沈黙した。
「――血が近しい者同士で行ってきた、そうよね?」
近親交配。
授恵者を確保する為に、秘密裏に代々行ってきた。授恵者を確保する為に。
イリュジオンの直系は代々短命だ。
特にここ数代は授恵者でも四十代までしか生きられていない程だ。
だからイリュジオンの血は呪われていると噂された。
何故、そんなに高い確率で授恵者が生まれる。
何故、そんなに短命な者が多い。
何故、こんなにも虚弱体質の者が多い。
若くして病で亡くなる者が続出している。
長生きなのは揃って他家と交わった傍系の血族だ。
曾祖父の瞳がぬらりと光る。
彼は言った。
「――イヴェール、一族の悲願を果たすつもりがないのなら」
兄と交わり子を産め。
「お前は授恵者、イリュジオンの血が濃い」
お前もまた早々に死ぬから。
「だから、産め……! 代わりを……っ! イヴェールっ! 産めっ! 一族の悲願の為にっ!!」
唾を飛ばしながら喚く曾祖父を、銀髪少女は氷のように冷め座った金瞳で見下ろしていた。
●
幻日、嵌められて、潰された、始まりの百家の一つ。
「そうだ、あの王家に仇成す不忠の貴族派どもがっ! だからイリュジオンは貴族派どもに報いを与えねばならんっ!!」
イリュジオン家は代々王家に味方する貴族だった。
しかし貴族派諸侯によって嵌められ没落した。
かつて"百家潰し"は良い箔付けだったから。
王家は王家の為に粉骨砕身して働いて来たイリュジオンを助けなかった。
ユーグは怨んだ。
彼はイリュジオン伯爵家の三男として産まれた。
イリュジオンの血筋とは無関係な妾の子で、にも関わらず実父や他兄弟からは可愛がられた。
嬉しかった。
故に一族に対する思い入れが強かった。
彼はイリュジオンを愛していた。
だから、実父や兄弟達が早逝した後も家を守ろうと奮起する。そこを嵌められた。
没落を招いてしまった。
箔付けの為に、愛した家を塵のように潰された、自らが陥れられ罠に嵌められたせいで。
ユーグは怨んだ。
ユーグは怨んだ。
――何を、怨んだのだろう。
貴族派だろうか。
忠実に尽くしたにも関わらず塵のようにイリュジオンを見捨てた主リーンエス王家や仲間であった王党派達だろうか。
あるいは運命、この世界そのものか。
ユーグは財産を失い、今のラシーヌ村へと辿り着いた。
農家同然に落ちぶれて。
それでもいつか必ず貴族派へと復讐を果たすと。
貴族へと返り咲く為にと。
子に。
孫に。
願いを――怨念を――託してきた。
「産めぇ……っ! イヴェール……っ! 産めぇ……っ!」
奈落の底から響いてくる幽鬼のごとき声を発しながら、皺だらけの手をイヴェールへと伸ばして来る。
死にかけの震える老人の手が伸びて来る。
銀髪少女はそれをじっと見据えていた。
●
イヴェール・イリュジオンは善と悪とで以って剣を振るう先を定めんと欲する戦士である。
正義に則って処断を決するというなら、では曾祖父の罪を数えよう。
リーンエス王国の罪を数えよう。
正義とは、悪を斬る剣とは、確たる理由もなしに己の私情と好感とで振るわれるものではない故に。
無軌道に人を殺めるを是とするなら、自らこそが『悪』に堕するが故に。
裁きの天秤を並べよう。
機械のように、その罪の重さを測れ。
●
まずリーンエス王国というのは、農産物の収穫高が桁違いに高い非常に恵まれた国である。
大陸には他に無い。
だが旧態依然とした封建制である為、北方の過酷な大地で鍛えあげられた絶対王政を敷く帝国の軍事力に圧迫された。
動員力で押された場合、普通の国は、
政治改革。
軍事改革。
技術改革。
諸々のそういった研鑽・努力を以って、自国の動員力や軍事技術を向上させ、対抗しようとするものである。
外交努力を以っての他国との連携も視野に入るだろう。
そのように、国家生存の為に、血の滲むような努力が行われるのが普通の国家だ。
改革の仕方によってはまさに実際に血が流れる事もあるだろう。
大貴族の権勢が弱まる事も、能力の足りない貴族家が潰れる事もあるだろう。王家が取って代わられる危険性すらあるかもしれない。
混乱を他国に突かれ、大きく勢力を減衰させてしまう危険性もあるかもしれない。
だがそれが正道だ。
そういった諸々のリスクと痛みを智慧と勇気と不断の努力で乗り越え、国防に取り組むのが為政者というものだ。
しかしリーンエス王国の中枢はそういった『正道』による諸々の努力に力を尽くさなかった。
代わりに、人の尊厳を汚すような悪辣な手段を用いて、帝国に対抗する力を求めた。
正道から外れた手段――『外道の所業』で不足を埋め合わせようとした。
他国に比べ非常に恵まれた大地を所有しているにも関わらず。
正道――封建制からの脱却など――は自分達にはできないと外道を選んだ。
そうして得た力で以って拮抗を、国の平穏を保った。
支配者達が支配を続けるうえで危険性も痛みも少ない、容易で簡単な道を選んだ。
その外道的な手段に対し他者が反意を示せば、自分達の外道行為をこそ国体を、王国の平穏を守る為だったと正当化する。
その外道行為を広く民衆にも公開し、民も皆それを知っていながら、その外道的手段を支持していたというのなら、その反論の道理も通るだろう。
しかし実際は、そうではなく、ずっと伏せて、隠していた。
そんな方法をとると知れば、
『そんな人の道に外れる外道な真似をしてまで保たれる平穏などいらぬ』
そう主張する潔癖な人間は必ずいる。
だが王家や大貴族達はそういった人々の意に沿わぬ方法を隠蔽し、伏せ続けて、騙し討ちのように押し付けておきながら、いざ明るみに出た段になってから、
『これによってお前達も利益を得ていたのだから』
と共犯に引きずり込み、自らの行為を正当化した。
これは評価するなら「詐欺師の手口」だろう。
●
結論を述べる。
『正義』による観点から裁定すると祖国への評価は、
『恵まれた立場にいながら、安易に悪行を成す事に流された、運命の荒波に抗わんとする気概も力も智慧も無い、弱い弱い人の道から外れた外道達の、小悪党達の王国』
そのようなものになる。
あまりにも悪し様な評価だ。
これこそ公平ではない偏った見方ではないか……?
この評価は本当にまっとうか……?
という懸念が浮かぶ。
しかし、
王国支配者達の側に立って、
王国支配者達の肩を持ち、
王国支配者達に甘い都合の良い裁定をくださないかぎり、
リーンエス王国を支配してきた者達が成して来た罪科は、弁護する事があまりに難しい。
『正義』の観点から見ろというなら、あまりにも、明らかな悪行が、山のように積み重なっている。お前らやり過ぎだろ。
惨状である。
圧倒的惨状である。
公正さ、高潔さ、実直さ、そういったものが、この王国の中枢には欠けている。
『悪木盗泉』という言葉に類する信念は王国上層部には欠片も見えなかった。
●
イリュジオンのかつての当主、イヴェールの曾祖父に話を戻そう。
無辜の民に対して虐殺なんて真似をしておきながら、自分達の代々の無能と怠惰が招いた事態でありながら、為政者としての自分達の責任を棚に上げその悪徳をむしろ誇る者達の王国にユーグは嵌められた。
始まりの百家たる由緒ある伯爵家が降格や改易では済まされず貴族身分を剥奪され農民にまで一気に転落した。
忠節を尽くして来た王家も共に主を支えた仲間達も誰も助けてはくれなかった。
愛する家を箔付けの為に嵌められ自分の代で潰してしまった。
そりゃ怨むだろう。
しかしその復讐心の為に、復讐を望まない他の一族も巻き込むのはいただけない。
そういうのは志を同じくする者達だけでやるべきだろう。
ユーグの罪は復讐を企む事それ自体ではなく、復讐を望まない者までその道に無理やり巻き込む事だ。
「お断りするわ大祖父様」
銀髪少女は伸びて来た皺だらけの手を一歩さがってかわした。
「イヴェール……っ!」
老人が震えている。
彼は加害者であるが、被害者である面もまた強い。
そして最早、老衰で死にかけている。
少女は剣を鞘に納めたまま背を向けた。
哀れで無力な老人をこの期に及んで斬り殺すには値しない。
悪を斬るというなら王家や大貴族達から叩き斬った方が良いだろう。
しかしそれこそ戦乱を招くなどの世への被害を考慮すれば、そんな乱暴な裁き方をするのは正義ではない。
この大祖父にも家族がいる。
イヴェール達とは仲が悪いが、長兄や父や母(実母ではない。実母は曾祖父の父の妹に当たる血筋で最も幻日の血が濃く復讐に利用され、虚弱体質でイヴェールを産んだ後に逝去している)叔父夫婦達とは仲が良い。
彼等は曾祖父が斬られたら、悲しむだろう。
身内殺しともなれば、家族や親類一族皆にも迷惑がかかる。
この腐った王国の王家や大貴族達を許し見逃すのを是とする剣であるなら、この哀れで無力な老人一人を見逃すのも是とすべきだろう。
殺せない悪は殺さないが、殺せる悪なら殺すというのでは筋が通らない。
逆を言うなら、今の死にかけのこの曾祖父も見逃さないのがイヴェールの剣であるなら、悪は断固として斬るというなら、まず何より為政者として外道行為に責任あるリーンエス王家と大貴族達から断罪し斬り殺すべきだろう。
そうでなければ筋が通らない。
だから彼女は肩越しに振り返り、
「さようなら大祖父様。もう会う事はないでしょう」
そう言い残して、なおも喚く曾祖父の前から立ち去った。
その後イヴェールは、祖父や祖母、次兄妹達に対し彼等の生活の場を他国へと移してはどうかと相談した。
イヴェールが長兄の子を産む事を断った以上、曾祖父は幼い妹が成長したら、血が薄めである彼女に対してすら一族の男達をけしかけてくる恐れがあったので、その事態を未然に防ぐ為だ。
「そうだな。こんな腐れ外道の王国にしがみつく程の未練など最早無い」
剣の師でもある祖父は、イヴェールから諸々の話を聞いてついに王国に見切りをつけた。
そうしてイヴェールと祖父は曾祖父の復讐に同道する事を拒む者達を引き連れ他国への引っ越しを行った。
かくて、リーンエス王国から始まりの百家の一つであるイリュジオン本家は出奔し、王国のそれとしての歴史を終えたのだった。