運命の路傍に咲く

キャラクターノベル制作 炙りとろ左門納品 2022年06月15日 12時25分46秒

 王都グランスパーダ、ヨルグ伯爵邸。
 フリューリングスルフト=ティエラはヨルグ伯エレーネに誘われ、庭先でお茶を飲みつつ、新商品の出来栄えに目を輝かせていた。
 いつかティタニー商会がレターセットを売り出そうということで急遽催されたレタリング講習会。その会場で、フリューは個人の印璽を提案したのだが、実現は難しかった。そこで代わりにこういうものはどうかと話に上がった、それである。
 便箋に飾り枠やワンポイントを押すことで装飾やレタリング技術に拙い者でも見栄えの良い手紙が書けるという触れ込みで、その飾り判は製品化された。ティーテーブルの上にはいくつもの試作品が並んでいる。
 フリューはそのうちのひとつ、デフォルメされたかわいらしい狸の兄弟が並んだ飾り判を手にする。
「これがぽんぽこ飾り判……!」
 シャルガネの『たぬ茶屋』にいる兄弟たぬきたちを思い起こさせる。偶然だろうが、フリューはいろんな色を使って余り紙にそれを押していく。
「ふふ、かわいい」
「気に入っていただけたようで何よりですわ。今のところ、絵の具を判に塗って押すというやり方ですけれど、これももう少し手軽にできたらと思いますの。インクを染み込ませた布か何かに押し付けて、とか。でもすぐ乾いてしまうから考え物で……」
 困ったわとため息をつくエレーネの横で、フリューは楽しげに判子を押し続けていた。
「そういえば、貴女はどこか雰囲気が変わりましたわね」
 ふとエレーネからそんなことを言われ、フリューは判子を押す手を止めて小首を傾げる。
「そうかな?」
「心境の変化でもあったのかしら? 恋だとか?」
 フリューは思わず手元を狂わせ、判にべったりと絵の具を塗ってしまった。
「こ、恋?」
 声をこそ裏返ることがなかったのは、この気持ちが恋ではないと考えているからだ。
「それは……恋、ではなくて。うん、そう思うさぁ」
「あら、そうなの?」
 エレーネは使用人に命じて濡れた布巾を用意させる。フリューはそれを受け取ると、絵の具で汚れた手を拭った。
「運命だ、って……その意味を、考えてるんさぁ」
「お相手の方がそう仰ったの?」
 エレーネの問いにフリューは首を横に振り、経緯を話した。リブラネスタの居酒屋『もてない』にて冒険者たちと集まって話した内容を。
「恋でなければ、運命、ですか……」
「エレーネさんは、どう思う?」
 他者の考えに触れることでまた何か、新しい言葉と出会えるかもしれない。この胸のうちに渦巻く気持ちを表現する言葉に、と。
「そうね……まずはお相手の方について、貴女がどんな気持ちでいるのか聞かせていただきましょう」
 エレーネはどこかわくわくと、少女のような好奇心を扇で上手く隠しながら微笑む。程なくして試作品の判子たちが下げられ、代わりに新しい茶菓子と茶が用意された。
「相手は男性? 女性? 年上かしら、年下かしら」
「あ、うーん……と、男の人みたいな……女の人みたいに見える時もあって……大人っぽいこともあれば、子供っぽいことも」
「すでに『魔性』という感じがしますわね……」
 そんな、物語の中にいそうな人物。エレーネは人物像を頭の中で組み立てる。
「声や顔は……好きだと思う」
「重要ね。相手の声を聞いていて、一緒にいて、好ましい、落ち着くと感じる……すでにだいぶ好感度が高いのではなくて?」
 エレーネが若干前のめりになった。すでにエレーネの中では、フリューは「恋を知らぬうぶな少女」になっているらしい。
「一緒にいるのは、好き、なんやと思う……」
 髪をいじらせてくれたのも、話を聞いてくれたのも、ダンスをしたのも。どれも楽しい時間だった。
「でも、そん人が敵になっても……戦える自信はある」
「そうなんですの?」
 エレーネにとって、人間と戦うということは想像のつかない世界のことだ。エレーネは守られる身分の存在であり、屋敷に押し込められている貴族女性ともなれば平民よりもはるかに、戦の気配には疎い。
「私は……人と戦うのにどれほどの覚悟がいるのか、どれほどの恐怖が伴うのか分かりません。だから聞かせてほしいわ。貴女がその人と戦うと決めた時――相手の命を奪えると、そういう意味でおっしゃっているのかしら?」
「それは……」
 フリューは口籠る。彼(かのじょ)は、人を傷つけること、その命を奪うことに躊躇いがない。だから自分も躊躇ってはならないと、思う。
「その時がきたら……その役目は、誰にも譲りたくない」
 この手で。フリューが小さく拳を握る。
「向き合っていたいん、さぁ」
 恋人は『隣』に、憧れの人は『前』に――そんな話を聞いたことがある。だとすればフリューが彼(かのじょ)に求める位置は、正面だ。
「真正面から見ていたいし、見てほしい」
 あの金色に輝く瞳が映す世界にいたい。
 最期の時は、自分だけ見てほしい――そこまで言ったら、彼(かのじょ)はどんな反応をするだろうか?
「運命の相手って、見た瞬間に分かると聞いたことがありますわ」
 憎き政敵(幼馴染み)からだが。あれはリーチェに一目惚れをしていたが、盲目的な熱愛とは少し違うようだった。その相手と歩む未来が、見えるものらしい。それは恋人になるとか、人生を共にするだとかそういうことではなく――。
「自分の生きる道のそばに咲く花に気づいた、ということらしいんですの」
 それまで見落としていた風景。気づいてしまえば、きっと道の先々にその姿を探してしまうだろう。その花の名を、姿を、知ってしまったから。
「花……」
 フリューは茶を飲むのも忘れて、そよぐ風に彼(かのじょ)の香りを探す。
「もし、そうなら。何度でも会える運命がいい」
 互いの道が何度も交わってくれたらいい。そうして、彼(かのじょ)がフリューという名の花に気づいてくれたら、探してくれたら。忘れないでいてくれたら――。
「ちょっとでいいから、そうやって、心ん中に残るもんになりたいさぁ」
 彼(かのじょ)の運命の人が自分でなくとも、自分の運命の人は彼(かのじょ)だと――決めたのだ。決めてしまった。
「内緒やよ?」
「もちろんですわ」
 悪戯っぽく笑うフリューに、エレーネも微笑みを返す。
「ではそのお相手に気づいてもらえる作戦を考えなくてはいけませんわね!」
「おー!」
 エレーネとフリューは真剣な空気から一転、作戦会議をはじめる。遠くの空の下、彼(かのじょ)がふとした時にでも、自分のことを思い出してくれているといい――そう思いながら。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0